2017年8月20日日曜日

後継者 1 - 3

 訓練所は16歳から20歳前後の若いドーマー達が職業訓練を受ける場所だ。彼等は10歳の頃に大方が将来の職業を決められてしまうので、その進路に合わせて勉強する。勿論、訓練所で異なる適性が発露されて進路転換することも可能だ。つまり、ドーマーにとっては訓練所時代が一生を決める大切な時間と言うことになる。
 生まれながらに遺伝子管理局長になると決められていたローガン・ハイネ・ドーマーにとっては唯の「高校時代」みたいなものだろう、とケンウッドは思った。彼はここで仕事のやり方を学んだが、他の子供達とは全く別のことを教わったはずだ。つまり、「いかにして部下や後進を指導して行くか」と言うリーダーとしてのあり方だ。
 ケンウッドはとっくに気が付いていた。ハイネの喋り方が他のドーマーと異なると言うことを。発声からして違う。ハイネは低い声で話しても相手の心に響く様な音声で話す。抑揚も話す速さも発音も全部計算し尽くした様な話し方だが、勿論本人は自然に話している。彼を教育した執政官が、彼がリーダーとして人前で話すことを想定して幼児期から訓練したのだ。だから、初めて彼と対面するコロニー人達は、古い映画で見る地球の王侯貴族を彼の話し方から想像してしまう。そして彼の独特の容姿と合わせて彼は高貴な血統の生まれなのかな、と思うのだ。
 その日訓練所に居たのは15名の若者達で、ケンウッドの授業を受けた経験があるのは3名だった。勿論遺伝子管理局に入局が決まっている少年達だ。彼等は、ケンウッド先生とハイネ局長の見学に気が付くと、一気に緊張した。ケンウッド先生が副長官に就任したことは少年達にもとっくに伝わっており、彼等は「凄い人」に教わったことを誇りに感じた。その「凄い人」が、局長と言うドーマー界の超大物と同行して参観しているので、緊張度マックスだ。その時、彼等は護身術の訓練中だった。これは少年達全員が受けるので、15名の若いドーマー達はドーム幹部に「いいところ」を見せようと張り切った。
特に遺伝子管理局局員候補生3名と保安要員候補生2名は地球人らしい見事な筋肉を動かして格闘技を披露した。

「あの子・・・」

とハイネがケンウッドに1人の少年を指して囁いた。ケンウッドもその少年に気が付いていた。とても目立つのだ。身長はハイネと同じくらい高い。肩幅が広いがっしりとした印象だが、動きを見ているとかなりしなやかだ。筋肉も綺麗にバランス良く付いている。少年の肌は浅黒い。汗でキラキラと輝いている。アフリカ系とアメリカ先住民の血が混ざった南米系の少年だ。勿論、局員候補生なので、ケンウッドは彼を教えたことがある。正直なところ・・・

「あの子は落ち着きがなくてね・・・」

とケンウッドは囁き返した。

「かなりおちゃらけた性格で、養育係も手こずっている。」
「知っています。かなり特殊な生まれの子ですから。」

 少年は母親の胎内に居る時点でドーマー候補に選ばれたのではなかった。新生児誕生リストに載った段階で、母親が出産を拒否した。母親にも子供にも不幸なことに、性犯罪で宿ってしまった生命だったのだ。母親は堕胎を希望し、母親の家族も彼女を保護した警察も診察した病院も彼女の希望を受け容れてくれるよう、担当支局に訴えた。
 地球人類復活委員会は、この世に生を受けた者を大人の事情で排除することを良しとしなかった。彼等はアメリカ・ドーム南米分室に命じ、母親を保護し、胎児を生きたままで母胎から取り出した。胎児は直ちに人工子宮に入れられ、母親は子供が死んだものと思い込み、分室を去った。南米分室は胎児を育て、新生児としてこの世に出した。
 普通なら、その子は養子に出されるはずだった。しかし、父親が誰なのか判明しなかった。父親は遺伝子管理局のリストに載っていない違法出生者だったのだ。遺伝子履歴が判明しない子供はドームの外に出さない、と言う遺伝子管理法が適用され、その子はドーマーとして育てられることが決定した。ところが、ここで予想外のことが行われた。
 南米分室のスタッフ達は、その子がとても可愛らしかったので、ドーム本部に送らずに自分達で育てることにした。これは勿論違反だ。しかし、南米の大らかさで、彼等は自分達の決定を本部の連絡することもなく、その子供を育てた。まるで子犬を可愛がる様に、その子は自由気ままに分室と外の世界を行き来して、一般人と混ざって遊んでいた。
 何時まで経っても南米から子供が送られて来ないので、本部から連絡を受けた月の委員会から視察団が南米に行き、その子を発見した。子供は既に5歳になっていた。分室スタッフは更迭され、大規模な人員入れ替えが行われた。その間、子供は南米に留め置かれたままだった。遺伝子管理局長ハイネが再三にわたって月の委員会執行部をせっつき、やっと子供が北米のドーム本部に来たのは9歳になる直前だった。
 外の世界を知っている子供を他の幼いドーマーと一緒には出来ない。執政官達はそう判断した。その子は隔離養育された。教育の大本からのやり直し、子供の人としての認識の書き換えだ。南米分室での公用語はスペイン語とポルトガル語だったので、子供は英語教育もみっちり仕込まれた。厳しい教育を受けたのだが、その子は天真爛漫さを失わなかった。

「あっ! ローガン・ハイネとケンウッド先生だ!」

 局長を呼び捨てにして、少年が仲間から離れて2人の見学者のそばへ駆け寄って来た。

後継者 1 - 2

 養育棟はドームの中にあって別世界だ。そこでは新生児から15歳迄の少年少女が大人社会から隔離されて養育されている。彼等はひたすらドーマーと呼ばれる特殊な生活環境で生きる地球人として教育されるのだ。コロニー人には決して反抗しないが地球人としての誇りは持つこと、ドーマー達は全員家族で、血縁など絶対に意識しないこと。ドーマーの親は執政官であり、ドーマーの子は地球全体の子供であって個人の子供ではないこと。
 要するに、コロニー人がドーム行政を行うに当たって、都合の良い労働者を養育しているのだ。それがケンウッドの認識だった。子供達は誕生と同時に親から引き離され、親は代わりにクローンの女の子を与えられる。そして我が子だと信じて家族が待つ我が家へ帰って行く。残された子供達の大半は養子として外へ出されるが、執政官会議でドーマーとして採用が決まっている赤ん坊だけがドームに残され、ドーマーとして育てられる。
 ケンウッドはローガン・ハイネ・ドーマーと共に養育棟の建物に入った。IDをチェッカーにかざしてセキュリティを通り、通路を歩いて行くと、やがて賑やかな子供達の声が聞こえてきた。
 ハイネがこの3年間闘病生活をしていたので、現在新生児から3歳迄の子供はいない。現在いるのは3歳から6歳迄の幼い子供達8名だけだ。本来なら20人前後はいなければならないのだが。だからハイネは今回の会議で6名の補充を申請した。1年間に6名は多いのだが、3年のブランクがあるので仕方が無い。
 子供達は丁度砂場遊びの時間だった。室内に設けられた砂場で自由に転げ回って遊んでいた。相撲をしている子供や砂で何か山やらを作っている子供、ただ這いずり廻って砂の感触を楽しんでいる子供・・・。
 監督している養育係の執政官が副長官と遺伝子管理局長に気が付いて会釈した。幹部の見学は久し振りだ。前任者のリン長官の時代は殆ど誰も来なかった。養育棟は忘れられたのかと思われるほど、前任者は無関心だったのだ。だから、養育係は、ケンウッド副長官がニコニコしながら子供達を眺めているのを見て、心から安堵した。そしてハイネ局長が無表情なのを見て肩をすくめた。ハイネはドーマーだから、ここで育ったのだ。そしてドーマーだから、幼い者を見ても無感動だ。関心はあるのだが、幼子が可愛いとか、そんな人としての当たり前の感情がドーマー達には乏しい。女のドーマーはやはり母性本能があるのか、子供達を見ると触りたがるし、話しかけてみたり、抱いてみたりする。
 ケンウッドも隣に立っているハイネの無反応に気が付いた。ハイネは子供達が成長した時にどんな能力を発揮するか、それだけを想像しながら見ているのだ。友人のそんな様子に、ケンウッドは心の奥底で何かチクリと痛みに似た感情を覚えた。

 彼をこんな風にしか子供を見られない人間にしてしまったのは、我々執政官の責任だ。

 ケンウッドはわざと質問してみた。

「ハイネ、自分の子供時代を思い出したのかね?」

 ハイネが首を動かして彼を見た。

「半世紀以上も昔のことをですか?」

と彼が聞き返した。

「70年も前ですよ? 忘れてしまいましたよ。」
「そうかい? ダニエル・オライオンと遊んだろ?」

 言ってしまってから、ケンウッドは後悔した。オライオンは禁句にすべきだったろうか? しかし、ハイネは砂場に視線を戻し、そう言えば、と呟いた。

「砂の中が冷たくて気持ちが良かったです。ダニエルと2人で砂に潜って髪の中まで砂だらけになりました。養育係に叱られましたっけ。」

 と、彼は砂場の子供に不意に声を掛けた。

「おい、そこの坊主、砂を食うな!」

 養育係が慌てて砂を口に入れた子供の方へ走った。ケンウッドはちょっと安心した。ハイネは無感動なだけで無関心ではない。ちゃんと子供達の安全に気を配って観察していたのだ。養育係の助手のドーマー達が砂を食べるなと子供達に注意を与えるを聞きながら、2人はそこを後にした。
 次は訓練所だ。

2017年8月19日土曜日

後継者 1 - 1

 ニコラス・ケンウッドは大会議場を出ると一直線に最寄りのトイレに駆け込んだ。ドアの中に跳び込むと、驚いたことに洗面台の前にハイネ局長が立っていて手を洗っているところだった。ハイネはいきなり跳び込んで来たケンウッドにちょっと驚いた様子だったが、すぐ自身の背後の個室のドアを振り返った。閉じられたドアの向こうで「おえっ!」とヤマザキ医師の声が響いた。
 ケンウッドも空いている個室に跳び込んだ。ドアを閉じるのももどかしく、すぐに便器の上に体をかがめた。
 なんとか胃の中の物を出して楽になったので個室から出ると、壁にもたれてハイネがクックと笑っていた。

「『スリーピーボーイズバーボン』ですな?」
「そうかい?」
「あれを飲んだのは貴方とドクターの2人だけです。」
「口当たりの良い、飲みやすい酒だった・・・」
「あの酒は飲んでから数時間後に胃にくるのです。私はあれを初めてもらった時に酷い目にあったので、昨夜はパスしました。」
「一言言ってくれれば良かったのに・・・」
「コロニー人は大丈夫だと思ったんですよ。」
「2人で1本空けてしまった・・・」
「平気そうに見えましたがね。」
「飲んだ時は平気だった。会議中におかしくなったんだ。」
「ドクターはもっと早くに影響が出ていました。」

 すると、個室から声がした。

「アジア系は肝臓がそんなに強くないんだよ!」

 数分後、ヤマザキがまだ白い顔で個室から出て来た。洗面台で顔を洗い、口をゆすいで、やっと落ち着いた様子だった。

「局長は養育棟に行くんじゃなかったのかい?」
「これから行きますよ。貴方方が跳び込んで来たので、心配で様子を見ていただけです。」

 それでケンウッドはリプリー長官から休む許可をもらったことを思い出した。

「長官が気を利かせてくれて会議を休めるんだ。私も養育棟を見学に行っても良いかな?」
「どうぞ。」

 ヤマザキは哀しそうな顔をした。

「僕はコートニー医療区長が会議を欠席しているので、議場に戻る。」
「無理するなよ。」

 ケンウッドの思いやりの言葉にヤマザキは感謝の意を込めて微笑んだ。そしてハイネを見た。

「ところで、局長、貴方に酒を与えたのは誰です? ドーム内でドーマーに酒を販売出来るのはバーだけで、しかも店から持ち出し禁止のはずだが?」

 しかし、簡単に口を割るハイネではなかった。

「世の中、いろいろと親切にしてくれる人が大勢いましてね、その人々の善意を踏みにじる様な行いは、私にはとても出来ません。」
「ローガン・ハイネ・・・」
「あの部屋の中の酒の種類の数ほどの人数の名前をここで挙げろと仰っても無理です。」

 老獪な局長はニヤリと笑った。

「貴方は少なくとも5人の方の善意を飲まれましたし・・・」



2017年8月18日金曜日

侵略者 11 - 3

 その日の執政官会議は久し振りにドーマー採用検討会だった。出産管理区の責任者キーラ・セドウィック博士が次年度の新生児誕生予定票を中央の会議テーブルの3次元スクリーンに立ち上げた。白い文字で書かれた番号の新生児が取り替え子にされる子供達だ。これらの子供達の選定は先の執政官会議で為されているので討論の対象ではない。白文字の新生児の母親の名前の後ろに付けられた赤い星印、それがドーマー採用候補の印だった。赤い星を付けるのは遺伝子管理局長の仕事で、親の人種、職業、収入、社会的活動、地位、宗教などが選定要素とされている。さらに一人の母親が産む子供に関して、2人以上の取り替え子はしない。この年の採用予定数は6人で、ハイネは27人の候補に赤い星を付けていた。その27人の中から6人を選ぶのは執政官の仕事で、会議で何故その子供をドーマーにするのか、ドーマーにふさわしい遺伝子なのか、とことん話し合う。話合いの結果次第では6人未満になる場合もある。
 執政官達が話し合っている間、遺伝子管理局長は腕組みをして目を閉じ、船を漕いでいた。退屈なのだ。ドーマーになる予定の新生児はまだ母親の胎内にいるのだし、ドーマーとして取り替えられても、配属される部署が決定するのは10歳になる迄待たねばならない。地球人の出番は当分ない。だからハイネ局長は堂々と居眠りをしていた。
 副長官のケンウッドはそんなハイネが羨ましかった。昨晩、ホストのハイネが一番大量に酒を飲んだはずだが、少しも顔に出ない。誰にも気づかれていない。

 だから今まで彼に飲酒の習慣があるなんて誰1人夢にも思わなかったのだ。

 ケンウッド自身は二日酔いではないが、全身がだるくて早く横になりたかった。
 ヘンリー・パーシバルは自身の専門分野の研究に役立ちそうな新生児がいないので、無関心を装ってファンクラブと机の下でメールのやり取りをしていた。少し眠たそうだが、ケンウッドは助けてやれない。
 ヤマザキ医師は可哀想に宿酔で顔色が良くなかった。下を向くと気分が悪いのが酷くなるので顔を上げている。医療区の仕事が立て込んでいると言い訳して帰れば良いのに、とケンウッドは同情した。
 隣に座っていたリプリー長官がケンウッドに囁いた。

「昨夜は随分盛り上がったようですな。」
「お恥ずかしい・・・」

 ケンウッドも囁き返した。

「久し振りなので調子に乗りすぎました。次回は長官もいかがです?」

 リプリーが苦笑した。

「遠慮します。私は下戸なんだ。」

 その時、執政官の中からハイネ局長を呼ぶ声が聞こえた。

「局長、遺伝子管理局は新人を何人希望するのですか?」

 ケンウッドはそちらへ目を向けた。男の執政官が立ち上がってテーブル上の3次元リストを指しながら、数人の新生児にチェックマークを付けていた。
 ハイネは目を開いて面倒臭そうに応えた。

「そんな20年も先のことなんか、わかりませんよ。第1、私は生きていないかも知れない。」
「そんなぁ・・・」

 と執政官が不満気に声を上げた。

「局長が生きていないのだったら、僕等はなおさらだ。」

 議場内で笑いが起こった。ハイネは立ち上がった。

「20年先に人員の補充が必要かどうか、これから養育棟へ行って子供達を見て来ます。」

 意味不明のことを言い、彼は誰の返事も待たずに議場を出て行った。執政官達は呆気にとられた。討議はハイネ抜きでもかまわないが、彼が出て行った理由がわからないのだ。
 その時、ヤマザキ医師が立ち上がった。

「すみません、ちょっと席を外します。」

 顔が真っ青だ。リプリー長官が頷いて了承を伝えると、彼はすぐに出て行った。
 パーシバルがそれを見送り、ケンウッドを見た。ケンウッドは自身も胃がむかむかしてくるのを感じた。

 まさか、2日酔い?

  彼はリプリーに向き直った。

「長官、私も中座させて頂きます。どうも・・・体調が良くなくて・・・」

 リプリーは呆れるより先に笑った。

「この後が無理なら休んでもらって結構。会議で決まったことは後でメールしておく。」
「よろしくお願いいたします。」

 ケンウッドまでが立ち上がったので、パーシバルが不安気に見た。この男は何にも感じない様だ。ケンウッドは彼に微かに頭を下げ、急いで議場から出て行った。





2017年8月17日木曜日

侵略者 11 - 2

 ローガン・ハイネ・ドーマーの部屋は、コロニー人・ドーマー共通の妻帯者用アパートにあった。それも最上階の角部屋、一番上等の部屋だ。彼を育てた執政官達は、彼に最上級の部屋を与えたのだ。その証拠に、ハイネの部屋は本当に半世紀以上たった古い家屋の雰囲気を持っていた。部屋の数や配置は他の妻帯者用と変わらないが、寝室もリビングも少し広い。造り付けの家具もリフォームされた形跡が全くなくてアンティークなデザインのままだ。アパート自体はドームが建設された200年前から存在するが、インテリアは住人が替われば改装されるのが常で、古いインテリアは住人が交替していない証拠だった。
 ケンウッドは同僚の部屋に訪問したことが何回かあるが、殆どの執政官が仮住まいらしい質素な生活をしており、趣味の品物と研究資料しか部屋に置いていない。もっとも彼はドーマー用のアパートに入ったことがないので、ドーマー達がどんな私生活をしているのか知らない。部屋の造りはコロニー人もドーマーも同じはずだが。
 ハイネの部屋の装飾は、酒瓶だった。地球内外の綺麗なデザインの酒の容器が棚に並べられていた。狭いキッチンの食器棚もほとんど酒瓶だ。中身が入っているものがあれば、完全な未開封品もあった。酒瓶が載っていない棚はグラスが占拠していた。
 ケンウッドが見とれている間にハイネは寝室に入ってスーツから部屋着に着替えた。ケンウッドも上着を脱いでタイを外し、ポケットに入れた。楽な姿になった時に、ヘンリー・パーシバルとヤマザキ・ケンタロウがやって来た。室内に入るなり、2人は酒瓶コレクションを見て思わず歓声を上げた。

「ドームのバーに負けていないぞ、これは!」
「ハイネ、まさか毎晩飲んだくれてるんじゃないだろうな?」
「飲むのは次の日に大事な会議が入っていない夜だけですよ。」
「それじゃ、ほぼ毎晩だ。」
「違いますって!」

 寝室でハイネが怒鳴った。パーシバルはケンウッドを見てニヤリと笑い、手土産の箱を掲げて振って見せた。

「素直に白状しないと、ポン・デ・ケイジョをやらないぞ。」

 次の瞬間、電光石火の早業でハイネが寝室から跳びだして来てパーシバルを抱きしめた。

「本当に飲んでませんって、信じて下さい、愛しいヘンリー!」
「君が愛おしく思っているのはポン・デ・ケイジョだろ!」

 ケンウッドとヤマザキは腹を抱えて笑った。
 パーシバルを放したハイネが棚の説明をした。寝室に近い棚に蒸留酒、キッチンの棚は醸造酒、テレビのそばの棚は混成酒で、各上段が地球産、下段がコロニー産、それぞれ10種ずつ冷蔵庫で冷やしてあり、氷は充分用意してあること・・・。

「お好きなものをお好きなだけどうぞ。つまみは食品庫からご自由に出して召し上がって下さい。」
「待て待て、まずはケンさんが副長官に就任した祝いだ。」

 ヤマザキがワインの壜を冷蔵庫から出して、4つのグラスに注いだ。それで
4人でケンウッドの副長官就任と健康を祝福して乾杯した。
 次にまたヤマザキがグラスを満たし、ハイネの全快祝いだと言って乾杯した。

「忙しくて今まで祝えなかったからね。」
「それじゃ、次は僕だ。ポール・レイン・ドーマーがリンから開放されたお祝いだ。」

 それから4人はダリル・セイヤーズ・ドーマーが逃げたきり見つからないことに自棄酒だ、と乾杯し、その日出産管理区で赤ん坊が18人生まれたことを祝福して乾杯し、もうすぐ日付が変わると言って乾杯し・・・
 ケンウッドが喉の渇きで目が覚めた時、午前3時前だった。1,2時間しか眠っていないが、彼はいつの間にか入り込んでいた小寝室から出て、水を飲んで室内を見廻すと、ソファの上でヤマザキが寝込んでいた。主寝室のドアが開放されたままで、2つあるベッドの片方だけに何故かハイネとパーシバルが仲良く寝ていた。と言っても、パーシバルは壁にもたれかかって鼾をかいており、ハイネは彼の膝に頭を預けていた。

 確かに、ヘンリーはハイネをチーズで手懐けている。あの馴れ馴れしさは行政を担う者同士には不適切だな。

 ポン・デ・ケイジョの箱を覗くとまだパンが残っていたので、1個口に入れた。弾力のあるパンを噛んでいると頭が冴えてきた。もう少し寝たかったので、1個だけで止めて、また小寝室のベッドに戻った。

 ここで酒を飲んでしまったら、もう没収は出来ないなぁ・・・

そんなことをぼんやり思い、再び彼は眠りに落ちた。

2017年8月16日水曜日

侵略者 11 - 1

 翌朝の執政官会議でリプリー新長官とケンウッド新副長官はアメリカ・ドーム執政官達から名実共にトップに承認された。この会議には勿論遺伝子管理局長も出席しており、執政官の何人かはハイネの顔色を伺うかの様に、そっと彼の方を見た。ハイネは普通に新長官と新副長官を承認する拍手をして、会議は無事終了した。
 会議が解散すると、リプリー長官はケンウッド副長官、クーリッジ保安課長、ハイネ遺伝子管理局長を長官執務室に呼んだ。そして4名のドーム最高責任者によるマザーコンピュータアクセス権の書き換えを行った。サンテシマ・ルイス・リン長官の権利を削除して、リプリー副長官の権利も削除すると、次にリプリー長官の権利とケンウッド副長官の権利を登録する。2名を削除して2名を新たに登録するので、変化しない2名、クーリッジ保安課長とハイネ遺伝子管理局長の作業が多くなり、全てのコードの書き換えに夕方迄かかってしまった。リプリーにとっては2回目、クーリッジ、ハイネにとってこれは3回目の経験だったが、ケンウッドは初めてだったので戸惑ったし、閉口した。

「この4名の中の誰か1人でも交代すれば、その度にこの作業が待っているからなぁ。」

とクーリッジ保安課長がぼやいた。するとハイネが

「4名全員が1度に交代すればどうなるのです?」

と尋ねて、保安課長を考え込ませた。リプリーが長官らしくその点は学習しており、

「他のドームの長官が立ち会うのだ。地球人はそれとは別のドームの遺伝子管理局長が担当する。新人に手順を教えなければならないからな。旧メンバーは立ち会えない。新規のパスワードを覚えられてはいけないからだ。」
「理解しました。」

 ハイネが殊勝に新長官に頭を下げて見せた。
 ケンウッドは自身が地球の最高機密を扱うコンピュータのアクセス権を持ったことがまだ信じられなかった。

「私がこのコンピュータを呼び出すことがない様に祈っています。億と言う地球人の運命を背負っていると考えただけで押しつぶされそうな気分です。」

 ハイネがチラリと彼を横目で見た。貴方はそんなちっぽけな玉かい? と言われた様な気がして、ケンウッドは大きく息を吸った。

「勿論、責任を投げ出す様なことは絶対にしません。」

 リプリーが苦笑した。

「私が言おうと思ったことを言わないでくれないか、ケンウッド副長官。」

 上位の者の喋り方が少し様になってきた。
 長官室の外に出て隣の会議室で仕事をしていた秘書達がやっと呼ばれて戻って来た。

「皆さん、お食事もまだなのではありませんか?」

とロッシーニ・ドーマーが心配して声を掛けた。リプリーが首を振った。

「ああ、今日はこれで終わりだ。みなさん、ご苦労様でした。解散としよう。」

 ケンウッドが気を利かせて、一緒に夕食でも、と声を掛けたが、リプリー長官はまだ書類整理があるので携行食で済ませる、と言った。彼は秘書達に帰宅を許可したので、残りの人々は長官室を辞した。
 通路に出ると、クーリッジ保安課長もまだ用事があるから、と保安課本部へ足早に立ち去り、ケンウッドとハイネの2人だけが残った。ハイネが尋ねた。

「どちらの食堂にします?」

 ケンウッドはアパートに近い中央研究所にしようか、気安く食事が出来る一般食堂にしようかと迷った。ハイネは一般食堂の方が好みだな、と思ったのだが、そのハイネが

「今日は疲れたのでアパートに近い方にしませんか?」

と提案したので、結局中央研究所の食堂に出かけた。
 遅い時刻になっていたので、食堂は空いており、マジックミラーの壁の向こうの出産管理区も半分照明が落とされていた。妊産婦達の食事時間はとっくに終わって、一部のスタッフが利用しているだけだった。
 夜も遅いので、ハイネは軽いサラダやデリカテッセン類だけを取った。ケンウッドもメインを少量だけ取り、サラダ類だけでお腹を満たした。
 2人で静かに食べていると、やがてハイネが話しかけて来た。

「昨日は15代目と何を話しておられたのです?」
「気になるのかい?」
「あの後で爺様を『黄昏の家』に送って行く時、あの人が妙に静かだったので。喋り疲れたのだと推測しました。」

 ケンウッドは思わず笑った。ハイネは更に続けた。

「エイブラハムとジェレミーも貴方の秘書を連れてサロンに移動していましたし・・・」

 ケンウッドは隠し事は好きでなかった。しかし真実が必ずしも善と言う訳でもない。

「副長官としての心得を講義してもらったんだよ。」

 これは嘘ではない。半世紀前の執政官が犯した過ちを教えてもらったのだ。支配者側の身勝手な考えで1人の若いドーマーの心を深く傷つけてしまったと言う過ちを。マーカス・ドーマーは人間の純粋培養計画の愚かさを伝えてくれた。人間を動物園の希少動物みたいに扱うことの恐ろしさを教えてくれた。
 ハイネは、その恐ろしい体験をした本人はとっくにそれを乗り越えたのだろうが、ケンウッドの顔を眺め、ふーん、と言ったきりでそれ以上は聞かなかった。
 ケンウッドの端末に電話が着信した。出ると、ヘンリー・パーシバルだった。

「もうコード書き換えは終わったのかい?」
「うん。今、ハイネと2人で晩飯中だ。」
「どこで?」
「中央・・・もうすぐ終わる。」
「飲まないか? ちょっとお祝いしたい。」

 するとハイネがその声を聞きつけてケンウッドに囁いた。

「よろしければ、私の部屋で飲みませんか?」

 ケンウッドは思わず彼の顔を見た。もしもし? とパーシバルが声を掛けた。
ケンウッドはハイネを見たまま、端末に言った。

「ハイネが彼の部屋に来いとさ。」
「マジ?」

 パーシバルの声のトーンが上がった。

「行って良いのか?」

 ハイネが声を出した。

「どうぞ、ご遠慮なさらずに。」
「そんじゃ、ヤマザキも連れて行くぞ?」
「どうぞ。」

 ケンウッドは時間を打ち合わせして電話を終えた。ハイネが可笑しそうに言った。

「あちらは既に飲んでますね。」
「その様だね・・・ハイネ、今夜は覚悟しておいた方が良いぞ。明日は遅刻するかも知れない。」


侵略者 10 - 14

 ケンウッドは、ローガン・ハイネ・ドーマーとキーラ・セドウィック博士の言動を思い出してみた。
 彼女は、世の中の娘が父親に振る舞う様に振る舞っていた様な気がした。彼の身の回りの世話をして、彼を守る為に小細工を縫いぐるみに仕込み、彼のミスを見つけて叱ってみたり・・・。彼を抱きしめてキスをした時、唇にだけしなかったのは、男女の仲ではなかったからだ。
 一方、ハイネは女装した折にキーラに似ていると当時のリン長官に気づかれない様に用心深く行動した。彼女に言いたい放題やりたい放題させているが、怒るでもなく、かと言って無視するでもなく。
 互いに父と娘だと知っているに違いない。キーラは母親から地球にいる「囚われの身」の父親の話を聞かされていたのかも知れない。しかし、よもや任務で地球を訪問した時に、同じ事件を捜査する者同士として出会うとは夢にも思わなかっただろう。あまりにも特徴があり過ぎるハイネの姿を見て、彼女は彼が父親だとわかったのだ。

「キーラ博士は警察官として来たのですね?」
「そうです。彼女は1度宇宙へ帰りましたが、元々母親と同じ研究者としての修行もしていたのでしょうな、次は2年後で、産科医として派遣されて来ました。」

 最初の出会いの時は、恐らくハイネは何も知らず何も気が付かなかった。マーサ・セドウィックによく似た若い女性がセドウィック姓を名乗っても、全く気が付かなかった。
多分、キーラの方から正体を明かしたのだ。ドーマーの父親は一体どんな反応をしたのか、それはケンウッドには想像がつかなかった。マーカス・ドーマーもそこまでは語らなかった。

「先月、月から地球人類復活委員会の幹部が3人、ここへ来たそうですな。」

とマーカス・ドーマーが尋ねた。ケンウッドが肯定すると、彼は「ふん」と鼻先で笑った。

「きっと連中はさも懐かしげにローガン・ハイネをそばへ呼び寄せたのでしょうよ。」
「ええ、会議の後の夕食で・・・」
「誰と誰でしたっけな?」
「ハレンバーグ委員長、シュウ副委員長、ハナオカ書記長です。」
「ハレンバーグは西の回廊でローガン・ハイネを捕まえた張本人です。私は遺伝子管理局の局員で、あの日内勤でしたから、ハイネの追跡を命じられました。しかし、私が回廊の入り口まで行ったら、もう終わっていました。ハレンバーグが手錠を掛けたハイネを回廊から引きずり出すところでした。ハイネが泣いていたので、私は仲間に見るなと言いました。執政官達がドーマーのリーダーにするつもりで育てた男が泣いているのを見るべきではないと思いました。
 シュウは、色仕掛けでハイネに迫った女性執政官の1人です。彼と関係を持ったことは確かです。だが魅力ではマーサ・セドウィックに負けたのでしょう。マーサが彼と深い仲になったと勘付いて上層部に密告した女達の1人ですよ。」
  
 あの会議の後のディナーの席でハイネは幹部達にキスをした。あれは、親愛の情を示したのではなく、ただのパフォーマンスだったのだ。親愛どころか憎しみを抱いていたって不思議でない相手だった。

「ハナオカ書記長は?」
「彼はただの執政官でした。ハイネにも私にも日常顔を合わせて挨拶して世間話をするだけの人でしたよ。無害なコロニー人でした。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーがコロニー人を嫌う理由が、ケンウッドに明かされた。ケンウッドはマーカス・ドーマーがこんな立ち入った昔話を聞かせてくれた真意を推し量ってみた。ハイネはケンウッドが長官職に就くことを望んでいる。ドーマー達は遺伝子管理局とドーム幹部が上手く折り合っていくことを望んでいる。第15代遺伝子管理局長だったマーカス・ドーマーは、ローガン・ハイネの個人的な歴史を語ることで、ケンウッドに「してはいけないこと」を教えてくれたのではなかろうか。ハイネ個人だけでなく、ドーマー達全員の心を侵略しないでくれと言う、老ドーマーの願いだ。

 ドアの外で微かに物音がして、ノックの後、セルシウス・ドーマーとワッツ・ドーマーがケンウッドの秘書を連れて戻って来た。

「そろそろ長官と局長が戻って来られます。」

とワッツ・ドーマーが言った。

「前回の長官就任式は中央研究所で適当にやってしまったので、手順がわからなくて苦労しました。正式な手順を踏んだ就任式はローガン・ハイネも初めてです。握手のタイミングを間違えたし、私もどこで名乗るべきか戸惑ったし、局内の案内も、本来ならもっと簡単にするはずでしたが、リプリー長官はここへ来られたのは9年振りで、局員の業務内容から説明するはめになって時間がかかった様です。思えば、リンはこの役所のことを何も知らないまま長官を務めていたのですね。だから副長官にも何も教えなかった。リプリー長官は不勉強を悔やんでおられました。」

 セルシウス・ドーマーがケンウッドを見て微笑んだ。

「貴方は大丈夫ですよね、副長官?」