2016年11月19日土曜日

暗雲 15

 ドームの食堂は、中央研究所でも一般食堂でも、原則はビュッフェ方式で好きなものを選べるが、毎日メインもしくは目玉になるメニューがあって、ほとんどの利用者がそれを皿に取る。その日は、デミグラスソースのラムシチューだった。そしてダリルの皿には、少量だが、羊の脳が入っていた。ダリルはそれを見ないように努力した。

「食わないのか?」

とジェリーが尋ねた。ポールが「ほっといてやれ」と注意した。

「此奴は見たものは絶対に忘れない人間だ。局長室で見たものを思い出すのだろう。」
「それなら、別の物を選べば良いじゃないか。」
「此奴はシチューが好きなんだ。」
「だからと言って・・・」
「少し黙ってくれないか、2人とも。」

とダリルが文句を言った。

「考え事をしているんだから。」

「ほらな」とポールが囁いた。

「ほっとけば良いんだ。」

 ダリルは、ポールとジェリーが先刻からずっとこそこそ喋っているのが気になったものの、無視しようと努力した。

「食事中の考え事は良くない。」

とジェリーが注意した。

「消化に悪い。食べることに専念しろと言うのが、ラムゼイ博士の教えだ。食べられないのなら、皿を下げろ。」
「そうする。」

 ダリルはいきなり立ち上がって返却カウンターに皿を持って行ってしまった。ポールがジェリーに苦言を呈した。

「夜中に腹が減ったと八つ当たりされるのは、俺なんだぞ!」
「ピザでも取れよ。」
「そんなサービスはない!」

 ジェリーはちょっと驚いた。彼は観察棟で監禁されていた時期に、食べたい物だけは自由にお取り寄せ出来たのだ。だからドームにも宅配サービスがあると信じていた。
数分後にダリルがノンアルコールビールとフレンチフライを持って戻って来た。ジェリーに壜を見せた。

「君も飲むだろ?」
「うん!」

 ジェリーは喜んだ。

「ドームは禁酒なんだな。」
「遺伝子に傷が付かないように、ドーマーにはアルコールを許可してくれないんだ。コロニー人は飲めるんだけどね。もっとも、遺伝子管理局と庶務課はドームの外に出るから、外で酒を覚えてしまう。だからコロニー人もそんなドーマーにはこっそり飲ませることがある。」
「酔わせて悪いことをする訳か?」

 ポールが「まぁな」と相槌を打った。ダリルが「彼は飲めない」と言うと、ジェリーはまた驚いた。「飲めそうなのに」とちょっぴり残念がった。ポールは若い頃に酒を試して気分が悪くなって以来、決して飲まないのだ。
 ポールがダリルのフレンチフライをつまみ食いしながら、「何を考えていたんだ?」と尋ねた。

「西部で事故死したハリス支局長のIDが何故今頃になって使われたのだろうと思ってね。クローン収容施設の所在地を検索するのに使われたのだから、遺伝子管理局の関係者のIDだとわかって使った訳だ。どうやってハリスのIDを入手したのかな?」

 ポールがジェリーを見たので、ハリスを薬漬けにしたメーカーは手を振って否定した。

「俺はハリスのIDなんか見たことがないぜ。博士だって、あいつのIDに興味はなかった。博士自身がコロニー人だから、ハリスのものを盗らなくたって偽造出来た。」
「ラムゼイはドームのマザーに侵入したことがあるのか?」
「それはなかった。不可能ではなかったが、やれば追跡されるからな。」

 ポールは今度はダリルを見た。

「ハリスの遺品を押収、整理したのは、クラウスだったな?」
「そうだ、彼が死亡確認と身元確認をした。ハリスの遺品を押収したが、ドームに送ったのは支局の職員だ。」
「中西部にまでFOKがいたのだろうか?」
「どうかな・・・重要書類はクラウス自身が持ち帰ったのではないのか?」
「クラウスが持っていたのであれば、FOKが彼から盗む機会はないはずだが・・・」

 ポールは端末を出して、クラウスに電話を掛けた。

「申し訳ないが、1時間後に俺のアパートに来てくれないか? 1人で来て欲しい。仕事絡みだ。」