2017年2月13日月曜日

大嵐 20

 付き添いの執政官はライサンダー・セイヤーズを警察の事情聴取の後で中央研究所へ連れて行った。案内されたのは副長官の執務室だった。彼はそこでライサンダーを室内に導き入れた。

「ライサンダー・セイヤーズを連れてきました。」

 そしてライサンダーにも部屋の主を紹介した。

「当ドームの副長官ラナ・ゴーン博士だ。」

 ライサンダーは執務机の向こうに座っている女性を見た。コロニー人の、中年の女性で、美しく賢そうな人、と言う印象だ。
 彼女は執政官に「ご苦労様」と声を掛け、執政官は会釈して部屋から出て行った。
副長官が机のこちら側に出て来て、手を差し出した。

「副長官のラナ・ゴーンです。血液の研究を専門としていますが、ここ暫くは貴方の赤ちゃんが人工子宮に安定する迄観察をしています。」

 ライサンダーはドキドキした。コロニー人の女性と会うのは初めてだ。それも立派な大人の女性だ。地球人の女性達より年齢は上だろうが、どうすればこんなに綺麗でいられるのだろう。
 ぼんやりしていたが、やがて差し出された手に気が付いて慌てて握手に応じた。

「ライサンダー・セイヤーズです。子供を助けて戴いて有り難うございます。」
「水を挿すようですが、まだ楽観は出来ませんよ。でもドームは全力を尽くしていますし、あの赤ちゃんは強い子の様です。きっと無事に育ってくれるでしょう。」

 座って、と彼女は彼に椅子を勧めた。ライサンダーは来客用の椅子に静かに腰を下ろした。彼女が赤ん坊の映像を見ますかと尋ね、彼は少し躊躇ってからお願いしますと返事をした。
 中央のテーブルに立体画像が立ち上がった。人工子宮に入っている胎児の姿だ。まだ人間の姿と呼べる形にはなっていない。

「女の子ですよね?」
「ええ、女の子です。」
「3ヶ月目のはずです。」
「確かに、13週目ですね。」
「俺とポーレットの娘・・・」
「そうですよ。」

 ラナ・ゴーンは微笑んで見せた。

「大異変の後で初めてドームの外、自然の愛の営みで生まれた地球人の女の子ですよ。」

 ライサンダーは画像にそっと手を伸ばした。彼の手は何にも触れなかった。

「なんだか恐いです。」

と彼は正直に感想を述べた。

「俺はそんな重要な命を養える人間じゃない・・・」
「出来ますよ。貴方は独りではないでしょう?」
「ドームで育てろと仰るのですか?」
「その子はちゃんと貴方と言うお父さんがいます。ドームの中で育てることは出来ません。でも、人工子宮の中にいる間は、ドームが守ります。貴方も居て下さると良いのですけど。」
「俺はここに住む資格はないし、そのつもりもありません。俺の仕事は外にあります。」
「貴方がどんな生活形態を取るかは、貴方が父親達と話し合って決めることです。ドームは貴方の人生に干渉しません。赤ちゃんを誕生まで保護するだけなのです。赤ちゃんの人生にも口出し出来ません。」
「子供が産まれたら・・・つまり、機械から出たら、自由にしろと?」
「冷たい様ですが、そう言うことです。」
「勿論、自由にさせてもらいます。」

 ライサンダーは副長官が何を言いたいのか考えた。ドームは胎児を人工子宮から出せる日まで保護する。その間はライサンダーにも赤ん坊のそばに居て欲しいと言うのだ。

「俺がここに居る意味は何です?」
「赤ちゃんに時々語りかけて欲しいのです。胎児は母親に語りかけられて育ちます。ちゃんとお腹の中でお母さんの声を聞いているのですよ。でも、貴方の赤ちゃんはお母さんがいなくなってしまいました。ですから、お父さんの貴方が代わりに語りかけてあげて下さい。」
「ドーマーでは駄目なのですか?」
「ドーマーは大勢の赤ちゃんの面倒を見なければなりません。貴方は自分の子供を人任せにしたいのですか?」
「いえ、それは・・・」
「ダリル・セイヤーズは数日おきに貴方をラムゼイの研究所へ見に行ったそうですよ。もしかするとメーカーに捕まってクローンの材料にされるかも知れない危険を冒して。」
「・・・」
「赤ちゃんは貴方を必要としています。そしてダリルも貴方をそばに置きたがっています。1年間だけで結構ですから、ドームに住んで戴けませんか?」

 ライサンダーはもう1度画像の赤ん坊を見つめた。リアルで中継されているのだろう、胎児の心臓が鼓動しているのが見えた。
 
 生きているんだ・・・ポーレットの忘れ形見が・・・

 ライサンダーはラナ・ゴーンに向き直った。

「わかりました。2人の父と相談してみます。」
「有り難う。ところで、今すぐとは言いませんから、赤ちゃんの名前が決まったら教えて下さい。番号で呼ぶより、名前を呼んだ方が、貴方もお父さんとしての実感が湧くでしょう?」