2016年9月29日木曜日

出張所 1

 元ドーマーと脱走ドーマーの違いは、ドーマーがドームの外で生活することをドームから容認されるか否かと言うことだ。ドーマーはドームが地球人復活プロジェクトの為に研究目的で育てている地球人だ。だから死ぬまでドームの中で暮らすことが前提とされている。結婚は許されるが、子供が生まれるとその子供はドームの裁定で養子に出される。我が子を自らの手で育てたければ、ドームを出なければならない。ドームの中でドーマーが子育てすることはプロジェクトにはないからだ。
 リュック・ニュカネンは、遺伝子管理局の仕事で支局巡りをしている時に、現地の女性と恋に落ちた。彼は超が付く堅物として知られていたので、これにはドーマー仲間も執政官たちも仰天したのだ。彼は結婚を望んだ。ドーマーでない女性との結婚は認められない。ドームは彼の決意の固さを悟ると、渋々彼を外へ出したのだ。
 元ドーマーは完全にドームと縁を切る訳ではない。先ず、ドーム内で行われていること、つまり「取り替え子」のことは一切口外してはならぬと誓約させられ、仕事はドームが用意した職業に就くことを義務付けられる。発信器は外されるが、ドームに定期的な連絡を取る義務もあるし、ドームから呼び出しがかかればすぐに応じなければならない。
これらの一つでも違反すれば、即刻ドームに再収容される。
 ニュカネンの仕事は、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンにある遺伝子管理局出張所の統括だった。支局の仕事は妊婦の保護や結婚・養子縁組の申請受付や許可証の発行だが、出張所は遺伝子関連の研究施設の監視が仕事だ。
出張所では現地採用の職員が毎日各カレッジを廻って違法な遺伝子操作や実験が行われていないかチェックする。所長のニュカネンはその報告書に目を通し、調査が必要なものがあれば臨検するし、悪質と思われるものはドームに報告する。
 今回のメーカーの大物ラムゼイ博士の組織を一網打尽にする大捕物は、ドームの方から持ちかけられた。それも協力要請が来た時には、既に現役の管理局員が計画を立ててしまっていた。
 こともあろうに、子供時代から一番馬が合わなかった「兄弟」ダリル・セイヤーズ・ドーマーと、彼がドームを出る数年前に南米分室から突然アメリカ・ドーム本部へ転属してきた、許し難き「おちゃらけ」クロエル・ドーマーだ。
 そして救出されるのは、これまた犬猿の仲の「兄弟」、ポール・レイン・ドーマーだ。
今回の捕り物はニュカネンにとって、不愉快な仕事だった。

 ニュカネンは3階建てのビルを出張所として使っていた。ビルの所有者はドームだ、勿論・・・
 1階に職員たちが普段仕事をする事務所と所長室、応接室があり、2階は広い会議室と支局巡りで立ち寄る本部局員が休憩する部屋、3階は検挙した違反者を警察が来る迄拘留しておく「個室」があった。
 ニュカネンがポール・レイン・ドーマーの事情聴取に付き添って警察署に行っている間に、クロエルが指揮するレインのチームは会議室に入った。現場でチェックして詳細なチェックが必要と判断した押収品の再確認をしたり、書類をまとめたり、と休む間もなくドーマーたちは働いた。
 クロエル・ドーマーはジェリー・パーカーを「個室」ではなく、休憩室に入れた。ジェリーは光線で麻痺させられた後、改めて麻酔を打たれて昏睡していた。身柄を確保された折、所持していた銃で自分の頭を撃ち抜こうとしたからだ。自殺防止の為に眠らせて、監視する為に敢えて目の届く場所に寝かせておく。それがクロエルのやり方だった。
 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは彼自身の報告書を驚異的なスピードで仕上げ、クロエルに見てもらった。クロエルはざっと目を通しただけで、「お疲れさん」と言った。もう休んでいいよ、と言う意味だ。 そしてダリルの机のそばで大人しく控えていたライサンダーとJJに声を掛けた。

「ちょっと早いけど、夕飯食べに行こうか?」