2016年10月5日水曜日

出張所 12

 ダリルは最初にドームが出来た歴史を軽くおさらいした。
21世紀の終わりに地球が戦争や天災やその他人為的環境汚染で1度ほぼ絶滅しかけたこと。
宇宙で新しい人類社会を構築していたコロニー人たちが「地球人類復活プロジェクト」を立ち上げ、地球人と地球上の生物、主にほ乳類や鳥類を復活させたこと。
ただし、地球人は他の生物と違って女性が生まれなくなっていたこと。
コロニー人の女性たちの援助でクローンの製造が始まったが、女性を「物」扱いする風潮が生じる危険性があったので、女性がクローンであることは極秘であること。
ドームは安全に出産する場所と女性復活の研究の為の機関であること。
生まれた子供の3割がクローンの女の子と取り替えられること。
取り替え子は結婚出来ないが子供が欲しい男たちの元へ養子に出されること。
取り替え子の中から年に1人か2人が選別されてドームに残され、ドーマーとして育てられること。
だから、ドーマーは研究用の検体を提供する為の人間であり、またドームの機能を維持する為の働き手でもあること。
ドーマーは外に出て暮らすことになっても死ぬまでドームとの繋がりを切れないこと。
 そして、ダリルは本題に入った。

「ポールと私は、たまたま1日違いで産まれて、ポールは健康な子供だったから、私は地球では存在しないはずのコロニー人の遺伝子を持っていたから、ドーマーとして残された。 そして、同じ養育係の元で兄弟みたいに育った。同じ『トニー小父さんの部屋』の卒業生には、セント・アイブスの出張所所長になったリュック・ニュカネンや、ポールの副官のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーや、あと5名ばかりいるのだが、成長して遺伝子管理局に入ったのは4人だけだ。他の『兄弟』は別の部署で働いている。
 ポールと私はとても馬が合った。子供時代は双子みたいにいつも一緒にいた。お互いに相手を必要としたし、体の一部みたいに思うこともあった。そして思春期に入ると、まぁ、なんだな・・・2人で恋愛みたいな関係になった。
 もっとも、この関係はドーマーでは珍しくないんだ。男の子しかいない世界だからね。
女性のドーマーもいることはいるんだが、彼女たちは勿論クローンで、ガードが堅くて簡単には近づけなかったから、私たちは成長にともなって生じる欲求のはけ口を男の子同士で解消しなければならなかったんだ。 これは、私達を育てているコロニー人、執政官と呼ばれているのだが、彼等も黙認しているんだ。そう言う訳で、ポールと私は『公認の仲』だったんだ。
 事態が急変したのは、私たちが20歳になった頃だ。
 ドームの長官が交代したんだ。新しくやって来たコロニー人は、リンと言う男で、此奴は地球人を見下していた。コロニー人より短命でひ弱な地球人を、犬か猫みたいに考えていたんだな。そんな男が、ポールを見て、一目惚れしたんだ。
 ポールは今でも綺麗だが、少年時代は本当にお姫様と冷やかされる程の美少年だったんだ。リンは、綺麗な地球人の少年を見て、自分のものにしたいと思った。それで、邪魔者を排除した。
 つまり、私を追い払ったんだ。
 私は、西ユーラシア・ドームへ転属になった。遺伝的要素の偏りを避ける目的でドーマーの交換が各大陸のドーム間で行われるのだが、私はそこへ入れられた訳だ。
転属そのものは、私には辛くなかった。ユーラシアは広くて、文化も多種多様で、支局巡りは世界旅行と同じだったからね。とても面白かった。ただ、横にポールがいないのが寂しかったんだ。友達は大勢出来たけど、ポールの様に心を許せる仲にはなれなかった。
 1年ほどして、西ユーラシアの遺伝子管理局の局長が、私にアメリカへ出張に行けと命じた。ただの使いっ走りだが、里帰りでもあったから、私は浮かれた。
 アメリカに帰ってきた私は、用事が済むとまっすぐポールに会いに行った。」

そこでダリルが小さく溜息をついたので、ライサンダーは振り返った。 ダリルは少し疲れた様な顔をした。

「ポールは、人が変わっていた。美しかった葉緑体毛髪をすっぱり剃髪して、笑わない男になっていた。」