2017年2月5日日曜日

大嵐 12

  医師が来た。女性の医師だ。彼女はキャリー・ワグナーと名乗り、ライサンダーの担当だと言った。

「貴方のお父さん、ダリルとポールとは兄妹みたいに育ちました。」

と自己紹介した。夫のクラウスはライサンダーとは面識があったが会話をした記憶がないと言ったので、彼女は夫の話は控えた。1度に大勢の人間と接してもライサンダーは混乱するだけだ。

「ドームには女の人もいるんですね。」
「ええ、コロニー人も地球人もいますよ。」

 キャリーは精神科医だが、ライサンダーのバイタルチェックを行い、健康チェックはドームに来る人間の義務だと言って血液を採取した。JJはその間そばに居て、ライサンダーの不安を和らげた。

「朝食を運ばせます。食欲がなくても、何か少しは食べて下さいね。」

 ライサンダーは着せられている検査着を見た。

「俺の服は?」
「ドームでは外から来た衣服は洗濯消毒が済む迄使用出来ません。代わりの服を後で届けさせますから、それを着て下さい。」
「俺・・・仕事に行かなくちゃ・・・」
「お仕事はお休みです。」
「でも・・・」
「事件のショックが大きいので、貴方の職場でもみなさん動揺しています。暫くドームに居て下さい。犯人の一味がまだ残っている恐れもありますからね。」

 キャリーは穏やかな口調でライサンダーにドームに滞在することを納得させた。
彼女が病室を出て行き、朝食が運ばれて来ると、JJが尋ねた。

「私はまだここに居た方が良い? それとも席を外しましょうか?」
「暫く1人にさせてくれないか・・・大丈夫、俺、もう泣かないから。」

 きっとJJは俺が自殺しないか見張っているんだ、とライサンダーは思った。病人でもないのに、医師が来るし、病室に入れられているし・・・。

「俺、死んだりしないよ。」
「わかってる。」

 JJは彼の頬にキスして部屋から出て行った。
 ライサンダーは朝食を少しだけ口に入れた。病室には窓があった。ドームと言う巨大な建築物の中にあるのに、窓があるなんて変だ、と彼はぼんやり思いながら外を見ると、緑の植え込みが見えた。ちょっとした規模の林で、壁とか天井とか、そんな物は見えない。まるで森の中の普通の病院に居るみたいだ。

 父さんはこんな場所で育って、暮らしているんだ・・・

 トイレに行きたくなってベッドから降りた。床にサンダルが用意されていたので、それを履いて廊下に出た。ドームの医療区は静かだ。ドーマーには滅多に病人が発生しないし、出産区では別に病棟があって具合が悪くなった女性の治療はそこで行われる。ライサンダーは用を足して手を洗って、鏡を見た。やつれた男が鏡の中から自分を見ている。

 妻を守れなかった男の顔だ

 突然彼は嘔吐感に襲われ、その場で吐いた。悔しくて泣いた。感情の爆発を誰にも聞かれなかったと思ったのは、10分もたってからだった。
 顔を洗ってトイレから廊下に出ると、壁にもたれかかってダリルが待っていた。ライサンダーの顔を見て、彼が微笑した。

「喧嘩に負けて帰って来たガキみたいな顔だな。」
「こんなに情けない顔してた?」
「ああ、まるでこの世の終わりだって顔だ。」
「喧嘩ぐらいでこの世は終わらないよ。」
「そうだろうな、喧嘩はまだ終わっていない。」

 ダリルは息子が部屋に向かって歩き出したので、後ろをついて行った。

「明日、警察が事情聴取に来る。ドームが外の警察を迎えるのは初めてだ。」
「俺、外に行っても良いよ。」
「駄目だ。ポールが許さない。」

 ライサンダーは足を止めて振り返った。

「Pちゃんが? 何故・・・」
「ポールは昨日の朝、ドン・マコーリーが悪い連中と繋がりがあると睨んでセント・アイブスのニュカネンに調査を依頼した。彼はポーレットがマコーリーに育児の相談をしていることを数日前から掴んでいたので、もっと早くあの男を疑えば良かったと酷く後悔している。」
「事件はPちゃんのせいじゃないよ。」
「おまえのせいでもない。」
「でも・・・」
「マコーリーの仲間は大勢の子供を殺したのだ。彼等自身の満足の為に。事件はそこに悪い奴がいたから起きた。」

 ライサンダーは父親に手をさしのべた。ダリルがそれを掴み、息子を抱き寄せた。ライサンダーは父親の囁きを聞いた。

「おまえが生きていてくれて感謝している。」