2017年5月28日日曜日

家路 8

 翌朝、ダリル・セイヤーズ・ドーマーは珍しく早起きしてポール・レイン・ドーマーとライサンダー・セイヤーズの早朝ジョギングに参加した。参加理由を言わずにただ一緒について走るので、ポールは訝しがったが、敢えて訳を尋ねなかった。ライサンダーの方はX染色体の父親の気まぐれには充分慣れっこなので、父親がばてないか、それだけを心配した。

「案外早朝に走るのも気持ちが良いもんだな。」

 ダリルが息を弾ませながら感想を述べた。ポールがチラッと横目で彼を見た。

「もう息が上がったのか?」
「歳なんでね・・・」
「俺より1日若いくせに何を言う。」

 走り終わる頃に、ダリルは早起きの目的の人物をやっと見つけた。

「先に帰っていてくれ。すぐに戻るから。」

 ポール達の返事も聞かずに彼はルートを逸れてジムから出て来たネピア・ドーマーのそばへ走った。
 朝の挨拶をすると、局長の第1秘書は素っ気ない返事をしただけで、シャワーで湿った髪を朝日で輝かせながらアパートへ足早に戻ろうとした。ダリルは彼の不機嫌な顔に慣れていたので、気にせずに用件を述べた。

「局長に個人的なお話があります。休み時間で結構ですから、局長の手が空いた時を教えて下さい。急ぎではありません。」

 ネピア・ドーマーはダリルがいつも厄介事を持ち込む男だと認識していたので、局長を煩わせる用件ではないかと怪しんだ。

「用件の内容を簡単にでも教えてくれませんか? 局長はお忙しいのです。」

 仕方が無い、ダリルは正直に言った。

「脱走中に住んでいた場所を売り払いたいので、購入希望者と面会する必要があるのです。場所はドーム空港のビルで充分だと思うので、ゲートの外に出る許可を頂きたい。」
「電話やメールで済ませられないのですか?」
「購入希望者はライサンダーと娘を同居相手に希望しています。」

 ネピア・ドーマーが立ち止まって、まともにダリルを見た。驚いていた。

「どう言うことです?」
「ですから、それを説明する為に、局長にお会いしたいのです。」

 ちゃんと簡単に教えたじゃないか。詳細をここで求めるつもりか?

 ダリルはお堅い先輩に心の中で毒づいた。
 ネピア・ドーマーは渋面をしたが、頷いた。

「朝食の後で局長に伝えておきます。」
「よろしくお願いいたします。」

 ダリルは精一杯愛想良く微笑んで、第1秘書から離れた。
 コースに戻ると、まだポールが1人で待っていた。クローン育成施設に行くライサンダーを先にアパートに帰したのだ。

「まだ居たのか?」

とダリルが言うと、彼がニヤッと笑った。

「君がネピアに喧嘩を売りに行ったのかと、気を揉んだのさ。」
「危うく売りたくなったけどね。フランシスに私も会いたいので、局長に外出をお願い出来ないか、頼みに行っただけだよ。」

 するとポールは言った。

「それじゃ、俺も一緒に行くと伝えてくれよ。名目上は君の監視だ。」
「名目上? 本心は?」
「俺だって妹に会いたい時があるさ。」