2016年12月21日水曜日

誘拐 8

 トーラス野生動物保護団体に巣くう連中は、ラムゼイ博士同様、脳を若い肉体に移植して長生きをしようと言う空想はするが、実現可能だとは考えていない。彼等はドームの科学力が欲しいのだ。政財界の実力者達が自分達の地位を揺るぎないものとする為に、ドームの秘密を握りたいのだ。だからラムゼイ博士を援助してドームに接近する手段を模索していたのに、博士が逮捕されそうになって殺害した。博士の口から自分達の叛乱をドームや地球の各政府に伝えられるのを恐れたのだ。
 FOKは本当に脳移植で若返りを目指しているのだろうか。それとも何か別の目的でクローンの子供達を攫って実験をしているのだろうか。
 大学の献体保存室に少年の死体を置いたのはFOKだろう。ミナ・アン・ダウン教授は退院後警察に留め置かれて取り調べを受けるはずだ。
 パトリック・タン・ドーマーはその死体を見つけてしまい、その現場にドーマーの誘拐を企てたトーラス野生動物保護団体のメンバーが来たのだ。恐らく彼等にとっても死体は想定外のものだったろう。だからタンを誘拐したものの、世間が大騒ぎになったので、ビル内に軟禁して手を出すのを控えているのに違いない。
 遺伝子管理局のドーマー達は、翌日の早朝に行動を起こした。先ず、いかにも遺伝子管理局と言うスーツ姿のポール・レイン・ドーマーとトーラス野生動物保護団体にとっては馴染みの顔になってしまったクロエル・ドーマーがまだ入り口が開放されていないビルの正面玄関へ来て、中に入れろと騒いだ。

「昨日のセント・アイブス・メディカル・カレッジで起きた学生のデモ騒動の最中に、大学で死体が発見された。その直前に構内から出ていった車がここの公用車であることがストリートカメラで確認された。車を調べさせてもらいたい。」

 責任者に連絡を取る迄待てと言う警備員と2人が押し問答している間に、裏口でダリル・セイヤーズ・ドーマーがセキュリティシステムをあっさり破って、クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーと共にビル内に潜入した。

「なんで貴方がドームから出してもらえないのか、よ〜くわかりました。」

とクラウスが苦笑いしながら言った。ダリルはチェッと舌打ちした。

「私自身は全く意識していないんだけどね・・・機械を見ると全部わかっちゃうんだ。」

 2人は私服なので、普通の見学者に見えた。もっとも早朝なので見学者を入れる時間帯ではないのだが。クラウスはクロエルにもらった派手なシャツがよく似合っていた。クロエル・ドーマーのファッションセンスはかなりのものだ。ダリルは、実は昨夕ドームで仕事を終えて私服に着替えた後の出動命令だったので、私服のままで出て来ていたのだ。彼等は麻痺光線銃だけを装備していた。
 セキュリティシステムを無力化する為に、ビルの警備システム室に入ると、そこでは3人の警備員が数台のモニターを前に座っていた。彼等は玄関前で騒いでいるポールとクロエルをぽかんとした表情で眺めていた。ダリルが彼等の背後で咳払いした。警備員達が振り返ると、彼は麻痺光線を乱射した。アッと言う間に警備システム室を制圧すると、彼は外で待機していた部下を呼び、そこに来るよう指示を出した。それからビル内の監視システムを全部無力化した。
 クラウスは麻痺して動けない警備員達を部屋の隅に集めた。麻痺している時間はダリルの銃の出力次第だが、最短で半時間、最長で6時間だ。

「御免なぁ、怪我をさせたくないので、ちょっと痺れていてくれよ。用事が済んだら、すぐ帰るから。」

 クラウスが優しく声を掛けたところへ、部下が来た。

「彼等を見張っていてくれ。彼等は麻痺しているから動けないが、気分が悪くなって嘔吐したりすると危険だから、気をつけてやってくれ。」

 部下はモニターに映っているポールとクロエルの2人の上司を見た。

「面白そうですね。」
「うん。見ていたいが、こっちは忙しいからね。」

 ダリルとクラウスは警備システム室を出た。監視システムが死んでいるので、堂々と歩いて廊下を行き、エレベーターに乗り、タンが捕まっている階へ上った。
 エレベーターを出て少し歩くと、角の向こうから足音が聞こえた。ダリルは咄嗟に立ち止まり、後ろを振り返るとクラウスを抱きしめてキスをした。1人の警備員が足早にやって来た。階下の騒ぎに加勢する為に急いでいたのだ。彼は廊下で抱き合っている2人の男にチラリと一瞥をくれただけで通り過ぎて行った。男同士の恋愛なんて難しくない時代だ。早朝の人がいないビルで逢い引きする会員もいる・・・?
 警備員がエレベーターに乗って降りていくと、やっとダリルはクラウスから離れた。クラウスは頬を赤く染めて、唇を袖で拭った。

「ダリル兄だから許しますけど、舌を入れるのは止めて下さい。」
「すまない、ただ唇をくっつけているだけでは笑いそうになって・・・」
「ポール兄に見られたら、僕は百叩きの刑ですよ。」

 廊下の角を曲がると、ガラス扉があって電子ロックの制御盤が壁に付いていた。クラウスはこのビルに何度か臨検で入っているので、制御盤の操作もわかっていたし、この部屋のパスワードも知っていた。

「兄さんは見ればわかるでしょうけど、僕も盗み見は出来ますからね。」

 彼はパネルを叩いて扉を開いた。