2016年12月16日金曜日

誘拐 3

 セント・アイブス・メディカル・カレッジは騒然となった。警察車輌が次々とやって来て、構内には制服の警察官が溢れかえった。プラカードを持って遺伝子管理局に抗議行動を起こそうとしていた学生達はちりぢりになり、運動そのものが消滅してしまったかの様だ。
 別行動を取っていたクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーも駆けつけ、クロエル・ドーマーからパトリック・タン・ドーマーが姿を消したと言う報告を受けた。
 クラウスは、パトリック・タンが行動を共にしていたはずの相方、ジョン・ケリー・ドーマーを電話で呼び出した。

「パットは君と一緒じゃなかったのか?」
「そうですが、大学の校舎に入ってすぐに、学生達がプラカードを持って追いかけて来まして、相手をしているうちに彼とはぐれてしまいました。端末で連絡を取れるので、お互いに気にしていなかったのですが・・・パットがどうかしましたか?」
「消えてしまった。」
「え?!」
「君は出張所でひとまず待機してくれ。他のメンバーもそこへ集める。僕が行く迄、全員待機だ。」

 通話を終えたクラウスに、クロエルが囁いた。

「敵はヒギンズを呼び出したのに、何故パットを攫ったんでしょ?」
「わかりません。ただ、パットは小柄です。武道の腕は確かですが、不意打ちで麻酔を打たれたのでしょう。気絶させてしまえば、運ぶのは簡単だったと思います。」
「多分、僕が階段を上がって来た時に耳にした車の音が、彼を乗せた車が出て行く音だったんだな・・・」
「クロエル・ドーマー、貴方達が巻き込まれた学生運動そのものが胡散臭いですね。貴方をチャペルに近づけまいと妨害し、パットをジョンから引き離した。敵は、偽セイヤーズとパットの2人を同時に攫う計画だったのかも知れません。或いは、ジョンが攫われたかも知れない。どちらかを狙って、攫いやすい方を選んだ・・・。」
「僕が、あの女を無視して直ぐに階段を下りていれば・・・」
「そんな後悔しないで下さい、貴方らしくもない。誰だって、人が倒れていれば無視出来ませんよ。」

 クラウスの端末にメールが入った。クラウスはそれを見て、深く溜息をついた。

「ポール兄が来ます。支局巡りのメンバーを中西部支局の空港で下ろしたら、そのままこっちへ飛んで来るそうです。文面が短い・・・怒ってますね。」
「あー、もしかして、またリュック・ニュカネンと喧嘩しに?」
「するでしょうね。」

 その時、件の部屋から検屍官が遺伝子管理局を呼ぶ声が聞こえた。クラウスとクロエルは顔を見合わせた。どちらも死体を見るのは嫌だった。しかし、DNA分析を行うのは、遺伝子管理局の仕事だ。
 クロエルが提案した。

「コイントスで?」
「受けましょう!」