2016年12月27日火曜日

誘拐 14

 ポール・レイン・ドーマーは夕刻疲れ切ってドームに帰投した。ダリル・セイヤーズ・ドーマーは彼の帰りを待って夕食に行くつもりだった。1人では食欲が湧かなかったのだ。ポールはオフィスに入り、いつもの様に短い報告書を仕上げて局長に送った。実のところ、オフィスに入る前に局長室でハイネ局長に直接任務の報告をしてきたので、今更詳細に書く必要を感じなかったのだ。もし局長が詳しく記録せよと言えば、その時に書けば良い、と彼流の考え方で仕事をしていた。
 それからダリルに声を掛けて、一緒にオフィスを出た。幼馴染みなので、相手の様子を見れば何かあったことは互いにすぐわかる。

「元気がないな。局長に絞られたか?」
「うん。」
「ヘリコプターの件だな。」
「うん。」
「俺が叱った時は、平気な顔をしていたじゃないか。」
「君と局長は違うよ。ハイネは私達の倍以上生きているんだ。それにタイプは違うが同じ進化型1級遺伝子保有者だ。何故能力を使ってはいけないのか、私の様な脳天気にもわかるように諭された。」
「理解出来れば良いんだ。」

とポールが呟いた。

「俺の能力だって、本当は他人に知られてはいけないんだ。だが、仕事に活かせるように、トニー小父さんがみっちり作法を仕込んでくれたんだ。 だからマナーを守っている限り、みんな俺の能力を知っていても忘れてくれている。」

 トニー小父さんとは、ダリルやポールを育てた養育係のコロニー人だ。

「局長は執政官には今回の件を黙ってくれているんだろ?」
「うん。」
「じゃぁ、航空班に特別訓練コースを設定してもらって、航空免許を取ってしまえ。そうすれば次にうっかりやっちまっても誤魔化せる。」

 元ガキ大将ポールは、抜け道を考え出すのが上手い。ダリルはやっと笑顔を取り戻した。

「君はいつも私を守ってくれるなぁ・・・私は君をどうすれば守れるだろう?」
「守るのではなく、助けてくれるじゃないか。今回だって、君がいなければ、トーラスの連中と大揉めになって、パットを更に危険な状態に追い込んだかも知れない。」
「残りの仲間は全員無事に帰投したんだな?」
「ああ、みんなそれぞれのオフィスで報告書を作成している。そのうち食堂で出遭うだろう。クロエルも帰って来ている。流石に彼も今回はくたびれた様子だ。もう中米に戻してやるよ。」

  食堂では、いつもの様にポールのファンクラブが近くに集まって来たが、遺伝子管理局のドーマー達がダリルとポールのテーブルの周囲に席を取ったので邪魔は入らなかった。
北米南部班第1チームは静かだったので、他のチームも気遣ったかの様に静かにしていた。パトリック・タン・ドーマーの災難は他のチームに知らされていなかったのだが、彼の姿が食堂にないことは多くの人間が気が付いた。可愛らしい中国人ドーマーは目立つのだ。その彼がいないのだから、何かあったのかと不審に思われても当然だ。彼が医療区に入院していることは明日になれば噂になっているだろう。勿論、医療区では患者の症状について公表したりしないから、巷には憶測が流れるのだ。ダリルは医療区がタンの症状について嘘の情報を流すことを知っていた。タンは外での勤務中に怪我をして細菌感染したので大事を取って入院したことになるのだ。あながち嘘ではないが、肝心な怪我の原因は臥せられる。
 北米南部班が大人しいので、食堂全体が沈んだ雰囲気になった。食堂は広いし、他の部署のドーマー達も大勢いるのだから、賑やかなはずなのに、今夜は妙に暗い。これはなんとかしないといけない、とポール・レイン・ドーマーが思った時、中米班が現れた。チーフ・クロエルが戻ったので、中米班は陽気に騒いでいた。

「おい、見ろよ、クロエル先生、両手に花だぞ!」

 誰かが囁き、みんなが中米班を振り返った。クロエルが左右に女性ドーマーを伴ってお喋りに夢中になっているのが見えた。
 ジョージ・ルーカス・ドーマーが仲間の発言を否定した。

「右側は女じゃないぞ。あれは設備班のヤツだ。立派な野郎だよ。」
「なに? そう言えば、アイツはキース・バークランド・ドーマーだ!」
「しかし、女装が似合うなぁ・・・」

 食堂内が賑やかさを取り戻し、ポールはやれやれと胸をなで下ろした。ふと隣を見ると、ダリルが座ったまま居眠りをしていた。