2016年11月29日火曜日

囮捜査 7

 翌朝、ダリル・セイヤーズ・ドーマーは目を覚ましてびっくりした。昨夜は自分のベッドで寝たはずなのに、ポールのベッドの中に居たからだ。すぐ隣でポールが眠っていた。普段は早く起きて早朝ジョギングに出かけるはずだが、抗原注射の効力切れで仕事が休みだから、さぼっているのだ。
 ダリルは自分がちゃんと夜着を着ていることを確認した。そして何故ポールのベッドに居るのか考えたが、どうしても答えが見つからなかった。夢遊病になったのだろうか? それとも眠っている間にポールに攫われたのだろうか?
 考えても埒が明かないので、ダリルはベッドから抜け出してキッチンに行った。冷たい水で喉を潤して、シャワーを浴びた。ボスは休みでも秘書は仕事がある。服を着て、朝食を取りに食堂へ向かった。ポールは好きなだけ寝かせておく。仕事人間だから、こんな場合でないと休息を取らないからだ。
 北米南部班の朝食会は既にお開きになりかけていた。打ち合わせは副官のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーがきちんとやってくれたのだ。この男は抗原注射を必要としない「通過者」なので、効力切れ休暇など関係なく仕事をしてくれる。
 ダリルが仲間におはようと挨拶して席に着くと、クラウスがその日の予定を確認してくれた。ダリルに特別な仕事はなかったが、ポールには午後に遺伝子管理局の幹部会議が入っていた。気の毒だが休暇は午前中だけの様だ。

「御大はまだ就寝中ですか?」

 クラウスが、珍しいこともあるもんだ、と呟いた。すると彼の隣に居た部下が端末の画面を見せて、

「こんなことをするからでしょう?」

とニヤニヤ笑った。例のパパラッチサイトだ。ダリルが覗くと、ポールとJJが映っていた。場所は女性用観察棟の玄関前だ。2人は壁に並んでもたれたり、向かい合って互いに見つめ合っていたり、と行動していたが、その場からは動かなかった様子だ。
タイトルは「真面目な2人」。

ーー我らがアイドルは、近頃年下のガールフレンドが出来たようだ。夜間に彼女をドアの外に呼び出し、小1時間も話し込んでいた。彼等の交際はこの状態から発展するのだろうか、それともこれで留まるのだろうか? 観察するお楽しみが増えたようだ。

 ポールのJJに対する気持ちが世間にばれた様だ。幸いにも、「清い」交際の段階なので、照れ臭いだろうが、それが原因で仕事に影響が出るとは到底思えない。ただ、執政官達、つまりファンではなく本来の意味での遺伝子学者達が彼等の交際を認めてくれるだろうか。お誕生日ドーマーの段階ではなく、もっと発展する段階で・・・。
 クラウスが反対側からやはりその画面を眺めて、ダリルを見た。

「ダリル兄さんは平気なんですか?」
「何が?」
「何がって・・・ポール兄さんが女性と交際しているんですよ、しかも相手はJJだ。兄さんの娘みたいなものでしょう?」
「私はポールの婚姻には口出ししないつもりだ。彼が女性を大事にするなら、文句を言わない。」
「じゃあ、兄さんは独りになってしまう・・・」

 ダリルはちょっと驚いた。

「君は私を心配してくれているのか?」
「だって、兄さんがドームに帰ってきたのは、ポール兄さんの為でしょう?」

 クラウスはそんな風にダリルの帰還を考えていたのだ。進化型1級遺伝子とか、女の子を生める染色体とか、そんな目に見えないものではなく、現実の目の前にいる人の為にダリルはドームに帰って来たのだと。ちょっと感激してしまう・・・

「クラウス、今君を抱きしめてキスをしたいよ。」
「朝っぱらから止めて下さいよ。」

 ダリルとクラウスにはさまれている部下は、ちょっと戸惑っていた。するとダリルが彼に言った。

「今朝は他に面白い話題はアップされていないのか?」
「え? ええっと・・・」

 部下は画面をちょいちょいと触った。

「画像じゃないけど、ニュースとしては、『ケンウッド長官 月からご帰還』、なんだか向こうの会議で長官の発言が物議を醸し出したみたいで、帰還が遅れたんです。」
「長官は何を発表したんだ?」
「さぁ・・・」

 部下は記事にさっと目を通した。

「よくわかりませんが、マザーのプログラムの再構築とかなんとか・・・」