2016年8月19日金曜日

4X’s 9

「俺は月に1度、中西部支局に資料回収に来る。君も街へ買い物に出るだろう。その時に連絡をくれれば良い。支局に俺の訪問予定日を問い合わせれば教えてもらえる。妻帯希望者や養子縁組希望者が局員に会いたがるから、誰も君が何者かなんて気にしない。
連絡をくれれば、俺は必ず時間をやりくりして都合をつけるから、その時に会おう。」

 ポールとしては、これが精一杯の譲歩だ。
ダリルはこの提案を呑むことにした。

「わかった。では、この件に関する連絡方法と、もう少し詳しい資料を希望する。写真だけでは娘のことも行方も見当がつかない。そもそも彼女の名前は何だ?」
「誰も知らないんだ。データに残された彼女を指す言葉は、JJだ。」
「何かの名前の略だな。」

 ダリルの家を出たポールは、名残惜しそうに見送るダリルを振り返りもせずに車に乗り込み、走り出した。 ダリルが引き留めるかと思ったが、引き留められなかった。
 狭い急なつづら折りの坂道を下り、ダリルの隠れ家から砂埃が見えなくなるまで走ってから、彼は大きな岩の陰に停車した。日陰になっているので、多少の休憩は肉体の脅威にはならない。
 彼はやっと大きな息を吐き、力を抜いた。シートに全身を預け、目を閉じた。
 ダリルは昔とちっとも変わっていない。外気の毒で少し歳を取ったが、素直な性格、まっすぐに物を見る気性、彼に対する愛情は少しも変わらなかった。
 そして、彼のダリルに対する想いも変わらないことを、今日の再会で認識させられた。

 ダリルが脱走したと判明した時、ポールは裏切られた思いだった。リン長官の愛人になったのも、出世に励むのも、将来、ダリルと自由に時間を過ごせる生活を手に入れる権利を得るのが目的だった。それなのに、ダリルは、彼が出世だけを楽しみにしていると誤解して逃げてしまった。規則だらけのドームを捨てて、自由で危険に満ちた未知の世界、「ドームの外」へ去ってしまったのだ。
 元々、規則に縛られるのが嫌いな男だったな、とポールは思い出した。
ある意味、執政官の手を焼かせるガキだったのだ、ダリルは。
外で暮らしているダリルは、ドームの中にいた少年時代よりも美しくなっている。歳を取ったのに、内面の輝きが増していた。

 外の世界がそんなに良いのか?

 ポールには想像もつかない。細菌と放射能と不純物で汚れた世界が好きだなんて・・・
18年間の捜索で、遂に発見した元恋人には、あろうことか子供がいた。
妻帯して作った子供ではない。管理局員としてあるまじき行為で、メーカーに発注して作らせたクローンだ。ダリルの遺伝子と、ポールの遺伝子を組み合わせて作られた人間だ。
ポールは、子供の片親が自分自身であることを疑わなかった。
ライサンダーの緑色に光る葉緑体毛髪を見ればわかる。それに、ダリルが他の人間の遺伝子を使うはずがない。
 18年間の「修行」で、ポールは山の家でダリルを見た瞬間に抱きしめたくなるのを自制心で耐えることが出来た。挨拶程度のハグで冷静に振る舞えて、内心安堵した。
ダリルが冷静に対処してくれたことも有り難かった。もし彼が感情的に振る舞えば、ポールもどうなっていたか、わからない。子供の目の前でダリルを襲ってしまったかも知れない。

 それとも、やはりあそこで彼を車に押し込めて連れて帰るべきだったか?