2016年12月23日金曜日

誘拐 11

 文字通り朝飯前でパトリック・タン・ドーマーを救出したダリル・セイヤーズ・ドーマーはセント・アイブス出張所に到着した。
 出張所の所長室では、ジョン・ケリー・ドーマーが留守番を命じられて座っていた。彼の役目は立体画像のタンから発信される電波の位置が動いたらすぐにチーフ・レインに報告すると言うものだった。最初に電波の点滅が移動した時は、「救出に成功だ」と返答が来た。そして「出張所に向かわせた。今度は不自然に停止したり道を逸れたら直ぐに連絡せよ」と言う命令を受けた。ジョン・ケリーは画像を見つめ、こんなことをしている場合なんだろうかと微かな焦燥感を覚えていた。しかし点滅が出張所の前で停まった時、我を忘れて外に飛び出していた。
 ダリルが車から降りたところだった。彼がタンの体を慎重に車から出そうとしたので、ケリーは急いで手を貸した。ダリルがタンを抱え上げた。

「悪いが職員達に私の顔を見られたくないので、楯になってくれないか?」

 出張所では、ヒギンズが「セイヤーズ」なのだ。同じ顔の男が2人いると思われたくない。運転手役の同僚がドアを開けてくれたので、ケリーはダリルと並んでビル内に入った。1階フロアで働いている出張所職員達の目になるべくダリルとタンが入らないように並んで歩き、素早くエレベーターに乗り込んだ。
 休憩室のドアを開けて、一番近くのベッドにタンを寝かせた。タンの顔からアイシェードを取ると、痛々しい傷が見えた。無菌状態のドームで育ったドーマーが外の世界で怪我をすると細菌感染で一般人より酷い症状になる。手を触れるな、とダリルに注意された。
 ダリルは端末を出し、ドームに連絡を取った。ハイネ局長にパトリック・タン・ドーマーを救出したと報告すると、既にポールから連絡を受けていた局長は指示を出した。

「直ぐにタンを連れて帰って来い。」
「仲間がまだですが?」
「君とタンだけ先に帰って来い。」

 無断でヘリを操縦して出て来たダリルは逆らえない。それに彼の今回の任務は「タンの救出」だけなのだ。

「ヘリの中でタンの面倒を見る人員が必要です。ジョン・ケリーも連れて帰ります。」
「良かろう、寄り道するなよ。」

 どうしていつも誰もが同じ注意をしてくれるのだ? ダリルは不満を覚えたが、堪えた。局長との通話を終えると、今度はポールに連絡を取り、タンとケリーを連れて一足先に帰投すると伝えた。

「わかった。こっちも夕方には帰る。気をつけて飛べよ。寄り道はするな。」

 短く言いたいことだけ言って、ポールの方から先に電話を切った。
 運転手役を務めた部下が上がって来た。ダリルは彼に仲間が戻る迄出張所で待機するよう指示を与え、ヘリの飛行前点検をする間休憩するようジョン・ケリーに言った。

「最寄りの給油出来る場所は何処かな?」
「ローズタウン空港の支局です。そこ迄は飛べるでしょう?」
「大丈夫だ。」

 ダリルは、昨夜が初飛行だった事実をケリーには言わないでおこうと思った。
免許だって持っていないのだ。