2016年10月8日土曜日

出張所 14

 ライサンダーは父親の性格を知っていた。父は反省を始めると納得がいくまで考え込む。だから、彼は話題を変えさせようと、試みた。

「ドームから逃げ出した父さんは、ラムゼイの爺さんにすぐ会えたの?」
「うん・・・2日ほどかかったが・・・」

 ダリルの転換速度は速い・・・

「昔雇った情報屋に繋ぎをつけてもらうと、すぐ連絡が来た。メーカーはドーマーの細胞に興味があるから、会いたがっているドーマーがいると聞いて、爺さんは乗ってきたんだ。
 初対面だったが、爺さんがコロニー人だとすぐにわかった。重力サスペンダーを使用していたからね。あれは地球の重力に馴染めないコロニー人が足腰を弱らせた時に使用するんだ。地球では非常に高価だし、技術もないから地球人は使わない。せいぜい富豪がコロニー人の真似をして用いるだけの品物だ。
 コロニー人でクローン製造を生業にしていると言うことは、彼は元執政官だったに違いない。実は、彼の正体を今になってドームは知ったところだ。話が横道に逸れるので今ここでは触れないが、彼は宇宙でもお尋ね者なのだよ。
 爺さんは、私がクローンを発注すると驚いていた。遺伝子管理局の人間が遺伝子管理法を破るのだから。 彼は私が持ち出したポールの遺伝子だけで子供を創るのは難しいと言った。彼は巷のメーカーが創る単体クローンは作らない。単体クローンと言うのは、卵子の核を取り除いて、そこに成人の体細胞から取り出した細胞核を移植するやり方だ。要するに、親のコピーを創る訳だ。
 ラムゼイのクローンは体細胞核移植ではなく、未受精卵に親の生殖細胞を移植する生殖細胞核移植だ。つまり、ドームの女性たちと同じ方法で創る。だから寿命は体細胞核移植のクローンより長く、健康で普通の人間と変わらない。
 本当は、ポールの遺伝子だけで子供は創れたはずだ。爺さんは実験をしたかったのだ。
男同士の生殖細胞で子孫を創れるかと言う・・・。男しか生まれない今の地球にとっては、これも必要な研究だったのだろう。
 爺さんは、クローン製造の代償として法外な値段をふっかけてきた。」

ダリルはライサンダーを見て、ちょっと笑った。

「おまえは、軽ジェット機1機分の値段だったんだ。」
「・・・」
「巷のクローンは、乗用車1台分で創れるんだよ。」
「それじゃ・・・俺、ぼったくり?」
「いや・・・ぼったくられた気分はなかったな。おまえはそれ以上の価値は充分あるからね。」
「でも、父さん、そんなにお金持ってた?」
「持ってる訳ないじゃないか。ドーマーの給料は一般の公務員と変わらないんだぞ。」
「それじゃ、どうやって支払いを?」
「爺さんは、私の遺伝子を要求したんだ。ポールのと私のを混ぜる。そして残りは別オーダーのクローン製造に使って、売り飛ばす。」
「まさか・・・」
「そのまさかだ。おまえには何人か同じ私の遺伝子を持つ兄弟姉妹がいる。うん・・・女の子が生まれたんだよ、ラムゼイの研究所でね。」

 ライサンダーは父を見つめた。ラムゼイもそんなことを言っていなかっただろうか。父親は女の子を生める地上で唯一人の男だと。だからドームはダリルを捕まえた以上、決して手放さないだろうと。
 ダリルは溜息をついた。

「つくづく自分が身勝手な人間だと思い知らされるよ。私の子供は大勢いるのに、私が愛せるのは、おまえ一人だけなんだ。私の意志とは無関係に生まれた子供たちのことはどうでも良いのだ。最低なヤツだな、私は・・・」

また反省している。 ライサンダーは父親を抱きしめた。

「俺も存在を知らなかった兄弟のことなんか、どうでも良いよ。父さんがいてくれてさえすれば。」

彼は小さな声で囁いた。

「創ってくれて有り難う。」