2016年8月21日日曜日

4X’s 15

 地下室には死の匂いが籠もっていた。床や壁に血痕が残っている。至る所に死体の位置を示すマーカーが描かれている。ガラスと言うガラスは残らず破壊され、壁には弾痕が無数に開いており、棚は引っかき回され、OA関連の機材は全て持ち去られていた。管理局が押収したのか、略奪に遭ったのか、荒らされ方が酷くて区別がつかない。照明がないので持参したハンドライトだけで歩くと、霊安室を歩いている気分になって、気が滅入った。
 ベーリングの母娘は何処に監禁されたのだろう。ダリルは人間を閉じ込められそうな部屋を探した。
 冷蔵庫の様な扉を押し開けると、胸の悪くなる腐敗臭が襲ってきた。
ガラス管に入った腐った胎児が大きな目をこちらに向けてライトの光の中に浮かび上がった。流石のダリルも嘔吐感を覚えて、急いでそこを離れた。
 何故管理局はあの子たちを放置したのだ。せめて焼却してやるべきだ。こんな廃墟の中で人知れず腐っていくなんて、哀れじゃないか。
 廊下の突き当たりに、目立たない扉があった。隙間の向こうが明るい。
ダリルはライトを消し、静かに扉を開いた。

 多分、そこはラムゼイ博士の特別な部屋だったのだろう。毛足の長いカーペットとどっしりとした執務机、両側の壁を埋め尽くす書棚、机の向こうはガラス壁で、掘り下げて造られた庭と岸壁から生える萎びた観葉植物が見えた。明るいのは、庭が天井のない吹き抜けになっていたからだ。
 床の上にぶちまけられた書物の隙間に死体を示すマーカーが2つ描かれ、その一つの上に1人の少女がかがみ込んで、カーペットの血痕を撫でていた。彼女は押し入ってきたダリルを無言で見上げた。ポールが見せてくれた画像の少女だ。
 ダリルは彼女が片方の手に銃を握っているのを見逃さなかった。

「JJだね?」

 精一杯優しい声音を出してみた。女の子に話しかけるなんて、ドームを出て以来だ。
彼女は彼を見つめ、いきなり警告もなしに発砲した。
ダリルは無意識に彼女の指の動きを察知して、身を伏せ、危うく銃弾をかわした。
床を転がり、秘書机らしき家具の後ろに隠れた。

「私はメーカーではない! 君のお母さんに君の保護を頼まれた管理局の仕事で、君を探しに来た、セイヤーズと言う者だ。一緒に支局へ行こう!」

 返事がなかった。突然床の上の書類がパラパラと宙に舞った。風? ダリルは立ち上がった。少女がいない。風は窓から吹き込んで来る。ガラスが割れているのだ。そして少女は庭に出ていた。ダリルが窓に駆け寄ると、彼女は中庭の壁に刻まれた階段を駆け上って行った。逃がすか! ダリルも外に出た。少女が振り返り、また撃ってきた。
 ダリルが階段を上りきると、そこは裏庭だった。枯れた芝生としなびた花壇。少女が建物の正面へ走っていく。
 JJ、と呼んでから、ダリルは思った。彼女は本当にそんな名前なのか?
 庭の出口にオフロードバイクが停めてあった。先刻周回した時はなかったのだ。彼女はさっきどこからか来たばかりだ。
 ダリルは拳銃で狙うには距離があると思ったが、立ち止まると慎重にバイクに銃口を向けた。
 タイヤを狙ったつもりだったが、銃弾はエンジンに命中した。エンジンが爆発した。
少女が花壇に吹っ飛んだ。怪我をさせてしまったか? ダリルは駆け寄った。少女が立ち上がった。埃まみれだが、しっかり自分の脚で立って、ダリルを睨み付けた。

「すまない、怪我はないか?」

ダリルは声をかけてみた。