2016年9月18日日曜日

牛の村 3

 ドーマーたちは子供時代から、着衣のまま水に落ちた時の訓練を受けている。ドームは生命を守る術なら何でも子供たちに教え込んだのだ。
 ポールは泥水の中に着水した時、水を飲まないよう心がけ、泳ぐのに邪魔な上着を脱いだ。端末だけは苦労して取りだし、掴んで水面に顔を出した。ヘリが上空を旋回していたが、着陸するには岩場や立木が邪魔なようだ。
 ポールのすぐ近くでキエフも顔を出した。彼が泥水を吐き出したのを見て、ポールは拙いなと思った。ドーマーは雑菌に免疫がない。キエフは「汚染」された。
2人は泳いで岸に這い上がった。地面には牛と思われる動物の足跡や落とし物が無数に残っていた。臭いし、衣服が体にへばりついて実に不快だ。
 シャツを脱ごうとして、ホルダーが空なのに気が付いた。銃を落としたのだ。ポールはホルダーを捨て、シャツも脱いだ。下半身は気持ちが悪いが濡れたままの物を着るしかない。
 キエフも上半身を脱いだ。彼は銃を所持していたが、チェックすると泥水が入り込んでいて、使い物にならないと判明した。彼もホルダーごと銃を放棄した。地球の銃と違って、宇宙空間の武器は、この手の事故には弱い。
 端末は防水処置を施されていたが、水に落ちた時の衝撃で、キエフの物は壊れていた。ポールのは、動作はするが、酷く鈍い。
 ヘリが家宅捜査対象の農家の方角へ飛び去った。

「あいつ、メーカーだったんですね?」

とキエフが悔しそうに呟いた。

「メーカーではなく、買収されていたんだろう。」

ポールは、操縦士に自分たちが乗ることを教えたのは誰だろうと考え、思い当たる人物が1人しかいないことに気が付いた。

車組は無事だろうか?

鈍い端末を操作して、何とか電話を呼び出した。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに掛けると、平常の声が返答した。

「ワグナーです。チーフ?」
「レインだ。ヘリの操縦士がメーカーに買収されていた。」
「何ですって?!」
「なんとか池に飛び降りて逃げたが、銃は使えないし、山の中の放牧地にいるらしい。」

クラウスは動揺を何とか抑えたようだ。

「サーシャも一緒ですか?」
「一緒だ。2人とも怪我はないが、サーシャは泥水を飲んだようだ。」
「すぐにそっちへ向かいます。」
「車に異常はないか?」
「ありませんが?」
「ヘリの操縦士に俺たちのことを教えたのは誰なのか、考えた。」
「それは支局の・・・」

クラウスが息を呑むのが聞こえた。

「ハリスですか?」
「恐らく。迎えの車は1台で良い。もう1台は支局に引き返して、コロニー人を確保しろ。」
「了解です。」

通話を終える前に、クラウスは言った。

「捕まらないよう、頑張って下さい。」