2016年10月23日日曜日

新生活 6

 アパートに帰って間もなく、ポールに局長から電話が掛かってきた。ダリルを連れてケンウッド長官の部屋へ来いと言う。「来い」と言うからには、局長は既にそこに居るのだ。
 前日ドームに帰投した際に洗濯に出した服が部屋に届けられていたので、ダリルはそれに着替えて、やはりスーツに着替えたポールと共に中央研究所に出かけた。途中、何度かポールのファンクラブのメンバー達と出遭った。ファン達はポールに挨拶したが、ポールはいつも通り素っ気ない返事しかしなかった。ドーマーを相手にする時と執政官を相手にする時の態度は雲泥の差だ。誰かがダリルにも挨拶してくれたので、ダリルが愛想良く返事をすると、ポールはそいつを思いっきり睨み付けた。そんな顔をするなよ、とダリルは小声で注意したが、彼はフンッと鼻先で笑っただけだった。
 長官室には、果たしてローガン・ハイネ・ドーマーが居て、不機嫌な顔のケンウッド長官とあまり乗り気でなさそうな表情のラナ・ゴーン副長官が奥に座っていた。
 2人の若いドーマーが入室して挨拶すると、彼等は返事をして、座れと指示した。
ケンウッドが口を開いた。

「レイン、医師の許可もなく医療区から逃げ出すとは何事だ?」

 なんだ、そんなことで呼び出すのか? と言いたげにポールは肩をすくめて見せた。

「どこも悪くないと言われましたし、治療らしきものも全部終わりましたから、仕事に復帰しただけです。」

 ケンウッドはハイネ局長を見た。局長も肩をすくめた。

「健康で仕事をしたがっている人間に何もさせないのは酷でしょう?」

 ダリルはラナ・ゴーンが顔を俯けたのを見た。笑いを堪えているのだ、きっと。
ケンウッドは、これからは医師の指示に従えと言った。それから、今度は矛先をダリルに向けてきた。

「君はレイン救出を終えたのに、すぐに帰投しなかったな?」
「ラムゼイを逮捕したかったので、残りました。」

ダリルは、自分達が出頭する前にハイネ局長も絞られたのだろうと見当がついた。局長がどんな言い訳でかばってくれたのかわからないので、正直に説明することにした。

「ラムゼイの部下はクロエル・ドーマーがほぼ一網打尽にしましたので、後は爺様1人を捕まえれば終わりだと思ったのです。セント・アイブスの街に潜んでいるに違いないと、捜査したら、案の定、彼はシンパに匿われていました。逮捕しようとしたのですが、彼が使用していた重力サスペンダーに不具合が起きて、彼は我々の目の前で事故死しました。」
「不具合?」
「恐らく、何者かが、彼の重力サスペンダーのモーター部分に細工をしたと思われます。現在、セント・アイブス警察が調べているはずです。」
「君は、ラムゼイの事故は殺人だと思うのだな?」
「そうです。出来れば、現場に残って捜査に加わりたいのですが・・・」
「それは警察の仕事で遺伝子管理局の仕事ではない。」

 ケンウッドがぴしゃりと言った。ダリルはそう言われるだろうと予想していたので、口を閉じた。あまり逆らって執政官を怒らせるのは、こちらの得にはならない、とドーマーらしく考えた。
 ケンウッドは小さく溜息をついて、局長に向き直った。

「ハイネ、何故セイヤーズは君の所にいるのかな? 研究所に戻してくれないのか?」

 ポールがどきりとして顔を長官に向けた。ラナ・ゴーンは彼の心が読めた。また恋人を取り上げるつもりか、と彼は目で訴えているのだ。
 ハイネ局長が、奥の手を出してきた。

「長官、貴方もセイヤーズが一ヶ月以上前に戻ったことを西ユーラシア・ドームに連絡していらっしゃいませんよね? セイヤーズは逃げた時、西ユーラシアの所属でしたよ。」

 老練なドーマーはケンウッド長官の痛いところを突いた。アメリカ・ドームは、西ユーラシア・ドームが所有権を持つドーマーで子供を創っているのだ。西ユーラシア・ドームがこの事実を知ったら、気まずいことになるだろう。ダリル・セイヤーズを返せと言ってくるに違いない。さらに悪いことには、ポール・レイン・ドーマーは40歳を過ぎているので、帰属するドームを自身で選択する権利を獲得しているのだ。ダリルが脱走していた18年を差し引かれてまだ選択権を得ていないので西ユーラシアへ送還されれば、ポールは追いかけて行ける訳だ。アメリカ・ドームには、本人には教えていないが、ポールを手放せない訳がある。

「ドーマーに脅迫されるとは、予想だにしなかったよ。」

とケンウッド長官が憮然とした表情で言うと、ハイネ局長がすみませんと謝った。

「しかし、私はここで育った子供達を手放したくないし、セイヤーズは種馬じゃありません。普通に仕事をさせてやって下さい。子孫を創る手伝いでしたら、いつでも必要な時に呼べばそれで宜しいではありませんか?」
「長官・・・」

とラナ・ゴーンが初めて発言した。

「ハイネ局長は正しいですよ。それに、西ユーラシアとは早期に決着をつけるべきです。」
「わかった。」

ケンウッドは話のわかる男だ。彼は頷いた。

「西ユーラシアと交渉しよう。向こうにはセイヤーズの他にも進化型1級遺伝子保有者が数名いるはずだ。同じ様に女子を創れる男がいても可笑しくない。共同研究を提案してみる。」