2018年1月15日月曜日

Break 16

 今回はちょっと雰囲気を変えて、「もしドームに停電が起きたら?」と言う趣向で書いた。
 ドームに停電があってはならない。もしそんなことが起きれば、アメリカ大陸の住人はどうなるのか? だから地球人類復活委員会は、出産管理区とクローン製造施設だけは特別に電源を複数設けている。今回は宇宙からの落下物で主電源のケーブルが切断されてしまった。
 ケンウッド長官は節電のため、必要最低限の電力使用を決行。ドーム居住区は室温(気温)が低下して、ドーマーもコロニー人も混乱する・・・と言う話。
 電気があるのは当たり前、と言う生活をしているので、災害で停電を経験した人は理解できるだろう。

登場人物紹介


ガブリエル・ブラコフ

コロニー人。ニコラス・ケンウッドの研究室の助手から博士号を取ったと思ったら、ケンウッドが長官に昇格してブラコフは副長官に選ばれてしまった。
「侵略者」「後継者」では「助手」とだけ書かれているが、ブラコフのことである。
ケンウッドには他にも数人助手がいるが、ブラコフが一番熱心で、かつローガン・ハイネのファンであることからケンウッドの信頼を得た。
こまめに働く男。


ヴァンサン・ヴェルティエン

コロニー人。ケンウッド長官の秘書。
ケンウッドの副長官時代から働いている。
ケンウッドにはドーマーのロッシーニと言う秘書もいるが、こちらは遺伝子管理局内務捜査班チーフが本業であり、前任者リプリー元長官の秘書をケンウッドがそのまま引き継いだ形になっている。


アーノルド・ベックマン

コロニー人。保安課長。
アーノルド・クーリッジの後任。クーリッジ程にはハイネ局長と接点がないので、あまり親しくない。


ロビン・コスビー・ドーマー

第24代ドーム維持班総代表。
前任者エイブラハム・ワッツ・ドーマーに見込まれて就任した。
電気工事から機械の組み立て、建築までやってしまうドーム設備維持の親方。


ウィリアム・チェイス・ドーマー

遺伝子管理局北米北部班チーフ。
局員シャッフルなる物を提案してポール・レイン・ドーマーとクロエル・ドーマーの上司になった。
冷静な判断力を持つ穏やかな性格の男。


ダン・シュナイダー・ドーマー

遺伝子管理局北米北部班第5チーム・リーダー。
局員シャッフルで新たな部下となったレインとクロエルに振り回されている。



2018年1月14日日曜日

購入者 4 - 6

 客がゲイトを出てシャトルに乗り込み、宇宙へ去って行った。
 ケンウッド長官とブラコフ副長官はやっと肩の荷が下りた思いで、回廊を歩き出した。

「なんとか彼女達とハイネを会わせずに済んだな。」
「そうですね。まさかテロリストと防衛軍が戦っていたなんて知りませんでしたよ。もしドーマー達と彼女達を接触させていたら、地球人に宇宙の恥を知らせてしまうことになっていましたね。」
「ああ・・・だからハナオカ委員長はハイネと彼女達を接触させるなと念を押したのだなぁ・・・」
「せめてサインだけもらって送ってあげましょうか?」
「止せ、そんなことをしたら、これからも同様のサービスをしなきゃならん。」

 それから2人は師匠と弟子らしく研究の話をしながら歩き、長い回廊を時間をかけて抜け出した。中央研究所の近く迄来ると、4人の白髪の男達がやって来るのが見えた。ローガン・ハイネ・ドーマー、エイブラハム・ワッツ・ドーマー、ジョージ・マイルズ・ドーマーにグレゴリー・ペルラ・ドーマーだ。足腰が達者なハイネとペルラが車椅子のマイルズと杖のワッツを守るように寄り添っていた。
 ケンウッドは足を止めて4人が来るのを待った。ブラコフは「お先に」と挨拶して、ドーマー達に手を振って建物に入って行った。

「4人お揃いとは珍しい。」

 ケンウッドは久しぶりに会う元司厨長に声を掛けた。

「やぁ、司厨長、元気そうで何よりだ。」
「こんにちは、長官。貴方もお元気そうですな。」

 ペルラ・ドーマーが「黄昏の家」から3人が揃って出てきた理由を教えてくれた。

「ジャン=カルロスが、局長のところへ遊びに顔を出せと電話してきたのです。」
「丁度菓子が焼けたところだったので、タイミングが良かったですよ。」
「ロッシーニが?」

 ケンウッドは、秘書がボスを客の目から隠す目的で白髪頭の長老達を呼んだのだと気が付いた。
 なんだか可笑しく思えた。すると、ワッツが何かを思い出した。

「そう言えば、今日は外から通販の荷物が大量に入ってきたとコスビーが言ってましたな。なんでも、コートとマフラーを買った者が多かったとか・・・」
「ああ・・・」

 ペルラ・ドーマーが笑った。

「ジェレミーが言ってました、局長のコート姿がカッコ良かったので、真似したがるドーマー達がこぞって通販で購入したそうですよ。」


購入者 4 - 5

 宇宙開拓事業団の2人の職員は結局無断で散歩に出たにも関わらず、目的の人物に会えぬまま、帰る時間を迎えた。ケンウッドとブラコフは2人の高温多湿に強い頑健な体のドーマーの子種が入ったケースを彼女達に手渡した。グラッデンとバルトマンはそれぞれ受け取りに署名をして、送迎フロアへ向かった。

「今回の落下騒ぎは災難でしたわね。」

とグラッデンが言った。

「地球周回軌道防衛隊はテロリストの戦闘機を撃墜して通信衛星が破壊されるのを防ぎましたけど、地球に残骸が落ちて被害を出したことに関して、連邦議会で追求されるようですわ。」

 ケンウッドとブラコフは驚いた。

「テロリスト、と仰いましたか?」

 あらっとグラッデンとバルトマンは互いの顔を見合わせた。まさか地球の人々に今回の事件が知らされていなかったとは、知らなかったようだ。

「ご存知ありませんでしたの? 太陽系人類戦線と名乗る過激派が宇宙開拓に反対して破壊活動を企みましたのよ。」
「木星と海王星のコロニー数カ所で爆破事件などを起こして多数の犠牲者を出したので、軍が掃討作戦を行ったのです。そして最後のグループが地球に逃げ込もうとしたので、周回軌道防衛隊が迎撃しました。」
「それで破片が地球に落ちたのですか・・・ゴミでも無人戦闘機の暴走でもなく?」
「ええ・・・きっと地球の皆さんに心配をかけないように、嘘の説明をしたのですね。」

 ケンウッドとブラコフは顔を見合わせた。地球人類復活委員会は知っていたはずだ。だが真実を教えてくれなかった。まるで地球人に故意に宇宙の情報を教えないのと同じだ。ドームで働くコロニー人にも宇宙で起きた事件を教えてくれないなんて・・・。
 ケンウッドは客に言った。

「防衛軍が地球をしっかり守ってくれさえすれば、私達は何も知らなくても構いません。どうせ2週間遅れで情報が届きますからね。」

 グラッデンが苦笑した。

「わざと貴方方に情報をセイブしている訳ではないと思います。貴方方が事件を知れば、地球人にも伝わってしまうと危惧しているのでしょう。地球は再生の途中です。宇宙空間での争いとは無縁でいてもらいたいのです。」
「貴女方の事業団もテロの標的にされているのですね?」
「ええ・・・重役には護衛がついています。私達はただの職員ですから、却って目立たないと言う理由で今回の大役を仰せつかりました。」

 バルトマンががっかりした表情を作って言った。

「ローガン・ハイネのサインをもらえるかと期待したのですが、出会えませんでしたわ。」


 

購入者 4 - 4

 ローガン・ハイネ・ドーマーは遅めの昼食をそろそろ終えようとしていた。食事の後は庭園で昼寝をするのが習慣なのだが、停電騒ぎの後、なんとなく足がそちらへ向かなかった。気温は停電以前より低めに設定されてしまっており、芝生の上に横になるには寒かったのだ。だから昼寝は本部へ戻るかアパートに帰るか、或いは図書館でどこかの読書ブースに入って座ったまま寝るか、何れにしても彼の好みではなかった。
 昼寝が難しいのであれば、しなければ良い。宇宙から来た女達を探しに行こうか、と彼は考えた。ケンウッドに近づくなと言われたが、興味はある。何しろ・・・

 客は女だからな・・・

 彼が立ち上がろうとした時、「ローガン・ハイネ!」と呼ぶ声がした。振り返ると、車椅子に乗った男が近づいてくるところだった。頭髪は真っ白で顔も皺だらけになって、手足は若い頃の面影もなくやせ細っているが、まだ目は力強く光っており、肌の艶も良かった。ハイネは思わず微笑した。相手が彼のテーブルの対面に着くのを待って、「やあ」と声を掛けた。

「久しぶりじゃないか、若い連中をしごきに来たのか?」
「そんなことをしようものなら、鍋の中にぶち込まれてしまいますよ。」

 一般食堂の先代司厨長ジョージ・マイルズ・ドーマーだった。彼は大事そうに膝の上に抱えていた箱をテーブルの上に置いた。

「まだ温かいはずです、味見をしてもらえませんか?」

 彼が箱を開くと、フワリと湯気が立ち上り、甘い香りが広がった。ハイネが思わず満面の笑みを浮かべた。

「チーズの香りだ!」

 マイルズ元司厨長が言った。

「半熟とろとろチーズスフレです。遂に完成したのです。」
「なんと!!」

 ハイネは箱を覗き込んだ。きつね色に焼けた菓子が見えた。彼は元司厨長を改めて見た。

「私の為にわざわざ持って来てくれたのか?」
「当然でしょう。」

 その時、食堂に入って来た2人の老人がいた。どちらも頭髪はハイネに劣らず真っ白で、1人は杖を突いており、もう1人は両の足でしっかりと歩いてハイネのテーブルにやって来た。

「ジョージ、車椅子をかっ飛ばしては危ないじゃないか!」

とエイブラハム・ワッツ・ドーマーが杖で元司厨長を指して言った。

「ジョージはローガン・ハイネに会えると思ったら居ても立っても居られなかったのですよ。」

とグレゴリー・ペルラ・ドーマーが笑いながらワッツを宥めた。ハイネは「黄昏の家」から這い出して来た3人の旧友を眺め、それから菓子に目を落とした。

「取り皿が要るな。それからナイフとフォークも4人前だ。」
「私等は結構ですよ。散々試食させられましたから。」
「そう言わずに、一緒に食べよう。」

 ハイネは素早く配膳コーナーへ行き、新しい皿とフォークとナイフを4人分取って来た。ワッツが笑った。

「チーズが絡むと本当に行動力が半端じゃないんだから・・・」

 宇宙から来た客が一般食堂を覗き込んだ時、白髪の男性が4人、テーブルを囲んでわいわいお茶をしているのが見えた。彼女には誰が誰なのかわからなかった。ハイネは入り口に背を向けていたので。




購入者 4 - 3

 客が動いたのは、半時間後だった。ケンウッドが執政官達の研究報告を読んでいるところに、保安課から連絡が入った。殆ど同時にロッシーニにも電話が掛かってきた。

「グラッデン女史がゲストハウスから出た。止めようか?」
「いや・・・何処へ行くのか見張ってくれ。破壊工作はないと思うが、ドーマーに無闇に接触して欲しくない。」
「わかった。」

 ベックマン課長はロッシーニの要請を蹴った直後に同じ指示をケンウッドから受けたので、ちょっと機嫌が悪い。ドーマーを見くびってしまった己を悔やんでいるのだ。
 ケンウッドは客が犯罪を企んでいるとは思わなかったが、違和感がどうしても拭えなかったので、観察していたいのだ。宇宙開拓事業団は、人類居住可能な惑星を見つけると、そこを農業が可能な星に改造するのが仕事だ。工場を建てるだけの星には行かない。土地の改良だ。だから高温多湿の惑星を発見したと言うことは、水と酸素と気温が人間の生存可能な範囲と言う、非常に希少な星を手に入れたと言うことに他ならない。そこで開拓業務に従事する開拓団の人間の遺伝子を自然条件に合う様に組み替えるのだ。だからクローン製造施設等に興味を持つはずなのに、グラッデンもバルトマンも殆ど素通りに近かった。

 本当に宇宙開拓事業団の職員なのか?

 保安課の監視は監視カメラでの追跡だ。保安要員は制服着用なので、尾行はしない。尾行しているのは内務捜査班のドーマーだ。
 もう1人の客バルトマンがゲストハウスを出たのは10分後だった。こちらも保安課のカメラに捕捉されていたが当人は気づいていない。ロッシーニの部下も尾行しているのだが、目立たないのでバルトマンの視界に入っても注意を払われることはなかった。
 グラッデンは運動施設に向かっていた。バルトマンは遺伝子管理局本部を目指している。ケンウッドは彼女達が進化型1級遺伝子を求めているのではないかと思い始めた。
ローガン・ハイネ・ドーマーに出会いたければ運動施設か食堂に行くと良い。或いは本部の出入り口だ。まさか局長のサインをゲットしたいと言うのではあるまい。だが遺伝子を手に入れるのは不可能だ。ハイネをその気にさせねばならない。
 ケンウッドはハイネの端末に電話を掛けてみた。ハイネは5回目の呼び出し音で通話口に出た。長官からの電話だとわかったはずだが、出るのがちょっと遅い。

「ハイネです。」
「ケンウッドだ。今、本部かね?」
「いいえ・・・食事中です。」

 ケンウッドは時計を見た。午後2時だ。ハイネの食事時間はいつも遅いが、今日はそれより遅い。思わずそう感想を述べると、局長は言い訳した。

「ここ数日の寒波で北米での死者が多かったのです。特に独居高齢者の死亡率が高くて・・・」
「それはご苦労だった。仕事とは言え、辛いな・・・。」
「ご用件は?」
「それが・・・」

 ケンウッドはロッシーニの方を見た。ロッシーニは部下の報告を聴き終えて仕事に戻っていた。

「客がゲストハウスから抜け出して、1人が運動施設へ、もう1人が本部に向かっているそうだ。君に会いに行ったのかも知れない。」
「私の方では用はありません。無視してよろしいですか?」
「うん。無視して欲しい。」
「承知しました。」

 ケンウッドは電話を終えた。ロッシーニが顔を上げてこちらを見ていたので、彼は言った。

「ハイネは客に会うつもりはないそうだ。」

 しかし、ロッシーニはちょっと不安げな表情を見せた。

「しかし、あの方は女好きですから・・・」


購入者 4 - 2

 保安課への連絡をブラコフ副長官に任せてケンウッドは中央研究所の長官執務室に戻った。秘書席でロッシーニ・ドーマーが仕事をしていた。長官が戻って来たので、彼は立ち上がった。

「長官、ちょっとよろしいですか?」
「うん?」

 ケンウッドは秘書机の前で立ち止まった。ロッシーニはケンウッドと同世代だが、地球人なので少し老けて見える。しかし同じ世代のドームの外で暮らしている一般の地球人から見ればずっと若い。
 ロッシーニは躊躇わずに言った。

「今日の客に監視をつけました。」

 ケンウッドは思わず彼を見た。

「何故だね?」

 ロッシーニが無表情に彼を見返した。

「違和感を感じたからです。」

 ケンウッドは暫く黙ってドーマーの秘書を見つめた。彼が感じたことをロッシーニも感じたと言うのか? ケンウッドが何も言わないので、ロッシーニは付け加えた。

「出産管理区に興味を示さない女性は珍しいと思いましたので・・・」

 ケンウッドは頷いた。そして尋ねた。

「監視は内務捜査班か?」
「はい。さりげなく周囲に配置させました。保安課が動かなかったので・・・」
「保安課にブラコフが電話を入れた。私達も奇妙だと思ったのだ。取り越し苦労であると良いが・・・」
「武器は持っていないはずです。ドーム入場の際に徹底的にゲイトで消毒と検査を受けますから。」
「うん。だが、この違和感の原因は何だろうね? 彼女達はただのお遣いだ。そうでないなら、目的は何だ? と言う疑問が残る。」

購入者 4 - 1

 グラッデンとバルトマンは昼食を終えるとゲストハウスで帰りのシャトル迄の時間をゆっくり過ごしたいと言った。それでケンウッドとブラコフは彼女達をゲストハウスに送って中央研究所に戻った。2人で歩いている時、ふとケンウッドは副長官に尋ねた。

「君は彼女がいるのかな?」

 ブラコフはギョッとした表情で長官を見た。

「なんです、唐突に?」
「いや・・・つまり、女性の扱いに慣れているのかな、と思って・・・」

 ブラコフは毎月半ば頃、2日間の有給休暇を取って実家がある火星第1コロニーへ帰る。ケンウッドの手持ちの情報では、彼の両親は離婚しているが双方まだ元気でそれぞれ別の家庭を築いているとある。ブラコフが帰るのは母親が住んでいる所だが、母親と2日間べったりと言うことはないだろう。母親にはガブリエル以外にも子供がいるのだ。ケンウッドはブラコフには恋人がいるのではないかと疑っていた。
 副長官が苦笑した。

「今日の客のことを仰っているのでしたら、私は彼女達を女性とは意識せずにただの客だと思っています。」

 ケンウッド長官は独身だが、若い頃はもてたと長官の昔を知る火星の知人に聞いたことがあったので、ブラコフは長官こそ何故恋人を作らないのだろうと疑問に思っていた。研究者仲間の女性とは普通に接しているし、女性ドーマーにも男性ドーマー同様に声を掛けている。慣れているのは長官の方ではないのか、と思った。

「今日の客だが・・・」

 ケンウッドが声を低くした。

「なんだか違和感を感じるのは、私だけだろうか?」
「違和感?」
「過去の女性の訪問者は、ほとんどが出産管理区を見たがった。クローン製造施設も中を見たいと要求して来たものだ。しかし、今日の客は2人とも無関心だ。この地球人類復活委員会の出資者なのに、ドームの一番重要な場所に関心を持たないとはどう言うことだ?」

 ブラコフが足を止めた。ケンウッドが振り返ると、彼はゲストハウスを見ていた。

「そうですね・・・赤ん坊に関心を示さない女性は少なくありませんが、なんだかおかしいです。ただのお遣いだとしても、宇宙開拓事業団の職員なら、もっとドーム事業の本質に興味を示すはずです。本社に報告する任務もあるでしょうし・・・」

 ブラコフがゲストハウスの方へ戻り掛けたので、ケンウッドは腕を掴んだ。

「行ってどうする? 保安課に監視させるのだ。」