2016年11月26日土曜日

囮捜査 3

 単独でドームの外に出たのは逮捕後初めてだ。一緒にゲートから出た北米北部班の局員達は空港へ向かった。ダリルも飛行機に便乗させてもらい、途中の旧国境付近の休憩ポイントで下ろしてもらった。そこから刑務所までは車で半時間。面会時間を入れて約2時間を刑務所で過ごすとして、空港に帰る頃に、帰りの飛行機が再びやって来るので、拾ってもらう計画だ。
 護衛は付かない約束だったが、現地の警察が出迎えてくれた。ドームが手配したのだ。
警察としては余計な仕事が増えて迷惑だろうに、とダリルは同情した。しかし警察官が同行してくれたので、刑務所のゲートはすんなりと通過出来た。
 刑務所は高い塀がある訳ではなかった。重罪犯が入る所ではないので、囚人も街に出て奉仕活動などを行っている。それでも監視は付いていた。刑務所内に入るにも身体検査があった。囚人が脱走する恐れもない訳ではなく、また囚人に危害を与える人間が接近する恐れもあるからだ。
 なんとなく違和感があった。地球人の中にいるのに、他の星の人間の中に放り込まれた感じだ。刑務官にそう言う雰囲気があって、憎しみを抱かれている様な変な感覚だ。
麻痺光線銃を預ける時、向こう側が遺伝子管理局を異星人を見る様な目で見ていることに気が付いた。ドームの人間は地球人から見ると異質なのだろうか。
 ダリルはちょっと哀しく思えた。18年間の逃亡生活の間は、身分を隠していたから周囲も温かく接してくれたのだ。もしドーマーだと知られていたら彼等の接し方は違っていたかも知れない。
 中へ入るとき、警察官がそばに来てそっと囁いた。

「刑務官にも囚人にも気をつけて下さいよ。あいつ等、飢えているから。」

 その警察官とは移動の間、世間話をして心やすくなっていた。彼はダリルが所内の雰囲気に違和感を抱いたことを敏感に感じ取ったのだ。恐らく、警察官も同じ感想を抱いているのだろう、と思うとダリルは少し気が楽になった。
 警察官とは暫くお別れだ。ダリルは所長の出迎えを受けた。ちょび髭を生やした貧相な体格の男で、蜥蜴の様な感情に乏しい目をしていた。

「外からの客が来ると囚人達が騒ぐので、目立たないようにして下さいよ。」

と所長が言った。ダークスーツのイケメンが来ると何者か一目でわかることを、承知で言っているのだ。囚人の多くは遺伝子管理法違反で逮捕された者達だ。局員は憎まれている。
 面談室は重罪犯と違って普通の部屋だった。テーブルが5つあり、その時は面会人はダリル1人だけだったが、複数の面談を同時に行えるようになっていた。
 適当に座って待つ様にと言って、所長は職員にナサニエル・セレックを連れて来るように言いつけた。ダリルは窓に近いテーブルに席を取った。
 窓の外はそれなりの高さがある塀で、その向こうは森だ。冬枯れの木々の間に赤茶けた地面が見えている。ドームの中に居ると季節の移ろいがわからないが、外は確実に時間が過ぎている。間もなく雪が地面を覆い尽くすだろう。
 ナサニエル・セレックが現れた。今日は外での作業に出ていなかった様で、オレンジ色の囚人服で髪や髭は綺麗に手入れしてあった。面会人が遺伝子管理局の人間だと知ると眉をひそめたが、素直に向かいに座った。彼は息子の死を既に教えられていると聞いていたので、ダリルは先ずお悔やみを言った。セレックは頷いただけだった。
 ダリルは尋ねた。

「収容所に入れられなければ、ロバートは死なずに済んだと思うかい?」

 セレックは答えなかった。ダリルを睨んだだけだった。

「私が今日ここへ来たのは、君の息子を殺害した犯人の手がかりを求めているからだ。君は密告者の正体に心当たりはないだろうか?」
「倅はテロリストに攫われて殺されたと聞いている。俺はテロリストなんかに知り合いはいない。」

 セレックの声は容貌と比較すると若く聞こえた。

「そうだ、私達はテロリストを捜している。彼等は大人になりかけの少年ばかりを狙うのだ。」
「訓練して兵士にするんだろ?」
「ロバートの遺体には医学実験に使われた痕跡があった。」

 セレックは息子の死に様を教えられていなかったのだ。刑務所側は彼の気持ちを考慮して、詳細を伝えなかった。セレックの声が震えた。

「何の実験だ?」

彼は立ち上がった。

「俺の倅を何の実験に使ったんだ?!」
「落ち着いて、ナサニエル。」

 ダリルは出来るだけ穏やかに声をかけた。

「ロバートは麻酔をかけられていたはずだ。だから苦しまなかった。」
「だから、何の実験だと聞いているんだっ!」

 セレックがテーブルの上に体を伸ばしてダリルを掴もうとした。ドアの向こうにいた職員がガラス越しに見て、ドアを開いた。ダリルは来るなと合図を送り、セレックの手を素早く握った。

「思い出してくれ、ナサニエル、君はロバートがクローンだと誰かに打ち明けたことはなかったか?」

 両手を包み込まれる様に握られ、セレックはテーブルの上に身を乗り出したまま固まった。不安定な態勢になったので、力が入らない。

「密告者の正体を知りたい。君から息子を引き離したヤツ等の正体だ。」

 セレックはダリルを見つめた。ダリルは情に訴えるやり方は好きではなかったが、打ち明けた。

「私もクローンの息子がいるんだ。遺伝子管理局にばれて、息子は今逃亡中だ。私は管理局の監視下に置かれている。しかし息子の安全の為にも捜査をしなければならない。多くのクローンの子供達の安全の為にも、FOKを捕まえたい。」
「遺伝子管理局のあんたに、クローンの息子だって?」
「ドームに帰れば、私は囚人なんだ。」

 刑務所の囚人とは立場が違うが、ダリルにとってはそれは事実だった。一生外では暮らせない。「元ドーマー」になる権利はないのだ。

「1年前だ・・・」

 セレックがぽつぽつと語り出した。

「セント・アイブスでクローン救済基金と言う団体の役員オフィスを設計した時に、彼女に打ち明けた。
 ロバートが風邪をこじらせて・・・倅は心臓が弱かったんだ・・・ちょっとした風邪でも高い熱を出すし・・・クローン特有の病弱体質だと、逮捕された時に警官が言っていた・・・。
 医者に診せたら、入院の必要があると言われて・・・入院には身分証が必要だった。
彼女が病院に話しをつけてくれて、ロバートはそこで一命を取り留めたんだ。」
「彼女とは?」
「メーカーから赤ん坊を受け取って以来、打ち明けたのは、後にも先にも彼女だけだ。命の恩人だ。テロリストなんかじゃない・・・」
「彼女とは誰だ?」

 セレックの目に涙がにじんだ。

「ミナ・アン・ダウン。 セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長だ。」

 ダリルの頭の中でトーラス野生動物保護団体の会員名簿とその名が照合された。
あった! それも只の会員ではない。ラムゼイ博士の死亡事故現場に居合わせた理事の1人、医師の妻だった。彼女がFOKとどう繋がるのか、それはこれからの捜査だが、とっかかりになる。

「有り難う、ナサニエル、彼女に君の秘密を誰かに漏らさなかったか、聞いてみるよ。」