2016年9月7日水曜日

中央研究所 6

 医療区は、ドームの中で一番大きな施設だ。その大半を占める出産管理区では、地球の女性たちが出産の為に収容されている。地球人は、女性の数が少ないことを知っているが、全く誕生しないと言う恐ろしい事実を知らされていない。だから、女性たちが出産の為に安全な施設に収容されることは容認出来ても、彼女たちが本当はコロニー人から提供された体外受精卵子のクローンで、ドームで培養されたことも知らない。
 中央研究所の核となる地下の区画は、そのクローンの培養施設だ。そこには、真に極限られた人間しか立ち入ることが出来ない。培養施設の地上には、遺伝子の研究施設があり、多くの執政官はそこで働いている。
 中央研究所と対になる棟が遺伝子管理局とドーマーの養育棟だ。
 ドーマーや執政官が暮らす居住区は、中央研究所とは建物が別で少し離れている。そこは小さな街の様な場所で商店もある。と言っても、コンビニ程度の店だが・・・。
これらの施設群の周囲、ドームの壁までの空間は、食糧生産の場所であり、住人の憩いの場所の公園でもあった。体育施設もあって、退所時期が近づいた女性たちがそこで運動して体を慣らして出て行く。ドーマーたちもそこで運動するので、たまにドーマーの男性と出産を終えた女性が接近してしまうこともあるのだが、他人の妻に手を出すことは厳禁なので、保安部がこまめに監視しているのだ。

 ドーム人はあまり家事をしない。掃除や洗濯は専門のドーマーがいて、食事はほとんどの人間が食堂で摂る。食堂は3箇所。中央研究所内と、居住区と、養育棟だ。
中央研究所の食堂は、医療区の収容者と、研究所の職員、執政官、そして遺伝子管理局の幹部が利用するのだが、医療区の収容者の区画は他の利用者の場所と壁で区切られていた。壁は、収容者側からは、映像を映すスクリーンにしか見えないが、執政官たちの方からは、収容者たちの食事風景が見えた。これは、妊産婦や患者の食事の様子を観察して健康状態に異常がないかチェックする為で、決して女性たちを鑑賞するのが目的ではない。
だから、収容者の食事の時間帯が終了する頃に、医療とは関係ない執政官たちが食堂に来ることが多かった。
 
 ケンウッド長官は、昨夜遅くまで会議をしていたので、睡眠時間が短く、起床が少し遅れた。もっとも会議に出席した幹部級執政官たちも同じだったので、その日の業務開始時間を1時間ばかり繰り下げることにしていた。
 会議の議題は、逮捕した脱走者の今後の処遇だった。ダリル・セイヤーズ・ドーマーから出された取引条件を認めるか否かを話し合ったのだ。
 ダリルは恐らく、女の子を創れるだろう。ダリルの息子も同じ能力を受け継いでいる可能性がある。進化型1級遺伝子はX染色体上にあるのだから、確実だろう。だが、ダリルは息子には手を出すなと要求している。
 出席した幹部10名のうち、6名がダリルの要求を認めてやろうと言った。

「考えてもごらんなさい、セイヤーズの息子は女性から産まれたのではなく、男同士の遺伝子の掛け合わせで産まれたのです。人間としてあってはいけないことです。例え、その息子が正常な生殖能力を持っていても、人類の未来を託す訳にはいきません。」

 ケンウッドは内心、ダリルの息子に興味があったが、それ以上深入りするのは拙いと思った。不自然な方法で子供を創った「先例」がドームにはあったからだ。
それはコロニーにも大スキャンダルとして伝わり、子供が人工子宮から出る前に処分するようにと指示が来たのだ。
そして・・・

その不自然な誕生をした子供は、50年間行方不明だった。