2017年3月3日金曜日

オリジン 12

 ポール・レイン・ドーマーが真夜中だと言うのに仕事で出かけてしまうと、アパートの中は静かになった。ライサンダーは壁にもたれかかって閉じられた玄関のドアを暫く見つめて、5分たってからポールが戻って来ないと確信した。
 ダリルがガウンを着てキッチンに入った。冷蔵庫から水のボトルを出し、グラスについでから振り返った。

「おまえも飲むか?」
「うん」

 ダリルは水をついだばかりのグラスをカウンターに置き、また別のグラスを取り出した。ライサンダーはカウンターのグラスをもらった。

「さっきはPちゃんに殺されるかと思った。」
「そのPちゃんは止めなさい。本人の前で言えば顔が変形する迄殴られるぞ。Pちゃんと呼んで良いのはJJだけだ。」
「じゃ、なんて呼べば良いのさ。」
「ポールだ。もしくは『お父さん』」
「本人がいない時はPちゃんでいいじゃん。」
「駄目だ。」

 ダリルはちらりと時計を見た。ポールは医療区でパトリック・タン・ドーマーの退院許可を申請している頃だ。航空班は土曜日の一番機を午前3時に飛ばすと言う。医療区での交渉にたっぷり1時間半使えるはずだ。
 ライサンダーがあくびをした。ダリルは息子がそんなに酔っていないことに気が付いた。

「ドームの金曜日の夜はどうだった?」
「楽しかったよ。パブに行ったんだ。」
「変なヤツにからまれたりしなかったか?」
「大丈夫。バスケットボールのチームでプレイしないかって誘われた。」
「どのチームだ?」
「知らない。次に出遭ったら参加しろって。名前を訊いても、パブじゃ名乗らないって言われた。」
「酔った状態で友達になっても覚めたら忘れていることが多いからだろう。相手の顔は覚えているか?」
「うん。5人いたけど、全員顔は覚えている。」
「それなら、明日食堂で出遭うかも知れない。向こうがおまえを覚えていたら、チームに入れるだろう。」
「父さん・・・」
「ん?」
「俺、ポーレットを亡くして哀しいのに、その一方でドームの中が珍しくてテンション上がりっぱなしだ。こんなの可笑しいよね?」
「いいや。」

 ダリルは空になったグラスを受け取り、水場で洗った。

「おまえの心がバランスを取ろうと努力しているのさ。悲しみだけで生活していたら、すぐに人生が破綻する。だから面白いことを見つけてリラックスしようと心が働いている。」
「俺、赤ん坊の為に生きると決めた。だから、楽しいことを積極的に見つけようとしているのかも・・・」
「あまり無理しなくて良いんだ。泣きたい時は泣けば良い。その為に、ドームの中に森があるのだし、瞑想室だってある。医療区の壁がクッションになっている部屋で1人で大暴れしたってかまわない。ジムで誰かに相手をしてもらって競争しても良い。」

 そして彼はふと何かを思い出した。

「そうだ、赤ん坊の名前を考えたのか?」
「女の子だし、母親の名前と同じポーレットにしようかと考えている。」
「それなら、ポーリーンと言う名もあるぞ。」
「それも良いな・・・生まれる迄、じっくり考えるよ。」

 ポーリーンもポーレットも、ポールが入っているな、とダリルはぼんやり思った。ライサンダーは気が付いただろうか。