2017年1月2日月曜日

誘拐 23

 翌日、朝からオフィスの通常業務に就いていたら、ハイネ局長からポールに呼び出しがかかった。ダリルにはお呼びがないので、「注射無しで外出したのでお小言じゃないか」とダリルがからかった。
 局長の用件は、当然ながら、大統領からもらった不穏分子リストの件だった。局員のパトリック・タン・ドーマー誘拐事件に関与が考えられるトーラス野生動物保護団体の会員を特定出来るが、そのリストに書かれている人物の中に名前があると言うのだった。

「この、ケイン・ビューフォードと言う判事だが・・・」
「トーラスの理事ですね。ラムゼイ殺害事件にも関係していると思われますが・・・」
「こいつはパトリックを暴行している。」
「・・・」

 ポールは局長を見つめた。ハイネ局長は、タンの体から採取された誘拐犯達の痕跡のDNA分析結果をテーブルの画像に出して、彼に見るように促した。

「パトリックは目隠しされていたので、相手の顔を見ていない。見ていたら、今頃は生きていなかっただろう。彼の体に残っていた犯人の体液が、ドームに登録されているDNAデータと一致した。ケイン・ビューフォードに間違いない。」
「しかし、当事者であるドームは警察に報告は出来ないのでしょう?」
「報告は出来る。裁判には使えないのだ。」

 局長は溜息をついた。

「君達はビューフォードがラムゼイから盗んだデータを押収した。ビューフォードはその報復の意味も込めて、誘拐したパトリックを陵辱したのだろう。この判事は厄介者だな。」
「大統領が、政府で対処すると言っていましたが?」
「裏で処分するのだな。」

 恐ろしいことをさらりとハイネ局長は言ってのけた。ドームの秘密を守ろうとすれば、公平な裁判で悪人を裁くのは困難だ。ドームはドーマーを証人に出したがらない。取り替え子の事実を公表する危険を冒せないし、女性誕生がなくなってしまった地球の真実を公表することは絶対に避けたい。だから、真実を知らされている歴代大統領は、ドームに裁判沙汰の事件が発生する気配があれば、早急に裏で手を打つ。ドームの公式記録には載せられないが、過去にも何度か同様の出来事があったのだ。
 100歳を越えるローガン・ハイネ・ドーマーにとって、これは「日常茶飯事」の出来事に過ぎなかった。
 ポール・レイン・ドーマーは局長を眺めた。白髪の美しい男性だ。顔には流石に皺が目立ってきたが、まだ充分魅力的な中年に見える。きちんと着こなしたスーツの下の肉体も鍛え上げられた筋肉と張りのある肌で若者達をも魅了する。

 ポール・フラネリーはこの人に憧れていたんだ・・・

 フラネリーはドーム維持班の庶務課だった。年齢もハイネより20歳は下だった。仕事の上では殆ど接点はなかっただろう。 きっと、食堂やジムで顔を合わせる程度の付き合いだったはずだ。しかし、白い髪のハイネは、緑の髪のフラネリーを魅了したのだ。
 そう言えば、とハイネ局長が思い出したように言った。

「君の父上が亡くなったそうだな。お悔やみ申し上げる。」
「有り難うございます。」

 ポールは試しに尋ねてみた。

「彼と何か接点はありましたか?」
「フラネリーと私が?」

 局長は考えた。考えなきゃいけないほど、稀薄な関係なんだ、とポールは思った。

「彼は私から見れば、親子ほどの差がある若いドーマーだったからなぁ・・・」

 ハイネは遠くを見る目になった。

「だが、よく覚えているさ。君は好きではないようだが、葉緑体毛髪の緑色に輝く綺麗な黒髪の若者だった。容姿も美しかった。君と同じで、当時のドームの中ではかなり人気が高かった。人当たりも良かったし、陽気な男で食堂ではいつも取り巻きを連れていたよ。
維持班であれだけ目立った男も珍しかった。だから、彼が外の世界の女性に心を奪われたとわかった時は、ドームの中に激震が走った。」

 彼は面白そうに笑った。

「私は、失恋して泣く若者達を大勢慰めるはめになったんだよ。フラネリーは全然気にしていなかったのに。」
「貴方とは個人的に接点はなかったのですね?」
「なかった。只、一つだけ・・・」

 ハイネは意味深な笑みを浮かべた。

「食堂などで私が彼がいる方向を見ると、どう言う訳か、必ず彼と目が合った。いつも彼の方が慌てて目を逸らしたがね。不思議だなと思っていたら、彼がある日、私の所へやって来た。」

 ポールはどきりとした。父親が告白でもしたのだろうか?

「彼は私に、結婚するので外に出されることになった、と告げた。自由との交換条件に子供を1人ドームに取り替え子で渡すことになったので、もしその子供が遺伝子管理局に入ることになったら、しっかり教育して欲しい、と言ったのだ。
 取り替え子の予約なんて、そう滅多にあることではない。だから私は彼に、子供は特殊な遺伝子を持って生まれてくるのかと尋ねた。彼は、子供は妻の遺伝子を受け継ぐはずだから、確実に特殊な能力を持って生まれてくる、と断言した。」

 ハイネ局長は、ポールに片眼を瞑って見せた。

「ドーマーは親子の情が稀薄だから、君にはピンとこないだろうが、フラネリーは彼なりに子供のことを気に掛けていた。最期に君に会えて、彼も喜んでいただろう。」
「ええ・・・」

 いいえ、違うんです、局長、親父は貴方の近況を知りたがっていたんですよ

 ポールは心の中でそっと言った。父親の片恋は、片恋のままで終わったのだ。