2016年10月21日金曜日

新生活 2

 ハイネ局長は、JJの様子を教えてくれた。 少女は昨日から中央研究所のクローン観察棟に部屋を与えられてそこに入っている。初日は、声を出せない彼女の為に脳波翻訳機を与えて使い方の指導が為された。機械は彼女の思考全てを拾って音声にしてしまうので、彼女はプライバシーを守るためにこま目にオン・オフの切り替えをしなければならない。それに慣れる迄、部屋の外へ自由に出ることは出来ない。

「彼女は実家の敷地内から出たことがなかったそうだな。ドームは彼女にとっては大都市に見えるのだそうだ。早く外に出たがっている。」
「彼女が塩基配列を見ることが出来るとお聞きになりましたか?」
「聞いた。ちょっと信じがたい話だが、レインも接触テレパスで奇妙な物を見せられたそうだから、何か我々と異なる物が見えるのだろう。」
「彼女は見えている物をみんなの為に役立てたいと思っているのです。ただ、何をどうすれば良いのか、わからない。親からそう言う教育は受けていなかったのでしょう。ベーリング夫妻は彼女をただ遺伝子組み換え実験の成果として人形の様に可愛がっていただけです。」
「彼女の担当はゴーン副長官だ。彼女は娘さんがいるから、少女の扱い方も心得ている。先ず、この環境に少女を慣らし、それから観察棟から女性用アパートに移し、一人前の扱いをしてやる。その間に彼女に遺伝子関連の学習を受けさせ、見えている物の正体を明確にさせるのだ。」
「彼女は、普通の少女ですよね?」
「普通の少女だ。遺伝子を組み換えて創られたクローンであっても、普通の女性だ。」
「ドームの外に外出出来ますか? 将来の話ですが・・・」

 局長はダリルを眺めた。

「ドームの外に遊びに出かけるドーマーがいると思うかね?」
「いても良いんじゃないですか?」
「君は遊びに行きたいのか? 仕事ではなく?」
「許可頂ければ。」
「そんなに外が良いか?」

 生まれてから一度も外へ出たことがないローガン・ハイネ・ドーマーの問いだ。出張さえさせてもらえずに歳を重ねてきた人の質問だ。
 ダリルは慎重に答えた。

「外に目的がある人間にとっては。私は息子に会って、畑を耕したい。」
「息子をここへ連れてきてやろうか? 畑ならドーム維持班園芸課の手伝いをさせてやる。」

 そうじゃないんだ、とダリルは心の中で否定したが、言葉には出さなかった。

「JJは、外の女の子と友達になったり、買い物をしたりして日常を楽しみたいだけですよ。逃亡したりしません。」

 局長は、ニュカネンの件を思い出したのかも知れない。愛する人の為にドームを去って行った男達のことを、彼はどう思っているのだろう。

「少女は、ラムゼイの秘書にも会いたがっているが、男の方がまだ落ち着かないので当分は面会させられない。」
「ジェリー・パーカーはまだ自殺傾向ですか?」
「精神科の医師たちが慎重に対処している最中だ。薬で鬱状態から抜け出したら、尋問が出来るだろう。但し、ラムゼイが死んだことはまだ秘密にしておく必要がある。」

 この時、ダリルは先刻のクロエル・ドーマーの口頭報告に中に、ラムゼイがジェリーの正体について語った内容が入っていなかったことを思い出した。

「そのパーカーの出自について、ラムゼイが興味深いことを言っていました。」

しかし、ハイネ局長はちらりと時計を見て、ダリルを遮った。

「今日はこの辺にしておこう、セイヤーズ。もし、記憶が新鮮なうちに語りたいと言うなら、すぐに報告書にまとめてくれ。」
「かまいませんが、私はアパートもオフィスもありませんので・・・」
「観察棟には帰らせないぞ。あそこでは君は種馬でしかない。君を活かせるのは、こっちだ。」
「有り難うございます。」
「独身者アパートのMー377を使い給え。保安課に連絡しておくから、君の網膜チェックで開錠出来るようにしておく。」
「Mー377は、ポール・レイン・ドーマーが以前住んでいた部屋ですよね?」
「今も彼はそこに住んでいる。しかし本人は滅多に帰らないから空き家同然だし、今はまだ入院中だ。どこも悪くないのだが、医師が休息を取らせたがって当分退院させないつもりだ。邪魔が入らずに報告書を書けるぞ。」