2016年9月14日水曜日

JJのメッセージ 17

 プールで救助された女性アメリア・ドッティが、御礼に朝食を一緒に、と誘いをかけて来たのだ。ダリルは特に断る理由がなかったので、ケンウッド長官の許可をもらって承諾した。彼はもう1人の「恩人」保安要員のピーター・ゴールドスミス・ドーマーが非番になるので、2人で行くつもりだった。すると、長官が「レインも入れてやれ」と言ったので、驚いた。長官が理由を言わなかったので、ダリルも尋ねなかったが、何かあるのかも知れないと思った。
 約束の時刻に、ポール・レイン・ドーマーはラフな服装で現れた。滅多に着ない私服姿だったので、道で彼と出会ったドーマーや執政官たちはびっくりした。
 もっと驚いたのは、中央研究所の食堂に居た人々だ。医療区の食堂はマジックミラーの壁で中央研究所の食堂と隔てられており、研究所側からは収容者の健康状態をチェックする目的で医療区を観察出来る。
 彼らの目の前に、私服のポール・レイン・ドーマーとピーター・ゴールドスミス・ドーマーが、寝間着姿のダリル・セイヤーズ・ドーマーに伴われて現れ、同じく寝間着姿の8人の女性たちが彼らを出迎えた。そして、朝食会が始まった。
 基本的に、ドーム内での女性たちの食事は無料だ。全て「地球人復活委員会」が払うのだ。しかし、ドーマーは違う。ドーマーはドームに養われているが、成人して各自仕事に就くと、普通の地球人同様、給与制で収入を得る。ただ、ほとんどドーム内で生活しているので、食費・被服費、家賃など、基本的な必要経費は天引きだし、それ以外の出費は全部カードで払う。だから、ドーマーの多くは現金を見たことがない。
 朝食会の3人のドーマーの食費は、アメリア・ドッティの「奢り」と言う形になるので、ケンウッドはそれを財務部に報告してくれた訳だ。ドームが彼女に後で請求するのか否か、それは誰も知らなかった・・・。

 アメリア・ドッティが何者なのか、ダリルとポールは知っていたが、ピーターは知らなかった。

「海運王アルバート・ドッティの奥方だよ。」

とダリルがアメリアを紹介しても、世間知らずの保安要員はピンと来なかった。
ただ、富豪の奥様だと言うことは理解した。彼女の取り巻きの女性たちも裕福な家庭の妻たちと見えた。アメリアは翌朝には男の赤ちゃんを連れてドームを退所するのだが、収容されてすぐ、この期間中にドーム内に居る女性たちのリーダー格になっていた。
 彼女は、仲間に、ダリルとピーターと、もう1人、アフリカ系の女性を「命の恩人」として紹介した。
 その女性は、カモシカの様にほっそりとした、美しい人だった。ポールは思わず、「芸術的だ」と呟いてしまった。ダリルはこの女性がプールサイドで最初に見かけた時同様、どこかもの悲しそうに見えるのが気になった。

「彼女、ポーレット・ゴダートは、お産の翌日にご主人を事故で亡くされたの。」

ポーレットが飲み物の追加を取りに席を離れた時、誰かがダリルに囁いてくれた。

「それで、ドームから子供を養子に出すように勧告されているのよ。彼女の結婚は双方のご両親から反対されていて、ドームを出てからの行き先が決まっていないのですって。」
「お仕事も臨月に入った時に辞めてしまったのね。だから生活が安定しないので、子供を育てるのにふさわしくない家庭環境だって、行政は判断した訳。」

女性たちは、もの凄く情報通だ。仲間内のプライバシーもしっかり把握していた。
ドーマーたちは、事態を理解した。ドームはポーレット・ゴダートの再婚の確率を高める為に、子供を彼女から取り上げたいのだ。
 ダリルは気に入らなかった。ポールとピーターは当然だと考えるだろう、「普通の」ドーマーだから、子供を持つ親の気持ちが理解出来ないのだ。
 アメリア・ドッティはポーレットに同情していたし、彼女は親が仕事で世界中を飛び回っている金持ちの子供たちの教育問題に取り組んでいたので、ポーレットに仕事を世話したいと申し出て、彼女を喜ばせた。
 難しい話題が何となく終わって、後は世間話をしながら和やかに朝食会を続けた。
アメリアを初めとする女性たちの関心は、美しいポールに向けられた。ピーターは、女性と会話するのが初めてで、ドキドキしていたが、それが可愛いと冷やかされて赤くなっていた。ダリルはポールが思ったより女性慣れしていたので、安心した。巧く相手の話に会わせてドーマーの仕事やら生活の説明を誤魔化している。それにしても・・・

どうして長官はポールをこの会食に参加させたのだろう?

ダリルもポールも、マジックミラーの向こう側で、ポールのファンクラブの面々が悔し涙を流しているのを知らなかった。