2017年3月13日月曜日

オリジン 24

 ライサンダー・セイヤーズがドームと外界を行き来し始めて3回目の週末・・・木曜日の夜からと言う意味だが・・・金曜日の夜に一般食堂の一角でささやかなパーティーが開かれた。
 ライサンダーの娘に名前が付けられたのだ。彼が少々はにかみながら

「ルシア・ポーレット・セイヤーズ」

と名前を読み上げると、出席者達から歓声と祝福の声が上がった。出席者は「ライサンダーとその娘を友人として思う者」であれば誰でも歓迎!と言うことで、実はドーマーも執政官も含めて50人ばかりいたのだが、それではスポンサーであるダリルとポールが破産するだろうとパーティーの立案者であるクロエル・ドーマーが言いだし、会費制にした。初対面の時は少し意地悪な印象を与えてしまった厨房のピート・オブライアン・ドーマーが名誉挽回に腕によりを掛けて料理を作った。ライサンダーはシェイも呼びたかったのだが、規則でドーマーでも執政官でもない、メーカーの元使用人の彼女はドームの中に入れなかった。しかしシェイはデザートにライサンダーがお気に入りだったチョコレートムースをどっさりと作って差し入れてくれた。
 ライサンダーは友人達の間を忙しく歩き回って挨拶をした。すっかり大人として振る舞う我が子を見て、ダリルは満足そうに椅子に座ってノンアルコールのビールを飲んでいた。そんな苦いものをよく飲めるなぁ、と横でポールが感心した。ポールはお茶の渋みは平気なのにビールの苦みは苦手なのだ。

「だけど、ルシアってどこから取った名前なんですか?」

とクロエル・ドーマーが尋ねた。ダリルが知らないと答えると、ポールも知らないと言った。しかし、クロエルの隣に座っていたラナ・ゴーンはポールの目が一瞬泳いだことに目敏く気が付いた。JJが眠たそうにポールにもたれかかって翻訳機で呟いた。

「スカッシュの先生に付けてもらったのですって。」
「スカッシュの先生?」
「あいつ、スカッシュをやるのか?」

 それはポールにもダリルにも初耳だった。
 昼間はみんな忙しくて、ライサンダーが地下で娘に語りかけた後、ドームの中で何をしているのか知らないのだった。同じテーブルのメンバーで唯一人ライサンダーと同世代のJJが一番彼の行動をよく知っていた。

「地下から上がったら、ライサンダーは図書館で勉強をするの。家族関係の問題に携わる弁護士になりたいって、法律の勉強を始めたのよ。」
「へーーっ!」
「クロエル、そんな声を出して、ライサンダーに失礼ですよ。」
「僕ちゃんは感心しただけですよ、おっかさん。だって、彼はまだ子供だとばかり思ってたもん。」
「それで、勉強が終わったら、息抜きにジムへ行って、筋トレの後でスカッシュをするの。」
「そこに先生役がいるのか。誰だろう?」
「スカッシュをするヤツは大勢いるからなぁ。」
「JJ、その先生の名前は知らないのか?」
「先生は名乗らないの。」
「どんな人なんだ?」

 JJは天井に視線を向けて考えた。

「とっても綺麗な男の人だって言ってたわ。白髪のおじ様ですって。」
「綺麗?」
「白髪?」
「おじ様?」

 ダリルとポールとクロエルは互いの顔を見やった。

「まさか?」
「ローガン・ハイネ・ドーマーか?」
「他に居るか? スカッシュが出来る白髪の御仁が?」

 息子の意外な交友関係にダリルとポールは唖然とした。ラナ・ゴーンが可笑しそうに笑った。

「ハイネにはいつも驚かされるわね。先日もいきなり中央研究所にジェリー・パーカーを訪ねて来て、パーカーがびびっていましたよ。」
「ジェリーに? 局長が彼に何の用事で・・・」

 ダリルはハッとした。例の第2の運転手の件に違いない。局長もジェリーも何も言わないので、彼はその後の進展を知らなかった。
 ポールを振り返ると、ポールも考えていた。

「ラムゼイの仇を討ちたいと言うジェリーの希望に、局長は耳を傾けて下さったのか・・・」
「ああ、それで、保安課が何やら外部回線に手を加えるとか何とか言ってたんですね。」

とクロエル。

「誰かの通信を盗聴するんだって言ってましたよ。」
「盗聴じゃなくて傍受するんだろう。ジェリーは外の連中と話しをして運転手の行方を捜したいのだ。それを保安課に聞かせるつもりだ。」

 男達が何の話をしているのか理解出来ないJJは強引に話を子供の名前に戻そうとした。

「局長はどこからルシアと言う名前を思いついたのかしら?」
「さあな。」

とポールが素っ気なく応じた。

「多分、サンタルチアでも聞いていたんじゃないか?」

 そして彼は、ルシアと言う名の女性が産んだ男のグラスにビールをつぎ足してやった。

「なにはともあれ、綺麗な名前じゃないか、そうだろ、ダリル?」