2016年12月31日土曜日

誘拐 17

 ダリルとポールが食堂で昼食を取り終えた頃に、ポールの端末に電話が着信した。発信元がケンウッド長官だったので、ポールは訝しげに電話に出た。長官は彼が効力切れ休暇中だと承知の上で、長官室に顔を出すようにと言った。命令ではないが、長官の要請は命令と同じだ。更に、ダリルにも一緒に来るよう伝えてくれと言われた。
 通話を終えて、ダリルにその内容を伝えると、ダリルは「何だろう?」と呟いた。ちょっと不安を覚えた。2人そろって長官に呼ばれると言うことは、ライサンダーに関係することなのだろうか。
 長官は何時とも言わなかったが、彼等は食器を返却するとそのまま中央研究所に向かった。ダリルは幹部でないので呼ばれなければ研究所に入れないし、ポールはオフで私服なので、仕事の時は必ずスーツでと心に決めているマイルールを破ることになるが、仕方が無い。それに、仕事なのだろうか? と言う疑問もあった。もしライサンダーに関わることならば、仕事と言うよりプライベイトな問題になる。
 長官は昼食を済ませたのかまだなのか、兎に角執務机に向かって何やら書類を作成していた。秘書が2人の来訪を告げると、それらの書類を脇にどけて、机の上に両肘を付いた。
 ダリルとポールは来訪者用の椅子に座るようにと秘書に言われ、座った。秘書が出て行く迄ケンウッド長官は黙っていた。何から切り出すか、考えている様子だった。
 やがて・・・

「ポール・レイン・ドーマー、今日は効力切れ休暇中だね?」

 電話でも確認したことを、また確認だ。ポールは「はい」と答えたが、それ以上は言うことがないので、次の言葉を待った。
 長官はまた数十秒考えた。そして・・・

「効力切れの日は、抗原注射は打てない。明日も駄目だ。しかし、時間がない。」
「何ですか?」

 ポールはじれったくなった。長官らしくない歯切れの悪さだ。

「外に出なければならない用件が発生したのですか?」

 ケンウッド長官はポールを見て、ダリルを見て、またポールに視線を戻した。そして重々しく告げた。

「ポール・フラネリーが危篤状態だ。」

 ポールの実父だ。ダリルはすぐ気が付いたが、肝心のポールはピンと来なかった。暫く長官を見返してから、ようやく「ああ」と呟いた。

「病気なんですね?」

 ケンウッド長官は彼のそんな反応を予想していたのだろう。肉親への愛情は皆無の、典型的なドーマーなのだから。だから、長官はダリルの援護を必要としていた。長官はポールにではなく、ダリルの方へ視線を向けて言った。

「フラネリーは老衰と内臓の機能低下だ。外の世界では60代と言うことになっているが、実際は80歳だ。外に出た元ドーマーとしては長く生きた方だ。」
「それで?」

とポール。俺に関係ないだろう、と言う表情だ。長官は小さく溜息をついて、ポールに向き直った。

「彼は死ぬ前に君に会いたいそうだ。」

 ポールは、とても困ったと言う顔をした。

「どんな用件でしょう? 今日は出られないし、明日も無理です・・・」

 ダリルは彼に言った。

「君の顔を見たいんだよ。それだけだ。父親だから・・・」
「どうして?」

 ポールが抗議した。

「元ドーマーなら、俺がいつでもドームから出られる体じゃないって、知ってるだろうが!」
「ポール!」

 ケンウッド長官が、姓ではなく、名でポールを呼んだ。ポールはビクッとして長官を振り返った。ケンウッドがドーマー達を名前で呼ぶなど、滅多にないことだ。

「注射は出来ないが、時間がない、行ってこい。セイヤーズ、付き添ってやれ。緊急の場合の薬を持たせる。空気感染で今日明日に倒れることはないが、怪我をした時の細菌感染予防の薬だ。」
「どうして爺さんに会いに行かなきゃならんのです?」

 ポールはまだ抵抗した。

「俺はあの人と『こんにちは』程度の口しか利いたことがないんですよ!」

 ケンウッド長官は、ポールの石頭に親子の情を解説するつもりはなかった。

「行けと言ったら、行ってこい! 命令だ!」