2017年3月31日金曜日

奮闘 6

 ダリルはホテルのベッドの上に足を投げ出して座り、端末でポール・レイン・ドーマーの電波を受信していた。ポールはLA支局にいる。ジョン・ケリー・ドーマーも第3チームのメンバー全員も一緒だから、反省会か作戦会議でも開いているのだろう。
 局長室から出て以来、ポールはダリルに一言も口を利いてくれなかった。ダリルは正直寂しい。再び坊主頭になるはめになったのはダリルの朝寝坊のせいだ、と文句を言ってくれても良かったのに。
 バスルームからジェリー・パーカーが出て来た。シャワーを浴びてパンツだけの姿で、肩にタオルを引っかけていた。

「おまえの番だぜ。」
「私は君が寝てからにする。」
「おまえが風呂に入っている間に俺が逃げるとでも思っているのか?」
「君ならやりかねない。」
「信用がないな。」

 ジェリーは拗ねたふりをしながら服を着た。スーツではなくラフなシャツとジーンズだ。着替え等の荷物は支局が空港からホテルへ届けてくれていた。ダリルもスーツを脱いで楽な服装に着替えていた。但し麻痺光線銃は装備している。
 ジェリーの身支度が終わるのを確認して、ダリルは隣室のアキ・サルバトーレ・ドーマーに連絡を入れた。廊下で彼と落ち合い、夕食を取るために階下へ降りた。アキも私服だ。着慣れないスーツを脱いでホッとしているのが動作に表れており、微笑ましかった。
 ジェリーはローズタウンの街は初めてだったので、ホテルの従業員にお勧めの店を聞いて、そこへ行った。ジェシー・ガーが待ち伏せしそうにない上品な北欧料理の店で、スーツの方が良かったかなとダリルはちょっと後悔したが、店側は一向に気にしなかった。
寧ろ遺伝子管理局のIDをアキが提示したので、奥の上席に案内された。

「そんな物を見せびらかすんじゃないぞ。」

とジェリーがアキに注意した。

「メーカーに見られたら、何されるかわからん。」

 メーカーが言うのだから、間違いないだろう。
 アキはドームの威光がどの程度のものか知りたかったので、悪戯を注意された子供みたいにちょっと小さくなって見せたが、料理が運ばれて来る頃にはもうけろりとしていた。
サーモンや鹿肉の料理を堪能して、ジェリーはワインも楽しんだ。アキは先祖のアメリカ先住民が白人がもたらしたアルコールで堕落したと言う言い伝えを思い出し、葡萄ジュースを飲んだ。ダリルが同じ物を注文すると、案外お酒の様な味わいで満足出来る品だった。
 ディナーにすっかり満足した男達はレストランから出るとタクシーを拾った。ホテルの名を告げ、車が走り出すとダリルは眠気を覚えた。しかしホテルまでは10分足らずだ。彼は眠気覚ましにジェリーに話しかけた。

「執政官達とは上手くつきあえているのか、ジェリー?」
「同じ研究をしている連中とは、なんとかな。」

 ジェリーが意味深に笑った。

「彼等は俺の知識と技術を認めてくれている。実際に目の前で一緒に仕事をしているから、わかるんだろう。
 だが、他のコロニー人達は俺を腫れ物に触るような扱いだ。まぁ、俺は囚人だから、無理もないがね。」
「ドーマーも君を囚人扱いしているのだろうか?」
「さて・・・中央研究所にドーマーは多くないからな・・・所内の連中は皆良いヤツらさ。地球人同士と言う範疇で見てくれるからな。一般の連中とはあまりつきあわないから、俺の口からは何とも言えない。」

 するとアキが口をはさんだ。

「僕等保安課はジェリーを『外から来た男』と呼んでいるんです。囚人としてではなく、ドームのことに関して初心者と言う扱いですね。僕が彼を監視するのは、彼がトラブルを起こさないように見張っているのではなく、彼がトラブルに巻き込まれないように注意して見ているのです。」

 アキはゴメス少佐がジェリー・パーカーのことを「古代人は人類の財産だから」と監視して見守るようにと命じたことを黙っていた。
 ホテルの前でタクシーが停車した。慣例でアキが最初に降りた。車外の安全確認をして・・・
 突然タクシーのドアが閉まり、車が急発進した。



2017年3月29日水曜日

奮闘 5

 ジェリー・パーカーはネットで葬儀の告知を見ていた。それが楽団付きの旧式の葬列であることも知っていた。だからラムゼイ博士の墓参りをこの日に選んだ。ジェシー・ガーの掲示板にも墓参りの予定をさりげなく書き込んでおいた。ガーが観光客に紛れて接触してくるのではないかと期待したのだ。
 しかし、ジェリーの当ては外れた。ガーは葬列にはおらず、追いかけて来たのは「脱走ドーマー」1人だけだった。裏切り者の運転手は現れないのか。ジェリーは内心溜息をついた。
 ラムゼイ博士の部下の大半は捕まった。彼等は秘書のジェリーが同じ裁判や拘置所にも刑務所にもいないことを不審に思ったはずだ。遺伝子管理局はジェリーが逃げて仲間と合流するこのないように、彼等に、博士の秘書はクローンで、研究材料としてドームに収容されたと伝えていた。情報操作でジェリーに逃げ場を与えないようにした。ジェリーが帰る場所はドームしかないのだと悟らせた。
 ジェシーがジェリーに接触してくるとすれば、その目的は仲間として旧交を温めるのではなく、逃亡の手助けをするのでもなく、ジェリーの遺伝子操作の手腕を欲しがる人に彼を売りつけるためだろう。ジェシーが墓地に来ないのは、買い手がいないからだろう。
 自らを囮に使おうとしたジェリーの目論見は外れた。折角あの白い頭髪のドーマーの首領を説得してドームの外に出て来たと言うのに。
 このままだとダリルに車へ導かれてホテルへ連れて行かれてしまう、と思った時、一つの墓石の前で佇む男が目に入った。その横顔に見覚えがあった。
 ジェリーは空を見上げ、呟いた。

「畜生、くそみたいに良い天気だぜ。」

 ダリルが足を止めた。一瞬ジェリーを見てから、彼も空を見上げた。

「そうだな・・・だが、遊びに来たのではないぞ。」
「ホテルに行ったら自由時間は認められないのか?」
「君は囚人だ。」
「そうだったかな。」

 ジェリーは笑い顔をつくりながら、視線を墓石の方向へ向けた。恐らくダリルもそれを追って見たはずだ。

「カレリアホテルは小さいが快適な宿だ。」

とダリルが故意に宿泊先の名を明かした。

「ホテル内に店もあるから、建物から出さえしなければ一晩だけ自由に歩き回っても良い。ただし、必ず私か保安員を同伴しろよ。」
「監視が付くんじゃ、自由とは言えないな。それに店ったってコンビニに毛が生えたようなもんじゃないか。」
「ドームの中でも同じだろう、君はいつだって監視付きで行動している。」

 恐らく墓石の前に男の耳に会話が入ったはずだ。男がジェシー・ガーだとしても、この場では接触しないだろう。開けた場所だし、近くには葬列の団体がいる。
 ダリルはジェリーの肩を掴み、来た方角へ体の向きを変えさせた。

「さあ、墓参りが済んだのだから、ホテルへ行くぞ。」

2017年3月27日月曜日

奮闘 4

 ダリルは端末を出した。数字をいくつか打ち、アキ・サルバトーレ・ドーマーに見せた。

「ジェリー・パーカーの番号はこれで良かったか?」

 アキが覗くと、電話番号の下に地図が表示され、ジェリーの皮膚下から発信されている電波が点滅していた。ジェリーは葬列を横切って向こう側を遠ざかって行くところだった。アキは頷いた。

「ジェリーは裏門を目指していますね。」

 裏門の存在は支局で既に確認済みだった。勿論、そこにも支局の職員が配置されている。

「君は車であちらを走って探してくれ。私は葬列の向こうへ行ってみる。」

 アキには安全圏に居て欲しい。ダリルは保安課員を車中に戻し、自身は葬列の後尾に突入した。
 ダークスーツはこんな場合、浮いて見えずに便利だ。ダリルは観光客を押し分け、苦労して列を横切った。ジェリーが芝生の上を歩いて行くのが見えた。ダリルは彼に駆け寄った。

「どこへ行くんだ、ジェリー?」

 単独行動は許可していない。ダリルの声にジェリーが振り返った。そして、落胆した表情を見せた。

「おまえ、1人か? アキはどうした?」
「車に返した。あの運転手は武芸の心得があると見えた。アキと2人でいれば敵が襲ってきても防戦出来るだろう。」
「保安課員にボディガードかよ・・・そのうちボディガードにも用心棒が必要になるぞ。」

 ジェリーは皮肉を言って、再び歩き始めた。 ダリルは彼に並んだ。

「単独行動は禁止だ。敵がここで接触して来なければ、諦めて支局に帰るんだ。今日はローズタウンに泊まろう。」
「ホテルで何をするんだ? 俺はただ飯を食って寝る為にドームから出て来たんじゃない。」

 ジェリーはそこで足を止めて、後ろを振り返った。

「葬列が止まったな・・・」

 ダリルも振り返った。先刻のバンド付き葬列が丘の手前で止まり、埋葬の準備に取りかかろうとしていた。

「あれはああ言う手順なのか?」
「私も知らないよ。初めて見たのだから。」

 観光客が取り囲んだので、墓穴のそばで何が行われようとしているのか、ダリル達には見えなくなった。
 ジェリーはまた歩き出し、ダリルもついて行った。歩きながらアキに連絡を取ると、保安課員は車でゆっくりと墓園内を移動中だった。

「葬式はさっきのバンド付きの団体だけみたいです。でも墓参りに来ている人が何人かいます。」
「不自然な行動でない限りは無視して良いだろう。ぐるりと一周してどこかで落ち合おう。」


2017年3月26日日曜日

奮闘 3

 支局が用意した運転手付きの車にドームから来た3人は乗り込んだ。助手席にダリル、後部席にジェリーとアキが座った。運転手は大人しい男で、走行中、目立った建物の説明をしてくれたが、それ以上は喋らなかった。
 墓地は立派な門の向こうに広がっていた。緑色の芝生のなだらかな波上の丘陵に白い墓石が点々と光っていた。門には警備員がいたが、車の中をチェックするでもなく、通過車輌をカメラが記録するのを見守るだけだ。ローズタウンの市に雇われている警備員だと運転手が説明した。

「彼等が配備されている理由は、墓泥棒の侵入を防止するためです。」
「通過車輌を見るだけで防げるのか?」
「誰かに見られると思うだけで、疚しいことを考える人間は慎重になるんですよ。」

 窃盗と言う犯罪がないドームで育ったアキには理解出来ない人間の心理だ。ダリルは流石に18年間外で暮らしたので、泥棒対策は理解出来た。

「すると、我々に悪意を持つ者が墓地で襲ってくる可能性は低いのかな?」
「いや、それは甘いぜ。」

 ジェリーはダリルより世間の常識がある。

「これだけの広さだ、何処からでも入る場所は見つけられる。油断禁物だ。」
「すると、門番は入った人数と出て行く人数をカウントして、合わない場合は誰かに通報するのか?」
「それはあり得ますね。墓地に入ったきり出ていかないのは問題だし、入った記録がないのに出ていく人間がいても問題です。死人が出ていくはずがありませんからね。」

 運転手が笑った。
 ラムゼイ博士の墓所は門から丘を2つばかり回り込んで行った所にあった。立派なライオンの石像が建っていた。誰が資金を出したのか、と訝しがるジェリーに運転手が教えた。

「ラムゼイはネコ科の野生動物の復活事業に大きな貢献をしたので、トーラス野生動物保護団体が金を出しました。連中は彼を殺害したが、その謝罪の意味もあったんじゃないですか? 幹部の邪悪な考えを知らない会員の方が多いですからね、感謝する人も多かったんだと思います。」
 
 ジェリーが顔を横向けた。きっと涙を同行者達に見られたくなかったのだろう。クーパーが用意した花束をダリルがジェリーの脇から墓前に置くと、ジェリーが呟いた。

「少しだけ1人にさせてくれないか。」

 ダリルはわかったと応え、車に戻った。アキが車外に出て風を感じながら周囲を見廻していた。ダリルは車体にもたれかかり、ジェリーに視線を向けたまま、彼に話しかけた。

「外の風は気持ちが良いだろう?」
「いろんな匂いでいっぱいですね。」

とアキが感想を述べた。

「植物の匂いなのかな、土の匂いなのかな・・・」
「どちらも・・・君のご先祖はこの大陸の先住民だ。風が運ぶ匂いで季節の移ろいや狩猟の獲物の存在を知る手がかりにしていたのだろう。」
「僕には情報が多すぎて困るだけです。」
「君はちっとも野性の勘を働かせる機会がなかったものな。」
「貴方はどうなんです? 1人で生きていこうと決意された時、風を読めました?」

 ダリルは笑った。

「そんな知識が必要だなんて知りもしなかったよ。」
「僕たち、結局篭の鳥なんですね。」
「篭の中で育っても、鷲は鷲だよ。獰猛さは損なわれない。君も敵に回すと手強い男さ。」

 門の方角から音楽が聞こえて来た。墓地には似合わない陽気な曲だ。ダリルはラムゼイ博士の墓前で膝を折って祈っているジェリーから、視線を音がする方向へ向けた。音楽は徐々に近づいて来る様だ。

「何の音楽だ?」
「葬式ですよ。」

 運転手が教えた。

「先祖からの習慣で葬式に音楽を演奏する民族がいるんです。来る時はああやって静かに演奏して、埋葬が終わるともっと賑やかにやるんです。」
「あれが『静か』なのか?」
「ええ、ブラスバンドですから、静かに演奏して、ああ聞こえるんです。」

 葬列が遺伝子管理局の車が通った同じ道をたどって近づいて来た。棺を載せた車を囲みながらバンドが演奏し、その後ろを近親者や友人達が付いて来る。ドーマーは葬儀を映像でしか見たことがないので、アキは魅入ってしまった。ダリルも中西部で見た葬儀の形式とは全く異なる光景に見とれた。随分古い習慣を守っている家族だなと思っていると、葬列は長くて、後ろの方は珍しい物を見ようと付いて来る観光客の様だった。カメラなどを手に周囲の風景やバンドを撮影している。流石に葬列の後半になるとアキもダリルもうんざりして、ラムゼイ博士の墓に向き直った。と・・・
 2人のドーマーは顔色を変えた。

「ジェリーは何処へ行った?!」




2017年3月25日土曜日

奮闘 2

 ジェット機がローズタウン空港に着陸した。ジェリー・パーカーがてきぱきとドーマー達に指図した。

「俺は囚人だから、手錠を掛けてくれ。歩く時は、俺をはさんで縦だろうが横だろうが3人並ぶんだ。もしジェシー・ガーもしくはラムゼイ博士の部下だった人間が近づいたら、俺はこう言う。『畜生、くそみたいに良い天気だぜ』。」

 汚い言葉に慣れないアキ・サルバトーレ・ドーマーがちょっと引く気配がした。ダリルが承知したと告げた。
 彼等は機外に出た。空港ビルでローズタウン支局の職員に迎えられ、ひとまず支局ビルに入った。支局職員は元ドーマーの支局長以外は一般人だ。だからダリル達はドームの中の話題は決して口に出さない。かつてFOKのスパイが潜り込んでいたこともあり、接触する職員の数は最小限に留めた。
 支局長のトーマス・クーパーはハイネ局長から詳細を聞かされているはずだが、余計なことは一切喋らなかった。ダリルとアキにラムゼイ博士が埋葬された墓地の地図を見せ、支局と墓地の間のルートを示した。

「ただの墓参りだから、往復3時間で用件は終わるはずだ。」
「広い墓地ですね。」

 クーパーは幹部経験がなかったが、支局長はドームを卒業する元ドーマー達の再就職先としては最高位の職場だ。ダリルは彼に敬意を表した。例え相手が年下だとしても。
 ダリルの言葉にクーパーは憂い顔で頷いた。

「うん、広いし、起伏があって隠れ場所が多い。おまけに墓と言うものはいろいろな形状があって、家みたいな物まであるんだ。敵が隠れていても可笑しくない。護衛を増やそうか?」
「どうでしょうか・・・ジェシー・ガーが本当に現れるか確信はありませんが・・・」
「警察が犯罪者を待ち伏せる時だって、空振りに終わることがある。気にせずに支局の人間を使ってくれ。」

 クーパーは以前FOKのスパイの侵入を許してしまったので名誉挽回を図りたい。
ダリルはアキを見た。ジェリーの護衛はアキに任せても大丈夫だろうが、敵が複数、銃を使われると厄介だ。

「わかりました。では、墓地の周囲を警戒してもらえると有り難いです。」

 クーパーが、ジェリーがモンタージュで作成したジェシー・ガーの顔写真をパネルに映し出した。

「これを保安員に配信しよう。見つけた場合、捕まえて良かったんだな?」
「ええ、捕まえて下さい。罪状は何でも良いです。」
「メーカーの元手下だ。そっち方面でいくらでも理由を作ってやる。」

 警察ではないので、遺伝子管理局が人間を捕まえる理由は一つだけ、「遺伝子管理法違反」だ。
 アキとジェリーは静かにダリルと支局長のやりとりを聞いていた。

「もし、ガー本人ではなく、仲間が現れた場合は、わからないんじゃないか?」
「仲間が現れる場合は、明らかに何らかの行動を起こすでしょう。ジェリーを連れて行こうとするかも知れないし、ドーマーを攫おうとするかも知れません。」
「その場合も捕まえて良いのだな?」
「捕まえて下さい。こちらは、もう誘拐は御免ですから。」

 するとジェリーが口をはさんだ。

「ジェシーの居場所だけはどうしても掴みたい。俺は博士を殺したヤツをどうしても許せない。」
「ジェリー・・・」

 ダリルは彼を宥めようとした。

「ガーが実行犯だと言う確証はまだないんだよ。」
「あいつしか居ない。」

 ジェリーの表情は頑な思いを示していた。

2017年3月24日金曜日

奮闘 1

 ダリルは暫く眼下に広がる風景を眺めながら、今は遠い過去となった若かりし日のことを思い出していた。養育棟を出て、遺伝子管理局に配属された日のことだ。その後の脱走劇が派手な思い出だったのですっかり忘れていたが、乗務員に話を聞いて記憶が蘇った。
真新しいスーツを着て、ポール・レイン・ドーマーとリュック・ニュカネン・ドーマーと共にリン長官の執務室に挨拶に行った。付き添った上司が、局長代行のノバックだったのだ。本当の上司であるローガン・ハイネはリン長官がデスクに呼び出した3次元画像で対面した。ほんの数分だった。リンは新入り3名が自己紹介を終えるとすぐに画像を消してしまい、ハイネに話をさせなかった。リンは誰がアメリカ・ドームの実力者かよく知っていたのだろう。だから病原菌侵入事故を巧く利用してドーマーのリーダーを隔離してしまった。
 ダリルが物思いにふけっている間、ジェリー・パーカーは寝ていた。これから体力を使うのだから、体を休めておくのだ。彼はダリルより年長なので、準備には慎重に当たっていた。一番若いアキ・サルバトーレ・ドーマーもはしゃぎ疲れたのか、今は座席で大人しくしていた。普段は寡黙な男のイメージだが、素は陽気な青年なのだろう。
 先刻の乗務員が飲み物を運んで来た。彼は年上だし航空班は養育棟を出るとすぐ外勤務になるので、ダリルは彼の名を知らない。あちらも敢えて名乗らない。

「今回の任務は懲罰だって?」

 誰に聞いたのか、彼がそんなことを訊いてきた。ダリルは、「そう言うこと」と答えた。何をしたのかと訊かれ、ダリルはハイネ局長がポールに糺した違反項目を並べ、しかし、と続けた。

「根本的な原因は、私が寝坊したことだ。」
「おまえさんが寝坊したので、息子が仕事に遅刻するとレインは危惧した訳だな?」
「うん。」
「もし、レインがその場にいなかったら、おまえさんはどうした?」
「ああ・・・恐らくひたすら息子に謝った。」
「ヘリを飛ばしたり、そんなことは思いつかない?」
「思いついたとしても、私はやらない。脱走はしたが、息子を甘やかすことはしないから。私が悪いのは事実だが、違反をしてまで助ける次元じゃない。第1、息子も寝坊したのだからね。」
「それじゃ、レインは懲罰を受けて当然だな。彼は息子に甘すぎる馬鹿親父じゃないか。」
「うん・・・私もそう思っている。まさか、あそこ迄子供に甘い男だとは想像していなかった。」
「恐らく、彼は息子に気に入られたいのさ。おまえさんの息子だからな、息子の心を捉えておけば、おまえさんを失うことはないと思っているのさ。」
「それじゃ、今回の違反は、やはり私が原因か?!」
「そう言うこと。」

 乗務員は可笑しそうに笑った。

「レインの行動は全部おまえさんに関連づけられる。レインと仲良くしたければ、おまえさんと友達になるのが一番手っ取り早いってことさ。」

 その時、機長から放送が入った。ローズタウン空港まで後10分で到着と言う。乗務員はシートベルトの着用をダリルとアキに呼びかけ、ジェリーを起こした。

「ローズタウンだ、メーカー。懐かしいだろ?」
「懐かしい? 冗談だろ? 俺はローズタウンは初めてだ。逮捕された時は麻酔で寝ていたからな。」

 ジェリーは寝起きは悪くないが、機嫌が悪い。1年近く遠ざかっていた娑婆に還るので緊張しているのだ。
 ダリルが彼の気持ちを和らげる為に質問した。

「私はジェシー・ガーと言う男の記憶がないのだが、彼の方は私を知っているのだろうか?」
「知らないはずだ。」

 ジェリーはあくびをして言った。

「おまえが最初にクローンの発注をした時、ヤツはまだラムゼイ博士に雇われていなかった。何時から組織に居たのか覚えていないが、砂漠の研究所跡でおまえと出遭った時は、ジェシーは農場の留守番をしていた。覚えているか、俺が博士の車を運転したんだ。」
「そうだった、お抱え運転手は部下の車を運転しないよな・・・」





2017年3月22日水曜日

オリジン 32

 専用ジェット機の乗客はダリル、ジェリー、アキの3名だけだった。ジェリーは逮捕された時に同じ機に乗せられたのだが、麻酔で眠っていたので覚えていない。だから今回が初フライトだった。アキの方はドームから出ること自体初体験でジェット機に乗せたら気絶するんじゃないかと航空班が心配したが、乗ってしまうとケロリとして、物珍しそうに機内を探検していた。
 ダリルは局長から今回のジェリーの外出は、ラムゼイ博士の2人目の運転手ジェシー・ガーを誘い出すのが目的だと聞かされていた。ジェリーはガーを逮捕する為に所在確認をするのだと言う。しかし、本当は博士の敵討ちをしたいのではないか、と局長は懸念していた。ジェリーは今やドームの大事なスタッフであり、大切な人類の子孫繁栄の鍵を握る人物だ。彼がガーを殺害するようなことがあってはならない。だから、ダリルはジェリーを護り、同時に見張るのが任務だった。
 ジェリーはネット上で接触した「牧童頭」または「マツウラ」がジェシー・ガーだと当たりを付けている。相手に自分がラムゼイの秘書だった男だとわかる様な会話を一月ばかり続け、博士の墓参りをしたいと言う請願をドームに出し続けてやっと認められたと書いた。すると、相手が尋ねてきた。何時墓参りをするのか? 誰と来るのか?
 墓の位置を尋ねないのは、相手がラムゼイ博士が何処に葬られたのか知っているからだ。ジェリーは確信した。「牧童頭」と「マツウラ」は同一人物で、ジェシー・ガーだ。

「ガーは現れると思うか?」

 ダリルが尋ねると、ジェリーは「多分」と答えた。

「餌を撒いておいたんだ。ドーマーを連れて行くってな。『マツウラ』は売春サイトを運営している。女を紹介する高級なサイトじゃない、若い男を売っているんだ。『マツウラ』は、売り物としてのドーマーの価値を知っている。」

 ダリルは一瞬ジェリーの言葉の意味を考えた。

「まさか、君は私とアキを囮に使うつもりか?」
「アキは使わない。外の世界に初めて出たヤツに、そんな過酷な仕事は可哀想だ。」

 2人は通路の向こうで乗務員と談笑しているアキをチラリと見た。

「囮と言っても、敵の懐に入る訳じゃない。お宝をちらつかせて気を惹くだけだ。警察にジェシーの隠れ家を教える為に接触するだけだからな。」
「ああ、それじゃ・・・」

 ダリルは覚悟を決めた。

「売り物になるドーマーを君が連れて行くと言う設定か。私が色っぽく振る舞えば良い訳だな?」
「おまえは普段でも充分色っぽい。」
「はぁ?」
「アキに、これから打つ芝居の概略を説明してやろう。俺たちの行動を本気で信じてもらえば相手も騙しやすいだろうが、外の世界でアキを振り回すのは好くないからな。」
「その芝居の筋は、君が考えたのか?」
「勿論だ。だが、局長からも承諾をもらっている。」

 ダリルはジェシー・ガーがたやすく引っかかるだろうか、と考えた。ドームに捕まっているはずのジェリーが、ドーマーを連れて墓参りに来る。ガーはあっさり信じるのだろうか。
 ジェリーが、「局長と言えば」と話を変えた。

「想像以上に話のわかる人の様だが、一つ疑問があるんだ。」
「なんだ?」
「おまえと『氷の刃』の過去を執政官達から聞いたんだが・・・」
「私が脱走した理由か?」
「まぁ、そんなところだな。何処までが真相かは知らんが、俺がわからないのは、『氷の刃』に横恋慕した当時の長官を、どうしてハイネが戒めてくれなかったのかってことさ。」
 
 ダリルはちょっと記憶を探った。18年前、否、もうすぐ19年前のことになる。

「あの頃、局長は・・・あれ? 記憶にないなぁ・・・当時の局長は誰だったんだろう?」

 何故か遺伝子管理局の本部の記憶があまりない。入部したばかりだったので、トップの局長と面会する機会はなかったと思う。無理矢理転属願いを書かされた時は、リン長官の部屋だったし、室内は長官しかいなかった。ダリルはアキと談笑していた年配の乗務員に声を掛けた。

「おい、19年前の遺伝子管理局長は誰だったか覚えてないか? 私の記憶にはないんだが・・・」

 乗務員は振り返ると、ダリルをグッと睨み付けて言った。

「自分の上司を忘れたのか? 19年前の局長はヴァシリー・ノバック、コロニー人だ。」
「コロニー人? 遺伝子管理局の局長だぞ、コロニー人だったって言うのか?」

 驚くダリルに、その乗務員はうんざりした顔をして見せた。

「そうだよ、ほとんど地球にいなかったけどな。」
「ハイネはまだ局長じゃなかったのか?」
「局長だったさ。あの時、局長は2人いたんだ。ハイネは病気で医療区に居たから。」
「病気・・・?」

 乗務員は忌々しげに語った。

「コロニー人が宇宙から病原菌を持ち込んで大騒動になったのを覚えていないのか? ああ、そうか、君はまだ子供だったから教えられなかったんだな。4名のドーマーが感染して、1人亡くなったんだ。残った3名の内の1人がハイネだ。医療区に隔離されて完全に菌が死滅したと確認される迄3年近く特別室から業務を指示していた。だから、ノバックは代行局長だ。あの汚らわしいリン長官の腰巾着でさ・・・噂ではリンが故意にハイネを病気にして閉じ込めたって話だ。」
「噂?」
「病原菌に触れたのは全くの事故で、仕組まれたものとは思えなかったから。リンもそこまではやれなかっただろう。ただ、ハイネを閉じ込める口実にはなった。やりたい放題する為に、地球人のトップを排除したいはずだ。だが、ハイネはあの当時既に宇宙でも有名になっていて、かなりの人気者だった。他所のドームに追いやったり、失脚させるのは、リン自身の首を絞めかねないから、病原菌騒動を利用して医療区に閉じ込めたって訳さ。」
「リンってのは、食えないおっさんだったんだな。」

とジェリーが呆れた様な表情をした。

「そんなヤツにレインは目を付けられたってことか。お陰であいつは『氷の刃』になっちまって、俺たちメーカーは大迷惑を被ったが、全てがそのリンって長官のせいだったんだな。」


2017年3月20日月曜日

オリジン 31

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは決してナルシストではない。しかし、生まれて初めて髪を染めたので、何度も鏡を見返し、髪を手で撫でつけ、似合っているだろうかと心配した。色は産毛が不自然に見えない様に明るいブラウンだ。眉も同じ色に染めた。

「ブロンドの時よりキリッとして若返って見えますよ。」

 クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが元気づけるつもりで言った。

「それはつまり、地色が老けて見えると言うことだろ?」

と余計なことを言ったのはジェリー・パーカーだ。ダリルはポール・レイン・ドーマーが何も感想を言わずに任務の為に出かけてしまったことが気になった。ポールは再び剃髪して見事な坊主頭に戻ると、さっさとジョン・ケリー・ドーマーをお供に第4チームが早朝に出かけた西海岸に旅立ってしまった。理髪ルームで並んで髪の処理をしてもらったので、ポールは恋人の髪が染まっていくのを見ていたはずだ。せめて似合う似合わないを言って欲しかったな、とダリルは大人げない不満を感じていた。あるいは、ダリルが寝坊した結果、局長に叱られたことを恨んでいるのか。

「似合ってるからいいじゃない。」

とキャリー・ワグナー・ドーマーが慰めてくれた。

「ラナも気に入るわよ、きっと。」
「彼女は私の外見など気にしない人だ。それより、アキは遅くないか?」

 彼等はゲートの前に居た。ダリルはいつものスーツ姿だ。ジェリーもドームに収容されて以来初めてスーツを着せてもらった。遺伝子管理局のダークスーツではなく、明るい格子柄のカジュアルスーツだ。仕事仲間の執政官メイがネクタイを結んでくれた。ジェリーはタイなど要らないと言ったのだが、彼女は男性のタイを結んでみたかったのだと言った。キャリーとJJがクスクス笑っている。メイはきっとジェリーに関心があるのだろう。しかしジェリーは年齢的にも現在の境遇においても異性と暮らすことを諦めていた。メイはコロニー人と言う立場故に彼女の方から彼に告白が出来ない。研究所の女性達は彼女の背中を押し続けて応援しているのだが、ジェリーはそちらの方には疎い様だ。女性が出す信号に気が付かない。
 クラウスが保安課本部の建物から出てくる長身の男に気が付いた。

「おっ、アキがおめかしして出て来たぞ。」

 保安要員のアキ・サルバトーレ・ドーマーがいつもの繋ぎの制服ではなく珍しいスーツ姿でやって来た。保安課はスーツでも戦える様に訓練をするが、実際に着用することは滅多にない。その生涯にドームの外に出ることはないし、正装する必要がある要人警護に充のはごく一部の課員だ。だから、アキは着慣れないスーツにかなり緊張しているらしく、動きがぎくしゃくして見えた。それを見て、ジェリーが不安気に呟いた。

「あいつ、外に出して大丈夫かなぁ?」
「抗原注射も初めてなのよね?」

 メイも心配そうだ。執政官はドーマーが外に出ると何時も何かしら心配するのだ、とダリルは心密かに思った。地球人が地球上を歩き回るのがそんなに危険だろうか。アキのジャケットの下にはホルスターで吊した麻痺光線銃が装備されている。戦闘能力ではアキはドームでも1,2を争う猛者だ。
 ジェリー・パーカーはドームの外に出る許可を得た。名目は、育ての親であるサタジット・ラムジーの墓参りだ。彼はドームの外では「逮捕されたメーカー」であり、「囚人」だ。だから墓参りには監視役が付く。遺伝子管理局のダリル・セイヤーズ・ドーマーと保安課のアキ・サルバトーレ・ドーマーだ。ダリルは外の世界と言えば過去から現在までの全てのドーマーより経験豊かだ。アキは生まれて初めて外に出る。
 アキの上司、ゴメス少佐は地球に来て3年しかたっていないが、部下は我が子の様に大切だ。だからケンウッド長官がジェリー・パーカーの外出を許可し、ジェリーの護衛に遺伝子管理局と保安課から1名ずつ出すようにと言った時、困惑した。ドームの精鋭部隊は、ドームから出たことがない「箱入り息子」ばかりだったからだ。人選に迷ったが、日頃からジェリーの監視をしていたアキが名乗り出た。外出と言っても日帰り、もしくは2日だけのものだ。ジェリーの行動パターンを知っている彼が適任だとゴメスも思った。
しかし、この人選を長官に告げると、驚くようなことを長官から聞かされた。ゴメスは保安課から人を出したくないと思ったのだが、ハイネ遺伝子管理局長がいたので、口をつぐんだ。ハイネはコロニー人に逆らわないが、機嫌を損ねるとかなり厄介な人物でもある。ジェリーの外出はハイネの案なのだった。




2017年3月19日日曜日

オリジン 30

 ケンウッド長官はハイネ遺伝子管理局長から直接話を聞かされた時、熱が出るんじゃないかと心配した。それくらいショックだった。ハイネはこう言ったのだ。

「脳内麻薬を製造したり、若返り目的にクローンに脳移植したり、ドームからコロニー人を追い出してクローン技術を奪い、地球の支配権を独占しようと企む連中を炙り出す為に、ダリル・セイヤーズ・ドーマーとジェリー・パーカーを外で捜査活動させる許可を戴きたい。」
「その・・・」

 ケンウッドは目眩を覚えながら繰り返した。

「脳内麻薬を製造したり、若返り目的にクローンに脳移植したり、ドームからコロニー人を追い出してクローン技術を奪い、地球の支配権を独占しようと企む連中とは、実在するのかね?」
「これまでは、個々のグループが活動していた様に思われましたが、連邦捜査局が逮捕した連中を取り調べるうちに、黒幕が同一人物である可能性が浮かび上がって来たそうです。」
「何者だ? 私が知っている地球人は少ないので、聞いてもわからないかも知れないが・・・」
「セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウン教授です。彼女は多くの医師を育てました。この国の医学の最高権威の1人です。彼女が教え子達に吹聴しているのです、地球の医療科学力はドームのそれに劣らないと。ドームがなくても子供は安全に産むことが出来る、ドームは最早必要ない組織である、コロニー人が地球に居る必要もない、と。」
「馬鹿な・・・」

 ケンウッドは怒りを覚えた。

「確かに地球人だけでも医療科学は発展させることは出来るだろう。しかし、ドームは必要だ。まだコロニー人の卵子がなければ、子供は産まれないのだ。地球人はそれを知らない。」
「今それを公表すれば世界中がパニックになるだけです。」
「では、どうすれば・・・」
「まず、ダウン教授を排除しなければなりません。出来るだけ自然に。」
「自然に?」
「彼女を犯罪者として逮捕し、社会的信用を失墜させ、教え子達に彼女の愚かさを悟らせるのです。」
「それと、セイヤーズとパーカーを外に出すことがどう繋がるのだ?」
「彼等を囮に使います。」
「囮?」

 ケンウッドは困惑した。

「君は自分が何を言っているのか、わかっているのか、ハイネ? セイヤーズもパーカーも地球の未来がかかっている新しい人類の父親だぞ!」
「彼等は子孫の為に、この仕事を承諾しましたよ。」

 100歳を越える老ドーマーはほんの一瞬冷酷な表情を浮かべた。

「彼等は既に多くの子孫をこのドームの地下に残していますから、子供達の為に危険を排除したいのです。自身を危険に晒すことがあろうともね。」
「ハイネ・・・」
「全ての責任は私が負います。もう老い先短い身ですから、どんな責めを負っても恐くはありません。長官、貴方はただ目を瞑っていて下さい。地球人が地球の為に勝手にやることですから。」



オリジン 29

 遺伝子管理局ローガン・ハイネ・ドーマーの2人いる秘書達は先刻から笑いたいのを我慢して苦しい思いを耐えていた。
 局長が苦虫を潰した様な顔でデスクの向こうで横を向いたまま座って沈黙しており、デスクのこちら側では直立不動の姿勢でポール・レイン・ドーマーとダリル・セイヤーズ・ドーマーが指示を待って5分たっていた。長い5分間だった。
 やがて、ハイネ局長が口を開いた。

「届け出なくヘリコプターを出動させたのは?」
「私です。」

 とポール。

「航空班長に断り無くパイロットの乗務予定を変更したのは?」
「私です。」

とこれもポール。

「輸送班の反重力ボートに人を乗せたのは?」
「私です。」
「免許取り立ての、航空班に所属していない新米パイロットにヘリの操縦をさせたのは?」
「私です。」
「民間企業の敷地内に無許可でドームのヘリを着陸させたのは?」
「私です。」

 局長は溜息をついた。

「ドームからの外出を固く禁じられているダリル・セイヤーズ・ドーマーを外出させたのは?」
「それも私です。」

 局長がポールに向き直った。

「6件の違反の理由を全て言えるのだろうな?」

 するとポールは横に立っているダリルを指さして、平然と言い切った。

「こいつが朝寝坊したからです。」

 2人の秘書は我慢出来ずに吹き出し、慌てて顔をコンピュータの陰に隠した。

「ええっと・・・そのぅ・・・」

 ダリルがもじもじとしながら言い訳した。

「息子に6時に起こすよう頼まれていたのですが、私がつい寝過ごしまして、レインが息子の出勤が遅れると危惧したので・・・」
「君等は・・・」

 ハイネ局長が2人を見上げた。

「それでもドーマーなのか? いつからマイホームパパになったのだ?」

 ダリルが身をすくめたが、ポールは依然として平気な顔で上司を見つめていた。

「しかし、今朝の出来事で航空班も輸送班も非常事態に対処出来ることが判明しました。」

 局長は椅子をくるりと半廻転させて部下達に背を向けた。そして年長の秘書に声を掛けた。

「ネピア、こいつらをどうしてくれよう?」
「そうですね・・・」

 ネピア秘書が暢気な声で答えた。

「レインはまた頭を丸めてはいかがですかな? 子煩悩な父親であることを忘れて暫く仕事一筋だった頃に戻って見ては?」
「セイヤーズは?」
「外に出たくて堪らないのでしたら、放り出しておやりなさい。」

 ダリルとポールは思わず振り返って秘書のブースを見た。秘書達はコンピュータを操作していて、2人のどちらとも目を合わせようとしなかった。
 局長が咳払いしたので、ダリル達はまた前へ向き直った。局長も彼等に向き直った。

「レイン、西海岸のメーカー達はまだごたごたしているのだろう? さっさと片付けて来い。」
「わかりました。」
「メキシコ系の組織と中国系の組織の解体を急げ。」
「では、すぐに理髪係に頭を剃ってもらって髪が今の長さに戻る迄に片付けて来ます。」

 秘書達が顔を上げると、局長は笑いもせずにポールに手を振って「行け」と合図した。
ポールは軽く黙礼して足早に部屋から出て行った。
 ダリルはまな板の上の鯉の気分で局長の「御下知」を待った。 局長は机面を指でコツコツと数回叩いてから、考えをまとめたようだ。

「セイヤーズ、髪を染めろ。」
「はぁ?」
「眉毛も同じ色に染めて、外に出るのだ。仕事をさせてやる。」



2017年3月18日土曜日

オリジン 28

 ライサンダー・セイヤーズは寝起きが悪かったが、彼のオリジナルの片方はもっと悪かった。ただ育児期間中はきちんと子供より早起きして朝食を作っていたので、ライサンダーは安心して父親に頼んでおいた。

「日曜日の朝、8時にヘリに乗るから6時に起こして。」

 しかし、ドームに戻って以来、ダリル・セイヤーズ・ドーマーは朝はポール・レイン・ドーマーに起こされるまで眠る怠惰な生活に慣れきってしまっていた。
 ライサンダーが目覚めた時、時計は7時半を廻っていた。彼は慌ててバスルームに走った。そしてジョギングから戻ってシャワーを浴びて出て来たポールと危うく衝突しそうになった。

「何を慌てているんだ?」

 毎朝5時に起きるポールが尋ねた。彼はこれからダリルを起こして朝食に出かけるつもりだった。

「寝過ごしたんだ。勤務時間が1時間早くなったから6時に起こしてって、父さんに頼んでおいたのに・・・」

 父さんとお父さんは別人だな、とポールは思った。

「それはダリルに頼んだおまえが悪い。」

と言いはしたものの、彼は息子の難儀を見過ごすことは出来なかった。

「何時までに職場に入れば良いのだ?」
「9時。ポートランドの空港に8時半に着いて、車で半時間走るんだ。」
「俺が解決してやる。顔を洗って着替えろ。俺はダリルを起こす。」

 ライサンダーが言われた通りバスルームに入ると、ポールは寝室に入った。ベッドではダリルが枕を抱きしめて惰眠を貪っていた。ポールは自身の着替えをしながら彼に呼びかけた。

「寝ていて良いのか、脱走ドーマー! 遺伝子管理局が子供をもらって行くぞ!」

 ダリルがガバッと跳ね起きた。悪い夢でも見た様なぼんやりした顔で周囲を見廻す彼に、ポールが冷たい声で命令した。

「10分以内に出動準備を終わらせろ。直ぐに出かけるぞ。朝飯は抜きだ。」

 何が何だかわからないが、ポールが怒っている様なのでダリルは慌ててバスルームに走った。危うくライサンダーとぶつかりかけて、やっと彼は息子との約束を思い出した。

「すまない、ライサンダー、つい寝過ごして・・・」
「もういいよ!」

 ライサンダーはぷんぷんしながら自室に行って服を着替えた。
 居間ではポールがどこかに電話を掛けていた。

「・・・そう、君のフライトはキャンセルさせてもらう。民間企業に着陸させて君の立場を悪くさせたくないからな・・・うん、機体は借りる。・・・ああ、全ての責任は俺が負うから。」

 ポールは電話を終えるとライサンダーが服装を整えて鞄を持って立っているのを見た。それからバスルームに向かって怒鳴った。

「早くしろ、ダリル!」
「父さんはもういいよ、お父さんが助けてくれるのなら・・・」
 
 ライサンダーが諦めて言うと、ポールがチッと舌を鳴らした。

「ダリルが必要なんだ。おまえの職場に直接ヘリコプターを飛ばす。ゴールドスミスは正規パイロットだから、民間企業の中に直接機体を乗り入れるには許可を取らなければならない。そんな暇はないから、彼のフライトはキャンセルさせて機体だけ借りた。」
「それじゃ、操縦するのは・・・」
「おまえの寝坊助親父だ。」

 ええ!っと驚くライサンダーの目の前をダリルがバタバタ走って寝室に入り、服を着た。その間にポールはもう1件電話を掛けた。
 3人が部屋を出ると8時になる寸前で、アパートの前に輸送班の反重力ボートが待機していた。

「レイン・ドーマーの頼みだから乗せるけど、普通、人間は緊急時しか乗せないんだ。」

 ポールファンの操縦士のドーマーはそう言って、3人が乗るとすぐに発進した。走っている間にポールはクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに朝食会にダリル共々行けなくなったと告げた。クラウスが「何事ですか」と尋ねたので、彼は答えた。

「倅の緊急事態だ。大したことじゃない。」

 ゲートは簡単に出られる。外に出ると直ぐに空港だ。 ゴールドスミス・ドーマーが機体の準備をして待っていた。

「僕は操縦させてもらえないんだな?」
「君に災いが降りかかるのは御免だからな。」

 ダリルが申し訳なさそうにパイロットに謝った。

「ごめん、必ず機体を無事に返すよ。」

 ゴールドスミスは溜息をついた。

「まぁ、君だから許す。腕は確かだから。」

 3人のドーマー父子は静音ヘリに乗り込んだ。数分後には空に上がっていた。ライサンダーが初めて一息ついて、ポールに囁いた。

「父さんがヘリの操縦出来て良かった・・・」
「免許取得は2日前だったがな。」

とポールが平然と言った。

「フライトは3回目だから安心しろ。」




オリジン 27

 ジェリー・パーカーとローガン・ハイネ遺伝子管理局長はゆっくりと庭園を歩いて俗世に向かっていた。

「人捜しは進展があったか?」

とハイネが尋ねた。ジェリーは頷いた。

「少しだけ・・・」

彼は簡単に説明した。ライサンダー・セイヤーズの協力でドーム内からはアクセス出来ないエロサイトの一つで問題の運転手と思われる人物を発見したこと。その人物はマツウラと名乗り、そのサイトの管理人をしていたこと。ライサンダーが探りを入れるとマツウラは他にもサイト運営をしており、そちらでは「牧童頭」と名乗り、精力剤などの怪しげな薬品の通信販売をしていること。そのサイトはドーム内からでも見ることが出来るので、ジェリーはライサンダーに指示を出して利用者の通信欄で書き込みをしてもらい、自分の存在を管理人にアピールしている最中であること、等だ。

「エロサイト?」
「若い綺麗な男を斡旋する売春サイトです。」
「表向きは薬を販売して、その客の中から何人かを選んで裏商売に誘い込む訳だな。」
「局長、よくわかっておられる。」
「その男がラムゼイの第2の運転手である確証は掴めたのか?」
「ネット上の出会いですから、確証は無理です。やはり本人に会ってみないとね・・・。しかし、彼の顔を知っている連中は刑務所の中だし、俺は外に出られない。」
「囚人に協力させることは不可能なのかね?」
「減刑を条件にするとしても、信用出来る人間はいませんね。連中を部下にしていた俺が言うのもなんだけど・・・。彼等には俺ほどもラムゼイ博士に対する忠誠心はありませんから。」

 庭園の出口に近づくと通行人が増えてきた。遺伝子管理局と中央研究所は庭園から出ると左右に分かれることになる。

「さっきは楽しかったです。」

とジェリーは局長に別れの挨拶をした。

「ほんの一瞬ですが、子供時代を思い出しました。博士とシェイと俺の3人で野原で遊んだ記憶です。意外でしょうけど・・・」
「そうかな?」

 局長が遠くを見る目をした。

「サタジット・ラムジーは息子を愛していた。君にその面影を求めていたのかも知れないな。」

 彼はジェリーを見た。

「ジェシー・ガーを捕まえたいのだろう?」
「勿論。」
「外に出るか?」
「えっ?」

 ジェリーは思わず足を止めた。局長は立ち止まらずに遺伝子管理局に向かって歩きながら言った。

「コロニー人に相談してみよう。」
「それは・・・」

 ジェリーは小さな声で呟いた。

「この俺を信用してくれているってことですか・・・」


2017年3月17日金曜日

オリジン 26

 初夏になると空調が効いたドームでも暑く感じられる様になる。つまり、太陽が偉大だと言う証拠だ。
 ジェリー・パーカーは中央研究所を出て、一人で庭園に入って行った。監視役のアキ・サルバトーレ・ドーマーは彼が研究室に居ると思っているらしく、控え室から出てこなかった。ジェリーはこっそり外出したのだが、後でアキが上司から叱られては気の毒だと思い、庭園に足を踏み入れた時点で監視役の端末にメッセージを送信しておいた。

ーー1時間ばかり外で休憩。遅くなる時は連絡する。

 端末の位置情報でアキにはジェリーの居場所がわかるはずだ。ドームの中に居るのだから、それで監視は十分だと思うが、とジェリーは思った。ただアキが話し相手になってくれるので、文句を言わないだけだ。
 ジェリーは庭園を横切り、壁に近づいて行った。ドーマー達は滅多に壁に近づかない。子供時代から「近づいてはいけない場所」と確たる理由もなく躾けられているからだ。
危険でもなんでもないのだが、ダリル・セイヤーズ・ドーマーの言葉を借りれば、「壁の存在を感じると、自分達は囚われの身なのだなと実感する」ので、コロニー人はドーマーを壁に近づかせたがらないのだそうだ。
 ジェリーが壁まで行ったのは、囚われの実感を体験する為ではない。初夏になると壁の向こうに広大な花畑が出現すると聞いたので、見に行ったのだ。ドームがある場所は異変が起きる前は広大な農地だったと言われている。コロニー人は汚染された土壌を撤去し、消毒された土を入れてドームを建設した。ドーム建設の為に接収された土地の半分は外界との境界として残された。広大な野原のままで。
 ドームの壁は外から見ると虹色に変化する巨大な塊に見える。内部は全く見えない。しかし、内側からは透明なガラス壁に見えた。だから、ジェリーにはどこまで歩けば良いのかわからなかった。
 ゆっくりと進んで行くと、前方に不思議な光景が現れた。
 一人のスーツ姿の男が斜めに空中に浮かんで寝ていたのだ。真っ白な髪と端正な顔は見覚えがあった。

 ローガン・ハイネだ!

 背景の色とりどりの花畑をバックに遺伝子管理局の局長が宙に浮いている・・・?
 ジェリーは暫くその不思議な光景に見とれていた。それから、局長はどんな仕掛けで宙に浮いているのだろうと気になってきた。まさか天に召されようとして止まっているのではあるまい。
 彼が静かに近づいて行くと、ハイネ局長が目を閉じたまま呟いた。

「昼寝の邪魔をしないでくれないか。」

 ジェリーは足を止めた。

「すみません。ただ、貴方がどんな仕掛けで宙に浮いているのか知りたくて・・・」

 局長が目を開いて、首を動かした。ジェリーを見つけて、君か、と呟いた。
彼は上体を起こし、次の瞬間、滑り台を滑り降りるかの様に地上にすっと降り立った。

「どんな仕掛けか知りたいだと?」
「はい・・・」
「手を伸ばしてみたまえ。」

 言われてジェリーは花畑の方角へ手を伸ばした。彼の手は透明な硬い壁に阻まれた。

「それが壁だ。硬いだろう?」
「ガラスの様です。」
「宇宙船の外壁用素材だ。特殊超合金で、ダイアモンドより硬い。しかし・・・」

 局長は2,3メートル内側に移動し、いきなり花畑に向かってジャンプした。ジェリーが呆気にとられる目の前で、彼は空中で斜めに体を傾けた状態で停止した。そして何か柔らかい物の中でもがく様に手足を動かし、胴を捻って体を反転させ、顔を上に向けた。ジェリーを振り返って微笑んだが、それは悪戯に成功した子供の様に無邪気な笑みだった。

「やってみたまえ。」

 ジェリーは先刻手に触れた硬い感触を思い出し、あんな硬度の壁に突進したら怪我をするんじゃないか、と思ったが、現に目の前でハイネが空中に浮かんでいるので、覚悟を決めた。真似をして2,3メートル後退してから、勢いをつけてジャンプした。
 彼の体はフワフワした柔らかい物に受け止められ、宙に浮いた形で止まった。あまりにフワフワしているので、顔が真綿で包まれた様になって呼吸が出来ない。彼は慌てて体を捻り、上を向いた。大きく息をつくと、ハイネが笑った。

「上手く出来たじゃないか。」
「なんなんです、これ?」
「特殊超合金の性質を利用した私の昼寝場所だよ。」
「その特殊超合金の性質とは?」
「宇宙船は光速で移動する。宇宙空間にはたくさんのゴミが漂っていて、宇宙船に衝突することが頻繁にある。そんな時に外壁が硬いままでは船体に受けるダメージが大きくなるだろ?だから平素は硬いが、動体が衝突すると緩衝材の様になって衝撃を和らげるのだ。
 ドームの内部から見ると壁が無いように見える。ドーマー達が知らずにぶつかると怪我をする。だからコロニー人達は人がぶつかると緩衝材に変化する特殊超合金で壁を造った。」
「ドーマーはこの壁の性質を知っているんですか?」
「コロニー人はドーマーにそんなことは教えない。地球上で必要のない技術は教えないのだ。」
「すると、この昼寝場所は、貴方が発見されたのですね?」
「恐らく、私だけが知っている場所だな。」

 局長は片眼を瞑って見せた。

「誰にも口外するなよ。昼寝は一人で楽しみたいのでね。」
「俺も昼寝させてくれたら、喋りませんよ。」

 それから20分ばかり2人は黙って目を閉じていた。
 ジェリーは、育った中西部の平原を想った。春になると一面の花畑になった。幼かった彼は、やはり幼かったシェイと2人で隠れ家を抜け出して野原で遊び回った。やがてラムゼイ博士と用心棒が探しに来て、2人を捕まえて家に連れ帰った。お花の首飾りを壊されてシェイが泣いた。博士にあげようと思ったのにと。
 次の日、博士が自ら2人の手を引いて野原に出かけた。ヘビや毒虫がいないことを確認してから、2人は遊ぶことを許され、用心棒付きでピクニックをした。
 ジェリーの数少ない幸せな子供時代の記憶だ。

「休憩時間終了!」

 ハイネ局長の声で、ジェリーは現実に引き戻された。局長が両腕を伸ばして伸びをすると、壁が硬くなって、彼は滑り降りた。ジェリーも真似て、するりと地面に降りた。






2017年3月14日火曜日

オリジン 25

 翌朝、ライサンダーは再び地下の娘に会いに行った。前日とほとんど変化がないのだから観察しても発見することはないのだが、彼は娘に母親の思い出を語りたかった。彼女の前に座って半時間ほど、前日の続きを語り、ちょっと涙が出て口を閉じた。娘が言葉を理解する程大きくなったら、母親の思い出をもう一度語ってやらなければと思う。その時は泣かずに語ることが出来るだろう。
 感情の波が収まって、彼が立ち上がった時、足音が近づいて来た。振り返ると、薄暗い通路を大柄な男がやって来るところだった。防護服を着用しているので互いの顔がよく見えないのだが、相手はライサンダーを認めた。

「よう、ライサンダー!」

 マイクを通して聞こえた声はジェリー・パーカーだった。ライサンダーはちょっと驚いた。ジェリーがこの地球で最も重要な場所に立ち入る許可を得ているとは知らなかったからだ。

「おはよう、ジェリー。ここで仕事?」
「見回りの当番だ。ま、ぐるりと歩くだけだがな。」

 ジェリーがそばまで来た。ライサンダーは昨夜のパーティーに彼を招待したのだが、ジェリーは来なかった。もう少し内輪の集まりだったら来たのかも知れないが、彼の気持ちを考えてメールすべきだったとちょっぴり後悔したのだ。ジェリーは大勢でわいわい騒ぐのは苦手な男だ。
 ジェリーが人工子宮の中の子供を見た。

「娘ちゃんはご機嫌かい?」
「うん、気持ちよさそうに浮かんでるよ。」
「なんて名前だっけ?」
「ルシア・ポーレット。」
「じゃ、ルーシーだな。」

 ジェリーは子供に向かって「おはよう、ルーシー」と声を掛けた。それが自然だったので、彼はラムゼイ博士の研究所でクローン達に毎日そうやって声を掛けていたのだろう、とライサンダーは想像した。恐らく俺にも・・・。
 ジェリーがライサンダーに向き直った。

「明日は外へ帰るんだろ?」
「うん。自分の食い扶持を稼がないといけないからね。」
「親は金持っているのにな。」
「父さん達のお金は宛にしてないさ。ドーム・バンクのお金は外でも引き出せるらしいけど、専用のカードが必要なんだ。俺がレインからもらったカードはドームの中だけでしか使えない。」
「俺がもらったカードと同じだな。おかしいだろうが、俺はドームに来て初めて給料と言うものをもらったぜ。博士の農場では金は博士の口座から自由に使えるものと思っていたからな。」
「おぼっちゃんだったんだ?」
「そんなものじゃない。秘書として全部任されていたんだ。」

 ジェリーは周囲をさりげなく見廻した。そしてライサンダーに顔を寄せてきた。

「ライサンダー、ちょっと頼まれてくれないか?」
「何を?」
「ネット上で人捜しをして欲しい。」
「自分でやれないのか?」
「外のネットを使えるのは図書館のコンピュータだけなんだ。それもフィルター付きでな。有害サイトは見られないようになっている。」
「有害サイトで人捜しするのか?」
「ドームからアクセス出来るジャンルは全部チェックしたが、見つからない。残るは執政官達がドーマーに見せたくない類のサイトだ。図書館からはアクセス出来ない。」
「どんな有害サイトなんだ?」
「成人が見るサイトさ。」

 ああ、とライサンダーは合点した。人口の8割を男性が占める時代だ。欲求不満の男達が眺めて楽しむエロチックなサイトが沢山あって、当局が取り締まるほどだ。ライサンダーも男だから、たまに友人達と覗いて楽しむこともある。

「その手のサイトの掲示板などに、『へそまがりJP』と言うネット名で挨拶程度の書き込みをしてくれないか? 俺が昔から使っているハンドルだ。」
「挨拶だけ?」
「他に書くことがあるのか?」
「人捜しだろ?」
「こっちから呼びかけて名乗り出るヤツじゃないのさ。よろしく程度の挨拶だけ書いて、それに反応する希有なヤツを待つんだ。挨拶レベルの返信は無視して良いからな。もし反応があったら、次にここへ来た時に教えてくれれば良い。こっちは急がないし、慎重にやりたいからな。」
「相手のハンドルは?」
「昔はマツウラと名乗っていたが、今はどうかな。」
「本名は使わないよな?」
「エロサイトで本名はないだろ?」
「そいつが反応しない可能性もあるんだな?」
「しない可能性の方が大きいが・・・ドームから出られない俺が人捜しをするとしたら、ネットか外の人間の協力しか方法がない。だが、外の人間で俺の知り合いは、当局から追われる身ばかりだからな。」

 ジェリーは苦笑した。

「ドーマーに依頼するのは気が引ける。なにしろエロサイトだ。純粋培養されたドーマーには毒なのさ。」
「俺は野に生える雑草だからな。」
「雑草じゃないだろ? おまえ程血統がしっかりしているクローンはいないぜ。」

 と言ってから、彼は訂正した。

「否、今のおまえはもう立派な市民だったな。」



2017年3月13日月曜日

オリジン 24

 ライサンダー・セイヤーズがドームと外界を行き来し始めて3回目の週末・・・木曜日の夜からと言う意味だが・・・金曜日の夜に一般食堂の一角でささやかなパーティーが開かれた。
 ライサンダーの娘に名前が付けられたのだ。彼が少々はにかみながら

「ルシア・ポーレット・セイヤーズ」

と名前を読み上げると、出席者達から歓声と祝福の声が上がった。出席者は「ライサンダーとその娘を友人として思う者」であれば誰でも歓迎!と言うことで、実はドーマーも執政官も含めて50人ばかりいたのだが、それではスポンサーであるダリルとポールが破産するだろうとパーティーの立案者であるクロエル・ドーマーが言いだし、会費制にした。初対面の時は少し意地悪な印象を与えてしまった厨房のピート・オブライアン・ドーマーが名誉挽回に腕によりを掛けて料理を作った。ライサンダーはシェイも呼びたかったのだが、規則でドーマーでも執政官でもない、メーカーの元使用人の彼女はドームの中に入れなかった。しかしシェイはデザートにライサンダーがお気に入りだったチョコレートムースをどっさりと作って差し入れてくれた。
 ライサンダーは友人達の間を忙しく歩き回って挨拶をした。すっかり大人として振る舞う我が子を見て、ダリルは満足そうに椅子に座ってノンアルコールのビールを飲んでいた。そんな苦いものをよく飲めるなぁ、と横でポールが感心した。ポールはお茶の渋みは平気なのにビールの苦みは苦手なのだ。

「だけど、ルシアってどこから取った名前なんですか?」

とクロエル・ドーマーが尋ねた。ダリルが知らないと答えると、ポールも知らないと言った。しかし、クロエルの隣に座っていたラナ・ゴーンはポールの目が一瞬泳いだことに目敏く気が付いた。JJが眠たそうにポールにもたれかかって翻訳機で呟いた。

「スカッシュの先生に付けてもらったのですって。」
「スカッシュの先生?」
「あいつ、スカッシュをやるのか?」

 それはポールにもダリルにも初耳だった。
 昼間はみんな忙しくて、ライサンダーが地下で娘に語りかけた後、ドームの中で何をしているのか知らないのだった。同じテーブルのメンバーで唯一人ライサンダーと同世代のJJが一番彼の行動をよく知っていた。

「地下から上がったら、ライサンダーは図書館で勉強をするの。家族関係の問題に携わる弁護士になりたいって、法律の勉強を始めたのよ。」
「へーーっ!」
「クロエル、そんな声を出して、ライサンダーに失礼ですよ。」
「僕ちゃんは感心しただけですよ、おっかさん。だって、彼はまだ子供だとばかり思ってたもん。」
「それで、勉強が終わったら、息抜きにジムへ行って、筋トレの後でスカッシュをするの。」
「そこに先生役がいるのか。誰だろう?」
「スカッシュをするヤツは大勢いるからなぁ。」
「JJ、その先生の名前は知らないのか?」
「先生は名乗らないの。」
「どんな人なんだ?」

 JJは天井に視線を向けて考えた。

「とっても綺麗な男の人だって言ってたわ。白髪のおじ様ですって。」
「綺麗?」
「白髪?」
「おじ様?」

 ダリルとポールとクロエルは互いの顔を見やった。

「まさか?」
「ローガン・ハイネ・ドーマーか?」
「他に居るか? スカッシュが出来る白髪の御仁が?」

 息子の意外な交友関係にダリルとポールは唖然とした。ラナ・ゴーンが可笑しそうに笑った。

「ハイネにはいつも驚かされるわね。先日もいきなり中央研究所にジェリー・パーカーを訪ねて来て、パーカーがびびっていましたよ。」
「ジェリーに? 局長が彼に何の用事で・・・」

 ダリルはハッとした。例の第2の運転手の件に違いない。局長もジェリーも何も言わないので、彼はその後の進展を知らなかった。
 ポールを振り返ると、ポールも考えていた。

「ラムゼイの仇を討ちたいと言うジェリーの希望に、局長は耳を傾けて下さったのか・・・」
「ああ、それで、保安課が何やら外部回線に手を加えるとか何とか言ってたんですね。」

とクロエル。

「誰かの通信を盗聴するんだって言ってましたよ。」
「盗聴じゃなくて傍受するんだろう。ジェリーは外の連中と話しをして運転手の行方を捜したいのだ。それを保安課に聞かせるつもりだ。」

 男達が何の話をしているのか理解出来ないJJは強引に話を子供の名前に戻そうとした。

「局長はどこからルシアと言う名前を思いついたのかしら?」
「さあな。」

とポールが素っ気なく応じた。

「多分、サンタルチアでも聞いていたんじゃないか?」

 そして彼は、ルシアと言う名の女性が産んだ男のグラスにビールをつぎ足してやった。

「なにはともあれ、綺麗な名前じゃないか、そうだろ、ダリル?」







2017年3月12日日曜日

オリジン 23

「この辺りにカメラマンが居たはずなのですが、痕跡はありませんね。」

 ダリルは東屋から少し離れた植え込みを探りながら呟いた。 そばの通路に立っているラナ・ゴーン副長官は周囲を見回した。

「そんな所に隠れても、貴方かパーカー、どちらかが気が付きませんか? 東屋から近いでしょう?」

 2人のその日のデートはパパラッチが隠れていた場所の探索だった。勿論夜だから、庭園は明るいとは言えないし、地面は人工の土で足跡が残っているはずもない。しかしダリルはパパラッチが姿を隠しつつ東屋を撮影出来るポイントを絞り込んだ。ラナ・ゴーンは距離が近いので標的の人間に気づかれるはずだと言って、彼の意見を退けた。

「パパラッチはどこにでも現れるんですよ。食堂でも遊戯施設でも図書館でも・・・ジムにだっていました。でも、誰も気が付かない。不思議だと思いませんか?」
「そうかしら?」

 ラナ・ゴーンがクスッと笑った。

「パパラッチは人間とは限りませんよ、ダリル。」
「え?」

 ダリルは彼女を振り返った。

「どう言うことです?」
「カメラを内蔵しているロボットかも知れないと言うことです。」
「ロボット?」
「いらっしゃい。」

 彼女に導かれてダリルはパブの近くまで歩いた。途中で数人の執政官やドーマーとすれ違ったが、今ではダリルとラナ・ゴーンの仲は公然の秘密となっており、誰もが見ないふりをした。 それに2人はただ話をしながら歩いているだけで、他人から揶揄されるようなことは一切していない。
 パブの建物が見えてきた頃、彼女が彼の手を引いて足を止めさせた。そっと指さした方向を見ると、子犬の様な大きさのロボットが移動して行くのが見えた。ドームの至る所を四六時中徘徊している屋外掃除ロボットだ。

「あれにカメラが内蔵されているなんて知りませんでした。」
「あれは低い位置しか撮影出来ませんが、高所掃除用のロボットなら、人の高さで撮影出来るでしょう。施設の汚れ具合や損壊箇所を撮影して維持班本部に電送しているのです。ロボットだけでは対処出来ない損害部分の探索をしているのですよ。」
「それでは、パパラッチは・・・」

 ダリルは声を落とした。

「維持班の人間ですか?」
「少なくとも、掃除ロボットの画像を扱える人物でしょうね。維持班だけでなく保安課も見ることが出来ますよ。」
「容疑者多数ってことですか・・・」

 ダリルは溜息をついた。

「しかし、貴女はよく気が付きましたね。」
「私ではありません。クロエルですよ。」
「彼が?」
「ある時、掃除ロボットに躓いて転びかけたのですって。その時に近くで口論しているドーマー達が居たのですが、その画像が夕方にパパラッチサイトにアップされていたので、もしやと思ったそうです。アパートに来たロボットを捕まえて観察したらカメラがあったって・・・」
「なかなか鋭いですね、クロエルは。」

 ダリルは思わず笑ってしまった。そう言えば最近クロエル・ドーマーの画像を例のサイトで見かけなくなった。

「この話、言いふらすべきでしょうか?」
「どうかしら? あのサイトは少し迷惑なところはありますが、誰かを傷つけたことはないでしょう? 見られていると思ったら、あまり他人に迷惑な行動も取れませんから、みんながお行儀良くする理由にもなりますよ。」
「ああ・・・だから貴女は私の誘いに乗ってこないんだ。」

 ダリルはラナ・ゴーンに手をつねられて「いてて」と声を上げた。


2017年3月11日土曜日

オリジン 22

 ジェリー・パーカーは生まれてこの方、こんなに緊張した経験はなかった。ラムゼイ博士の研究所で海千山千のメーカー達と情報交換したり、ライバルのメーカーと命のやりとりをしたこともあったが、彼はいつも心のどこかに余裕があった。余裕なのか諦めなのか彼には判別出来なかったが、落ち着かない状態に陥ったことは滅多になかった。
 逮捕され、ドームで目覚めた時も、ケンウッド長官と対面した時も、彼は緊張などしなかった。ドーマーの群れの中に放り込まれた時も覚悟は出来ていた。
 しかし、今この瞬間は違った。彼の目の前に座って彼をじっと見つめている美しい銀髪のドーマーは、彼を萎縮させ、畏怖の念を抱かせた。100年以上生きてまだジェリーと同じ世代に見える。これこそ人類が大昔から求めていた遺伝子、若さを保つ遺伝子を持っている人間だ。この遺伝子を開発した昔のコロニー人達は何を思い、どの様な技術で組み替えを行ったのか、そして受け継いだ子孫がどんな人生を送るか考えたことがあるのか、ジェリーの脳裏に様々な思いが駆け巡った。
 互いに初対面だった。ジェリーはドームに囚われて半年以上になるが、遺伝子管理局の局長と対面したのは、この瞬間が初めてだった。それも局長の方からわざわざ中央研究所に足を運び、ジェリーが参加していた会議が終了する迄通路で待っていたのだ。
 ドーマー達を年下と見なし、子供扱いしている執政官が皆一様にこの老ドーマーには敬意を表し、言葉遣いも扱いも丁寧になる。ジェリーと親しくしてくれるドーマー達、ポール・レイン・ドーマーやダリル・セイヤーズ・ドーマーやアキ・サルバトーレ・ドーマー達が親の様に慕い尊敬している人物だ。
 だから、ジェリーは考えたのだ。ラムゼイ博士の仇を討つには、この人を動かさなければ駄目だ、と。
 ダリルへの片恋をポールが察していることは気づいていた。ジェリーが、その片恋を一生秘めておくつもりであったことも知っていたはずだ。だから、ダリルにキスをしたら、ポールはその意味を考えるのではないか、とジェリーは咄嗟に思ったのだ。2人目の運転手の存在をダリルがポールに伝えてくれるきっかけだ。ポールがその情報を上に伝えてくれるかどうかは心許なかったが。

「やっと貴方にお会い出来ました。」

とジェリーは言った。コロニー人達にはタメ口で会話するのに、このハイネ局長には敬語を使ってしまう。

「呼ばれたから来た。」

とローガン・ハイネが言った。

「どんな用件だ?」
「外の人間と連絡を取り合う許可を戴きたいのです。」

 ジェリーは遺伝子学者としてドームで働くことを認められているが、外部との接触は一切禁じられている。彼が働く内容が地球の最高機密を有する事案だからだ。

「誰と連絡を取りたいのだ?」
「貴方がお知りになる必要もないくだらない人物ですが、ラムゼイ博士の・・・いえ、ラムジー博士の運転手をしていたジェシー・ガーと言う男です。」
「博士の重力サスペンダーに細工をして博士を死に至らしめたと疑われる人物だな?」

 ダリルはちゃんと情報を上に伝えてくれたようだ。ジェリーは少しだけ満足を覚えた。

「そうです。ガーが実行犯である確証を得て、なんとかあの男を捕まえて戴きたい。それが今の俺の唯一つのちっぽけな望みです。」
「ドームの中に居て、電話やメールのやりとりだけで確証を得られるのか?」
「なんとか言葉を引き出してみせます。どんなに時間がかかっても・・・」
「君がそのつもりでも、向こうが君との接触を止めてしまえば、それで終わりだろう。」
「ですが、アイツの居場所を知る手がかりにはなるでしょう?」

 檻の中の獣でしかないジェリー・パーカーは藁にもすがる思いでハイネ局長に訴えた。

「俺はラムゼイ博士を・・・いえ、ラムジー博士を殺したヤツ等が許せないんです。」
「ラムゼイと呼びたまえ。」

 と局長が何の感情も出さずに言った。

「我々もその名の方が慣れているし、君にはあのコロニー人はラムゼイ以外の何者でもなかったのだろうから。」
「有り難うございます。」

 局長は少し考えてから答えを出した。

「何の結果も得られないかも知れないが、やらないよりはましだろう。だが、私の一存で君に外部との連絡を取らせる訳にはいかないのだ。君は自覚しているだろうか? 君は地球の最高機密を扱う立場に居ると言うことを。」

 ジェリーは赤面した。そんな風に思われているなんて想像もしていなかったのだ。

「これからケンウッド長官とゴメス保安課長に相談してみる。どちらか1人でも反対すれば、この話はなかったことにする。」
「わかりました。」
「もし、許可が出た場合、全ての君の通信内容はドームの保安課によって傍受され、記録される。当然ながら内容の分析も行われる。機密が漏れていないか、調べられる。」
「承知しました。」

 局長は頷いて見せ、立ち上がった。優雅なその姿が面談室から出て行くと、ジェリー・パーカーはぐったりと椅子に沈み込んだ。
 幼い頃、ラムゼイ博士が膝の上に彼を座らせて語ってくれたことがあった。

 ジェリー、ドームの中には真っ白な髪の男が居るんだよ。生まれつき真っ白なのだ。それはずっと若さを保つ遺伝子を持っていると言う印だ。長い航海に出た宇宙船の乗組員を待つ家族の為に創られた遺伝子なのさ。宇宙船が帰って来る迄家族も生きていられるようにな。ドームに囚われたあの男は誰を待っているのだろうなぁ・・・








2017年3月10日金曜日

オリジン 21

 オフィスに戻る道すがら、パトリック・タン・ドーマーは局長秘書がお茶を台無しにしたことを悔やんだ。ポールは笑った。

「彼は新しい茶を贈ると必ず濃いめに淹れるんだよ。そして局長に苦情を言わせて、局長の好みの濃度を探るんだ。恒例になっているんだ。」
「それにしても、もっとお茶に愛情を注いでくれても良さそうですが。」

 チーフとリーダーには個室のオフィスがあるが、一般の局員はチーム毎の共同部屋だ。広い部屋をパネルで4分割してそれぞれの空間を造っている。どんな形式で区切るかはチーム毎に任されている。タンの第1チームは田の字に区切って周回通路を設けている。彼のスペースは奥の窓際だった。チーフと別れてオフィスに入ったタンは、仲間が出かけてがらんとした部屋を一周してみた。事件に巻き込まれて以来、初めて部屋に足を踏み入れた。懐かしくて嬉しくて、彼は胸がいっぱいになった。ちょっと目頭が熱くなった。誰もいなくて幸いだ。彼は自身の席に座り、背もたれに身を預けて深呼吸した。

 やっと復帰出来た!

 数秒間じっとしてから、彼は身を起こし、コンピュータを起動させ、報告書の作成に取りかかった。
 ポールも自身のオフィスに入った。本来なら秘書の場所は区切るのだが、彼はダリルの顔を見たくてパネルを置かずにいる。そして、ダリルはデスクに着いて腕組みをした格好で居眠りをしていた。午後の仕事はほぼやっつけてしまったので気を抜いたのだ。
 ポールは土産に購入したジャスミンのお茶の袋をダリルの鼻先にもっていった。ダリルが鼻をひくひくさせた。

「モーリーフアチャーだ・・・」
「正解。淹れてやるから目を覚ませ。」

 ポールは休憩スペースに行き、湯を沸かし始めた。ダリルは伸びをして、それからボスを見た。

「私がやろうか?」
「否、お茶は俺の仕事だ。」

 タン先生に教わった通りに80度の湯で淹れたお茶をカップに注ぎ入れてダリルに渡した。

「タンはどうだった? もうすっかり良くなったのか?」
「ああ、彼は大丈夫だ。周囲が気を遣いすぎるのは良くないから、これ迄通りに扱ってくれ。」
「うん、そうする。」
「彼が淹れるお茶の味が変わらなければ大丈夫だ。」
「うん。」

 甘く良い芳香が室内に広がった。
 ダリルがリラックスしている様子なので、ポールは思い切って昨夜のことを訊いてみた。

「夕べのことだが・・・」
「うん?」
「ジェリーと何か話をしたか? 世間話の内容だ。お天気とか飯の話はいい。何か報告に値するような話題は出なかったか?」

 ダリルはカップを両手で包み込むように持ったまま、数秒間考えた。そして、思い出した。

「ジェリーが、ラムゼイ博士がセント・アイブスに向かった時、運転手は2人いたはずだと言ったんだ。」
「2人?」

 ポールはニューシカゴ郊外の農場を出て行った時の光景を思い出そうと努めた。彼は縛られていたし、夜が明ける時分で周囲はまだ薄暗かった。彼はラムゼイ博士が農場を出立する場面は見ていなかった。

「俺が外に連れ出された時には、ラムゼイは既に出発した後だった。」
「そうか・・・ジェリーは、2人目の運転手は先発で誰よりも早く農場を出て、後で博士の車に合流したはずだと言ったんだ。」
「その第2の運転手がどうかしたのか?」
「ジェリーはそいつがラムゼイの重力サスペンダーに細工をした実行犯ではないかと疑ったんだ。私達は第2の運転手の存在を知らなかったので、博士のサスペンダーに手を触れるのが可能な人物を特定出来なかった。ジェリーは私達が第2の運転手のことを訊かないので既に逮捕されたものと思って黙っていた。シェイが保護された時、逮捕された運転手はネルソン1人だけで、第2の運転手は行方不明だと、昨夜の話でやっとジェリーは気が付いたのだ。
 ポール、その第2の運転手、ジェシー・ガーを探して逮捕出来ないか、地元の警察に持ちかけてくれないか?」
「半年以上前の話だ。警察を動かすのは難しいなぁ。」

 ダリルは考え、ふと呟いた。

「もしかすると、ジェリーのキスは警察を動かせる大物に会わせろと言うメッセージか?」
「君にキスをすることで大物に繋ぎをつけられると考えたってことか? それは無理があるな。誰もパパラッチがあそこにいるなんて思わなかっただろう?」
「ネットに画像を投稿されたのはジェリーにとっても想定外だったと思う。彼は私の口から君に情報が伝えられ、君から誰か上の方へ伝わることを期待したのかも。」
「頼りない伝達方法だな。」

 ポールはジェリーがダリルにキスをした一番の理由を知っていると思ったが、口には出さなかった。ジェリーは18年以上の長い片恋にある種の区切りをつけたかったのではないのか。


2017年3月9日木曜日

オリジン 20

 昼過ぎにポール・レイン・ドーマーとパトリック・タン・ドーマーが遺伝子管理局本部に帰投した。2人はまっすぐ局長室に行き、直に報告を行った。本当は2時間前に空港に着いていたのだが、彼等はシェイのランチを食べたくて空港ビルで食事をした。タンは初めてシェイの料理を食べて感激した。何故彼女をドーム内の厨房に置かないのかと上司に愚痴った。
 報告は短かった。今回の任務は第3チームの仕事で、彼等は前日に帰投して既に報告を済ませている。ポールとタンは尋問の手伝いに行き、ポールが接触テレパスで黙秘するメーカーから子供の販売先情報を引き出しただけだ。
 局長の関心は任務の結果報告ではなく、タンの健康が回復したことにあった。タンはチャイナタウンで購入したティーバッグのお茶をお土産として秘書に渡した。局長秘書は2人いて、若い方は昼休みで出ており、70近い年配の秘書がお土産を受け取った。

「ところで、チーフ・レイン、君の留守中に君の秘書が一騒動起こしたことを知っていますか?」

 秘書が尋ねたので、ポールは苦笑した。

「ええ、セイヤーズが俺に首を絞められては堪らないと事前に連絡してきました。」
「さっき食堂で執政官のグループと一悶着起こしかけましたが、なんとか巧く切り抜けたようです。若いドーマー達に彼は人望があるようですね。」
「彼は裏表がありませんからね。」

 すると珍しく局長が話に入って来た。

「相手はジェリー・パーカーだったな?」
「その様です。」
「暴露サイトに画像を載せられることを計算したかどうかはわからんが、君にばれることはわかっていたはずだな?」
「否、彼は俺の能力を知らないと思いますが。」
「しかし、セイヤーズは君に隠さないだろう。」
「はい。」
「パーカーは故意にセイヤーズにキスをしたのではないか? 君の注意を惹きたかったのでは?」
「俺の、ですか? 普段から彼とは会っていますが・・・」

 ふむ、と局長は暫く考え込んだ。

「急ぎ君と会いたかったのだろうな。」

 ポールは局長を眺めた。ジェリーが何らかの目的を持ってダリルにキスをしたのだろうか。
 一方、タンは局長秘書がお茶の支度をするのを横目で見ていた。

 ああ、時間が長すぎる・・・もうバッグを引き揚げて良いのに・・・

 彼が口出ししようかと思った時、やっと秘書がティーバッグを揚げた。かなり黒っぽい色になったお茶を彼は4箇のカップに注ぎ、一つを局長に、2つを部下達に、残りを自身の為に配った。 タンは黒くなったお茶をげっそりと見つめた。
 
「セイヤーズとパーカーはキスする前に何の話をしていたのだ?」
「それはまだセイヤーズから聞いていません。」
「夜中に庭園で会うと言うことは、2人で示し合わせて会ったのか、それとも偶然か?」
「それもわかりません。セイヤーズは直前まで息子の相手をしていたはずですが。」
「パーカーに聞いてみてくれないか?」
「パーカーにですか? セイヤーズではなく?」
「セイヤーズはキス騒動の収拾でパーカーと何を話したか忘れていると思われる。」

 ハイネ局長はジェリー・パーカーがダリルにキスをしたのは目的があったからだと決め込んだ様子だった。
 ポールが承知した旨を伝えた時、局長はカップを覗き込んだ。そして秘書を振り返った。

「お湯は残っているか? 少し足してくれないか、私には濃すぎる。」



2017年3月8日水曜日

オリジン 19

 アナトリー・ギルは顔を赤くしたまま、ダリルに向き直った。

「ぼ・・・僕が問題にしているのは、君とパーカーがレインをないがしろにしたことだ。」
「パーカーも私もレインをないがしろにした覚えはありませんよ。第1、レインは今回のキスの件を既に知っているし、問題にもしていない。」
「ギル博士、貴方はただセイヤーズをやりこめたいだけなのではありませんか?」

 ルーカスが嘲笑と思える笑みを浮かべて言うと、少し離れたテーブルにいたドーマーが口をはさんだ。

「ギル博士、レインとパーカーは仲が良いんですよ。ご存じでしょう? まさか、それを妬んでパーカーとセイヤーズを貶めようとしているんじゃないでしょうね?」

 ダリルはその男が中央研究所で助手として働いているドーマーだと気が付いた。ポールとジェリーが仲良くしているところを見たことはないが、ポールはしばしばJJを訪ねて中央研究所へ行く。JJが忙しくて手が放せない時はジェリーを訪ねることもあるのだ。
ジェリーは年上だからポールが挑発するような発言をしてものせられることがない。物事を斜めに見る癖があるが、それがドーマー達の思考と違って新鮮なので、ポールは彼と話しをするのが面白いのだと言ったことがある。
 ギルが固い表情になった。どうやらポールとジェリーの交友関係をよく知らなかったようだ。

 この人はポールを愛しているが理解はしていないのだな。

 ファンクラブは、アイドルをただ可愛がるだけのメンバーと本当に知り合おうとするメンバーに分けられるのだ。ドーマー達はそれを敏感に嗅ぎ分ける。どの執政官が信頼をおける人間か、知っておいて損はないから。
 どうも「卑しい」発言で食堂内に居たドーマー全員を敵に回した感があるアナトリー・ギルは退散することにした。それでも精一杯威厳を保とうとした。

「兎に角、公共の場でキスをしてはいけないと言う規則がないが、世間を騒がせる様な真似はしないでくれ。」

 ギルが仲間と共に歩き去ると、食堂に笑い声と喧噪が戻って来た。
 もうダリルに非難の視線を向ける者はいなかった。



2017年3月7日火曜日

オリジン 18

 食事を終える頃になって、厄介な連中が現れた。執政官のポール・レイン・ドーマーのファンクラブだ。彼等はダリルを見つけると真っ直ぐやって来たので、食堂で談笑していた多くのドーマー達が声を顰めた。一気に緊張が建物の中に走った。
 ダリルは彼等と関わり合いたくなかったが、自分が標的になっていると承知していたので、腹をくくって座っていた。ジョージ・ルーカス・ドーマーがファンクラブの先頭に立っている男を見て、呟いた。

「懲りないヤツだな、ギル博士も・・・また鼻を折られたいのかな?」

 アナトリー・ギルは大勢の人間に囲まれているのでダリルが暴れるはずがないと思い込んでいるらしく、大胆にもテーブルの空いている席にどかっと腰を下ろした。

「大胆なことをしてくれたもんだな、セイヤーズ。」

 彼の背後には執政官達が5名ばかり立っており、それを囲んでドーマー達が立ち上がった。
 ダリルが座って、とドーマー達に手振りで合図を送ると同時にルーカスがギルに言った。

「セイヤーズ・ドーマーは『した』んじゃない、『された』んです。」
「どっちがなんて問題じゃない。」
「そうかな? パーカーの行動の責任は中央研究所にあるんじゃないですか?」
「彼は執政官ではない。」
「ドーマーでもありません。扱いは執政官と同じだ。」
「あの男はオリジンだ。だから丁重に扱われている。そうでなければ、誰が卑しいメーカーなんかと・・・」

 ドーマー達が一斉に口を閉じてギルを見た。いきなり食堂の中が完全な沈黙に支配された。ギルがギョッとして周囲を見回した。ドーマー達が見つめているのがセイヤーズではなく自身だと気が付いた時、彼の腋の下に冷たい汗が流れ出た。

「メーカーは卑しいですか?」

とダリルが尋ねた。

「彼等は確かに金銭でクローンを創って販売しています。しかしクローンを発注する人間は切実に子供が欲しいのです。メーカーは彼等を喜ばせる為に命を創っているのです。メーカー達は生命を作り出しますが、殺しはしません。クローンを大事に育てて、注文者に引き渡す時には丁寧に育て方を指導します。彼等は生命の尊さを知っています。私はメーカーを卑しいと思ったことはありません。」
「そうですよ、ギル博士。」

とルーカスの秘書がダリルに賛同した。

「遺伝子管理局がメーカーを摘発するのは、彼等が遺伝子管理法に違反しているからです。クローンを製造して良いのはドームだけと言う法律にね。彼等の多くは未熟な技術でクローニングするから、生まれてくる子供達はひ弱で大人になる迄に死亡してしまうと言う事実をご存じですよね? しかしメーカー達は故意にひ弱な子供を売ってあくどく稼いでいる訳ではありません。どんなに研究を重ねても彼等の技術はそこが限界なのです。私は現役時代、多くのメーカーを逮捕しましたが、連中はもっと勉強したがっていました。例え違法でも丈夫な子供を創ってやりたかったと悔やんでいました。
 彼等は決して卑しい人間ではありません。」

 ルーカスも言った。

「ギル博士、聞けばパーカーは遺伝子組み換えに関しては超一流の腕前だそうじゃないですか。ラムジー博士仕込みの技術で正常な健康状態のクローンを創ることも出来るってね。他のドームから彼の講義を受けに来る執政官もいると聞きましたよ。ギル博士、貴方はどうなんです? 彼から得られるものは何もない程完熟した技術をお持ちですか?」

 ドーマー達にやりこめられてアナトリー・ギルは顔を真っ赤にした。彼の仲間の執政官は分が悪いと悟って2人が席を立った。

「何の話でしたっけ。」

とダリルが気まずい雰囲気を崩すつもりで間の抜けた調子で呟いた。

「パーカーの行動の責任は誰が取るかってことです。」

と隣のテーブルに居たドーマーが囁いた。ああ、それなら、とダリルは言った。

「パーカー自身の責任じゃないかな。オフタイムだったし、彼は立派な大人だ。 だけど、たかが1回のキスだけでこんな大騒ぎは無駄じゃないですか。」


2017年3月6日月曜日

オリジン 17

  昼休み、ダリルが昼食を取りに行こうとオフィスから出ると、通路でジョージ・ルーカス・ドーマーと彼の秘書が待っていた。

「チーフ・レインのファンクラブが貴方を糾弾しようと待ち構えてますからね、護衛しますよ。」
「・・・んな大袈裟な・・・」

 ダリルは笑ったが、外に出ると世間の注目を集めていることを認めざるを得なかった。通りすがりの人が彼をチラリと見やる。クスクス笑っている者もいる。

 どうも天下の浮気者と言う扱いだな・・・

 食堂に行くと、早速厨房班のピート・オブライアン・ドーマーが絡んできた。

「兄さん、拙いんじゃないかな、あんなことして・・・。」
「あんなこと?」
「メーカーの野郎とキスしただろ?」
「キスなんて、みんなやってるじゃないか。」
「だけど、兄さんは特別だ。」
「私は特別じゃない。それに、あれはただのおやすみのキスで、それ以上の意味はない。」
「だけど・・・」
「私の感情はポールにすぐばれるってことぐらい、君達も知っているだろう?」

 ポール・レイン・ドーマーが礼節を守る男なので、仲間達は彼が接触テレパスであると知っているにも関わらず、その事実を忘れることが多い。遺伝子管理局の部下達でさえ、彼の能力は職務で用いる道具としか認識していない。
 ダリルに指摘されて、オブライアンが「あっ」と言う表情になった。

「そうか・・・ポール兄さんは真実がわかるんだった・・・」
「真実も何も、偶然出遭って世間話をして、おやすみと言う段になって、弾みでああなっただけだ。」

 もうこの辺で充分だろうと思ったのか、ルーカスが声を掛けてきた。

「そろそろ前へ進んでもらえませんか? 後ろが閊えているので・・・。」
「ああ、悪かった。」

 ダリルはそれ以上オブライアンと話すこともなかったので、トレイを持ってレジへ行った。
 食堂内の人々がこちらを見ているが、ダリルはドームに連れ戻されて以来何度かこう言う状況に置かれた経験があるので、既に慣れっこになっていた。
 テーブルに着いて食事を始めると、ルーカスと彼の秘書も同席した。暫くするとドーム内に居た北米南部班の局員達が彼等のテーブル周辺に集まって来て、ダリルをガードしてくれた。

「スキャンダルが好きだねぇ、ドーマーも。」

 ルーカスが他人事なのでのんびりと呟いた。

「住んでいる場所が平和過ぎるから刺激が欲しいのだろう。」

とボスより年長の秘書が解説した。


2017年3月5日日曜日

オリジン 16

 日曜日の早朝、ライサンダー・セイヤーズはまだ寝ていたい父親に「おはよう」のキスをして、1人で食堂に行き、朝食を取るとJJにメールを送った。

ーーポートランドに帰る。来週また来るから、娘をよろしく。

 JJは既に起床していたらしく、直ぐに返事が来た。

ーー来週はPちゃんと仲直りしてね。

 喧嘩などしていない、とライサンダーは思った。レインが勝手に機嫌を損ねただけだ。
しかしJJと議論している時間はなかったので、「わかった」とだけ返信した。
そしてダリルが起きる頃にはマイケル・ゴールドスミス・ドーマーの操縦するヘリに乗ってポートランドに帰って行った。
 ダリルは食堂へ行き、定時の朝食会をクラウスと共に無難にこなしてオフィスに入った。仕事を始めて半時間もしないうちに第5チームのリーダー、ジョージ・ルーカス・ドーマーから電話が入った。

「セイヤーズ・ドーマー、例のサイトを見ましたか?」
「例の? パパラッチのか?」
「そうです。どうやらまだの様ですね。」
「何か問題でも?」
「大ありですよ! 削除申請した方が良いですよ。」

 端末をそのままにして、コンピュータでパパラッチサイトを開いた。「本日のトップニュース!」と文字が躍っていた。

ーー我らがアイドル、恋人を横取りされる!

 ダリルはびっくりして画像を開いた。夜間の屋外撮影だから、人物の姿はそれほど鮮明ではない。しかし、その画像の下に処理をした修正画像が載せられていた。
森の中のギリシア風東屋で、キスをしている男2人が写っていた。
 ダリルは唖然とした。誰も現場にいなかったはずだが・・・?

「削除は無理だ、ジョージ。このアクセス数・・・」
「ドーム内のドーマー全員が見たと言える数ですね。」
「これは何時アップされたのだ?」
「10分前ですね。」
「10分でこのアクセス数か? 信じられん・・・私だとわかるのか、この画像で?」
「髪の色でね。」
「夜間撮影だ。他のブロンドの男かも知れないだろ?」
「『我らがアイドル』の恋人は、貴方しかいませんよ。」
「しかし・・・」
「貴方なんでしょ?」
「否定しないが・・・浮気じゃないぞ。あれは冗談だ。」
「あんな時刻にあんな場所で冗談でキスしていたんですか?」
「君はポール・レイン・ドーマーか?」
「僕は、貴方とパーカーを守りたいだけですよ。」

 相手がジェリー・パーカーだと言うこともばれているのか。ダリルは目眩を覚えた。

「どう守るんだ? 私からレインに弁明するしかないだろう。まったく、ジェリーのヤツ・・・」

 ジェリーに電話を掛けたが、着信拒否された。緻密な計算が必要な仕事で研究室に籠もっている時は、科学者達は電話に出ないのだ。
 ダリルは仕方なくポールに電話を掛けてみた。ポール・レイン・ドーマーはこちらへ帰って来る飛行機の中だった。

「外に居る俺に君の方から電話を掛けてくるなんて、珍しいな。何かあったのか?」
「くだらない画像がくだらないサイトにアップされていると知らせたくてね。」

 ちょっと間をおいて、ポールが尋ねた。

「俺が見て怒るような画像か?」
「うん・・・君が私の首を絞めるかも知れない画像だ。」

 また間をおいて、

「浮気したのか?」
「していない。だが疑われる様なシーンを撮られた。」
「やましいことをしていないのなら、無視しろ。君の潔白は手を触ればわかる。」
「相手の男も殴るなよ。」
「相手は誰だ?」
「ジェリー・パーカーだ。」

 ダリルにとって意外なことに、ポールは「ああ」と納得いった声を出した。

「殴らないから安心しろ。」
「本当か?」
「信じろ。」

 それからポールは「他に用事は?」と尋ね、ダリルがないと答えると通話を終わらせた。
 端末を机に置いて、ダリルは思った。ポールは金曜日の夜にライサンダーに大して過剰に腹を立てたことを反省しているのだ、と。


オリジン 15

 ダリルは息子が小さい方の寝室で眠ってしまうとアパートを出た。1人で夜道をブラブラ歩いて森へ行くと、ギリシア風の東屋がある場所に出た。土曜日の夜だがドームに曜日は関係ない。森は閑かで木立の向こうの出産管理区が明るく見える。
 ダリルは東屋のベンチに座って夜空をぼんやりと見上げている男を見つけ、近づいた。

「眠れないのか、ジェリー?」

 ジェリー・パーカーが振り向いた。声を掛けてきたのがダリルだと気が付いて、ちょっと微笑した。

「そっちも眠れないんじゃないのか? この時間は既におねんねしているはずだろ?」
「いろいろと頭の中を整理したくてね。」

 ダリルは同席の許可を求め、ジェリーは少し移動してベンチに空きを作った。腰を下ろすダリルを見て、彼が呟いた。

「おまえはいつも優雅な身のこなしをするんだな。」
「そんなことを言われたのは初めてだ。」

 2人は暫くぼーっと夜の森を眺めていた。人工の森の中は、微風が吹いていて、気温も人間が快適に感じる温度に調整してある。彼等は眠気が訪れるのを待っていた。しかし一向にその気配がなかったので、ダリルが沈黙を破った。

「ジェリー、君の博士を救えなくて申し訳なかった。」

 ジェリーが少しだけ首を動かして彼を見た。

「今頃なんだ? 」
「君と博士は親子だったんだな、と思ったら、急にすまないと感じたんだ。」
「博士を親と思ったことはなかったぜ。」

 とジェリーが前を向き直った。

「だが、確かに信頼出来る大好きな人だった。亡くなるところを見ずに済んで良かったと思っている。」
「まだ彼を殺害した真犯人は判明していない。」
「トーラス野生動物保護団体の連中さ。誰がなんて、俺はどうでも良い。あの組織が滅茶苦茶になれば良いとだけ思っている。ただ・・・」
「ただ?」
「博士を裏切ったヤツがいるはずだ。つまり、反重力サスペンダーに実際に細工したヤツだ。博士はあの機械を他人に触らせなかった。俺すら滅多に触ったことがなかった。トーラスの連中に触らせるはずがない。だから、博士の部下の誰か、博士の機械を触ることが許された誰かがやったのさ。」
「しかし、セント・アイブスに博士と行ったのはシェイと運転手だけだろう? あの2人に私は会ったが、重力サスペンダーに細工出来るような人とは思えないんだ。技術的にも人柄的にも・・・。」
「運転手と言うのは、ネルソンだったか、確か・・・」
「ネルソンだ。」
「ジェシー・ガーではなかったんだな?」
「そんな男は知らない。」
「ネルソンとシェイはガーの話はしなかったのか?」
「私は聞いていない。」

 ジェリーが自分の膝を手で打った。

「あいつか・・・」
「運転手は2人いたのか?」
「ニューシカゴからセント・アイブスまでは1人で運転出来る距離じゃない。ガーは1人で先に農場を出て、途中のドライブイン迄の安全を確認して休み、後から来た博士の一行に合流したはずだ。ネルソンと交代で運転したんだ。」
「何故ネルソンとシェイは彼の存在を当局に話さなかったんだ?」
「シェイは聞かれないことは喋らない。ネルソンはシェイが喋らなければ黙っている。」
「そうか・・・もう1人いたのか・・・」
「彼が重力サスペンダーに細工したとは限らないぞ。」

 しかし、ジェリー・パーカーはそれ以上推理をすることを止めた。

「今夜はぐっすり眠れそうだ、ありがとよ、『脱走ドーマー』君。」

 ダリルはいきなり抱き寄せられ、キスされた。本当に速攻だったので、ジェリーを殴れなかった。



オリジン 14

 その夜は、ポール・レイン・ドーマーとパトリック・タン・ドーマーは西海岸から戻らなかった。第3チームと共に逮捕したメーカーの組織を警察を引き渡したのだが、チームが抗原注射切れで帰投したので、2人が残って警察での手続きを続行したのだ。
 ドームのアパートでダリル・セイヤーズ・ドーマーは彼と息子の2人分の夕食を作った。ライサンダーにとってはほぼ1年振りの父の手作りの食事だった。

「このラザニアの味、懐かしいなぁ。」
「そう言ってくれて有り難う。食材も道具も山の家に比べると少ないので、作れる物が限られてくるんだ。」
「遺伝子管理局を引退したら厨房班に行けば?」
「それも考えたが、園芸課も魅力的でね。」
「ドームに畑があるの?」
「水耕栽培の畑があるが、私がやりたいのは森の管理の方だ。人工だが土をいじれるからね。」
「ドームの土はミミズがいないから良いよね。」

 ライサンダーは、ダリルが年甲斐もなく大ミミズを見て騒いだ過去を思い出した。手に負えない虫が土から出てくると、ダリルは何時も息子を呼んで駆除してもらっていたのだ。
 ダリルは嫌なことを思い出させる息子をテーブル越しに睨んだ。

「おまえは私に脱走する気力を失わせたぞ。」
「え? 脱走するつもりだったの?」
「いつだって考えているさ。私の異名は『脱走ドーマー』だから。」

 親子は顔を見合わせて笑った。

「それ、ジェリーが父さんを呼ぶ時に使ってるよね。」
「だから、今では執政官達も使っている。Pちゃんよりましだ。」
「そのPちゃんだけど、俺はレインって呼ぶよ。ポールはなんだか慣れ慣れしくって失礼な気がするし、『氷の刃』はドームの中では通用しないし・・・だいぶ溶けかけているもの。」
「彼が『氷の刃』なのはメーカーに対する時だけだから。ドームではただのチーフ・レインだ。」
「パブにジェリーも来ていた。彼は1人だね。」
「ここで育った訳ではないからな。だが、生まれたのはここなのだそうだ。ラムゼイがここで働いていた時に、火星の博物館から古代人の細胞を盗んで、ここにあった彼の研究室でこっそりクローンを創ったのだ。」
「何の為に? 研究材料として?」
「否・・・」

 ダリルは視線を料理に落として答えた。

「事故で亡くなった息子の代用として・・・」

 ライサンダーは暫く黙った。ラザニアを突いて、それから尋ねた。

「その息子の細胞は使えなかったの?」
「太陽の引力で人間には回収不能の状態になった宇宙船に乗っていたそうだ。だから、燃え尽きてしまった。」

 ライサンダーはラムゼイ博士とジェリー・パーカーが一緒にいるシーンを思い出した。一見ただの主人と使用人に見えたが、ラムゼイ博士はジェリーを滅多に外に出さなかったし、ジェリーが外出する時は必ず一緒だった。それは、ダリルが山の家でライサンダーを常に視野の中に捉えておこうとしたのと同じだった。

「あの爺さんは爺さんなりにジェリーを愛していたんだね。」
「恐らくな。」
「ジェリーも爺さんを愛していたんだ。だから逮捕された時に自殺を図ったんだ。爺さんに会えなくなると思ったら、もう何もかもどうでも良くなったんだって。」
「ラムゼイが彼に外の世界を教えずに育てたせいだ。もっと広く世界を教えてやっていれば、ジェリーも違った考えを持って、生き抜こうとしただろう。」
「親の育て方って、大切だね。俺も赤ん坊が生まれたら、しっかり将来を見据えて育てなきゃ・・・。」

 ダリルはポールからアメリア・ドッティの提案を聞かされていた。今それを言うべきかと一瞬迷ったが、やはりアメリア自身から言ってもらう方が良いだろう。ライサンダーが親の意見で迷わないように。


2017年3月4日土曜日

オリジン 13

  ダリルは翌日オフィスで1人仕事をした。ポールの出張は予定外だったから、2人分の仕事がきっちり彼を待っていた。10時過ぎる頃に、クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが手伝いに来た。クラウスのチームは抗原注射効力切れの休暇なので、注射が不要の彼も休日なのだ。休日と言っても、殆どのドーマーは遊ばない。遊べる場所はドームの中では少ないし、だらだら過ごす様な生活をドーマーは知らない。クラウスは朝食をアパートの部屋で妻と取ってから朝食会に出て来る。休日でも必ず参加して仲間の仕事内容を確認する。
 彼は直属の部下のパトリック・タン・ドーマーが真夜中に退院してチーフ・レインのお供で西海岸に出かけたと聞いて、喜んだ。他人の手が触れる度にビクビクしていたタンが、やっと以前のタンに戻ってくれたのだ。

「昨日の午後、ジムで格闘技の練習をしたと聞いて、今日にも退院出来るかと期待したら、既に退院していたんですね。」
「ポールはチャイナタウンでお茶を買いたいんだよ。だからタンを連れて行きたかったんだろ。」

 クラウスは室内を見回した。

「ライサンダーはいないんですね?」
「いても役に立たないだろ。局員じゃないから書類もコンピュータも見せられないし。」
「そう言えばそうですね。 で、彼は今日は何をしているんです?」
「昨日パブでバスケットボールのチームに誘われたと言っていたが。」
「それじゃ、輸送班の『サタデーフィーバーズ』か、被服準備班の『ブラックブルズ』ですね。2チームしかないから。」
「どっちも日中は仕事をしているだろ?」
「だから、試合は夜ですよ。」
「では、ライサンダーは今どうしているんだ?」
「僕は知りませんよ。でもドームの中に居るのなら、ほっとけば良いんです。」
「放ってあるさ。だが外と違ってドームではやれることが限られる。」

 ライサンダーは図書館にいた。JJが一緒だった。声を使わずに端末のメッセージを入れて会話するので、静かな図書館では自然に見える。JJは赤ん坊の状態の説明をした。
専門用語で胎児の成長過程を語るので、ライサンダーは右から左へ聞き流した・・・いや、読むふりをした。

ーー赤ちゃんの名前 考えた?
ーーポーレットかポーリン、迷っている。
ーーどっちもポールが入っているのね。

「え・・・?」

 ライサンダーはスペルを考えて初めて気が付いた。偶然だが、父親の名前が入っていた。 別に嫌ではないとも思った。ただ、ダリルが入っていないのは不公平かなとも思った。

ーーダリル父さんはどっちが良いって言ったの?
ーー父さんがポーリンを思いついたんだ。
ーーじゃ、ポーリンにすれば?


2017年3月3日金曜日

オリジン 12

 ポール・レイン・ドーマーが真夜中だと言うのに仕事で出かけてしまうと、アパートの中は静かになった。ライサンダーは壁にもたれかかって閉じられた玄関のドアを暫く見つめて、5分たってからポールが戻って来ないと確信した。
 ダリルがガウンを着てキッチンに入った。冷蔵庫から水のボトルを出し、グラスについでから振り返った。

「おまえも飲むか?」
「うん」

 ダリルは水をついだばかりのグラスをカウンターに置き、また別のグラスを取り出した。ライサンダーはカウンターのグラスをもらった。

「さっきはPちゃんに殺されるかと思った。」
「そのPちゃんは止めなさい。本人の前で言えば顔が変形する迄殴られるぞ。Pちゃんと呼んで良いのはJJだけだ。」
「じゃ、なんて呼べば良いのさ。」
「ポールだ。もしくは『お父さん』」
「本人がいない時はPちゃんでいいじゃん。」
「駄目だ。」

 ダリルはちらりと時計を見た。ポールは医療区でパトリック・タン・ドーマーの退院許可を申請している頃だ。航空班は土曜日の一番機を午前3時に飛ばすと言う。医療区での交渉にたっぷり1時間半使えるはずだ。
 ライサンダーがあくびをした。ダリルは息子がそんなに酔っていないことに気が付いた。

「ドームの金曜日の夜はどうだった?」
「楽しかったよ。パブに行ったんだ。」
「変なヤツにからまれたりしなかったか?」
「大丈夫。バスケットボールのチームでプレイしないかって誘われた。」
「どのチームだ?」
「知らない。次に出遭ったら参加しろって。名前を訊いても、パブじゃ名乗らないって言われた。」
「酔った状態で友達になっても覚めたら忘れていることが多いからだろう。相手の顔は覚えているか?」
「うん。5人いたけど、全員顔は覚えている。」
「それなら、明日食堂で出遭うかも知れない。向こうがおまえを覚えていたら、チームに入れるだろう。」
「父さん・・・」
「ん?」
「俺、ポーレットを亡くして哀しいのに、その一方でドームの中が珍しくてテンション上がりっぱなしだ。こんなの可笑しいよね?」
「いいや。」

 ダリルは空になったグラスを受け取り、水場で洗った。

「おまえの心がバランスを取ろうと努力しているのさ。悲しみだけで生活していたら、すぐに人生が破綻する。だから面白いことを見つけてリラックスしようと心が働いている。」
「俺、赤ん坊の為に生きると決めた。だから、楽しいことを積極的に見つけようとしているのかも・・・」
「あまり無理しなくて良いんだ。泣きたい時は泣けば良い。その為に、ドームの中に森があるのだし、瞑想室だってある。医療区の壁がクッションになっている部屋で1人で大暴れしたってかまわない。ジムで誰かに相手をしてもらって競争しても良い。」

 そして彼はふと何かを思い出した。

「そうだ、赤ん坊の名前を考えたのか?」
「女の子だし、母親の名前と同じポーレットにしようかと考えている。」
「それなら、ポーリーンと言う名もあるぞ。」
「それも良いな・・・生まれる迄、じっくり考えるよ。」

 ポーリーンもポーレットも、ポールが入っているな、とダリルはぼんやり思った。ライサンダーは気が付いただろうか。





オリジン 11

 アパートに帰ると、両親は既に寝室に入っていた。テーブルの上にポールの端末が、キッチンのカウンターの上にはダリルの端末がそれぞれ置かれていた。ダリルの端末のスクリーンがメッセージを持っていることを示して点滅していたので覗くと、ライサンダー宛だった。冷蔵庫にフルーツがあるので食べるようにと、親らしいメッセージだ。ライサンダーは既読にして点滅を止め、冷蔵庫から苺やオレンジの盛り合わせを取り出して喉の渇きを潤した。
 食べていると、囁き声や笑い声が聞こえたような気がして、部屋を見回すと、親達の寝室のドアが微かに開いていることに気が付いた。親達はまだ寝ておらず、中でお楽しみの最中なのだ。

 ちゃんと閉めてくれよな・・・

 今更閉じれば却って邪魔するだけだろうと思い、彼は空になった皿を洗って布巾で水気を拭き取った。その時、ポールの端末が微かな音をたててスクリーンが赤く点滅し始めた。

 まさか、緊急呼び出し?

 覗くとやはり「緊急」と表示が出ていた。後は数字と記号で暗号化されているので意味は不明だが、相手はポールを呼んでいる。
 ライサンダーは親達の寝室のドアに近づき、ノックした。返事はなかった。もう一度力を入れてノックしかけるとドアが動いてしまった。

 ああ・・・拙い・・・

 ベッドの上で生まれたままの姿の二親が重なり合っていた。居間からの光が射したので上になっていたポールが先に気が付いて振り返った。ライサンダーはドキドキした。親が怒り出す前に大急ぎで彼等の愛の営みを妨害した理由を述べた。

「お父さんの端末に緊急連絡が入ってる。」
「緊急?」
「スクリーンが赤で、メッセージがDQ4649って・・・」

 ポールはダリルにキスをするとベッドから降りた。下着だけ身につけて居間に出て来たので、ライサンダーは端末を手渡した。ポールはソファに腰を下ろしてメッセージの送信元に電話を掛けた。
 仕事の話を立ち聞きするのは良くないと思ったライサンダーは行き場に困って、ドアが開いたままの親の寝室に入った。
 ダリルが裸の身を隠すように毛布を引っ張り上げて入り口に背を向けた。息子に見られて恥ずかしがっているのだ、とライサンダーは彼の心情を理解した。

「ごめん、父さん。ドアが開いていたんだ。開けるつもりはなくて・・・」
「おまえが大人で良かったよ。」

とダリルが呟いた。
 ライサンダーは父親の剥き出しの肩を眺めた。子供の時は父の大きな背中が大好きで、よく後ろから飛びついてしがみついたものだ。背中の子供は殴れない。ダリルは息子を背負って体温を感じながら肩越しに笑いかけてくれた。
 今ライサンダーの目の前にある父の背中はあまり大きくない。スベスベの肌はドームに戻って以前の日焼けの色から白くなっていた。だから華奢に見える。

 父さんは俺を育てるのに苦労していたんだ・・・

 ライサンダーは部屋の中に足を踏み入れ、ベッドの端に座った。父親の性質はよくわかっていたので、そっと手を伸ばして肩に手を掛け、背中に頬ずりした。

「父さん、綺麗だよ。恥ずかしがらないで・・・」

 その時、彼は背後に殺気を感じた。恐る恐る振り返ると、ポールが鬼の形相で立っていた。類い希なる美貌故に怒りの形相も凄まじい・・・。

「俺のものに触るな。」

 ライサンダーは慌ててダリルから身を離して立ち上がった。

「勘違いだ・・・」
「否、してない。おまえは俺の宝物に無断で触っていた。」

 どうかしている、とライサンダーが思った時、ダリルが小声で囁いた。

「謝っておけ。おまえが彼の機嫌を損ねたのは事実だ。」

 ライサンダーは短いドーム滞在中に確実に学んだことがあった。それは、ポール・レイン・ドーマーがダリル・セイヤーズ・ドーマーをどれだけ深く愛しているかと言うことだ。ドーム中の誰もが2人の間の強い絆を知っていた。彼等が愛の確認をしている時は邪魔をしてはいけないのだ。
 ポールに向かって言いたいことは沢山あったが、ライサンダーは抑えて「ごめん」と呟いた。
 ポールは鼻でふんと言って、彼の前を通ってダリルのそばに行った。端末を差し出し、

「2時間以内にLAに飛ぶから飛行機の手配を頼む。俺はこれから医療区へ行って、タンを退院させてくる。」
「パットを連れて行くのか?」
「ああ、退院したがっていたし、今回は尋問の助太刀だけだ。タンの役目は俺の同伴者だから、支局で休んでいてもかまわない。仕事が終わって時間があれば、チャイナタウンへ連れて行ってお茶の講義でもさせる。気晴らしになるだろう。」

 ダリルが端末を受け取り、ベッドの上に起き上がって電話をかけ始めた。
ポールはクローゼットから着替えを出して素早く身支度した。ライサンダーは情事からいきなり仕事モードに切り替わる親達の豹変振りに驚いた。
 



2017年3月1日水曜日

オリジン 10

 コロニー人はドーマーの遺伝子を守る為に、ドーマーにアルコールを与えない。しかし、ドーマーも人間だ。成人して仕事で外に出るグループは外で酒の味を覚える。美味しいと感じれば、中に居る仲間にもそれを教える。だから、普段コロニー人しか利用しないドームのパブは毎週金曜日の夜だけ酒好きのドーマーに占拠される。執政官達は内心苦々しく思っているが、無碍に阻止すれば暴動が起こりかねないので監視するだけにしている。占拠グループの中心は遺伝子管理局中米班で、そこに他の班やドーム維持班のドーマーが参加するのだ。
 ライサンダーはただの会食だと思っていたので、店に入って驚いた。歌って食べて飲んで踊っている人々で店は大盛況だった。

「かまったりしないから、好きにやっちゃってよ。疲れたら勝手に帰っても良いからね。」

とクロエル・ドーマーが言った。彼は暫くライサンダーのそばに居てくれたが、やがて人混みの中ではぐれてしまった。
 ライサンダーは名前の知らない数人のドーマーと一つのテーブルで食事をして、バスケットの試合の話で盛り上がり、その連中と出鱈目なダンスをして汗をかいた。

「君、来週も来るかい?」
「うん、その予定だけど。」
「じゃ、運良く出会えたら土曜日にうちのバスケのチームでプレイしないか?」
「いいとも!」

 ライサンダーは端末の連絡先を交換するつもりだったが、相手は「このパブではその時に出会うかどうかが楽しみの一つ。連絡先の交換はしないのがルール。もし連絡先を知りたければ、土曜日に出会った時に交換しよう。」と断った。
 ドームには、いろいろと変わったルールがあるのだ、とライサンダーは学んだ。
 そして親達はこのパブには来ないのだ。その証拠に、出遭ったドーマー達は皆一様にポール・レイン・ドーマーの息子が来ていることに驚いていた。
 ライサンダーが驚いたのは、ジェリー・パーカーが来ていたことだ。彼はドーマーではないが、コロニー人でもないので、特例で参加を許されていた。ジェリーは踊ったりカラオケで歌ったりしない。カウンターで1人で酒を楽しんでいた。彼の背中から「かまわないで」オーラが出ていたので、ドーマー達は目が合うと「やあ」と挨拶する程度で、話しかけて彼の孤独な酒の邪魔をしたりしなかった。ライサンダーもジェリーが数種類の酒のショットグラスを前に並べて飲み比べを楽しんでいるのを見て、声を掛けずに黙礼だけして通り過ぎた。
 流石にこの酒の場所に女性の姿はなかった。女性のドーマーは数が少ないし、万が一酔った勢いで間違いが起きるとも限らないので、執政官が女性の参加を認めたがらないのだ。だからライサンダーはJJに会えるかと期待したが、当てが外れた。
 大して広くもない店だが人が多いので一周するとかなり時間がかかった。
 ライサンダーは眠気を覚え、近くに居た人々に誰にともなく「おやすみ」と告げてパブを後にした。


オリジン 9

 ジェリー・パーカーが午後の仕事に戻った後、ライサンダーは1人で図書館に行った。またケンウッド長官に会えるかと期待したが、長官は来ていなかったので、待っても無駄だろうと思い、ジムへ行った。
 昼下がりのジムは閑散としていた。多くのドーマーは仕事中だったし、夜間勤務の者はまだ寝ているか、起きがけで運動をする気は起こらないのだろう。
 ライサンダーは1人で筋トレをしてからスカッシュの競技場へ行った。そこで出遭った白髪の美しいハンサムな年配のドーマーに声を掛け、スカッシュのプレイを教えてもらうことに成功した。白髪の男性はライサンダーよりずっと年上に違いなかったが、年齢の見当がつかなかった。彼は丁寧にルールやプレイのコツを教えてくれた。
 ライサンダーは彼の名前を訊こうとしたが、相手は1ゲームだけ手合わせしてくれただけで、そろそろ仕事の時間だからと引き揚げて行った。
 ライサンダーは1人で練習をして、ロッカールームでシャワーを浴びて着替えた。
次は何をしようかと考えているところへ、端末にメールが着信した。見るとクロエル・ドーマーからだった。

ーー今夜暇か?

 ライサンダーは考えた。親達は夕食の予定時間を告げたが、「必ず来い」とは言わなかった。彼は返信した。

ーー暇
ーー午後6時に噴水広場

 噴水がある場所を思い出し、彼は返信した。

ーーOK

 メール交換はそこで終了した。
 6時までまだ3時間近くあった。どこかで昼寝しようと考えたが、良い場所を思いつかなかったので、アパートに帰った。
 ソファに横になってから、親に連絡を入れることにした。こんな場合は迷わずダリルに告げる。

ーークロエルさんからお誘いがあったので、夕食は彼と一緒になると思う。

 ダリルはオフィスでの仕事が終わってポールが書類を片付けるのを待っていた。そこに息子からメールが来たので、さっと目を通した。彼は恋人に言った。

「ライサンダーが中米班に攫われたぞ。」
「なに?」

 ポールが最後の書類から顔を上げた。

「クロエルの一味だな?」
「うん。金曜日の馬鹿騒ぎにうちの子を引っ張り込むらしい。」
「危険はないが、変なことを教えたりしないだろうな。」

 ポールはライサンダーが奇妙な服装や奇抜な髪型にしたりしないかと心配した。中米班は毎週末にお祭りみたいに騒ぐのが習慣になっている。これはクロエル・ドーマーが始めた訳ではなく、昔からの伝統だ。出張していない居残り組でコロニー人が多く利用するパブを占拠して大騒ぎするのだ。恐らく、ライサンダーは普通に食事に誘われた程度にしか思っていないはずだ。

「あの子は今辛い時期にいるから、いっそ大騒ぎして憂さ晴らしをすれば良い。」

とダリルはクロエルの心遣いに感謝した。