2016年12月5日月曜日

囮捜査 14

  連邦捜査局から送り込まれてきた男は、ロイ・ヒギンズと言うブロンドの美男子だった。背格好がダリルと似ているが、ダリルの方は服を着ていると華奢に見える。ヒギンズは肩幅が広くてしっかりした体型に見えた。ヒギンズはダリルの仕草を真似る様に指示を受けており、ダリルは彼の教育係の責任者となった。
 ドームの秘密全てを教える訳にはいかないが、遺伝子管理局の仕事はある程度理解させなければならない。ヒギンズは遺伝子に関する学習から始めることになった。彼は少々面食らっていた。遺伝子管理局の仕事全てを理解している一般人は少ない。違法出生児の保護とメーカー摘発、婚姻許可証発行、妊産婦の保護と出産準備指導、養子縁組の許可と斡旋など、仕事の種類は多い。
 連邦捜査局の幹部クラスは、FOKが脳移植をするクローンを製造する為に、選別された優秀な遺伝子保持者を狙うだろうと言う遺伝子管理局の説明を受けており、某局員がそれに相当する遺伝子を保有していると言う情報を与えられていた。ヒギンズもその情報を元に捜査するのだ。

「すると君は優秀な遺伝子を持っているんだね?」

 ヒギンズは実際は年上の、年下に見えるダリルに尋ねた。

「どう優秀なのかは知らないけどね。」

とダリルはしらばっくれた。

「メーカーのラムゼイ博士を捕縛しようとして失敗したのだが、その時にラムゼイが私の噂を流したらしいのだ。その噂がFOKの耳にも達したと上は睨んでいる。」

 ヒギンズは外の雑菌に対する異常な迄のドームの警戒ぶりにも興味を抱いた。獲物が食いつく迄、彼はドームを出たり入ったりしなければならない。その度に入念に消毒されるのだ。

「赤ん坊を守る為の滅菌消毒だと言うのはわかる。しかし、赤ん坊は生まれて数日で外に出るだろう? どうしてそんなに清潔にしておかなければならないんだ?」
「ここにはコロニー人もいるし、宇宙に地球の微生物を持ち出す訳にはいかない。それに微生物の遺伝子は常に変化しているから、新種の病気の発生を防ぐ目的もあるのだ。」

 ヒギンズの質問は時々ドーマーの思考範囲を超えているので、ダリルは何度も冷や汗をかかされた。
 それに、囮捜査官の受け入れは殆どのコロニー人には知らされていない。中央研究所にヒギンズを案内することはないし、コロニー人が外の殺人事件に関心を示すこともない。
だが、研究所から出てくるコロニー人を止める訳にはいかない。彼等はヒギンズがドーマーでないことにすぐ気づくはずだ。或いは、他の大陸のドームから来た客人ドーマーかトレードされたドーマーだと思うだろう。そうなると、必ず興味を抱いて近づいて来る。ヒギンズがダリルに似た男だと言うことも、絶対に彼等の注意を惹くはずだ。だからダリルは先にヒギンズに忠告しておいた。

「コロニー人には出来るだけ接触しないでくれ。彼等は地球人を子供扱いする傾向がある。まず、君を不愉快な目に遭わせるだろう。特に、遺伝子学者の中には同性愛者が多い。女性が少ないからね。」
「同性愛者はドームの外にだって大勢いるじゃないか。」

 ヒギンズは深刻に受け止めなかった。さらにダリルを困らせる質問をしてきた。

「遺伝子管理局に就職するには、どうすれば良いんだい? 僕の従弟が管理局で働きたがっているんだが、どこで人員を募集しているのか、調べてもわからないんだ。」
「あー、それは・・・」

 まさか生まれた時から就職が決まっているなんて口が裂けても言えない。

「支局があるだろ? 出張所でも良いけど、そこから始めるんだ。成績が良ければドームの本部に採用される。」
「そうなのか! 従弟に伝えておくよ。」

 2人はドームの施設の間を歩いて行った。建物の簡単な説明をする。遺伝子管理局本部、居住区域、医療区、出産管理区、新人ドーマーの教育施設、中央研究所、食堂、体育エリア等・・・。内部までは見せない。見せて良いのは食堂と体育エリアだけだ。
 ヒギンズが緑地帯と教育施設の間にある区画を指さした。

「あそこはまだ案内してもらっていないね?」

 幼い取り替え子達、つまりドーマーの卵達が育てられている養育棟だ。内部は広いが、子供達は10代半ばまで棟の外には出られないし、外からも覗けない。
 ダリルははぐらかした。

「あそこは行った。君が混乱しているだけだ。」

 彼はヒギンズが覚えきれないように故意に複雑な順路でドーム内を歩かせた。ヒギンズが後にドーム内の様子を他人に喋った時の用心だ。囮捜査官は愚かではない。案内された場所それぞれは正確に記憶しただろう。しかし迷路の中の様に歩かされて、空間感覚が麻痺してるはずだ。
 
「行ったかなぁ?」

 ヒギンズが考え込んだので、ダリルは図書館に連れて行った。そこで教育映像を見せた。遺伝子管理局では新人に必ず見せるのだと言って、デオキシリボ核酸の分析画像や、染色体の組み替えに用いるややこしい方程式や、メンデルの法則などの遺伝学の歴史や、最後に「正しい性行為の仕方」など、あまり必要のないものばかりをヒギンズに見せた。
 初日ですっかりくたびれたヒギンズは、夕食後ゲストハウスに案内され、滞在中に使用する部屋に入ると、ベッドに直行してしまった。
 その夜、1人で書類仕事を片付けたポール・レイン・ドーマーはアパートに帰ると、シャワーを浴びてバスルームから出て来たダリルを捕まえた。半裸の彼を抱きしめてヒギンズの扱いを確認した。

「君も随分意地悪なんだな。」

とポールは笑った。

「意地悪をした覚えはないがね。」

とダリル。

「ただ、相手は連邦の捜査官だ。まともに対すると、ドームが一般人に知られたくない事まで探られてしまうだろ? どれだけ誤魔化すべきか、悩んだよ。」
「上手くやってるじゃないか。明日もその調子で頼む。」
「明日も私1人でやるのか?」
「クロエルがコスタリカから戻ったら、交代してくれるさ。彼が一緒にセント・アイブスで捜査するのだから。それまでの辛抱だ。」