2017年2月5日日曜日

大嵐 11

 明け方、JJが病室に来た。ポール・レイン・ドーマーはライサンダーをベッドに横たえ、そばの椅子に座ってうとうとしていたのだが、彼女が入室する気配で目を覚ました。
JJは彼とキスを交わし、アパートに戻って休憩して、と心で言った。

 私が代わるから。大丈夫、この部屋は監視されているわ。ライサンダーに変化があればすぐ医師達が来る。

「問題があれば直ぐ呼んでくれ。」

 ポールは彼女を抱きしめてもう1度キスをすると、ダリルが休んでいる自宅へ帰っていった。
 JJはライサンダーを見つめた。一緒に暮らした日々は少なかったが、彼女の生涯で最初の親友、兄弟の様な存在のライサンダーが愛おしく懐かしく、可哀想で、彼女は涙を流した。
 ライサンダーが目を開いた。ぼおっと天井を眺めているのに気が付いて、JJは翻訳機のスイッチを入れた。

「おはよう、ライサンダー。気分はどう?」

 彼は目を動かして彼女を見た。誰なのか、すぐには思い出せないのか、黙って見つめていた。JJは辛抱強く彼が反応するのを待った。彼が瞬きした。

「JJ?」
「ええ、そうよ。Pちゃんと交代してここにいるの。ダリル父さんとPちゃんも交代で貴方のそばにいたけれど、今は休憩中。」
「父さんとPちゃん・・・?」

 ライサンダーは室内を見回した。何処にいるのか思い出せない。

「俺、どうしてここに・・・ポーレットは? 俺の妻は・・・?」

 突然彼は跳ね起きた。

「ポーレット! 何処だ?!」
「ライサンダー!」

 JJが彼に抱きついた。

「彼女はもういないわ。」
「いない?」
「亡くなったのよ。」
「誰が?」
「ポーレットが亡くなったの。」

  ライサンダーが彼女を押しのけた。

「嘘だ・・・」
「嘘じゃない。 知ってるでしょ?」
「嘘だ・・・」

 ライサンダーはベッドに座り込んだ。

「彼女が死ぬはずがない。彼女は俺の・・・」

 昨日の出来事が次々と頭の中に浮かび上がって来た。銃口、アフリカ系の男、連中の嘲り、感情のない目、突然現れた父、銃声、怒鳴り声、サイレン・・・
 ライサンダーは両手で頭を抱え込んだ。

「何故だ? 何故ポーレットが死ななきゃならないんだ? 彼女が何をした? 俺のせいなのか? 俺がクローンだから? 」
「誰のせいでもないわ。悪党がいたのよ。」
「親父が女の子を生める人間だから狙われたのか? 俺たちの遺伝子のせい? 何故そんな遺伝子を持って生まれたんだ?」
「だから、それは関係ないのよ、ライサンダー。」

 両親をラムゼイ博士の一党に殺害された経験を持つJJは、ライサンダーの考えをきっぱりと否定した。

「あの人達は、ポーレットでなくても、貴方の身内でなくても、何時か誰かを殺していたわ。悪い人だから、悪くない人に災いを為すのよ。貴方は何も悪くないの。遺伝子のせいじゃないの。そんな風に考えたりしたら、ポーレットが哀しむわ。貴方の赤ちゃんが生きていくことが悪いみたいに聞こえるじゃない。」

 ライサンダーは答えずに泣いていた。JJは彼の隣に座って、じっと見守っていた。翻訳機のスイッチは切った。彼女の本音、マコーリーを殺してやりたいと言う彼女の本音を彼に聞かせたくなかったのだ。