2016年11月19日土曜日

暗雲 14

 保安課情報管理室は、ドーム内の監視カメラの制御と内部の人間によるマザーコンピュータへの不正アクセスを防ぐ他に、外からドームのコンピュータやドーム人の端末にアクセスしてくる者の解析、中継と防御を行っている。彼等は外部からの侵入を認めたがらなかったが、事実ダリルがマザーにアクセスした時に防げなかったので、今回の調査を不承不承認めた。
 ダリルは教えられたことがないのに、画面にログイン記録を出してチェックしていった。殆どは支局や出張所からの問い合わせや申請書類等の送信だ。病院関係もあるが、これは外に居たドーマーが患者の遺伝情報を病院から求められて問い合わせて来たものだ。
クローン収容施設と警察からのものもあった。信じられないのは、個人からのアクセスで、偶発的なアクセス事故と思われるが、中にはハッキングを試みたものもあった。
しかし、それらは既に情報管理室から外の警察に連絡が行っており、「解決済み」のチェックが入っていた。
 意外なことに、あるクローン収容施設から、他のクローン収容施設の所在地を問う検索があった。施設間は密に連絡を取り合っているので、ドームに問い合わせる必要はないはずだ。
 情報管理室の職員が画面を見ながら言った。

「ドームは軍事施設ではないから、パスワードさえ間違えなければ、問い合わせ程度のアクセスを見逃すと言う恐れもなきにしもあらずだ。」
「もって廻った言い方をせずに、はっきり言えば良い。マザーはハッカーに弱い,
と。」

 ダリルはぶつくさ言った。

「私はマザーのセキュリティが甘いことを何度かドームに証明してやったのに、またドームはハッカーを許した。これはドームの怠慢だ。早急に対策を練ってセキュリティを強化すべきだ。」

 ポールは室内にいた情報管理室のドーマー達が一斉にダリルを睨んだことに気が付いた。これは拙い・・・。
 彼はダリルの肘を突いた。
 職員の中から声が聞こえた。

「特上のハッカーが何か宣っているぜ。また月から脳外科医を呼んで、あいつの脳みそを削ってもらおうか?」

 ダリルはそれを無視して職員に尋ねた。

「このハッカーが何処でパスワードを入手したのか、調査出来るだろうか?」
「ドームのパスワードは毎月変わるんだ。」
「だが法則がある。方程式さえ見つければ、解けてしまう。」

 職員達の間でざわめきが起こった。方程式の存在など誰も知らなかったし、知っていたとしても、複雑で解くのは至難の業だ。
 ダリルの相手をしている職員が、ハッカーがクローン収容施設のコンピュータを欺くのに用いた身分証の記録を検索した。

「あー、信じられない!」

と彼が叫んだ。彼は、ダリルを見て、ポールを見た。そして画面を指さした。

「コロニー人のIDだ。レイ・ハリスの身分証だよ。この人は既に死亡しているはずだよね?」
「死者のIDが何故パス出来たんだ?」
「知るもんか。死亡登録されているはずだが、情報の重要度が低ければIDカードだけでも検索程度の使用は出来るからね。」
「なんていい加減なセキュリティだ。」

 ダリルは思わず呆れた声を出した。

「一体誰なんだ、こんな阿呆なシステムを構築した大馬鹿者は?」

 職員は調べなくても良いその質問の答えを検索した。

「ドーム創設期の情報科学の先生だね。200年前の人だよ。」
「200年もこんないい加減なシステムでドームを運営して守ってきたのか?」
「あのねぇ・・・」

 職員が振り返ってダリルを睨んだ。

「あまり考案者の悪口を言わない方が良いぞ、セイヤーズ。」
「どうして?」
「このシステムを構築したのは、ローマン・クリスタル・セイヤーズ、君のご先祖様だ。」