2017年2月1日水曜日

訪問者 27

 ポール・レイン・ドーマーがアパートに帰宅して上着を脱いだところへダリル・セイヤーズ・ドーマーが食事から戻って来た。彼は「お帰り」のキスをポールにして、ちょっと考えた。

「夕食に海鮮を食べたのか、ポール?」
「わかるのか?」
「服をクリーニングに出して全身消毒しても胃の中までは無理だからな。」
「君はテリヤキチキンを食べたな?」
「今日のメインはテリヤキチキンだけだったんだ。厨房がジェリー・パーカーを使節団の目から隠していただろ? それで執政官達から叱られて、コック達が拗ねちまったんだ。」
「なんだよ、それ・・・外食して正解だったな。」
「でも皆テリヤキが好きだろ? 文句を言うヤツはいなかったよ。」

 そして改めてポールの体を見回して彼はまた尋ねた。

「抗原注射なしの初めての『お遣い』はどうだった?」
「初めてではないだろ・・・しかし任務としては初めてだな。うん、思ったより平気だった。体も若い頃みたいに軽く感じたし・・・。」

 正直なところ、ライサンダーに会うことで頭がいっぱいで、抗原注射を必要としない最初の外出であることは念頭から消えていたのだ。
 ポールは時計を見た。寝るにはまだ早い時間だったが彼はダリルを寝室へ連れて行った。昨夜のことは知っている。だからダリルに無理をさせたくなかったが、ダリルがその気になれば拒む理由はなかった。お互いに服を脱ぐと愛撫し合った。ダリルの感情はただポールを愛しいと思うだけの心地良いものだった。
 やがて2人は互いの体に手を掛け合って並んで横になっていた。
 ポールは思い切って、しかしさりげない風を装って尋ねた。

「ポーレット・ゴダートを覚えているか?」
「うん・・・アフリカ系の綺麗な女性だった。彼女がどうかした?」
「再婚したんだ。」
「そうか、それは良かった。」
「第2子を身籠もっている。」
「おめでた続きだな。」
「今日は彼女の亭主に会ってきた。必要な書類を全部渡して来たんだ。」
「必要な書類?」
「成人登録書、妻帯許可証、婚姻許可証、胎児認知届け受理証明書。」
「1度に4通も? 私はそんな書類を扱った覚えはないぞ。それに、それは彼女ではなくて亭主の側からの申請だよな? 彼女の亭主は未成年だったのか? それとも、クローン?」
「クローンで未成年だったが、最近18歳になった。」
「違法クローンだった訳だ・・・よく18歳まで隠れ通したものだ。」
「親がしっかり隠していたからな。」
「親はどうした? 逮捕したのか?」
「勿論逮捕した。」

 ポールはダリルにキスをした。ダリルはまだ彼のおとぼけに気づかない。

「親は逮捕して、子供は18歳になったので君が書類に署名してやった訳だな?」
「いや、俺は署名していない。出来なかったんだ。」
「何故?」
「俺もその子の親だから。」

 ダリルの呼吸が一瞬停まった。ポールが見ると、彼は彼の目をじっと見つめていた。

「今、何て言った?」

とダリル。

「まだわからんか?」

とポール。
 ダリルは暫くじっと恋人を見つめていた。そして囁いた。

「ふざけているのか?」
「ふざけてなんかいないさ。俺が受理したのはライサンダー・セイヤーズからの申請書だ。そしてローガン・ハイネ自ら署名した。君のガキは、もう一人前の市民権を獲得した男だ。」

 ダリルがポールから手を離し、体を反転させて背を向けた。微かに全身を震えさせたので、泣いているのだとポールにはわかった。嬉し泣きなのか、哀しくて泣いているのか、ポールは判断しかねたが、テレパスは使わなかった。ダリルが感情の爆発を鎮めるのを大人しく待っていた。
 たっぷり5分間泣いて、ダリルは落ち着いた。背を向けたまま質問してきた。

「あの子は今どこに住んでいるんだ?」
「勝手に会いに行かないと約束するなら教える。」
「約束する。2度と会えないかも知れないと覚悟を決めてここに戻って来たんだ。」
「わかった。彼はニューポートランドに住んでいる。」
「仕事は?」
「ドッティ海運の倉庫会社で倉庫番をしている。ポーレットはそこの事務員で職場結婚だ。」
「ドッティ海運と言えば、アメリアの?」
「亭主の会社だ。」
「幸せそうだった? 元気にしているのか?」
「当然だろう。問題があると思ったら許可など出さないし、俺はライサンダーが嫌がってもドームに保護したさ。」

 ダリルが体の向きを変えて、ポールに向き直った。

「あの子は君と素直に話しをしたのか?」
「俺がびっくりする程素直だった。妻帯して子供が出来るので、大人になったんだ。」

そして、ポールはちょっと自慢げに言った。

「俺は『あんた』から『貴方』に昇格してもらったんだぜ。」
「ポール・・・」

 ダリルが彼に抱きついた。

「次に会う時には、君を父と呼ばせるよ。」
「その前に・・・」

 ポールはさも深刻そうな顔をして見せた。

「君は、俺たち2人共祖父さんになるって気が付いていないんじゃないか?」