2016年11月22日火曜日

暗雲 20

 ポール・レイン・ドーマーは1度自身のオフィスに戻った。ダリルは既に午後の仕事を片付けて姿を消しており、どうしてもポール自身の署名が必要な書類が20通ばかり机の上に残されているだけだった。ポールは署名を手早く書いてしまい、それから医療区に明朝一番の抗原注射接種の予約を入れた。
 ダリルに外出することを告げるのは夜でもかまわないだろうと思った。
 時刻は、夕食前のジムに行くには遅く、かと言って夕食には早い、曖昧な時間帯だった。ポールはアパートに帰って少し休むことにした。以前はオフィスの片隅に設けた休憩スペースで時間を潰していたが、ダリルが戻って来てからはアパートに居る時間が長くなった。やはり誰かが居る部屋と言うのは楽しいものだ。
 アパートに戻ると、ドアの上に「在室」のオレンジライトが点灯していた。入ると、居間の長椅子の上でダリルが端末の画面を睨んでいた。山の家を衛星カメラで見ているのだ。彼があまりにライサンダーの行方を気にするので、保安課の友人がコロニー人に頼んで衛星の監視システムに少々手を入れてもらい、山の家を2日に1度の割合で「じっくり」撮影してもらっていた。

 何回見てもライサンダーはいないのに

 ポールはダリルの親心がよくわからない。わかるのは、ダリルの心の半分を息子に奪われていると言うことだ。それは、気に入らない事実だった。
 ポールはわざと音をたててドアを閉めた。ダリルが振り返り、彼を認めて、端末を仕舞った。

「クーパーはもう帰ったのか?」
「否、彼は今夜泊まりだ。昔の仲間と旧交を温めるらしい。」
「それは良かった。不愉快な用件で呼びつけられて気が滅入っただろうから、友達と過ごせたら少しは気が晴れるだろう。」
「俺は明日、彼を送りがてらローズタウンに行ってくる。例の手荷物検査官と握手してくる。」
「1人で行くのか?」
「1人で充分だ。」

 一瞬ダリルの顔に不満げな表情が浮かんだが、彼はすぐにそれを消した。外に出たいのだな、とポールは察したが、これと言った理由もなく連れて行く訳にはいかない。

「ライサンダーを探していたのか?」
「家の様子を見ていただけだ。」
「誰もいないだろう?」
「アライグマが居た。」

 コロニー人の衛星監視システムは高性能だ。その気になれば、蟻でも拡大監視出来る。
 ダリルは立ち上がった。夕食に出かける前に私服に着替えるつもりで寝室に行くと、ポールがついてきた。勿論、彼も着替えてくつろぎたいのだろうと気にしなかった。だが服を脱いだら、後ろから抱き締められた。そのままベッドに連れて行かれた。

「まだ日が高いぞ。」
「誰も気にするものか。」

 ポールは優しくキスをした。何度も何度も。

 ガキのことを忘れさせてやる・・・