2016年9月19日月曜日

牛の村 10

 ポール・レイン・ドーマーは身じろぎ一つしなかった。ライサンダーはトレイを丸テーブルの上に置き、自身の上着を脱いで、ポールの腰に掛けてやった。

「腕を自由にしてやるから、暴れないでくれよな。JJが台所にいるんだ。あんたが探していた女の子だよ。」

 シリコンゴムの手錠ははめられている人間が外そうともがいても締め付けるだけだが、外部からある一定方向に力を加えると簡単に緩む。
腕が自由になった途端、ポールが仰向けになり、ライサンダーの両二の腕を掴んで壁に投げつけた。
 ライサンダーは何が起きたのかわからなかった。咄嗟に首を縮めたので背中を壁で少々打って、そのまま俯せにマットレスに落ちた。彼の体の上に、ポールが体重を掛けてきた。ライサンダーは大きく息を吐いた。距離がないのが幸いして、打撲と呼ぶ程度のダメージはなかった。ポールの力もそんなに出ていなかったのだ。

「何故ここにいるんだ?」

 ポールが囁く様に尋ねた。ライサンダーは両肩を押さえられて動けない。

「川に落ちた時に、脚を折って動けなくなったところを、助けられたんだ。」
「普通に歩いている。」
「3,4日で治ったんだ。」

ライサンダーは脚を動かしてポールを振り落とそうともがいた。

「暴れないでって言っただろ? JJは人質でもあるんだ。」

 不意に軽くなった。ポールが彼の上から、そしてベッドから降りたのだ。彼は椅子を探したが無かったので、仕方が無くベッドの端に腰を下ろした。ライサンダーの上着を拾って腰に掛けた。ライサンダーは起き上がった。頭は打っていないが少しくらくらした。

「ラムゼイは引っ越すのか?」
「うん、明日ここを出て行く。JJと俺も連れて行かれるんだが、行き先は教えてもらえない。」

少年は付け加えた。

「あんたも連れて行くって言ってた。」
「嬉しくないな。」

 ポールは少し考え込んだ。ライサンダーはスープを思い出した。ボウルを差し出したが、ポールは無視した。そして、尋ねた。

「あのパーカーと言う男はラムゼイの腹心か?」
「秘書だ。でも、ほとんど息子同然だって、みんなが言ってる。シェイも・・・」

 ライサンダーはポールに聞きたかったことを思い出した。

「シェイはコロニー人の女なんだ。台所で働いているけど、多分ラムゼイのクローン製造に細胞を提供している。」
「それで、ラムゼイのクローンは品質が良いんだな。女の細胞を使っているから。」
「もし、遺伝子管理局がラムゼイを逮捕したら、彼女はどうなるの? 処分されるのか?」
「まさか・・・」

ポールは初めてライサンダーを振り返った。

「普通の人間だぞ。クローンだって人間だ。ドームは人間を処分したりしない。ラムゼイのクローンなら、健康に問題がなければ、子供だったら養子に出されるし、成人していればそれなりに・・・」
「それなりに?」
「犯罪に関わった経歴がなければ自由だ。」

 ライサンダーはどっちだ? ポールとライサンダーは同時に同じ疑問を抱いていた。