2017年4月23日日曜日

奮闘 16

 ダリルはすっとぼけてヒギンズの真似をするべきかと一瞬迷ったが、リュック・ニュカネンがミナ・アン・ダウン教授に指摘した。

「この男は貴女がご存じのセイヤーズの従兄です。」

 それでダリルは姓だけ名乗った。ダウン教授は、ああそれでよく似ているのね、とかなんとか呟いた。ダリルは従兄ではなく兄弟にしてくれれば良かったのに、とどうでも良いことを思った。
 ニュカネンが教授が書きかけていた数式をチラリと見た。

「また新薬の開発ですか?」
「ええ・・・この前のは失敗しましたからね。誰かさん達が邪魔をしてくれたお陰で。」
「その薬の件で、セイヤーズが貴女にお聞きしたいことがあるそうですよ。」

 いきなりダリルに話を降ってきた。

「例の、若返りの薬だ、セイヤーズ。」

「例の」と言われてもダリルにはピンと来なかった。ダウン教授は脳移植やクローンに関わっているはずだが、薬とは?
 ダウン教授が視線を向けたので、ダリルは座って話しませんかと提案した。
 教授は室内にいた助手達に退席を命じ、客にソファを勧めた。しかしダリルは助手達が使用していたパイプ椅子に座り、ニュカネンも同じくそちらを選んだ。教授も仕方なくそちらに腰を下ろした。

「それで?」

 彼女がダリルを見たので、ダリルは質問した。

「ラムゼイもしくはリンゼイ博士は、貴女にドームの魔法をどのように説明したのですか?」

 ダウン教授はじっと彼を見つめた。

「100年間歳をとらずに若さを保っている人がいるそうですね・・・」

 ダリルはちょっと面食らってニュカネンを振り返った。

「そんな人がいたっけ?」
「居る訳がないだろう!」

 しかしダウン教授は真面目な顔をしていた。

「髪の毛が真っ白な、若い姿を保った男性の話を聞きましたよ。宇宙でも有名だそうです。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーのことか? ダリルはラムゼイの大嘘に驚いた。ハイネ局長は確かに若さを保っているが、それは成人してから老化のスピードが落ちただけで、ゆっくりとだが確実に歳を取り続けている。ラムゼイことラムジー博士がドームから脱走した時と比べれば、ハイネは既に10歳は老化しているとわかるはずだ。50年かけて10歳しか老化していないことが「若さを保つ」ことになるのだろうか。それとも、ダウン教授はラムゼイからもっと出鱈目な情報を得ていたのだろうか。ラムゼイはコロニー人だったから、ハイネがきちんと歳を取っていくことを承知していたはずだ。永遠の若さなど存在しないのだ。きっと地球人のパトロン達から保護と資金提供を得るために、とんでもなき大嘘をついていたのだ。

「もし、そんな男性が実在するとして、貴女とどんな関係があると言うのでしょうか?」

 ダウン教授の目が光った。

「いつまでも若く美しくいたいと思うのは、世の女性たちの願いですわ。」
「つまり、その男性から若くいられる秘密を得たいと?」
「その男性の遺伝子がどうなっているのか、ホルモンの分泌や細胞の状態がどうなっているのか、知りたいと思いません?」

 ニュカネンが眉を上げて驚きの表現を示した。

「私も以前はドームで働いていましたが、そんな永遠の若さを保つ男は知りませんでしたし、知ったとしても、興味ありませんよ、教授。」
「それは貴方が殿方だからよ。」

 ニュカネンはダリルを見た。ダリルも彼を振り返った。互いに目で同じ感想を抱いたことを感じ合った。

 この女は局長を解剖しかねない・・・。