2017年2月15日水曜日

大嵐 22

 ダリルがオフィスに戻ると、ポールが渋い表情で迎えた。

「ケンウッド長官がお呼びだぞ。どうやら、君がマコーリー達をぶん殴ったことがばれたらしい。」
「自業自得だ・・・叱られて来るよ。」

 もしお昼にライサンダーと出会ったらよろしくと伝えてくれ、とダリルは言って、中央研究所へ向かった。
 長官室には、ローガン・ハイネ局長も呼ばれていた。
 ダリルが指示された椅子に座ると、長官は直ぐには口を開かずにコンピュータを眺めていた。何を言おうかと考えているのだ。
 ダリルは辛抱強く待った。局長は目を閉じて、もしかすると居眠りをしているのかも知れない。
 たっぷり5分待たせて、長官がやっと顔を上げた。

「セイヤーズ、呼ばれた理由はわかっているな?」
「息子の妻を殺害した連中を私が殴って怪我をさせた件ですね?」
「そうだ。腹が立ったことは理解する。だが、理性的に振る舞って欲しかった。」
「申し訳ありません。しかし、あの時は自制が利かなかったのです。」

 長官は溜息をつき、局長を見た。ローガン・ハイネ・ドーマーはまだ目を閉じていた。
ハイネ、と長官に呼ばれて、やっと彼は瞼を上げた。ケンウッドが尋ねた。

「このやんちゃ坊主をどうすれば良いと思う?」

 局長はちらりとダリルを見た。

「力を誇示したがるのは晡乳類の雄の常です。」
「だからと言って、麻痺光線で撃たれた人間を殴って負傷させて良いとは誰も思わん。」
「去勢しますか?」
「馬鹿言わんでくれ。」
「警察には引き渡しませんよ。」
「当然だ。」
「しかし司法が定める罰則を科す権利は、我々にはありません。」
「だから・・・」
「実は連邦捜査局から話がありましてね。」

 局長の言葉に、長官が緊張した。

「何を言ってきた?」
「彼等はニコライ・グリソムの犯罪を立証するめどがついたので、近々裁判に持ち込むつもりでいます。グリソムの裁判には、彼を実際に捕まえた航空班のゴールドスミス・ドーマーを証人として出廷させます。連邦捜査局はセイヤーズも現場に居たことを知っていますが、ヒギンズ捜査官の囮捜査の件も絡んでいるので、セイヤーズの存在には触れないことにするそうです。従って、彼等は、裁判が終わる迄セイヤーズにドームの外に出て来て欲しくないのです。」
「シェイともう1人現場に男がいただろ? 彼等の証言はどうするのだ?」
「司法取引と言うヤツで、セイヤーズの存在を黙らせるそうです。FOKがどれだけセイヤーズの存在を主張しても、目撃者全員が否定する。」

 ダリルは驚いた。

「そんなことが出来るのですか?」
「出来るように彼等が取引するのだ。兎に角、君は行く先々でトラブルを起こすから、連邦捜査局も苦慮している。裁判を有利に進めるには、君の存在を消し去ることが必要なのだ。」
「私は邪魔者なのですね・・・」
「だから、外に出るな。」
「何時までですか?」
「マコーリー達の裁判が終わるまでだ。」
「ニコライではなく、マコーリーの裁判ですか? 事件は2日前に起きたばかりですよ。」
「それがどうした?」
「どうしたって・・・」

 ダリルは悟った。局長はこれから先無期限で外に出るなと言っているのだ。
恐らく、今朝ライサンダーに面会した刑事達も口をつぐんでしまうのだろう。ブロンドの遺伝子管理局の男は最初から存在しなかったことにされてしまうのだ。だが、それで容疑者達を怪我させたことが不問にされるのであれば、我慢しなければならない。元々種馬として閉じ込められるはずの運命だったではないか。
 ダリルは深呼吸してから承知した。

「わかりました。ドームの中で大人しく精進して過ごします。」

 彼が納得したので、ケンウッド長官は肩の力を抜いた。そしてハイネ局長に目で感謝の意を伝えた。