2017年2月24日金曜日

オリジン 3

 ライサンダー・セイヤーズはドームに戻って来た。外の空港のターミナル食堂でシェイが作ってくれた雑炊と残り物の総菜をマイケル・ゴールドスミス・ドーマーと共に食べて腹を満たし、尞に帰って朝迄一眠りすると言うマイケルと別れてゲートをくぐった。
 前回初めてドームに入った時は妻を失ったショックで取り乱し、鎮静剤を打たれてフラフラの状態で来たのでよく覚えていなかったが、平素の精神状態で来ると、その執拗かつ丁寧な消毒に閉口した。薬品の風呂に入れられて頭髪から足の爪先まで綺麗に洗うように命じられ、服は洗濯に出された。僅かな着替えだけの荷物も全部消毒だ。口からは雑菌を排除する薬を飲まされた。

 何故ドーマー達が勝手に出入りしないのか、理由がわかった。消毒が面倒臭いんだ。

 ドームに入ったのは夜中近くだった。彼は出産管理区を迂回する回廊を歩き、かなり時間をかけてから研究と居住の区画に入った。夜遅かったので中央研究所には行かずに、両親が住むアパートに向かったが、途中でふと気が変わり、道を曲がって庭園へ行った。
地球で夜の森を歩くのは危険だ。人口が激減して以来、野生動物が増え続けており、熊や狼も出る。しかし、ドームの人工林はそんな心配は全くない。動物などいないのだから。
コロニーで使用されている人造土で栽培されている樹木が適度な間隔で成長しており、その間を小径が敷かれている。所々に芝生の広場があって、東屋やベンチが設置されている。
 ライサンダーがゆっくりと散歩を楽しんだ。満腹なので、少し運動をしたかった。今何処かに座ったりしたら、直ぐに眠ってしまいそうだ。
 ベンチや芝生ではカップルが何組かデートを楽しんでいた。もっともこの時代なので、殆どが男性同士のカップルだ。ドームの内も外も同じだ、とライサンダーは思った。ほんの半年だが女性と結婚出来た俺は幸運だったのだろう。
 どこかで女性の声が聞こえたような気がした。そのまま歩いて行くと、小川が流れていた。人工の川で浅いが、透明なドームの天井から差し込む月の光でキラキラと輝きながら水が流れていた。小川には橋がなく、飛び石で渡るようになっていた。その石を1人の男が軽々と跳び伝ってこちらへ渡って来た。ライサンダーはそのシルエットを見て立ち止まった。

 父さんだ!

 彼を追いかけて女性が森から出て来たが、彼女は飛び石にちょっと躊躇した。石の間隔が彼女には広く感じられたのだろう。

「橋まで行くわ。」

 彼女の声にライサンダーは聞き覚えがあったが、誰だか思い出せなかった。
 ダリルが彼女に言った。

「受け止めてあげますから、勢いをつけて跳びなさい。」
「無理です。」
「大丈夫、夜だから石の間隔が広く見えるだけです。」

 彼は付け加えた。

「それに、落ちても踝までの深さですから、溺れはしませんよ。」

 彼女は数秒躊躇ってから、少し助走をつけて石を飛んだ。ライサンダーが見守っていると、彼女は勢いに助けられて渡りきり、止まりきらずにダリルの胸に抱き留められた。

「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「コロニーにこんな川は贅沢ですもの、私には初めてで、恐かったわ。」

 ライサンダーはハッとした。

 親父の彼女はコロニー人なのか!

 もし記憶が正しければ、地球人保護法によってコロニー人が地球人を誘惑するのは犯罪と見なされている。刑罰はないが、罰金や地球追放と言う処分が下されるはずだ。
だが、その逆はどうなのだろう? 地球人がコロニー人を誘ったら?
 ライサンダーは、何故父が交際中の女性の話を彼にしなかったのか、わかった様な気がした。公にすると拙いことになるので、息子には黙っているのだろう。

 父さん、本当に違反が好きなんだな・・・

 ライサンダーは苦笑した。父はプラトニックな交際だと言った。決して法律に違反しているのではないと言いたかったのだ。
 ライサンダーはそれ以上の覗き見は止めて、アパートに向かった。