2016年11月30日水曜日

囮捜査 8

 ドームはケンウッド長官の発言をドーマー達に教えたくないのだろう、ドーム内ばかりでなく外のネットニュースでも長官の言葉の詳細は伝えられていなかった。
ただドームのマザーコンピュータにメンテナンスの一環としてプログラムの再構築を施すプロジェクトが始動すると言うことだけだ。
 ダリルはそれがかなり重要なことだと言う予感がしたが、恐らくコロニー人に尋ねても誰も答えてくれないだろう。マザーをハッキングすればわかるだろうが、そんなことをしてばれたら、次回は記憶削除では済まされないことを、彼は承知していた。「安全なドーマー」であることを証明するには、何もしないことが得策だ。
 朝食後、オフィスで仕事をしていると、10時過ぎにポールが出て来た。緊急会議の予定をクラウスから聞いたので、休みの日だがスーツを着用していた。管理職は辛い・・・。
 ダリルはコンピュータの画面を見ながら書類を作成していた。チラリと上司を見て、おはようと声をかけた。

「今朝は走らなかったのか?」
「ああ、たまにはさぼっても良いだろう。」
「朝飯はちゃんと食ったか?」
「食った。まるで母親みたいに五月蠅いな。」
「私は父親だよ。」

 彼は手を止めて、ポールに顔を向けた。

「娘に手を出しているだろ?」
「君の娘じゃない。」
「私には娘同然だ。」
「俺がJJとお喋りするのが気に入らないってか?」
「そんなことを言っているんじゃない。君はどこまで真剣なんだ?」

 ポールが一瞬返答に詰まった。ダリルは待った。ポールが言い訳を探しているのか、ただ自分の気持ちを的確に表現する言葉を探しているのか、わからなかった。
 やがて、ポールは慎重に言葉を選んで言った。

「わからない。だが、時々無性に彼女と一緒に居たくなるんだ。」

 それは、多分、彼女がいつも同じ場所に居て彼が呼び出せばすぐ答えてくれるから、彼は安心しているのだ。彼女が何処にいるのかわからない、何時会えるのかわからない、そんな立場だったら、恐らく彼は居ても経ってもいられないのだろう。

 此奴、本気だ。

 他人のことは常に冷静に分析出来る男が、自身の気持ちの持って行きようがわからなくて戸惑っている。

「妻帯許可を申請しろよ。」

 ところが

「嫌だ。」
「どうしてだ?」
「君と別れたくない。」
「私はいつもここに居るじゃないか。ドームから絶対に出て行かないから・・・」
「俺は・・・」

 ポールは横を向いた。

「君と俺の間に誰かが入るのは嫌なんだ。」
「それは、我が儘と言うものだ。JJが欲しい、ダリルも欲しい、では、どっちも失うぞ。」
「では、どうすれば良いんだ?」
「JJと相談しろ。彼女は君と結婚したいのか、それとも今のままで良いのか。」
「結婚したいと言ったら?」
「結婚しろよ。」
「だから・・・」
「私達の部屋には寝室が2つあって、ベッドは3台あるぞ。」
「3人で暮らすのか?」
「私はかまわないよ。」
「・・・」

 悩むポールは、どうやら婚姻に関して常識があるようだ。
 ダリルはこれ以上彼を虐めるのを止めることにした。

「今の部屋は君とJJが使えば良いさ。私はまた独身用のアパートに部屋をもらう。君がそこに通ってくれば済む話だろう。」

 ポールが返事をしないので、ダリルはこの話題を終えることにした。仕事を再開しかけて、ふと今朝の疑問を思い出した。

「それはそうと、夕べ君が部屋に帰った時、私はどっちのベッドで寝ていた?」

 ポールが振り返った。

「ベッド?」

と彼が聞いた。

「君は床に落ちていたんだ。仕方なく拾い上げたところで、君のベッドより俺の方が近かったから、そこに寝かせておいた。殴られないように気を遣って隣で寝るのも苦労するんだぞ。」