2016年10月16日日曜日

リンゼイ博士 13

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーとクロエル・ドーマーが出張所に帰り着いたのは午後8時過ぎだった。職員たちは帰宅し、北米南部班のチームはドームに帰投してしまい、がらんとした建物の中にリュック・ニュカネンが1人で待っていた。
 ダリルは思わず尋ねた。

「1人で?」
「そうだ。1人で!」
「私の息子は?」
「帰った。」
「何処へ?」
「自宅だろう?」

 ダリルは頭を殴られた様な気がした。ライサンダーが1人で家に帰っただって? 誰もいない山の家にか? 長い道のりを1人で? 所持金0で? 
 そこでダリルはハッとして2階へ駆け上がった。クロエルが1人で会議室を片付けていた。ダリルは彼に尋ねた。

「財布はあったか?」
「うん。」

 クロエルが財布を出して見せた。

「全額ありますよ。そうだ、リュックに借金を返さないと、怒られるな。」

 彼はさっさと階下へ降りていった。
 残されたダリルは何をどうして良いのかわからなかった。ライサンダーは所持金なしだ。電話も持っていない。彼が昨日まで使っていたメーカーの端末はJJと共にドームへ送られてしまった。息子は何処にいるのだろう。身を守る武器もないのに。あんな綺麗な少年が1人で旅をしていたら危険だとわからないのか?
 そばの椅子に座り込んで考え込んだダリルを、クロエルが戻って来て覗き込んだ。

「ライサンダー坊やに捨てられたんですか、セイヤーズ?」
「・・・うん・・・」
「可哀想に・・・でもあの子なら大丈夫ですよ。貴方とレインの息子ですから。」

 ダリルは顔を上げて、すっとぼけた表情のクロエルを見上げた。まさか、こいつ、朝出る前に既に知っていたんじゃないのか?

「君がそそのかしたのか?」
「何をです?」
「ライサンダーに1人で帰れって・・・」
「そんなことは一言も言ってません。」
「しかし・・・」

 朝の光景が脳裏に蘇った。クロエルは遺伝子管理局からのメールを受けて、ライサンダーに見せていた。どんな内容だったのだ? 

「クロエル、今朝の局長のメールは何て言ってきたんだ?」
「貴方に教えるような内容じゃないです。」
「だが、ライサンダーには見せただろう?」
「そうでしたっけ?」

 クロエルは端末を差し出した。ダリルがメール履歴を見ると、今朝のメールは既に削除されていた。ダリルは端末を操作した。

「クロエル、削除したって、復活させられるんだよ。」

 消されたメールが表示された。

ーーセイヤーズの息子をドームに来るように説得せよ。

 クロエルが溜息をついた。

「だから進化型一級の連中は恐いんですよ。」
「息子はこれを見て、逃げたんだな?」
「決断したのは彼です。僕は何も指図してません。」

 ダリルも溜息をついた。息子に手を出さないと約束したのはケンウッド長官だった。ハイネ局長ではない。違法製造クローンの処遇を決めるのは、長官ではなく、局長だ。

すまない、息子よ、父の手落ちだ・・・