2017年2月5日日曜日

大嵐 9

 ドームは夜中でも機能している。コロニー人には夜も昼も関係ないし、赤ん坊の誕生にも昼夜関係がない。
 ポール・レイン・ドーマーは深夜の飛行機で西海岸からとんぼ返りしてきた。もの凄く怒っていたので、ゲートの消毒班が彼のそばに近づくのを躊躇った程だ。彼が中央研究所のケンウッド長官の執務室に入ると、ローガン・ハイネ遺伝子管理局局長が、隣の椅子でうたた寝していたクロエル・ドーマーの脚を蹴って起こした。
 ケンウッド長官が指した椅子にポールはどさりと体を落とし込んだ。

「遠くから緊急で呼び戻して申し訳ない。」

と長官が言うので、彼は黙って首を振った。事件の報告は機内でクロエル・ドーマーから聞かされた。クロエルは警察の取り調べに立ち会ったのだ。
 ポーレット・ゴダートは幼馴染みの産科医ドン・マコーリーに身籠もった子供が女の子だと告げてしまった。マコーリーは彼女の夫がセイヤーズ姓を名乗るクローンだと言うことも教えられた。ポーレットは胎児の健康の為に、医師に全てを打ち明けることが賢明だと判断したのだ。
 しかし、マコーリーは、クローンの体に脳を移植して若返りを夢見るミナ・アン・ダウン教授の弟子だった。人間の脳が快感を覚える時に造られるβーエンドルフィンを麻薬として抽出して売り出す組織FOKのニコライ・グリソム達の仲間でもあった。
 マコーリーは仲間と共に、胎児とクローンの男を手に入れようとニューポートランドに来た。ニコライ・グリソムの裁判前に手に入れれば、人質に出来るし、コロニー人を地球から追い出したがっている金持ち達に売ることも出来る。
 何も知らないポーレット・ゴダートは、マコーリーを子供時代の優しい隣のお兄さんのままだと信じて家に招き入れてしまった。マコーリーは油断した彼女に襲いかかった。彼女は辱めを受け、殺害された。マコーリーは浴室で幼馴染みの女性を解剖した。胎児を取り出し、死なないよう擬似子宮に入れた。産科医なので、その程度の装備は持っていたのだ。そこへ、ライサンダー・セイヤーズが帰宅した。
 
「もっと早くマコーリーの正体に気づくべきでした。」

 ポールが反省すると、ハイネ局長が言った。

「電話の盗聴だけでは、誰が悪意を持つ人間なのか判別不可能だ。ライサンダーとポーレットの夫妻には友人が多かった。今朝まではマコーリーはその中の1人に過ぎなかった。君が調査に乗り出した日に、あの男がセント・アイブスからポートランドまで移動するなど、誰も予測していなかっただろう?」
「ですが・・・」
「反省するな、レイン。」

 局長はポールを黙らせた。
 ケンウッド長官はそれ迄黙っていた。彼は今日の夕方迄ライサンダー・セイヤーズの家庭が不幸に見舞われていたことを知らなかった。勿論、執政官が知っていたとしても今回の事件は防げなかったのだが。
 ケンウッド長官は、ハイネ局長が若いセイヤーズ家の不幸を直ぐに報告しなかった真意を考えていた。100歳を越えるドーマーが沈黙する時は、地球人のすることにコロニー人が口出しするなと言う意味だ。
 しかし、事態は急展開してしまった。

「ライサンダー・セイヤーズの子供は、クローン育成施設で育てることにする。」

 ケンウッド長官の宣言に、誰も異を唱えなかった。母胎を失ってしまった胎児が生きられるのはドームしかない。略奪者が来ない、安全な場所は、ここしかないのだ。
 長官はクロエル・ドーマーを見た。母親が希望した堕胎によって3ヶ月で人工子宮の世話になった男だ。

「事故で母親を失って人工子宮に保護される胎児はたまにいるが、無事に生き延びる例は少ない。多くは現場の医師の腕が未熟で死んでしまうからだ。今回の胎児もまだ数日観察を要するが、ドームまで保ったから、きっと生きてくれるだろうと信じている。」

 ポールに聞かせたのだが、クロエルが代わりに頷いた。
 ポールは胎児のことに関心が薄い様子で、局長に尋ねた。

「息子は何処です?」
「医療区だ。」

 局長が答えた。

「ダリル・セイヤーズが付き添っている。」
「行ってやれば?」

とクロエルが口を挟んだ。ポールは首を振った。

「俺が行っても、あいつは喜ばん。」
「倅じゃないよ、父親のセイヤーズの方だ。」

 クロエルは長官を見た。

「良いでしょ、長官? セイヤーズは父子共々まいっちゃってます。ダリルは息子の嘆きをどう受け止めて良いのか、途方に暮れてるし、ライサンダーは鎮静剤で抑えないと錯乱状態に陥ってしまう。レインの冷静さが必要なんです。」

 ケンウッドは頷いた。今部屋の中に居る男達全員、個人的な家族を持った経験がない。家族に不幸が襲った経験がない。だがポール・レイン・ドーマーはダリル・セイヤーズ・ドーマーを1度失ったことがある。

「行ってやりなさい、レイン。ダリル・セイヤーズが君を必要としている。」