2017年1月1日日曜日

誘拐 19

 ダリルが書斎に行ってしまうと、ポールは少し心細くなった。実家は苦手だ。肉親と呼ばれる人々にどう対応して良いのかわからない。
 アーシュラもハロルドも彼の戸惑いを理解してるかの様に、彼に触れようとしなかった。

「良く来てくれた。」

とハロルドは微笑みで彼を迎え、妹に彼を父親の寝室へ案内するよう頼んだ。ポールはフランシスに導かれ、別荘の奥にあるポール・フラネリーの寝室へ行った。
 ドームでは、死に行く人の部屋に決してドーマーを入れない。葬儀も執政官達だけで死せるドーマーを見送るのが慣例になっている。研究の為に一生を捧げてくれた地球人に感謝を込めて送るのだ。
 ポールは入り口でちょっと躊躇った。生まれてくる人を迎えるのは慣れている。しかし、死が迫っている人は初めてだ。フランシスが先に入って、ベッドの際に行った。枕の上にある父親の顔に顔を近づけて囁いた。

「お父様、ポールが来ましたよ。」

 父には次男の名前がポールであることが、当たり前なのだ。元ドーマーだから・・・。
フランシスはポールを手招きして、彼がベッドに近づくと、入れ替わりに静かに退室して行った。ドアが閉まった。
 ポールはベッドの上の老人を見た。ポール・フラネリーは以前出会った時よりも小さく縮んで見えた。肌の艶はなく、皺は深くなり、色も褪せて見えた。しかし、息子を見上げて、微かに微笑んだ。
 ポールは何と声を掛けようかと途方に暮れた。どうしても、父と呼べない・・・
すると、ポール・フラネリーの方から囁きかけてきた。

「許して欲しい。」

 やはり、詫びだ・・・ポールは苦々しい思いだった。詫びられる様な不幸な目に遭った覚えはないと言おうと思った時、老人は更に続けた。

「ドームはアーシュラの能力が欲しかった・・・私が彼女を得る条件として、子供を1人寄越せと言われた。要求を呑めば、私に自由を与えると・・・」

  彼は1分ほど休憩した。ポールには長い1分だった。もしかして、もうこれ以上喋らないのでは? と疑った時、またポール・フラネリーは語り出した。

「私は最初の息子が出来た時、彼等に与えることを拒否した。もし、これっきり子供が出来なかったらと恐かった。」
「だから2番目の俺を与えたのですね?」

 ポールは相手のリズムに合わせるのが苦痛で、つい口をはさんだ。ポール・フラネリーが小さく、しかし、明らかに苦笑した。

「性急なところは私に似たなぁ・・・おまえはハロルドより力が強い・・・身籠もったアーシュラの様子を見て、ドームは私にはおまえを御するのは無理だと判断した。3人目は待てないとも、言った・・・。」

 ポールは早くこの場から去りたかった。だから、言った。

「俺はドーマーになれて幸せです。選ばれて感謝しています。」

 嘘は言っていない。ポールはじっと相手の目を見つめて、そう言い放った。

「お疲れでしょう。ご家族をお呼びしましょう。」

彼が背を向けた時、ポール・フラネリーが体を動かす気配がした。振り返ると、死にかけた老人が上体を起こそうともがいていた。何故こんな時に無理をするんだ? ポールは仕方が無くベッド際に戻り、父親に寝ていなさいと手を添えて押さえた。すると、ポール・フラネリーが彼の手を掴んだ。そして息子をびっくりさせた。

「教えてくれ・・・ローガン・ハイネ・ドーマーはまだ美しいかね?」

 父親の心の奥の声が聞こえてきた。

 憧れのハイネ、貴方だからこそ息子を託した・・・よくぞここまで立派に育ててくれた、有り難う!

 ポール・レイン・ドーマーは、ポール・フラネリー・元ドーマーに断言した。

「美しく、力強く、心から尊敬出来る人です。」

 やられたな、とポールは感じた。ポール・フラネリーは、息子に詫びるつもりなどなかったのだ。元ドーマーだから、ドーマーがドーマーとして選ばれたことを寧ろ誇りに思っていると信じている。詫びる必要などないのだ。ポール・フラネリーは、昔憧れて手が届かなかった先輩ドーマーの「今」を知りたかった、それだけだ。

 政治屋め・・・この期に及んで、てめぇのアイドルを気にするのか!

 何故かそんなちゃっかり屋の父親が愛おしくなって、ポールは額にそっとキスをしてやった。ポール・フラネリーが微笑んだ。

「ドームにお帰り・・・ドーマーよ・・・」