2016年10月30日日曜日

新生活 14

 午後8時、中央研究所の食堂は適度に賑わっていた。一般食堂と違って執政官や幹部級のドーマーが利用するので、女性の姿が多く、華やかな印象を与える。
 ダリルはまだ単独でこの食堂には入れないが、ポールと一緒なので気兼ねなく利用出来る。クラウスはチーム・リーダーなので問題ないし、妻のキャリーは医療区の医師だから当然利用する権利を持っている。キャリーはこの会食に出る男性3人と幼馴染みだ。彼女はクローンだが取り替え子に出されずにドームに残されてドーマーとして育てられた。理由は明かされていないが、考えられるのは、取り替え子になるはずだった男の赤ん坊が誕生直前に死亡する場合だ。出産予定日に合わせてクローンの女の子を育てるので、肝心の胎児が死んでしまうと予定が狂う。同日に誕生する子供と急遽交換、と言う訳にはいかないのだ。何故なら、取り替え子となる女の子は、両親のどちらかと血縁関係があるコロニー人から提供される卵子から創られるからだ。決してドームは無計画に子供を創っているのではない。
 女性ドーマーは大変人数が少ないので、男性ドーマー達にとって彼女達は高嶺の花だ。ドームの外で男性達の多くが独身なのと同じ理由だ。だから、クラウスはとても幸運な男だ。キャリーと恋愛して、ドームから許可されて彼女を娶った。この夫婦に子供が出来れば、ドームは取り上げてしまうだろう。それがドームのルールだ。だから、クラウスとキャリーは子供を作らない。しかし、ダリルがドームに帰ってきたことが、夫婦の間にちょっとした波紋を生じさせていた。

「子供を育てるって、愉しいですか?」

キャリーがテーブルの主賓を待つ間にダリルに尋ねた。ダリルは頷いた。

「愉しいよ。子供は毎日成長して変化するし、面白い発見だらけだ。それに友達でもあるし、同士でもある。」

 自分で子供を育てないドーマーには想像がつかない。しかしキャリーは母性本能をくすぐられたのか、興味があるようだ。精神科の医師なので、「聖地」で出産に立ち会うことはないが、母親達のメンタルケアはするので、自身も出産を体験するべきだとも思っている。
 ポールはあまり興味なさそうにダリルと夫婦の会話を聞き流していた。テーブルの主賓はまだかな、と思った時、彼の後ろで機械的な女性の声が響いた。

「ダリル父さん!」

 ダリルはその声がした方を振り向き、笑顔で立ち上がった。彼に向かって少女が全力疾走してきて、飛びついた。

「JJ、君が今夜の主賓だったのか! 驚いたな、ポールは何も言わないから。」
「私も驚いたわ。父さんに会えるなんて思わなかったもの。」

 ダリルは彼女のこめかみに付いている小さな端子に気が付いた。彼女は小さな黒い箱を胸ポケットから出して見せた。

「これで喋ってるの。脳波を拾って音声に翻訳してくれるのよ。」

 彼女からかなり遅れてラナ・ゴーンが現れた。

「人工声帯を付ける方法も考えました。でも、JJは呼気を使って声を出すことを知らないので、その訓練から始めないといけません。彼女がここの環境に慣れてから、コミュニケーションの手段を選択してもらうことにして、当面は翻訳機を使ってもらいます。」

 ダリルは、今朝彼女がポールに頼み事をした内容が、この会食だったのだと気が付いた。副長官はJJをリラックスさせる為に、少女と親しくなった人々を食事に呼んだのだ。クラウスはローズタウンからドームへ来る機内でJJの世話をしてくれたし、キャリーは副長官と共に、観察棟に入ったJJの心理的緊張をほぐす役目を担当している。
 しかし、ポールの緊張はどうしたことだ? ダリルとワグナー夫妻を誘っておきながら、当人は食堂に入ってから大人しい。
 JJが椅子に座りながら尋ねた。

「ライサンダーはいないの?」
「彼はドームに来なかったんだ。」

 ダリルは、息子もここに居れば良かったのに、と残念に思った。ライサンダーをドームの研究対象にされたくないが、やはり手元に置きたい。しかし、息子は自分の意志で去って行った。ドームに来ることを拒み、ドームに繋がれてしまった父親に愛想をつかして・・・。
 JJはもう片方の隣に座っているポールの腕に手を当てた。ポールがびくりとしたのをダリルは見逃さなかった。翻訳機がJJの言葉を音声にした。

「もう体調は良いの? Pちゃん?」
「Pちゃん?」

クラウスが驚いてポールを見た。キャリーとラナ・ゴーンはくすくす笑っている。

「だから・・・その呼び方は止めろ。」

 ポールが呻く様に注意した。ダリルは既にこの呼び方を知っているので、微笑んで見せた。

「JJ、聞かれて困る思考の場合は、翻訳機の電源をオフにしなきゃ駄目だよ。」
「あっ、そうなんだ!」

 JJは翻訳機に手を触れた。彼女は沈黙した。そしてポールの腕に再び手を触れた。
ポールは困惑して、彼女に言った。

「俺は仕事があるんだよ、毎日君の希望通りに付き合うのは無理だ。」
「え? 何だ?」

ダリルが尋ねると、JJが翻訳機の電源を入れた。

「デートに誘ったら、断られちゃった。」

 クラウスとキャリーが目を丸くした。ポール・レイン・ドーマーが10代の少女に口説かれようとしている!
 ダリル父さんは、取り敢えず娘を手元に置いておきたい父親の立場を取ることにした。

「JJ、その男は父さんと同い年だ。君が付き合うには歳を食っている。交際は許さない。」
「でも、好きなんだもん。」

 ダリルは素早くテーブル周辺に目を配った。ポールのファンクラブの耳に入ったら、ちょっと厄介だ。それでなくても、パパラッチやストーカーがポールの周辺をたむろしていると言うのに・・・