2017年9月20日水曜日

後継者 4 - 15

 長官室を出たのは、まだ12時を少し廻った時刻だった。食堂が賑わっている時間帯だったので、ケンウッドはハイネを副長官執務室に連れて行った。局長のランチタイムには早かったし、ハイネ自身が今は大勢の喧噪の中に入る気分ではないはずだ。
  副長官に就任してから自身の執務室に遺伝子管理局長を入れるのは初めてだったろうか。ハイネは入室すると珍しそうに室内を見廻した。秘書が既に昼休みで部屋を出た後だったので、ケンウッドは彼に好きな場所に座ってくれと言い、自身は執務机でやりかけだった書類の後片付けをした。時間つぶしだ。ハイネは来客用の椅子に座って端末をいじり始めた。誰かとメッセージのやりとりをしている様子だったので、ケンウッドは邪魔をしないことにした。
 ケンウッドはコンピュータに他の執政官から連絡が入っているのに気が付いた。開くと、ヘンリー・パーシバルの送別会に引退するエイブラハム・ワッツ・ドーマーや司厨長達ドーマーのお別れ会も兼ねないか、と言う提案だった。ドーマーを愛するパーシバルの送別会にふさわしい提案だと思えた。執政官の中には老いた地球人の引退と病気の執政官の退官は別物だと主張する人もいるが、どちらもお別れ会だ、一緒でいいじゃないか、とパーシバルの声が聞こえて来そうだ。ケンウッドは「賛成」と返信を送った。
 ハイネが端末を仕舞って顔を向けた。

「先ほどの、ゴードン・ヘイワード・ドーマーの病気の件ですが・・・」
「医療区に尋ねてみたのかい?」
「はい。消毒班に心臓の病気が多いとリプリー長官が仰いましたが、私は初耳でした。」
「申し訳ない、ドーマーには教えるなと言われていたので・・・」
「事実ですか?」
「薬品が原因ではないのだ。薬品が原因ならば、妊産婦のドームゲートで働くドーマーに病気が頻発するはずだが、あちらには心臓の障害は出ない。宇宙からの出入ゲートの係官に症状が出る。重力調整の為に減圧したり増圧したりする装置を操作する人々が罹る確率が高い。恐らく、ヘンリーの重力障害と似た病気だと思うのだ。」
「そうですか・・・」

 ハイネはちょっと苦しげな表情を見せたが、すぐ元の平素の顔に戻った。

「医療区のコートニー博士に問い合わせましたら、ヘイワードは長く保って半年だそうです。何故そんなになる迄我慢していたのでしょうね。グレゴリーは気が付いていた様で、何度かヘイワードを医療区に連れて行ったそうです。しかしヘイワードは入院を拒否しました。出来るだけ長く仕事をして、グレゴリーと過ごす時間を持ちたかったようです。」

 ケンウッドはそれを聞いて哀しく思った。

「ドーマー達に働くことしか教えてこなかったドームの責任だよ。疲れたら休養期間を取って休ませてやらねばならないのに・・・ドーム機能の維持が可能なぎりぎりの人数しかドーマーを養っていないから、君達が病気になると代わりがいないんだ。」
「しかし、体の不調を訴えるのは、ドーマー自身の責任ですから。グレゴリーやヘイワードの年代は真面目な人間ばかりで、自身を休ませると言うことを知らない・・・」

 ケンウッドはハイネを見た。

「君もそうじゃないのかね?」
「私ですか?」

 ハイネは微かに苦笑した。

「私は怠け者ですよ。業務中に疲れればすぐ休憩スペースで寝ています。秘書に訊いてごらんなさい。」
「真面目な秘書殿にね・・・」

  ケンウッドは時計を見た。

「そろそろ1時だ。昼食に出かけようか?」
「そうですね・・・」

 ハイネは座ったまま、また室内を見廻して尋ねた。

「ところで、キーラの熊のぬいぐるみはどうされました? 廃棄処分されたのですか?」

 キーラ・セドウィックがローガン・ハイネを前長官サンテシマ・ルイス・リンの魔の手から守る為に監視カメラを仕込んだ熊のぬいぐるみを、ハイネは幽閉が解ける前にケンウッドに譲ったのだ。リンがケンウッドを邪魔者として罠にはめる恐れがあったからだ。
今、副長官室を見廻しても、どこにも熊はいなかった。

「あの熊は研究室に置いてあるよ。助手達の監視になるし、不審な人間の侵入も見張ることが出来るからね。偶に助手が抱っこして遊んでいる。」

 それではキーラも監視を中止しただろう、とハイネもケンウッドも思った。


2017年9月19日火曜日

後継者 4 - 14

 ハイネ局長が来るのを待って、リプリー長官は定時打ち合わせに来ていたケンウッド副長官に翌日の予定を尋ねた。ケンウッドが特に何もないと答えると、長官は局長にも同じことを尋ねた。ハイネは明日何があるのですかと逆に問い返した。

「執政官会議を開く。」

とリプリーは答えた。

「『黄昏の家』の収容者と介護人について規則を少々変えようかと思ってね。」

 リプリーが期待した通り、ハイネは直ぐに彼自身の第1秘書の引退問題だと察した。

「ペルラ・ドーマーの引退が会議の議題になるのですか?」
「彼の引退と言うより、彼が引退を希望する理由だ。」

 長官がケンウッドを見たので、ケンウッドは局長に衝撃を与えなければ良いがと心配しつつ、ペルラ・ドーマーから聞いた話を説明した。

「グレゴリーが引退を希望するのは、彼のパートナーが病気で医療区から『黄昏の家』へ移転するよう勧告されたからなんだ。」

 一瞬ローガン・ハイネが固まった様に思えた。やはり彼は秘書の私生活を知らなかったのだ、とケンウッドは思った。ドーマー達は仕事をする上ではお互いをよく理解し合っている。業務を円滑に進める為に必要だからだ。しかしその反面、私生活において互いに無関心だ。男性社会だし、ドームと言う狭い世界から出ることを許されない彼等にとって、互いの私生活に無関心でいる方がストレスが溜まらないからだ。ペルラ・ドーマーがボスの私生活を知らない様に、ハイネも部下の私生活を知らないのは当然だった。
 やがてハイネが口を開いた。

「ワッツ・ドーマーから、心臓に問題を抱えた消毒班の男を1人、『黄昏の家』に移す、と連絡を受けています。彼がグレゴリー・ペルラの相手なのですね?」
「その様だ。ゴードン・ヘイワード・ドーマーと言う名で、グレゴリーとは20年ほど一緒に暮らしていた。」

 そう言えば観察棟でハイネの世話にかかりっきりになっていたペルラ・ドーマーは一度も同居人の話をしたことがなかった、とケンウッドは思い当たった。徹底した私生活と公的生活の切り離しに、ハイネが部下の恋人を知らなかったのも当然だ。

「グレゴリーは、ヘイワードのそばに付いていてやりたいのだと私に言ったんだ。ヘイワードはあまり長くないらしい。医療区にも確認してみたが、消毒班のドーマー達は薬品の影響で心臓に問題を抱えることが多いそうだ。これは我々が検討しなければならない課題だがね。現在のグレゴリーは、パートナーの容態が何時悪化するか不安でならないのだよ。」

 ハイネが小さく頷いた。部下の現在の心情を理解したと言う意味だろうとケンウッドは解釈した。
 今度はリプリーが話しだした。

「局長、恐らくペルラ・ドーマーはまだ後継者の指名をしていないのだと思うが、違うかね?」
「仰せの通りです。」
「局長秘書の業務は急に教育して出来る仕事ではないはずだ。君には・・・我々ドームには、グレゴリー・ペルラはまだ必要な男だ。しかし、彼に恋人との最後の時間も与えてやりたい。それで、副長官と私は明日の執政官会議で、『黄昏の家』に入るドーマーの規制を少し緩和しようと提案する。収容者のパートナーに限って自由に出入り出来るようにしたい。健康でまだ仕事が出来るドーマーをあの人生の終焉を待つ為の場所に閉じ込めたくないだろ?」
「勿論です。」
「ペルラ・ドーマーの引退は、後継者が確定する迄は許可出来ない。しかし、『黄昏の家』に収容されるパートナーの元に自由に通える許可は与えられるように、規則を変えたい。」

 ハイネが軽く頭を下げた。

「よろしくお願いいたします。」

2017年9月18日月曜日

後継者 4 - 13

 翌朝、ローガン・ハイネ・ドーマーが遺伝子管理局に出勤すると、コンピュータにリプリー長官からメッセージが届いていた。端末に送れば済むものを、と思いながら彼はメッセージを開いた。少し話し合いたい案件があるので、手が空いたら連絡を入れて欲しいと言う。ハイネは別画面でその日処理すべきデータ件数を出した。ちょっと考え込んでから返信した。

ーー11時半にそちらへ伺います。

 リプリーから速攻で返事が来た。了解と言う。まるでコンピュータの画面を開いて待ち構えていたみたいだ。
 秘書2人はいつもの様に何事も変わったことがない顔で業務に励んでいた。時々ペルラ・ドーマーがセルシウス・ドーマーに書類上のミスや改善点を指摘する回数がちょっと多かったが、恐らく彼は後輩を指導しているつもりなのだろう。セルシウスは先輩の決意をまだ何も知らされていないので、五月蠅いなぁ、ぐらいにしか感じていないはずだ。
 ハイネは秘書達を放って置いて、自身の業務を約束の時間迄に終わらせることに専念した。
 11時過ぎに何とかその日の課題をやってしまい、彼はファイルを閉じると部下達に声を掛けた。

「長官に呼び出しを受けた。中央研究所に顔を出してくるから、君達はいつも通り適当に昼休みを取りなさい。」
「わかりました。」
「行ってらっしゃい。」

 ハイネは局長室を出て通路を歩き、ロビーへ出た。中央研究所と行き先を告げて外へ出たところで、噂のネピア・ドーマーとばったり出会した。中東系の家族の子供で、大人しく真面目な男と言う評判だ。部下に指図する立場を望んでいる様に見えないが、本当に秘書志望なのだろうか。秘書がただの書類整理の仕事だとは思っていないはずだが。
 ネピア・ドーマーは局長といきなり出会ったので、びっくりした様子で、慇懃に挨拶した。ハイネは彼の態度に誠実さを感じた。

「ネピア・ドーマー、今日は内勤の日かね?」
「はい・・・抗原注射効力切れは昨日でしたから、今日から3日間内勤です。」
「君の年齢では、もう『飽和』か『通過』を済ませているだろう?」
「はい、37歳で『通過』を済ませました。ですから、効力切れ休暇は本当にのんびりさせていただけて、助かります。」
「君のチームはセイヤーズ捜索で北米にも出かけるのだったな?」
「そうです。南米班ですが、パタゴニア方面担当ですから、北米内陸地方と気候が変わらないだろうと班チーフが北米南部班に協力を申し出たのです。」
「迷惑だろう?」

 ハイネがちょっとからかうと、ネピア・ドーマーはブンブンと勢いよく首を振った。

「とんでもありません! 地球の安全を脅かす様な遺伝子を野放しには出来ませんから!」

 本当に真面目な男だ。ハイネは内心苦笑した。

「セイヤーズは地球征服など考えやせんよ。2年目で捜索の規模を縮小させるつもりだ。後は有志で探させる。」
「有志とは・・・ポール・レイン・ドーマーですか?」
「恐らく、彼と彼の部屋の仲間だな。」

 ネピア・ドーマーはハイネの顔を眩しそうに見つめた。

「私はあの年代が危なっかしく思えて仕方がありません。」
「危なっかしい?」
「ええ・・・何を考えているのか、よくわからないところがあります。」

 そう言えばネピアの班には、クロエル・ドーマーがいたな、とハイネはぼんやり思った。クロエルの斬新な発想にこの真面目な局員は振り回されているのかも知れない。
ハイネは優しくネピア・ドーマーに言い聞かせた。

「私から見れば、君も若い、理解するのが難しい世代だ。固い考えで若者をくくって見ないように。」

 ネピアはハッとした表情で頭を下げた。

「わかりました。気をつけます。」

 ハイネは「じゃぁな」と言って、歩き始めた。恐らくネピア・ドーマーは事務仕事には申し分ない才能を発揮するだろう。問題はあの堅苦しい頭だ・・・。


2017年9月17日日曜日

後継者 4 - 12

 バーは金曜日以外ドーマーが立ち入ることが出来ない場所だ。午後6時に開き、深夜の2時に閉店する。バーテンダーはコロニー人で、宇宙から取り寄せた酒だけでなく、地球上の伝統ある多種多様な酒が置かれている。
 ケンウッドが入店すると、リプリー長官は隅っこの目立たないボックス席に独りで座ってたった1杯のカクテルとつまみ少々を前に置いていた。ケンウッドは同じカクテルを頼み、グラスを持って長官の前に座った。

「複雑な話とは?」

 リプリーはいつも性急だ。ケンウッドは冷たい酒を一口飲んでから、尋ねた。

「何故健康なドーマーは『黄昏の家』を訪問出来ないのでしょうか?」

 リプリーは彼を見返し、暫く黙っていたが、やがて言った。

「私もそれを疑問に感じていた。」
「では、貴方もご存じない?」
「うん・・・長官から長官への申し送りかと思っていたが・・・サンテシマの前任者に問い合わせたことがあった。彼も知らないと答えた。」
「では、理由不明のまま、禁止されていたと言うことですか?」
「月の執行部にも尋ねた。そうしたら・・・」
「そうしたら?」
「意外にも、バカバカしい答えが返ってきた。」
「バカバカしい?」

 リプリーが自身のグラスから一口飲んだ。ちょっと顔をしかめたが、不味そうではなかった。アルコールの刺激が好きでないのだろう。ごくりと呑み込んでから、彼は言った。

「可愛いドーマー達に同胞の死を見せて哀しませたくないからだと・・・」

 ケンウッドは呆れた。同胞の死を看取らせてやった方が、ドーマー達はどんなに喜ぶか。まだ生きている友人に永久の別れを告げるより、ずっと優しくないか?

「何故急にそんなことを聞くのだね?」

 それで、ケンウッドはペルラ・ドーマーの引退希望の理由を説明した。リプリーは哀しそうな顔をした。

「1人、心臓が弱っているドーマーの報告を受けている。コロニーの治療法を受け付けないのだ。ドーマー達は人生の最後に地球人らしく死にたいと言う。我々の延命処置は受けたがらない。ペルラのパートナーは恐らくその男なのだろう。」
「延命処置を受けると、今度は自身がパートナーより長生きすることになります。パートナーを生かそうと思えば、また延命処置が必要です。ドーマー達の世代交代がなくなってしまう・・・彼等はそれも考慮してくれているのです・・・地球人の子孫の為に。」

 リプリーは手で自身の顔を撫でた。汗を拭ったのか、涙を誤魔化したのか。

「自由に行き来出来るようにしてやりたいが、アメリカ・ドームだけの改革で終わらせるのもどうかと思う。次の長官会議で提案しよう。」
「しかし、ペルラのパートナーの命は待ってくれるでしょうか?」
「ペルラには介護の間、あちらに居て良いと言うことにしてはどうかな? ペルラだけでなく、パートナーの居る者達全員にそれを適用してやりたいが、現在のところは彼等だけが該当者の様だ。」

 ケンウッドはリプリーが予想外に柔軟な対応をしたので内心驚いた。そうか、長官職はこの様な権限も持てるのか、と思った。

「ハイネ局長とも相談してみる。これは私に任せてもらって良いかな?」
「ええ、執政官のトップとドーマーのトップで話し合って下さい。」

 リプリーはちょっと微笑んで、グラスの中身を一気に飲み干した。そして咳き込んで、ケンウッドは背中をさすってやるはめに陥った。

「有り難う。」

とリプリーが呻く様に言った。

「何故私がハイネの秘密クラブに入れてくれと言わないか、これでわかったろう?」



後継者 4 - 11

 夕刻、ケンウッドは夕食前に少し運動をしようとジムに行った。着替えて筋トレコースを数分していると、ペルラ・ドーマーがやって来た。彼も運動着だから、先に来ていて副長官を見つけたのだ。
 挨拶の後で、秘書が尋ねた。

「昨夜の私の行動を局長に話されましたね?」
「君が若い連中と夕食を摂ったことかい?」
「会話の内容を彼等からお聞きになったでしょう? 1人、貴方のテーブルに座っていましたから。」

 ケンウッドはマシンを止めて、秘書を振り返った。

「局長から何か言われたのか?」
「後継者の教育には時間をかけろと仰いました。」
「つまり、君に辞めてくれるなと言うことだよ。」

 ペルラ・ドーマーはうっすらと笑った。

「私には私の事情と言うのもあるのですよ、副長官。」
「どこか体調が悪いのか?」
「そうではなくて・・・」

 秘書は頬を少し赤らめて小さな声で言った。

「私にも私生活でパートナーがおります。その彼が引退を決意しました。彼の場合は本当に体調が良くなくて、『黄昏の家』への移動を医療区から勧められています。あちらへ行ってしまえば、彼の体調ではもうこちらへ後進指導に来ることは無理でしょう。健康な者は引退表明しなければ『黄昏の家』を訪問することを許されません。私はパートナーと共に居たいのです。私が動けなくなって向こうへ行く迄、パートナーが生きているとも思えない・・・」

 ケンウッドは胸を突かれる思いだった。ペルラ・ドーマーにも私生活があると、何故今まで思わなかったのだろう? 彼は動揺を隠せなかった。

「グレゴリー・・・何故それを局長に言わないのだ?」
「局長は・・・」

 ペルラ・ドーマーはさらに小さな声になった。

「ずっとお独りでしたから・・・何方とも添われずに孤独に耐えていらっしゃる方ですから・・・」
「馬鹿だなぁ。」

 思わずケンウッドは呟いていた。

「ハイネは仲の良いカップルを引き離すのを何よりも厭うさ。第1秘書の後継はセルシウス・ドーマーが出来るだろう?」
「ええ・・・彼は充分能力があります。」
「それなら、第2秘書を育てる訳だから、君とジェレミーでやれば良い。ちゃんと局長に君の事情を伝えなさい。」

 ケンウッドはペルラ・ドーマーと別れると、更衣室に戻った。端末を取り出してリプリー長官に電話を掛けた。

「長官? 今夜少し時間を取って頂けませんか?」

 リプリー長官はいつものごとく夕食直前まで執務室で業務をしていた様だ。背後で微かに秘書の声が聞こえていたが、内容は聞き取れなかった。秘書は誰かと話している。
 リプリーが尋ねた。

「夕食を摂りながらでは無理かな? 」
「内容をドーマー達に聞かれたくないので・・・」

 ケンウッドは更衣室内に誰か居るかも知れないと思い当たり、急いで付け足した。

「今は聞かれたくないと言うだけで、深刻な話題ではありませんが。」
「複雑そうだな。」

とリプリー。

「夕食の後でバーで一杯やりながらでは、どうかな? 」
「長官は飲めないのでは?」
「カクテル1杯ぐらいなら平気だ。」
「では・・・9時で?」
「いいとも。」

 地球人類復活委員会は、ドームを「誕生の場」と定めている。そこで暮らし働くドーマー達には、死に関わらせないようにしているのだ。ケンウッドはそれがどうしても理解出来ない。生きとし生けるものは全て生まれて死ぬ。死も生の一部ではないのか? 健康なドーマーが「黄昏の家」を訪問して何が悪いのだ? 会いたい人がそこに居るなら、会わせてやっても良いではないか。

後継者 4 - 10

 お昼になると、ペルラ・ドーマーとセルシウス・ドーマーの2人の秘書は前後してほぼ同じ頃に休憩に入った。ハイネはセルシウスの端末にメールを入れた。

ーーグレゴリーは今何処だ?

 多分、セルシウスは何故局長は本人の端末に電話しないのかと疑問に感じただろう。しかしすぐ返信が来た。

ーー一般食堂です。
ーー有り難う。

 ハイネは執務室を出た。いつもより早い休憩に、遺伝子管理局本部ロビーの受付係がちょっと驚いていたが、ハイネは何も言わずに「昼休憩」のチェックを入れて出かけた。そのまま真っ直ぐ一般食堂に行き、入り口から中を伺うと、ペルラ・ドーマーが南米班と中米班の局員が数名固まって座っているテーブルに混ざっているのが見えた。面子はやはり50代の年長者ばかりだ。恐らくスペイン語で喋るグループのはずだが、ペルラは英語で押し通すだろう。
 ハイネは自身の食べ物を取ると、そのテーブルに向かった。彼が子羊のチーズ載せオーブン焼きを無視したので、司厨長がびっくりして見送った。

「ローガン・ハイネ・・・一体どうしたんだ? 体調が悪いのか?」

 ハイネは無視して部下達のテーブルの隣に席を取った。ペルラ・ドーマーの背後だった。南米班の男が1人彼に気が付いたが、ハイネは指を立てて振って見せた。「俺を無視せよ」と解釈した部下は黙って仲間に向き直った。
 ペルラ・ドーマーは若い連中に質問していた。

「君等の中で内勤で部下に指図が出せる役職に興味がある者はいないかな?」
「それって、秘書ってことっすよね?」
「うん・・・地味だがね・・・やり甲斐はあるよ。」
「今朝、北米班の秘書が貴方にやり込められていましたよね?」
「もう噂が広まっているのか?」
「アッと言う間に拡散しますって!」
「普段秘書に押さえつけられてるヤツが面白がって広めるんす。」
「それは恐いなぁ・・・」

 テーブルを囲む男達が笑った。笑いながら、2,3人が隣のテーブルに誰が座っているのか気が付いた。ハイネは仕方が無く、また指を振って見せた。部下達は素直に従ってくれた。
 1人の部下がペルラに言った。

「この中にはいないっすけど、ちょっと若いグループで内勤に興味のある男がいます。」
「若い?」
「ええっと・・・」

 その男は隣の仲間を見た。

「あいつ、フルネームは何だっけ?」
「フルネーム? あいつは名前しかないよ、姓のない親から生まれたから。」

 ハイネもペルラもその返答で、誰だかピンときた。ハイネは心の中で呟いた。

 ネピア・ドーマーか?

 ペルラも確認した。

「ネピア・ドーマーのことか?」

 テーブルの一同が頷いた時、司厨長がハイネの横に立った。

「ローガン・ハイネ、なんで今日に限って子羊のチーズ載せオーブン焼きを無視するんだ?」

 テーブルを囲む部下達が、いや、食堂内に居た全ての人々が振り返った。ハイネは思わず額に手を当ててその肘をテーブルに突いた。

「後で食べるから、置いておけ。」
「否、これは焼きたてを食べる物だ!」

 ジュージュー音を立てる肉を載せた保温プレートがハイネの目の前にドンッと置かれた。ハイネは顔を伏せたまま文句を言った。

「まだ支払っていない!」
「後払いで結構、俺と貴方の仲だ。」

 司厨長はハイネの正面にどさっと座り込んだ。引退を考えているとは思えぬ血色の良い顔で局長の表情を読み取ろうと覗き込んだ。

「どこか具合でも悪いのか?」
「すこぶる健康だ。」
「では、食え!」

 局長、とペルラ・ドーマーの声がハイネを呼んだ。

「盗み聞きした罰です、司厨長のご厚意を受けて下さい。」

 ちぇっ、とハイネは心の中で毒づいた。盗み聞きしながら大好物を食べたくなかったのに・・・。
 司厨長は秘書をチラリと見て、またハイネに向き直った。

「部下の動向を探っていたなんて言わないでくれ、ローガン・ハイネ。貴方に隠密行動は絶対に無理だ。」

 だからハイネは渋々言い訳した。

「たまには部下達の日常会話を聞きたかったんだ!」

 司厨長は彼の肩をぽんぽんと叩いて、厨房に戻って行った。ハイネは彼の後ろ姿にアッカンベーをして、それから料理に向き直るとチーズ料理に襲いかかった。
 ペルラ・ドーマーがテーブルのメンバー達に挨拶して、トレイを持ってボスのテーブルに移動して来た。

「同席許可願います。」
「もう座っているじゃないか。」

 時々子供みたいになる上司に、ペルラ・ドーマーは微笑んで言った。

「候補を数名目星を付けてからお話しようと思っておりました。」

 ハイネは、ケンウッドの懸念が本当だったのだな、と内心落胆したが、表情に出さずに言った。

「教育には念を入れてかかれ。時間がかかってもかまわない。」



2017年9月16日土曜日

後継者 4 - 9

 翌朝、ローガン・ハイネ・ドーマーは定刻に出勤した。既に第2秘書ジェレミー・セルシウス・ドーマーが来ており、仕事の準備をしていた。休憩スペースのお茶の補充も忘れない。第1秘書の姿が見えないな、と思ったら、セルシウスが素早く説明した。

「ペルラ・ドーマーは北米北部班チーフのオフィスへ行っています。昨日の二重死亡届けの件で・・・」

 ハイネはわかったと答え、執務に取りかかった。普通はチームリーダーを連れて来いと班チーフに局長室から指示を出すのだが、ペルラはこの手のミスの場合、局長が新しい業務に取りかかるのを邪魔しないよう、秘書レベルで解決する。秘書が局長室に部下を呼び出す訳にいかないから、自らチーフ執務室へ出向いた。恐らく届け出を局長室に廻した北米北部班チーフ秘書がペルラに叱られるのだ。秘書は内勤専門だから、チーフや部下達が外勤で不在でも執務室に居る。
 ハイネは昨日誕生した赤ん坊のリストを出し、出生確認を行った。予定日を過ぎても生まれない子供の名前を残して生まれた子供の記録を別のファイル「出生届け済み」に移動させた。これで子供達は法律上正式に「生まれた」ことになった。地球人としての権利が保障され、成人後の納税義務が生じる。当然ながら要チェック遺伝子保有者リストを開き、遺伝病の因子を持っている赤ん坊や、地球人が大昔から持っている所謂「超能力」保有者や、ドームが管理対象としない進化型3級、4級などの遺伝子保有者をそこに登録する。この作業にハイネは毎朝2時間を費やす。南北アメリカ大陸で生まれた全ての赤ん坊の遺伝子情報に目を通すからだ。
 次に死亡者リストのチェックだ。地球人の死亡を法的に承認して、遺族の遺産相続権を確定させる。次いで要チェック遺伝子保有者リストから死亡者を削除する。ただし、死者の遺体が何らかの方法で保存される場合は要追跡ファイルに加える。要追跡ファイルは各地の支局に配信され、支局は遺体が登録場所から移動されないか、傷つけられないか監視するのだ。この作業が終わればお昼だ。
 但し、これらの時間割は割り込みの仕事が入らなければ、の話だ。中央研究所の長官や副長官から呼び出しが来れば、出かけなければならないし、クローン製造施設から胎児育成に関して報告があれば話を聞かねばならない。出産管理区からも緊急連絡が入ることもある。収容された妊産婦に異変が起きた場合だ。母親が、または赤ん坊が、最悪の場合は母子共に命を失うこともあるのだ。どんなに科学が進んでも出産は命がけだった。
 遺伝子管理局内でも、部下が相談や報告で面会を求めて来る。聡い部下は局長の手が空く午後に連絡を入れるが、無頓着な者は時間を考えずに何時でも電話してくるのだ。
 幸いなことに、昨日誕生した人数は日平均より遙かに少なかったので、出生確認はすぐに終わった。特殊遺伝子を持つ子供の誕生もなく、ハイネ流に言えば「穏やかな1日の始まり」だった。恐らく出産管理区でも平和な1日だったので、キーラ・セドウィックは1日の終わりにプールに出かけてハイネを見つけたのだ。
 死亡届け承認を始めてすぐにペルラ・ドーマーが戻って来た。その朝初めて局長と顔を合わせたので、互いに挨拶を交わし、ペルラは自身の執務机に着いた。

「昨日の二重届け出があった死亡者の件ですが、報告してよろしいですか?」
「よろしい。」
「どうやらあれは支局のミスではなく、詐欺事件の様です。」

 珍しい言葉に、ハイネとセルシウスはそれぞれ仕事の手を止めてペルラ・ドーマーを見た。

「詐欺と言ったか?」
「はい。死者の2人の息子が別々の支局に父親の死亡届けを出して遺族年金の二重取りを企んだと思われます。警察の仕事ですから、我々はそれ以上は追跡しませんが、市民権登録がマザーコンピュータ上1人1件であることを知らずに、居住地の役所毎に死亡届けを出せば、出した数だけ遺族年金が支払われると考えたようですね。」
「届け出を受け付けた局員も複数か?」
「はい、それもわざわざ支局巡りの局員が別人であることを確認した上での犯行です。」
「チームは同一なのか?」
「はい。ですから、まとめたチームリーダー秘書の見落としですから、厳重に注意しておきました。」
「わかった。ご苦労だった。」

 ペルラは軽く頭を下げて、今日の仕事に取りかかった。70歳を過ぎようとしているが、彼はまだ現役を続けられるはずだ。ハイネは昨夜のケンウッドの言葉を思い出し、副長官の杞憂ではないかとふと思った。ペルラ・ドーマーが引退を考えているのではないか、とケンウッドは懸念を抱いたのだ。
 ペルラ・ドーマーは「死体クローン事件」と言う30年以上前に起きた事件の捜査で大怪我を負い、外勤務の局員から引退を余儀なくされた。それから内勤で頑張ってきた。ハイネは「死体クローン事件」の時は内務捜査班の捜査官だった。入院中のペルラを見舞いがてら事情聴取したのだ。その時、怪我で弱っているにも関わらずペルラ・ドーマーがきちんと情報を整理して証言したことに感心した。それ以来、内務捜査班の仕事で中央研究所に提出する報告書は内勤職員が清書するので、ハイネはいつもペルラに依頼した。局長就任が決まった時には、すぐ第1秘書の任をペルラに要請したのだ。
 思えば30年以上の付き合いだ。ハイネはこの部下をまだ手放したくなかった。