2016年9月20日火曜日

牛の村 16

 ダリルは局長の言葉が理解出来なかった。否、出来たが信じられなかった。まさか、と彼は呟き、ハイネ局長の言葉が間違いであれと思った。

「レインは私より利口です。メーカーの罠などにはまったりしない。」
「だが相手が一枚上だった。支局長のレイ・ハリスだ。」

エッと驚いたのは、ダリルだけではなかった。チーフたちの間に動揺が起きた。南米班チーフが、「確かですか?」と尋ねた。ハイネ局長は頷いた。

「南部班第1チームのリーダー、ワグナーが支局を捜査して、ハリスの部屋から大量の抗原ワクチンのアンプルを押収した。ドームで製造した純正ワクチンではない。
 抗原注射を知っているのは、ドーマーかドームの外に出かけるコロニー人だけだ。偽造ワクチンを作る発想は、元ドーマーか元コロニー人のものだが、ハリスにそんな技量はないし、設備も持っていないはずだ。
 つまり、ハリスは誰かが製造したワクチンで薬浸けにされて、スパイをしていたと思われる。」
「1週間我慢すれば、抗原注射なんか必要ない『通過者』になれるのになぁ。」
 
 クロエル・ドーマーが呟いた。

「そのハリスって野郎は、よほど雑菌が恐かったんだろうよ。」

と南米班のチーフが吐き捨てる様に言った。彼は局長とケンウッド長官を見比べた。

「それで、ラムゼイはレインを人質にして何か要求してきているのですか?」
「否、まだ何も・・・」

 ケンウッドが苦渋の表情で言った。

「ラムゼイがラムジーと同一人物ならば、ドームと交渉するよりも美味しい話があると考えるだろう。つまり、レインにはいろいろと使い道があると言うことだ。」

 ダリルは、南米班と中米班がこそこそ喋るのを聞いた。メーカーが捕らえたドーマーをクローン製造の材料にする為に切り刻んだ実際に起きた事件の話だ。年長の北米北部班のチーフが生まれるより前の事件だから、ほとんどホラー伝説化している。
 いてもたってもいられない、とは今の心理状態を言うのだろう、とダリルは思った。彼は立ち上がっていた。

「レインを助けに行きます。私は抗原注射なしで動けるし、あの近辺は生活圏でした。私に行かせて下さい。」
「助けるのはレインだけなの、セイヤーズ?」

 不意にラナ・ゴーン副長官が声を掛けてきた。ダリルは彼女を振り返った。ゴーンが母親の目で言った。

「優先順位を付ける必要があると、男性たちは言うでしょうね。でも、私は、貴方に息子と女の子も助けてあげて欲しいわ。 子供たちは、お父さんを待っているはずよ。」