2016年9月10日土曜日

中央研究所 10

 朝食後、医療区で簡単な健康チェックを受けてから、ダリル・セイヤーズ・ドーマーは中央研究所と医療区の中間にある観察用施設に戻った。そこは、ドームの外で摘発され収容されたクローン等を収容する場所だった。クローン達は、世間ではドームに「処分」されるのだと噂されていたが、実際は「保護」されるだけだった。
違法でも生まれてしまった命は他の地球人と等しく命であり、ドームは処刑などしない。
メーカーの雑な技術でクローン達の肉体に何か異常なことが起きていないか、検査されるだけだった。治療出来る遺伝病は治療し、何か生きていく上で不都合な障碍があればそれを補う処置が為される。メーカーが創るクローンは、多くの場合あまり長く生きられない。「親」の細胞の年齢そのままで生まれてくるからだ。ドームは彼らを検査・観察して、健康状態に合わせてドームの外の施設へ送り、短い余生を送らせる。
希に健康で長く生きる可能性のあるクローンだけが、子孫を残さないと言う制約の下で、元の生活に戻される。
 ダリルは観察対象人物だったので、観察施設の部屋に数日間留め置かれることになっていた。 健康状態を詳細に調べ尽くしたら、通常のドーマーやコロニー人の居住区画に部屋を与えると言われていた。

 監視役と別れて、ダリルは部屋に入った。ベッドしかない殺風景な部屋だ。ベッドの上に、朝出る時にはなかった物が置かれていた。キルティングだ。
ダリルはそれを手に取った。山の家で、ライサンダーのベッドスプレッドとして使われていた物だ。
 それは、ダリル自身の手作りの品だった。街の収穫祭に親子で遊びに行った時、年配の女性が、代々家に伝わる物として、実際に作るところを披露しながらキルティングやパッチワークを販売していた。ダリルは、興味を持って眺め、作り方を記憶した。
帰宅してから、自分で作ってみた。手間のかかる仕事だが、時間はたっぷりあった。
ライサンダーは、「また新しい物に挑戦したがる親父の悪い病気が始まった」と手芸に没頭するダリルを笑って見ていたが、大きな布が完成すると、早速自分で使い始めた。
それ以降、そのキルティングはライサンダーのお気に入りとなり、リビングでテレビを見る時も、屋外で昼寝する時も、彼は寝室からそれを持ち出してくるまっていた。
 ダリルはキルティングをそっと嗅いでみた。ライサンダーの匂いはしなくて、洗剤の匂いがした。ドームの洗濯係が、管理局員たちの衣服と一緒に洗濯したのだ。あの夜の出来事もライサンダーの日常も、全てなかったかの様に、流されてしまった。
 ダリルはキルティングを抱きしめた。息子が恋しかった。今、何処まで行ったのだろう。何をしているのだろう。JJと一緒にいるのだろうか。独りぼっちで困っていないだろうか。

 観察施設の部屋には、当然ながら監視カメラが設置されていた。収容者には気づかれないように巧みに擬装された隠しカメラだ。
 ダリルがベッドに腰を下ろし、キルティングを抱きしめて俯いてしまうのを、管理局局長ローガン・ハイネ・ドーマーは黙って眺めていた。ハイネは既に100歳を越える高齢であったが、一般の地球人から見ればせいぜい50代後半の容姿だった。ただ、髪の毛は真っ白で、これは彼が会ったこともない父親からの遺伝だった。
 ハイネは管理局の局長だが、局員時代は一度もドームの外に出たことがなかった。局長になってからも出ていない。彼は、生まれてから一度も外へは出たことがなかった。
進化型1級遺伝子を持っているからだ。だから、出してもらえなかった。

「外の生活を懐かしがっているのだろうか?」

彼が呟くと、食堂を出た後でポールのチームの報告書を確認する為に来ていたラナ・ゴーン副長官が映像をチラリと見て、ダリルの本心を見抜いた。彼女は3人の子供の母親で、子供たちは成人して宇宙空間で活躍している。ラナ・ゴーンは、ダリルの「親心」を見抜いたのだ。

「彼は、子供を思って泣いているのですわ、局長。」