2016年11月26日土曜日

囮捜査 2

 夕方になって、外に居るポール・レイン・ドーマーから連絡が入った。

「今日は帰れそうにない。手荷物検査官のガブリエル・モアと言う男を捜している。」
「逃げたのか?」
「昨日、クーパー支局長がドームに召還されたと聞いて、急にセント・アイブスに住んでいる兄が急病だと行って早退したそうだ。
 今朝になっても出勤してこないので、同僚が連絡を取ろうとしたが、電話に出ない。
 クーパーと俺とでモアのアパートに行ってみたら、もぬけの殻だった。」
「セント・アイブスの兄と言うのは?」
「実在するが、こいつも昨日から行方不明だ。民間の遺伝病治療の薬品製造会社に勤めていたらしいが・・・」
「兄弟そろってFOKなのかも知れないな。」
「そう言う訳で、今夜は支局が用意してくれたホテルに泊まる。明日は注射の効力が切れる前に帰投するから、局長に伝えておいてくれ。報告書はホテルから送る。」

 ダリルはポールが電話を切る前に、急いで明日の外出を伝えた。ポールは少し驚いた。ダリルの単独外出を局長が独断で許可したからだ。執政官の裁定を待たずに、外へ出すのか?
 ダリルはポールを宥める様に言った。

「刑務所に行って、殺害されたクローンの子供の親と面会するだけだ。話を聞いたらすぐに帰る。局長との約束は守るよ。信じてくれているからね。」

 するとポールは

「俺も君を信じていたんだがな。 もっとも、あの時は君の若気の至りだった。」

と皮肉を言った。そして一言

「浮気は厳禁だぞ。」

と言って通話を終えた。ダリルは端末を見つめた。何なんだ、一体? 18年前のことをまだ持ち出すのか? 私がいつ浮気した? 
 ポール・レイン・ドーマーは案外嫉妬深い男だったのかも知れない。
 ふと思いついて、端末で、例のパパラッチサイトを開いてみた。すると、早くもその日のお昼に撮影された画像がアップされていた。タイトルは「油断するなポール!」。
画像は、一般食堂でダリルを囲んで昼食を取る数人の執政官達のものだ。解説文を読んで、ダリルは吹き出した。

 ギル博士を殴って執政官を敵にまわしていたダリル・セイヤーズ・ドーマーだが、その魅力に惑わされたコロニー人の間で一気にファンの数を増やした。早くもファンクラブが結成され、レインのファンクラブとの掛け持ちも現れる始末。レイン、油断するな、恋人にファンを奪われるぞ。

 パパラッチサイトはドーム内だけのもので、外では閲覧出来ないので、ポールがこれを見たはずがない。ポールの台詞は恐らく、局長の「道草を食うな」と同じ次元のものであろう。
 それにしても、このパパラッチは一体何者なのだろう。用心している時には現れず、油断しているとしっかり撮影されてしまう。ドーマーなのかコロニー人なのか、それも不明だ。ダリルは執政官達に包囲されたと言う意識はなかった。ドーマー仲間と同じテーブルで世間話をしながら昼休みを過ごしたのだ。一般食堂に執政官が来るのは珍しくないし、特に若い遺伝子学者達は上司の目から逃れる為にドーマー達が多い場所へやって来る。画像の中のコロニー人達がダリルのファンだと誰が思ったのだろう?