2017年4月30日日曜日

奮闘 18

 ダリルはダウン教授に次の質問をした。

「教授、その『永遠の若さを保つ男』の話を貴女以外に聞いた人はいるのですか?」

 ダウン教授は無言で彼を見返した。その目は暗く冷たい光を放っていた。

「リンゼイが私以外の誰かに話したとしても、私にはわかりませんわ。」
「では、貴女以外誰もその話をラムゼイから聞いたことがなかったと仮定しましょう。貴女はその話を誰かに聞かせましたか?」
「これは裁判なの?」
「いいえ、ただの事実確認です。答えて頂けませんか?」
「弁護士を呼んだ方がよろしいのかしら?」
「教授・・・」

 ダリルは焦るまいと自身に言い聞かせた。この医学博士と対面出来る機会は2度と来ないのだから。

「貴女は、現在トーラス野生動物保護団体の理事ビューフォード氏が遺伝子管理局の局員を誘拐して暴行した事件とテロリスト集団FOKがクローンの少年達を誘拐、殺害した事件に関係しているとして警察の監視下におられます。遺伝子管理局は警察の仕事に介入する権限を持たないし、遺伝子管理法に違反しない限り、貴女を逮捕する権限もありません。私が今確認しようとしていることは、彼等に行動を起こさせる影響力を貴女がお持ちなのだろうか、と言うことです。貴女が命令や指図をされなくても、貴女の意見を彼等が信じて動いたと考えるのは正しいのだろうか、と。」

 ダウン教授はまた黙り込んだ。影響力を否定するなら、彼女はつまらぬただの老科学者だ。1人で若返りの秘策を探求しているマッドサイエンティストだ。
 しかし、影響力があるのであれば・・・トーラス野生動物保護団体とFOKはどんなことを彼女から学んだのか。

「私にどんな影響力があると言うのでしょう。」

とダウン教授が呟いた。

「トーラス野生動物保護団体は経済界の重鎮や政治家達の善意の集まりです。誇り高い彼等が、私の様な歳を取った遺伝子学者の言うことに耳を傾けて犯罪に走るなど、信じられませんでしょ?」
「しかし、貴女は以前、遺伝子管理局の人間に接近して、クローンの大量生産の話をされましたよね。人工羊水の中にクローンをストックして、自分の肉体が老齢で衰えると脳だけクローンの体に移し替えると言う計画の話です。」

 ダウン教授がプッと吹き出した。

「あれは私の意見ではありませんことよ。リンゼイがそう言ったのです。」
「ラムゼイは可能性の講義をしただけで、それが実現不可能な考えだと言ったはずです。」
「実現不可能? 確かにそうですわ。意思をもたせずに肉体だけ成人になるまで培養するなんて、無理よね。」

 そこでダリルがはったりをかけた。

「でも、宇宙では可能なんですよ。ドームもその技術を持っている。ラムゼイはそう言ったのでは?」

 ダウン教授の眼差しが揺れた。彼女はラムゼイ博士の嘘を信じたのだ。クローンを植物状態で大量に培養出来ると言う嘘を。教授はその技術を手に入れたいと思った。脳を移植して若さを保ちたいと思った。だから、政治家達に囁いた。コロニー人を追い出してドームを地球人が手に入れるのだ、そうすれば地球の支配権は彼等のものだ。彼女はFOKにも囁いた。若くて丈夫で優秀な子孫を残す遺伝子を手に入れろ、彼等の医学者としての研究に大いに役立ち名声が手に入る。

 だが、FOKが欲しかったのは、脳内麻薬だった・・・

 1人の女が永久的な若さを欲し、周囲の男達を操ろうとして、操り損ねた。
ダリルは彼女に真実を告げた。

「ドームにもコロニーにも、人間を植物の様に意思を持たせずに成人になるまで培養する大量生産する技術は存在しません。貴女はラムゼイが援助資金を得る為に嘘を吹き込まれたのです。」

 ダウン教授は微笑んだだけだった。
 ダリルは「失礼します」と言って、ニュカネンに退席を促し、自らも立ち上がった。