2016年10月28日金曜日

新生活 12

 ポール・レイン・ドーマーがメーカーに捕まっていた間に山積みに溜まった仕事を片付けると、既に午後2時前になっていた。ポールはダリルとクラウスを連れて一般食堂へ遅い昼食に出かけた。時間をずらせたので、面倒な連中と出会わずに済むと思ったが、世間は甘くなかった。
 3人がテーブルに着いて間もなく、ポールのファンクラブが現れ、周辺のテーブルに散開するかの様に座った。クラウスがダリルに「無視して」と注意した。
 ファンクラブは大人しかった。順番にポールに無事生還したことを喜んでいると挨拶に来たり、クラウスにも声を掛けたが、ダリルには他所他所しかった。ダリルは脱走前のファンクラブはもっと礼儀正しかったなと思ったが、口に出さなかった。

「連中は君を警戒しているんだ。」

とポールが普通の声で言った。周囲に聞こえても気にしない。

「殆どの執政官がこの10年以内にアメリカ・ドームに着任している。君がここに居た頃の人間は数える程しかいない。今その辺りにたむろしている連中は、君が未知数なので様子を伺っているのさ。」
「そのうちに慣れるさ。」

 ダリルは昔同様執政官が何を思うと気にしないことにした。これから死ぬ迄ここで暮らすのだ。いちいち気にしていたら、鬱になってしまう。
クラウスが少し声を低くして話しかけた。

「あの人たちは、ダリル兄さんが恐いんですよ。」
「どうして?」
「ギル博士をぶん殴ったでしょう?」

 ポールはダリルが記憶を削除された期間の出来事だと気が付いた。ファンクラブは敢えて彼に事件を教えなかったが、鼻を腫らしたアナトリー・ギルにポールは出遭っていた。どうしたのかと尋ねたら、ギルは転んだと答えたのだ。ダリルは理由なしに他人を殴ったりしない。ギルはしてはならないことをしたはずだ。
 ポールはクラウスに尋ねた。

「ギルは何をやったんだ?」
「保安課の監視役から聞いた話ですが、ギルは道ですれ違いざま、ダリル兄さんの腕を掴んだそうです。」
「いきなり掴んだのだな?」
「らしいです。」
「馬鹿なヤツ。」

 ポールはダリルを見て笑った。俺の恋人は優しい見かけと違って中身は猛犬だぞ。
ダリルは記憶を無くした期間の話をされると不愉快になるので、聞こえないふりをした。

「飯を食ったら、夜迄何をするんだ?」
「定時報告をチェックして、それからジムへ行く。昨日迄寝ていたから、体を動かさないと歳を取った気分だ。」
「僕は明日の出動の準備をしますよ。それからアパートに帰って、着替えて、キャリーと合流します。」
「それじゃ、私も夕方迄仕事だな。」
「駄目だ、君は俺と一緒にジムへ行く。」
「何故だ? 他のことをしても良いだろう?」
「当分は1人で行動させたくない。」

 ポールは目で食堂の入り口を指した。ダリルが後ろを振り返ると、見覚えのある髭面のドーマーがキョロキョロと中を見廻しているのが目に入った。

「あの男には注意して下さい。」

とクラウスが囁いた。

「ポール兄さんのストーカーです。ファンクラブの執政官ともしょっちゅう揉め事を起こしてます。僕のチームに居るので、明日は外へ出かけますが、ドーム内に居る時は要注意です。」

 アレクサンドル・キエフ・ドーマーが、ポールを発見した。まっすぐこちらへ歩き出したが、ファンクラブも直ぐに気が付いた。それ迄ダリルに対して不快な視線を浴びせていた連中が一斉に立ち上がり、アイドルをストーカーから守る為にキエフの前に立ち塞がった。

「サーシャ、衛星は休みなく地球の周りを飛び回っているぞ。ここで油を売っていて良いのかな?」

 キエフが何か喋っていたが、執政官達がわいわい声をたてるので、ダリルには聞き取れなかった。
 ポールはファンクラブに特に感謝の気持ちもないようで、食事が終わったことを確認して、仲間に「行こう」と声を掛けた。