2017年4月15日土曜日

奮闘 14

「局長は君に甘すぎるんじゃないか?」

 ニュカネンの愚痴に付き合うつもりはなかったが、ダリルは反論を試みた。

「局長は君の恋愛を許して君をドームの外に出した。君こそ局長に甘えたんじゃないか。」
「甘えてなぞいない。外の人間と恋愛した私の存在がドームには不都合だと考えて追い出しただけだ。」
「そうかな? 遺伝子管理局は君の仕事を大いに評価しているし、北米南部班は君をいつも頼りにしている。この街の出張所を任せる適任者を探していたら、偶々君が外の女性と恋愛したので、白羽の矢を立てたのだろう。警察の科学捜査班に配属される元局員の方が多いんだ、君の様な重要な職に就くことが彼等の憧れになっていると覚えておくが良い。」

 なんとなくダリルに丸込まれた感じで、ニュカネンは黙り込んだ。2人はキャンバス内を歩き、学舎に入った。ニュカネンのIDがあるので、学内のセキュリティはフリーパスだ。

「警察の監視下でダウン教授は何の研究をしているんだ?」
「彼女のテーマは昔から一環して『老化阻止』だよ。」
「そうか・・・それで・・・」
「コロニー人の老化速度が緩いことが羨ましいのだ。ドーマーがゆっくり歳を取ると信じているが、私に言わせれば外気の汚染が外の人間の肉体を蝕んでいるだけだ。遺伝子のせいではない。」

 ニュカネンは自身の手を眺めた。同年齢の平均的な事務職の地球人男性に比べれば、確かに肌の艶が良い。しかし18年間農作業に従事していたダリルは別にして、巡回してくる現役局員と比較すれば、老化が進んでいる様に思えた。

「コロニー人の寿命が長いのは、昔の地球人の寿命が80歳程度だった時代から少し科学技術が影響したせいだ。薬剤や医療技術で疾病の治療が進み、宇宙空間で放射線や細菌を遮断するテクノロジーが人間や動物の延命を助けた。それを地球で同じ様に行おうとすれば、ドームの様な場所が必要だ。ダウン教授は、それを理解していない。簡単なことなのにな・・・」

 ダリルは進化型1級遺伝子でも延命の限界があるのだと思ったが、口には出さなかった。学生達数名がすれ違った。彼等はスーツ姿の2人の男を見て、遺伝子管理局だ、と囁き合った。スーツ姿は珍しくないはずだが、ニュカネンの顔は学生でも知っている。大学で何か新規の研究が始まったり、問題が発生すると必ず飛んで来るからだ。
 ニュカネンは先ずダウン教授のメインオフィスを訪れた。ここには秘書がいた。教授は予定通りの第3研究室かと尋ねられ、彼は端末をチェックした。

「第3研究室です。呼びましょうか?」
「いや、こちらから行く。」
「でも、あそこは限られた人しか入れてくれませんよ。」

 ニュカネンはダリルをちらりと見て、秘書に向き直った。

「かまわない。ドアの外に出て来てもらうから。」

 2人は地下の研究室に向かった。

「あの秘書は教授に連絡するだろうな。」
「するはずだ。別に研究内容を調べに来たんじゃない、話をしに来たんだ。」