2016年12月19日月曜日

誘拐 7

 一同が驚いたのは、ダリル・セイヤーズ・ドーマー自身がヘリを操縦して飛んで来たことだった。パイロットの調整を待っていられなかったと彼は言い訳したが、いつものフライングだろうとポールは信じなかった。

「第1、君は何時ヘリの操縦を習ったんだ?」
「習ったことはない・・・」
「計器を見て、楽勝だ と思ってそのまま飛ばしたんだろ?」
「・・・うん」
「馬鹿者!」

 ポールとダリルのやりとりをクラウスとクロエルがクスクス笑いながら見ていた。しかし放っておくとポールの小言が何時までも続きそうな気配だったので、クロエルが割って入った。

「もうそのくらいにしてやりなさいよ、レイン。セイヤーズ、晩飯は?」
「まだだ。」
「そんじゃ、僕がちょっと買ってくるから、大人しく待ってて。」

 クロエルが出かけた間に、ポールはダリルを所長室に連れて行き、もう1度トーラス野生動物保護団体ビルの映像を出した。パトリック・タン・ドーマーの発信器は先ほどの場所から動かず、弱々しく点滅を続けていた。
 
「この階はエレベーターで素通りしたから、部屋の用途はわからないけど、階段もあるし、あのビルは下半分が野生動物の遺伝子組み換え研究の施設で、上半分は会員のサロンや事務所みたいな使われ方をしている。パトリックはその中間辺りにいるから、空き部屋みたいな空間に軟禁されているのかも知れない。」

 ダリルはポールを振り返った。

「君はどんな策を考えている?」
「先ず、ビルの出入り口を固めておく。少人数でパットに出来るだけ近づき、安否確認と、可能ならば本人の身柄を確保する。接近又は接触に成功した時点で、下で待機させる人員がビル内の人間全員を抑える。勿論、無関係な者もいるだろうが、取り敢えず、全員から事情聴取の必要はある。」

 ダリルは頷いた。

「パットに近づくのは2人だけにしよう。私と・・・クラウスで行く。」
「え? 僕ちゃんは駄目?」

 いつの間にか戻って来ていたクロエルが入り口で声を上げた。ダリルは応えた。

「駄目だ。君は目立つし、前回の訪問で顔をしっかり覚えられている。クラウスの方が目立たない。」
「そう思って、実はクラウスに変装用シャツを買っておいたんす。」
「え? さっきのシャツがそうなんですか?」

 クラウスは派手なシャツを思い出した。あれで目立たないのだろうか・・・?
 クロエルは室内に入ってきて、ダリルに食べ物が入ったビニル袋を渡した。ダリルは早速チーズサンドを取りだして食べながら立体画像を眺めていた。

「しかし、一晩何もしないでパットを閉じ込めているだけなんでしょうか?」

 クラウスが疑問を口にした。あの美しい中国人が何か恐ろしいことをされているのではないかと考えるだけでも不安になるのだ。
 ポールが芝生並に伸びた髪を掻きながら呟いた。

「もしかすると、俺たちはとんでもない勘違いをしているのかも知れないな。」
「勘違い?」
「そうだ、パットを攫った目的は何だと思う? 小柄な中国人の頭に白人のでかい男が自分の脳を移植しようなんて考えるだろうか? 東洋系の会員もいるかも知れないが、そいつが一味であるとは限らないし、パットのクローンを創ろうと思えば、使い物になる大きさに成長する迄に一味の連中は歳取って死んじまうぞ。」
「つまり?」
「クローンを攫って実験に使っている連中と、ドーマーを攫って何かに使おうと考えている連中は別物だってことだ。」
「それじゃ、ヒギンズを攫おうとしたミナ・アン・ダウン教授とFOKは一味で、学生を扇動して騒ぎを起こしパットを誘拐した連中とトーラス野生動物保護団体は別の一味と言うことか?」
「そうでなけりゃ、パットを動物の体外受精程度の処置しか出来ないビルに連れて行く理由がない。セイヤーズ、あのビルに手術室はないのだろう?」
「そこまで見ていないが・・・しかし、この立体見取り図を見ると外科手術が行える施設があるとは到底思えない。」

 ドーマー達は暫く黙り込んで画像を見ていた。

「ねぇ」

とクロエルが声を出した。

「パットは、マザーのアクセス権をどの程度認められているんですか?」