2016年12月17日土曜日

誘拐 5

 「データが来るぞ。」

 リュック・ニュカネンがコンピュータ前の丸テーブルの映像投影装置の電源を入れた。
微かに電磁波の衝撃を伝える様な空気の振動を感じた、と思ったらセント・アイブス・カレッジ・タウンの俯瞰図がテーブルの表面に立ち上がった。その中の一点に赤い光が点灯し、その部分が次々と拡大されて行った。5度目の拡大で、一棟のビルが表示された。

「うーむ、やっぱりここか・・・」

 ニュカネンとクロエルが同時に唸った。ハモってしまって2人は互いの目を逸らした。ポールが尋ねた。

「ここって、何処だ?」
「例の悪名高いトーラス野生動物保護団体ビルだ。」

 赤い光がビルの中で点滅しているのを3人は見つめた。発信器は人間の細胞が発する微弱な電流で動いている。この点滅は、パトリック・タン・ドーマーの生存を告げているのだ。
 クロエルがポールに尋ねた。

「突入する?」
「駄目だ!」

と反対したのはニュカネンだ。

「あの団体は政財界の大物ばかりが会員になっている。連中はドームの運営資金のスポンサーでもあるんだぞ! もし機嫌を損ねたら、ドームの中で行われていることを全部教えろと要求してくる。それは絶対に避けなければいけないだろ!」
「んじゃ、どーすれば良いのよ? 正面から出かけて行って、お宅にうちのドーマーが攫われて閉じ込められているから返して下さいって言う訳?」
「だから、このデータの履歴を記録して、それを警察に・・・」
「それで警察を動かせるの? 遺伝子管理局の人間が誘拐された理由も説明出来る?連中とFOKの繋がりを証明出来るものはまだないんですよ。」

 ニュカネンがクロエルに言い負かされる間にポールは本部に電話を掛けた。外からドームの中に電話を掛けるとセキュリティを通すのでちょっと時間が掛かる。数秒待たされて、やっと相手が出た。

「ハイネだ。」
「局長、レインです。」
「タンは見つかったのか?」
「位置は確定出来ました。まだ生存していますが、ややこしい場所に連れて行かれたようです。それで、お願いがあります。」
「救出に必要な提案と言うことか?」
「そうです。」

 ポールは一息置いてから、ダメ元で上司に頼んでみた。

「セイヤーズをこっちへ寄越して下さい。彼にタンを救出させます。」
「セイヤーズを誘拐しようと企んだ連中に捕まったタンを、セイヤーズに救出させるのか?」
「そうです。彼は1度トーラス野生動物保護団体ビルを訪問しています。恐らくビル全体の構造を理解しています。中に居る人間も記憶しているでしょう。」
「策士レイン、セイヤーズを使う他にも何か策があるのだろうな?」
「あります。囮捜査官はまだ有効なので、ヒギンズに陽動作戦に出てもらいます。本物と偽物のセイヤーズに同時に動いてもらって、敵を混乱させます。」

 ハイネ局長が数秒間沈黙したのは、成功率を考えたのか、それとも安全性を考えたのか。 3人のドーマーと元ドーマーは局長の返答を緊張しながら待った。
 やがて、局長が呟いた。

「どうせタンが誘拐された時点で俺が叱られるのは目に見えていたからなぁ・・・」

 彼は、ケンウッド長官の怒りを想像しているのだ。ドーマー達を誰よりも大切に思ってくれるあのコロニー人を心配させたくないのだ。

「セイヤーズを派遣させる。君達はしっかり彼を守ってサポートしろ。次は誰1人怪我したり攫われたりするなよ。」