2017年6月30日金曜日

侵略者 4 - 7

 肺洗浄の準備が始まった。実際に施術するのはヤマザキ医師で、彼は人体ダミーを使って練習をした。肺の洗浄は短時間勝負だ。少しでもタイムロスすると患者の肺は肺炎を起こしてしまう。
 コートニー医療区長は、医療区長会議でアメリカ・ドーム医療区の決意を述べた。賛同と反対と、双方の意見を聞き、体験談に耳を傾けた。医療区長達は、それぞれの考えを明確に示しながらも、最終的にはアメリカ・ドームの決断を讃え、万が一の時は味方になってくれると約束した。
 ケンウッドとパーシバル、それに担当の看護師ドーマー2人は機器の調整や道具を揃えた。どの準備もリン長官とそのシンパには知られないように行わなければならなかった。
リン長官にとっては、ローガン・ハイネ・ドーマーにはこのまま永久にジェルの棺の中に入って居て欲しいに違いないのだから。
 ケンウッドは、ククベンコ医師が「意識が戻らないのはおかしい」と言った言葉が心に引っかかっていた。別れ際に、ベータ星人はこうも言ったのだ。

「患者は目覚めたくないのかも知れませんね。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは自らの意志で眠り続けているのだろうか。
 ケンウッドは、あの事故があった日のことを思い出そうとした。元気だったハイネを見た最後の日だ。ハイネに生きていることを哀しんでいる様子があっただろうか。事故が起きる直前、ハイネは誰かを見送りに送迎フロアに出て来たのだ。後に多くの人々が、「何故彼があの場所に?」と疑問を口に出すほど、それは滅多にない出来事だった。リン長官の個人秘書で遺伝子管理局代理局長のヴァシリー・ノバックなどは、ハイネがドームから逃げ出すつもりだったのでは、と言い出す始末だった。
 ケンウッドはハイネの第1秘書ペルラ・ドーマーに事故の日の訪問者は誰だったのか尋ねてみた。ペルラ・ドーマーはあの後の生活の大変化ですぐにはちょっと思い出せなかった。

「ええっと・・・連邦の捜査官でしたね・・・あっそうだ、連邦捜査局の科学捜査班の主任でした。ちょっと待って下さいよ。」

 ペルラ・ドーマーは端末を操作して過去の来訪者リストを出した。事故があった日の来訪者は、ダニエル・オライオンと言う男だけだった。

「連邦捜査官と言うことは、職務上の訪問だね?」
「職務以外の訪問は一般の地球人には許可されませんよ。」

 それはコロニー人にも同じで、職務によるドーム来訪は予約が必要で、必ず来訪目的と受け容れるドーム住人の氏名を届け出なければならない。それがない来訪者はドーム空港ビルまで、となる。だが職務で来訪するにしても、通常は送迎フロアに隣接する面会スペースが限度だ。ダニエル・オライオンが遺伝子管理局本部まで入ったと言うことは・・・

「オライオン氏は、元ドーマーなのだね?」
「そうです。私が養育棟を出る前に、ドームを去った人ですがね。」

 ケンウッドは、連邦捜査官になった元ドーマーの経歴を検索してみた。すると、ダニエル・オライオンはローガン・ハイネと年齢が3歳しか離れていないことがわかった。オライオンの方が年下だ。ケンウッドは彼の顔を覚えている訳ではなかったが、頑健そうな体格で血色の良い男だった様な気がした。地球人の60代に見えたが、実際は76歳ほどだったのだろう。年上のハイネの方がずっと若く見えた。

「彼はドームによく来ていたのか?」
「私が記憶する限りでは、1年に1度の割合だったと思います。局長が倒れられてからは、来ていませんね。」

 オライオンはハイネが眠ったままであることを知らない。面会を求めてドームに断られたのかも知れない。彼はハイネが眠り続ける原因を知っているのだろうか。
 期待薄だったが、ケンウッドはオライオンに会ってみることにした。連邦捜査局にコンタクトを取る方法を知らなかったので、ペルラ・ドーマーに連絡してもらった。すると、驚いたことに、ダニエル・オライオンは定年退職した後だった。あの事故の日の3日後に、オライオンは職場を去っていたのだ。
 元ドーマーは居住する場所をドームに登録している。しかし、オライオンはリストの住所から引っ越していた。新規の住所の届け出がないのだ。これは、違反ではないか。
ケンウッドは焦ったが、心配する必要はなかった。彼がドーム職員であることは遺伝子管理局から通達が行っていたので、連邦捜査局の方で調べて教えてくれた。
 ケンウッドは半日の休暇を取ると、元ドーマーが住む郊外の住宅街へ出かけて行った。

2017年6月29日木曜日

侵略者 4 - 6

 ケンウッドがククベンコ医師から教えられた治療法は、大異変の前から地球で行われていた方法だった。ケンウッドも知っていたが、それを宇宙の果てから来た黴の除去に効果があるとは思えなかったので、今まで考えもしなかったのだ。それは、サム・コートニー医療区長やヤマザキ・ケンタロウ医師も同じだった。

「肺洗浄だって?」
「ええ、生理食塩水で肺の中を洗浄するのだそうです。」
「それだけで、γカディナ黴を除去出来ると、そのククベンコ医師は言ったのかね?」
「それだけと言っても、左肺全体を洗うので、患者にはかなりの負担になります。」

 ヤマザキが腕組みして顔をしかめた。

「ローガン・ハイネはもう1年以上眠り続けている。体力が落ちているので、実際、これは博打だな。」

 正確には1年4ヶ月と14日だ、とケンウッドは思った。アッと言う間にそれだけの歳月が経ってしまった。そんなに時間をかけて、まだ救う方法を見いだせない自分達は愚か者なのだろうか。
 サンテシマ・ルイス・リン長官は最早「ハイネを救え」とは言わなくなった。「死なせるな」はお題目の様に言うが、患者の容態について尋ねることはしなくなった。死なれると困るが、恢復されても困る訳だ。アメリカ・ドームは今や彼の趣味の場になってしまった。
 リン長官の専門は呼吸器系の遺伝ではなかったか。ケンウッドは彼がハイネの治療に一言も意見を言わないのを訝しく感じた。細菌のことは専門外だとしても、何か方法を考えることは出来るだろうに。
 リン長官は一月に1回の割合で医療区のハイネの治療室に様子を見にやって来る。そしてガラス壁越しにジェルカプセルの中に浸かっているドーマーを10分ばかり眺め、何やら意味不明の微笑を浮かべて中央研究所に戻って行くのだった。
 
「あの男は、ドーマー達をペットだと考えているに違いない。」

とヘンリー・パーシバルが吐き捨てる様に言った。彼のお気に入りのドーマー、ポール・レイン・ドーマーがリン長官の「お手つき」になってしまったのが悔しくて仕方が無いのだ。しかも、レインはそれを訴えるつもりはない。彼は母親から遺伝した接触テレパスの能力でリンの考えを読んだのだろう、長官の相手をする見返りに巧みに職場での地位を上げてもらった。彼の若さでは異例の出世スピードだ。恐らく、ハイネが元気だったら決して許さなかったであろう人事だ。一つ救いがあるとすれば、それはレインが決して喜んでいる訳ではないと言うことだった。出世は彼にとって報酬であり、長官のベッドでの相手をするのは仕事に過ぎないのだ。望まない仕事だが、する以上はもらえるものはもらっておこう、と言う打算だ。
 ケンウッドはレインの恋人であるダリル・セイヤーズ・ドーマーが可哀想に思えた。セイヤーズにはレインの様な打算的なところがない。彼は相棒が長官の部屋に何をしに行くのか知っていて、毎回引き留めようとする。戻って来たレインをセイヤーズが叱っている場合もあった。
 セイヤーズも可愛らしい顔をした若者だ。だが彼に手を出す人間はドームの中にはいなかった。この若者には奇妙な特技があった。不意打ちを食らうと電光石火の早業で相手の顔に鉄拳を叩き込んでしまうのだ。標的は無差別で、レインでさえ餌食になりかけたことがある。リン長官も1度彼に手を出そうとして危うくノックアウトされかけた。

 危険な美少年

 しかも、ポール・レイン・ドーマーはダリル・セイヤーズ・ドーマーにぞっこんだった。セイヤーズに誰かが親しげに話しかけると割り込んで睨み付ける。暇な時は、彼等はいつも2人一緒に行動していた。リン長官にとっては、セイヤーズはレインを独占するのに邪魔な存在だったのだ。

「リン長官は、ハイネを活かさず殺さずで飼っているつもりなのだろうよ。」

 パーシバルが呟くと、ヤマザキが考えを述べた。

「リンはハイネの子種が欲しいのだろう。進化型1級遺伝子の精子は高額で取引される。辺境開拓を行う企業には、開拓団の子孫の遺伝子組み換えに使えるからね。」
「ククベンコが、ハイネの遺伝子はベータ星人のメトセラ型遺伝子の原型だと言っていたよ。」
「メトセラ型はもう完成されているから、いじる余地がないんだよ。組み替えに組み替えを繰り返すと人類じゃなくなってしまうから。しかし、進化型は、まだいくらでも組み替えられる。変化出来る遺伝子だ。だから、進化型と言う。ベータ星とは異なる自然条件の惑星が発見されれば、そこの開拓団の遺伝子に組み込んで開拓地の気候風土に合わせて行けるんだ。」
「そう言えば・・・」

 パーシバルが記憶を探る表情になった。

「リンはことある毎に、ハイネを『当ドームの財産』と呼んでいるなぁ。」

 コートニーが不愉快そうに言った。

「進化型遺伝子保有者が生きていれば、ドーム事業への出資者が逃げていかないからだ。しかし、ドーム全体を養うほどの精子をハイネ1人が提供出来るはずがない。」

 ヤマザキが上司を見た。

「博士、そんなきれい事をリンが考えるはずはありませんよ。あの男は、ただハイネを抱きたいだけなんです。」

 ケンウッドはギョッとして彼を見た。パーシバルも呆けた表情で医師を見ていた。
コートニーが頬を赤らめた。彼もその懸念は持っていたのだ。ただ口に出すのを憚っただけだ。
 パーシバルが口ごもりながら言った。

「しかし・・・リンは既に・・・ポールを手中に収めて・・・」
「若いドーマーを意のままにするのとは意味が違うんだよ、ヘンリー。」

 ヤマザキはケンウッドを見た。あんたはわかるだろう、とその目が言っていた。ケンウッドは自分の考えを言葉に出してみた。

「ドームの中の地球人のトップを服従させたいのだね。」
「その通り。」

 コートニーが表情を引き締めた。

「私はこれから地球上の各ドームの医療区長と映像会議を開く。肺洗浄効果の可能性に関する意見を聞いてくる。」
「反対されたら?」
「反対されても、私はやる。それしか方法がないのであれば・・・」

 彼はヤマザキを見た。

「君に無理強いはしない。ここで降りても良いんだ。ハイネは死ぬかも知れない。その時、責任を取らされるのは私独りで充分だ。」

 ヤマザキが笑った。

「1年4ヶ月面倒を見てきたドーマーをここで見捨てろと、私に仰るのですか、博士? 私もやりますよ。」

 ケンウッドも声をかけた。

「私も医療の知識はありますよ、医療区長。外科医ではないが、機器の使用は出来る。」
「僕は・・・」

 パーシバルはためらった。彼は外科医でなく、医療機器もあまり扱ったことがない。顕微鏡専門だった。

「透視機器の監視程度なら力になれると思う。」

おいおい、とコートニーが苦笑した。

「君達3人と心中しろって言うのか?」


2017年6月28日水曜日

侵略者 4 - 5

 ククベンコ医師はケンウッドの懸念に気が付かなかった。

「ガンマ星で生まれた子供は第1世代の親より早く成長し、早く歳を取って死んでいきました。その子も、その孫も・・・第1世代より早く老化するのです。
 遺伝子が太陽系時代のオリジナルに勝手に戻ってしまう。それがγカディナ黴の胞子が舞う星の運命でした。」
「すると・・・」

 ケンウッドはデニングズが牛の細胞を地球に運んで来たことを告げた。

「彼の牛の細胞は地球のものとよく似ていましたが、あれは品種改良したはずの牛の子供が先祖返りしたものだったのですね?」
「そうです。彼は恐らく先祖返りのメカニズムを解明したくて、地球で働く貴方がたに協力を要請するつもりだったのでしょう。」

 ケンウッドは深い溜息をついた。

「皮肉ですね、私達は地球人を先祖返りさせるメカニズムを探求しているところなのです。」

 もしかすると、γカディナ黴で女の子を誕生させることが出来るのか? 一瞬そんな希望がケンウッドの心に浮かんだが、彼はそれをすぐ打ち消した。それはあまりにも危険過ぎる。デニングズの最期の光景が目に浮かんだ。吐血して、呻いて、全身を震わせて・・・。

「貴方の所の患者はどんな様子なのです?」

 ククベンコが質問したので、ケンウッドは端末でハイネの病状を見せた。高熱は治まったが、微熱が続き、意識はなく、ただ自発呼吸はしている。ククベンコは「綺麗な人ですね」と呟き、画像を順番に送っていった。そして身体透視画像になると見るスピードを落とし、ドームの医師達が見落としたものがないか探るかの様にじっくりと眺めた。

「体表の黴は死滅していますね。脳は無事だ。血管が綺麗に映っているから、確証出来ます。何故目覚めないのかなぁ・・・」
「左の肺に黴の株が一つあります。これが難問で、マイクロ波で焼いてもすぐ場所を変えて出てくるのです。血液の中に菌糸をばらまいていて、株がやられると別の株をすぐに作るらしくて。」
「株の退治方法は後で教えて差し上げます。ただ意識が戻らないのが解せないのです。カディナ病は高熱さえ取れれば意識は保っていられる。この患者の様に眠り続けるのは初めての症例です。」
「彼は特殊遺伝子の保持者なのですが、それが原因でしょうか?」

 ククベンコがケンウッドに端末を返しながら、特殊遺伝子?と聞き返した。
ケンウッドはローガン・ハイネ・ドーマーが持って生まれた進化型1級遺伝子を説明した。するとククベンコが驚いた顔をした。

「なんと、それは我々メトセラ型の原型遺伝子ですね! 所謂『待機型』と呼ばれたものです。しかし、宇宙飛行士を待つためだけの遺伝子なんて意味がない、と言う理由で応用はされなかったと聞いています。メトセラ型は『待機型』をさらに改良して開拓移民のために創られたのです。あなたの患者は恐らく『待機型』開発の際に被験者になった人間の子孫なのでしょう。」
「γカディナ黴は改良遺伝子を先祖返りさせるのでしたね。私達の患者の肺にいる黴は彼をオリジナルの型に戻そうとしているのでしょうか?」
「いや、感染しても1代目は遺伝子に影響しません。彼の子供の代で影響するのです。彼の肺の中で行われているのは、何とかして仲間を増やそうとする黴と、そうはさせまいと抵抗する彼の抗体の闘いのはずです。」
「だが、今のところ黴が優勢の様子です。」
「どんな治療法でしたっけ?」

 ケンウッドは再びジェル浴室の画像を出してククベンコに見せた。ジェルの薬剤の名前も告げた。ククベンコは頷いた。

「あながち誤った療法でもありません。体表の黴には効いています。しかし肺の中にジェルは入って行かないでしょう。」

 ククベンコは少し躊躇ってからケンウッドの目を真っ直ぐに見つめた。

「博打に近いですが、確実に肺の中にいる黴を全滅させる方法が一つだけあります。一つ間違えると患者を死なせてしまう非常に危険な賭ですが・・・」


侵略者 4 - 4

 ベータ星から来た医師は、ウルバン・ククベンコと名乗った。ケンウッドは彼と月の宇宙港に隣接するホテルのククベンコ医師の部屋で出会った。
 互いの自己紹介の後、ククベンコはすぐに本題に入ってくれた。

「カディナ黴に起因する病気の治療法をお知りになりたいと言うことでしたね?」
「そうです。」

 ケンウッドは手短にアメリカ・ドームで起きた事件を語った。ククベンコはブルース・デニングズを知らなかったが、ガンマ星が抱える問題は知っていた。

「ガンマ星の大気には、カディナ黴の胞子が大量に混ざっているのですよ。」
「では、病人が多いと?」
「それが、そうでもないんです。発症するのは、大陸北部のごく一部の住人だけなのです。なんと言いますか、風土病みたいなものでして。」

 ケンウッドはベータ星、ガンマ星の開拓が始まったのは何時だったかと考えた。最果ての人類居住可能な星が発見されたのは、せいぜい150年前ではなかったか。それなのに、もう風土病が現れたのか。

「その土地と他の土地はどう違うのですか?」
「カディナ病は砂漠の病気なのです。」
「砂漠?」
「空気が乾燥して、食物は貧しく、水が不足している土地です。それにそこに住んでいるからと言って、必ずしも罹る訳ではない。」
「確か、カディナ黴は空気感染はしないのでしたね?」
「しません。接触感染と飛沫感染です。」
「では、最初の宿主となった人は何か身体的な特徴があったのですか?」

 ククベンコはケンウッドの目を見た。そして首を振った。

「宿主は人ではありませんでした、牛だったのです。」
「牛?」

 ケンウッドは自分でも間抜けな声を出したと思った。

「牛って・・・」
「砂漠地帯に強い品種の牛を辺境開拓に連れて行き、さらにそこで品種改良したものを、ガンマ星で試験的に飼育したのです。その時に、牛に現地で産出した岩塩を与えたのだそうです。その塩に黴が混ざっていたのです。」
「牛はどうなりました?」

 ククベンコは複雑な表情をした。

「最初の世代では何も起こりませんでした。ところが次の世代の仔牛が生まれると、異変が起きました。さっき私は、牛は品種改良されたものであったと言いましたね?」
「ええ。」
「出来るだけ多くの仔牛を産むように、長生きさせる改良をしたのです。交配によってではなく、遺伝子操作でね。ところが、2世代目の牛は、短命でした。いや、地球で飼育されていた時代の時間しか生きられなかった。そして3代目も4代目も・・・」
「牛はオリジナルに戻ったと言うのですか?」
「そうです。遺伝子が勝手に先祖還りしてしまったのです。 原因が黴にあることが判明したのは、ほんの数年前です。手遅れでした。」
「牛は全部先祖還りを?」
「牛だけではありませんでした。人間もです。」
「人間?」

 ククベンコは自身のIDカードを出した。

「私はベータ人で、ガンマ星に降りたことはありません。」

 彼のIDに、遺伝子情報の欄があった。

「辺境開拓団とその子孫には、遺伝子情報を登録しておく義務があります。宇宙船の事故や惑星での不慮の災害に遭った時の身元確認のためです。私の遺伝子情報を見て下さい。プライバシーはお気になさらずに、遺伝子学者としての貴方の良識で見て頂きたい。」
 
 ケンウッドはククベンコの遺伝子情報の中に、知っているが本物は見たことがない言葉を見つけた。彼は顔を上げてベータ星人を見た。

「メトセラ型?」
「ええ、改良型遺伝子です。辺境は太陽系から遠く、たどり着くまで時間がかかります。
私もここへ来るのに最長ワープを5回体験しました。」
「メトセラと言う言葉から連想するに、貴方は長命の遺伝子をお持ちなのですね?」
「私だけでなく、ベータ星の入植者は全員持っています。ですから、我々の平均寿命は300年です。」
「300年!」

 太陽系の常識では、人間はどんなに頑張っても150年が限度となっている。300年とは、誇張しているのではないのか? 
 しかしククベンコは真面目な顔をしていた。

「科学の力で、我々は3世紀を生きることが可能になりました。ところが、そのベータ星人がガンマ星に入植すると、寿命が縮んだのです。元の地球人のように、100年未満となりました。」
「それは確かですか?」
「確かです。メトセラ型は、生まれてから成長する速度が遅いのです。しかし脳の発達は太陽系の人間と同じです。ですから、貴方が見ると、8歳の子供がオフィスで働いている様に見えますが、実際は24歳です。」

 では、目の前にいるこの男は何歳だ?



2017年6月27日火曜日

侵略者 4 - 3

 ブルース・デニングズがアメリカ・ドームに持ち込んだガンマ星の「遺伝子異常のサンプル」は人間のものではなかった。牛の細胞だった。ケンウッドはがっかりしたが、取り敢えず地球の牛のものと比較してみた。両者はよく似ていて、どこが悪いのかケンウッドは見当も付かなかった。
 自身の本業とγカディナ黴に起因する病気の治療法の研究の両立は時間のやりくりで何とかやっていけた。
 ドームに以前のようなゆったりとした日々が戻って来た。入院した人々が恢復して職場復帰して、新しく遺伝子管理局に入った3人の若いドーマーも抗原注射を打たれ、先輩達に連れられてドームの外へ出かけたり、本部のオフィスで書類を書いたりと働き始めた。
 その間に、サンテシマ・ルイス・リン長官と彼のシンパの執政官の行動が少しずつ派手になってきた。今までそこに居るだけで彼等を牽制していた遺伝子管理局の局長が入院中なので、好き放題を始めたのだ。研究所の助手をしているドーマー達や、「お勤め」で研究所に来たドーマー達が被害を受けた。リン長官の取り巻き達は、職務中は素手で検査対象のドーマーに触れてはいけないと言う地球人類復活委員会の規則を平然と破った。
 最初は素手で肌を撫でるところから始まり、やがて生殖細胞採取の際、ドーマー本人が行う動作を彼等が手を添えるようになったのだ。ドーマー達にとって、これは法律違反どころのレベルではない、重大な侮辱行為だった。
 助手達から話を聞いたケンウッドやパーシバル、その他古くからドームで働いてきた執政官達は長官に意見したが、注意しておくと言う言葉であしらわれた。
 パーシバルはお気に入りのドーマー達を守る為、ファンクラブを結成した。ドーマーが公の場にいる時はファンクラブのメンバーで取り巻き、リン長官のシンパが近づくと牽制した。しかし、ドーマーの人数は執政官より遙かに多い。全員を守りきれるものではない。
 リン長官とそのシンパの質の悪いところは、手を出したドーマーには優遇処置をとることだった。最初はショックを受けて抗議したドーマー達も懐柔されて大人しくなってしまう。ケンウッド達が被害届を出すよう勧めても、やがて有耶無耶になってしまうのだった。
 ケンウッドは焦りを感じた。動けば長官に反体制派として粛清される。しかし良心には逆らえない。この閉塞感を打開するには、やはりハイネを目覚めさせなければならないと彼は決意した。
 ガンマ星の住民が太陽系に来ていないかと調べてみたが、見つからなかった。そこで試しにガンマ星の隣、入植者の基地があるベータ星の住人を調べると、木星の第1コロニーに1人の医師が研修に来ていることがわかった。早速連絡を取ってみると、会ってくれると言う返事が来た。落ち合う場所は月にした。ケンウッドは新たな訓練所の生徒を抱え込むことになり、長時間ドームを離れる訳にいかなくなったからだ。


 

2017年6月25日日曜日

侵略者 4 - 2

 パーシバルの病室を辞して、ケンウッドはジェル浴室へ足を向けた。ジェル浴療養者は面会謝絶なのだが、彼は担当者に会いたかった。そこの医師はヤマザキ・ケンタロウと言う火星第5コロニー出身の医学者だ。ケンウッドはアジア系の彼のどちらが名前でどちらが姓か未だに覚えられない。だからケンと呼ぶが、ケンの方もケンウッドをニコではなくケンさんと呼ぶので時々周囲を混乱させる。
 ケンウッドがレセプションで「ケン医師に面会したい」と言うと、受付のドーマーが電話で呼んでくれた。

「やぁ、ケンさん、何かご用かな?」

 パーシバルがジェル浴を受けていた頃は頻繁に様子を伺いに来ていたので、すっかり顔を覚えられている。ケンウッドは彼をレセプションデスクから離れた位置に連れて行った。

「リン長官はここへ来ることがあるかね?」
「長官が?」

 ヤマザキ医師は怪訝な顔をした。

「あの鷲っ鼻がここへ来るなんて、10年たってもないだろうね。」
「来たことがないのか?」
「部下達が入院していても様子さえ聞きに来なかったぜ。」
「彼のシンパは?」
「秘書が電話を掛けてくるだけだ。遺伝子管理局長はまだ目覚めないのかってね。」

 パーシバルの毒薬説はただの空想に過ぎないようだ。ケンウッドがふっと肩の力を抜くと、ヤマザキ医師が苦笑した。

「もしかして、リンの一派がハイネに余計な手出しをしていると思っていたのか?」
「いや・・・お恥ずかしい・・・」

 ケンウッドは、それがパーシバルの考えだったとは言わなかった。万が一誰かが聞いていてリン長官とそのシンパの耳に入ればパーシバルは苦しい立場に追いやられるだろう。
 ヤマザキ医師が手招きしたので、ケンウッドは黙って付いていった。2人はジェル浴室区画に入った。ガラス壁の向こうにカプセルが数基並んでいた。薄桃色の半透明のジェルの中に全裸の男性が浸かっているのが見えた。口と鼻の部分だけマスクがぴったりと装着されており、チューブで外に繋がれていた。

「防護服着用でなければガラス壁の向こうへは入れない。」

とヤマザキ医師が説明した。

「チューブは呼吸専用で酸素を補給して二酸化炭素を排気しているだけだ。麻酔ガスを仕込みたければ、奥に見える空気清浄機に細工が必要だ。
 ジェルは隣室でドーマーが調合する。私が必ず立ち会い、コートニー博士のレシピ通り作る。レシピはパーシバル博士のもハイネ局長のも同じ内容だ。
 ジェル交換は毎朝5時に行われる。意識がある患者はジェルから出ると自分で体を洗浄して乾燥させるが、ハイネは意識がないのでドーマーの看護師が2人係で洗浄と乾燥を行う。2人共防護服着用であることは言う間でもない。」
「栄養や水分補給はどうしているんだ?」
「ジェルから直接皮膚が吸収している。」

 もし何か悪巧みが為されているのなら、ヤマザキ医師を疑わなければならない。ケンウッドはパーシバルの毒薬説を捨てた。

「ケン、君の率直な意見を聞かせてもらっても良いかな? ハイネは何故目覚めないんだ? 他の患者は全員快方に向かっていると言うのに・・・」
 
 ヤマザキ医師はガラス越しにジェルのカプセルを見つめた。

「進化型遺伝子は人工のものだが、謎が多いのも確かだ。」

と彼は呟いた。

「彼が生きていると言うことは、彼の体が病原菌と闘っていると言うことだ。」
「菌は死滅していないのか?」
「残念ながら、彼の体内の黴はまだ生きている。レシピ通りの薬剤は効いていないが、全く無駄とも言えない。今治療を止めれば、忽ち菌は増殖するだろう。」
「彼の細胞は他人よりも菌に弱いと言うことなのか?」
「真実、無菌のドーマーだからな。」

 ヤマザキ医師はケンウッドを振り返った。

「死亡した訪問者だが、彼は何をしにここへ来たんだね?」

 ケンウッドは思い出そうとした。会議室でコートニー医療区長が何か言っていた。随分昔の出来事の様で、なかなか思い出せなかったが、不意に記憶が蘇った。

「彼はガンマ星から遺伝子異常のサンプルを持って来た、と聞いた。一体どんな遺伝子異常なのだったのだろう? 」
「サンプルは何処にあるのだ?」
「彼の遺品は家族が引き取ったが・・・遺伝子サンプルなど持ち帰っただろうか?」

 ケンウッドとヤマザキ医師の目が合った。
 ヤマザキ医師が尋ねた。

「君は遺伝子学者だな?」
「そうだ。ガンマ星から持ち込まれたサンプルを探して分析してみるよ。」

侵略者 4 - 1

 ブルース・デニングズが亡くなり、遺伝子管理局の局長が入院したままの状態で3人の若者の入局式が行われた。ドームの中は3人の若いドーマーのりりしく美しいスーツ姿が暫く話題になった。特にポール・レイン・ドーマーが美し過ぎて誰もがうっとりするようだと評判だった。
 ケンウッドは人間の外観の美醜などに興味はなかった。ポールの父親ポール・フラネリー元ドーマーを始めとする6名の元ドーマーの協力を無にすまいと外気と皮膚の衰えに関する研究に没頭した。そして時間があれば医療区のヘンリー・パーシバルを見舞った。
 パーシバルは感染した状況を考えればかなり危険な場面にいたのだが、幸い軽くて済んだ。元々頑健な体の持ち主で、黴の菌糸も彼の細胞を攻めあぐねたのかも知れない。
γカディナ黴のカディナ病は、感染後1週間で発症するが、パーシバルは発熱も倦怠感もなかった。コートニー医療区長は彼の体内の菌糸はほぼ死滅したと思えると長官に報告したが、なおも用心の為に一ヶ月の療養を設定した。
 ケンウッドが見舞いに行くと、パーシバルはガラス張りの隔離病室にいた。寝間着姿で机に向かって仕事をしていたので、ケンウッドは安堵した。マイクを通して話しかけた。

「昨日からジェルを出ていると聞いて来たが、もう仕事をしているのかい?」
「ああ、寝ていると退屈だし、研究の遅れが気になってね。」
「元から休暇は2ヶ月取れるのだから、ちゃんと休養して治したまえ。」
「そうは言っても、コンピュータがあれば仕事は出来るのだから、僕の退屈凌ぎの方法にケチをつけないでくれよ。」

 そしてパーシバルは溜息をついた。

「折角ポールの入局式を見てやるつもりで早く休暇を切り上げたのに、無駄足だったなぁ。」
「レインのスーツ姿なら、コンピュータで見られるだろう。」
「生と画像では違うよ。」

 彼は画像を出した。

「セイヤーズもニュカネンも可愛いなぁ。だが、やっぱり一番の美形はポールだよ。」

 何故ポール・レイン・ドーマーだけが名前で他は姓なのだ? とケンウッドは疑問に思いながらも、パーシバルの感想が正しいことは認めた。

「彼は美し過ぎる。それが彼自身にとって災いにならなければ良いがね。」

 するとパーシバルの表情が曇った。彼はマイクを通す声のトーンを落とした。

「ニコ、ハイネはまだ意識が戻らないのか?」

 ケンウッドは暗い顔で頷いた。
 ローガン・ハイネ・ドーマーは発症してしまったのだ。入局式に画像で参加した翌日だった。と言うより、入局式に顔を出させる為に医療区が彼をジェルから出した時点で発熱が始まっていた。リン長官は彼の病気が若者達に知られないように、3人が入局の挨拶と自己紹介を済ませると、局長の訓示も言わせずにカメラを止めさせた。その後、ハイネは付き添っていた秘書のペルラ・ドーマーに業務の引き継ぎを行い、それから再びジェルのカプセルに戻ったが、それきり、翌日ジェル交換の為にカプセルから出しても目覚めなかった。高熱が続き、皮膚の色艶が失われていった。
 リン長官は柄にもなくうろたえた。
 進化型1級遺伝子保有者は地球の表面には出せないが、宇宙開発の為には必要な遺伝子を持っている。地球人保護法でコロニー人が地球人に病気や怪我をさせて死なせるのは重大な過失罪となるのだが、進化型遺伝子保有者を失うことは、ある種の財産を損失することにもなる。辺境開発をしている大企業が最先端の開拓基地で働く労働者を育てる為に、地球人にストックされている進化型1級遺伝子を購入に来る。ハイネの遺伝子は労働者本人ではなく待機家族の為に開発されたものだが、「老化を遅らせる遺伝子」は人類にとって魅力的であることに間違いない。その遺伝子保有者がいるドームの株は値が高いのだ。
 リン長官はコートニー医療区長にハイネを死なせるなと厳命した。言われなくても努力しているコートニーと彼の部下達は大いに憤慨したが。

「無菌状態で育てられて79年だからなぁ。初めて病原菌を体内に取り込んでショック状態に陥っているんじゃないのか・・・?」

とパーシバルが呟いた。彼とて50年そこそこしか生きていないのだが、他の執政官同様、自身より年長のドーマーでも子供の様に考えている。彼は消毒班の若いドーマー達が彼と同じく軽く済んだことを感謝しつつ、高齢の遺伝子管理局長を気遣った。

「私は、彼の遺伝子の仕業じゃないかと疑っているよ。」

とケンウッドは呟いた。

「γカディナ黴の菌糸は細胞核に侵入して、彼の染色体に触れたのかも知れない。菌の遺伝子情報に変化が起きた恐れもあるのだ。」
「おいおい、ニコ、そんな恐ろしい仮説を立てないでくれ。」

 遺伝子学者らしくない苦情をパーシバルは申し立てた。

「だが、下等な生物ほど遺伝子組み換えは起こりやすい。」
「ハイネの細胞が突然変異を起こした黴に侵略されているって考えているのか?」
「薬が効かないのが彼だけだと言う事実を考えてみるとね。」

 可哀想にと呟きながら、パーシバルは顔を手で撫でた。そして、ふと手を止めた。

「まさか、毒を盛られているんじゃないだろうな?」
「何だって?」

 ケンウッドは友人が冗談を言ったのかと思った。しかし、パーシバルは真面目な顔をした。

「ハイネが元気になると困るヤツがいるってことだよ。」


侵略者 3 - 4

 女性執政官の質問に答えたのは、医療区長サム・コートニーだった。

「まず、重篤患者からお答えする。
 γカディナ菌をキャリーしていたのは木星第4コロニー出身のブルース・デニングズ氏。当ドームにガンマ星で確認された入植者の遺伝子異常を調査するサンプルを運んで来たベータ星基地の遺伝子学者だ。彼の研究内容に関しては、本会議の主旨に外れるのでここでは言及しない。デニングズ氏は今も重態で、リン長官は本会議が始まる直前に木星第4コロニー政府に対し彼の家族に連絡を取る様要請された。」

 つまり、恢復の見込みはないのだ。ケンウッドはますます気が滅入った。
 
「次に、当ドーム勤務の執政官ヘンリー・パーシバル博士。」

 えっとケンウッドは医療区長の顔を振り返った。会議室内の人々ほぼ全員が同じ行動を取ったはずだ。コートニーは淡々と事実を告げた。

「パーシバル博士は、月からのシャトルでデニングズ氏の隣の席に座っておられた。不幸なことに、飛沫感染とデニングズ氏が吐血した際の接触感染をしてしまった。まだ発病の有無は確認されていないが、最も危険に晒された人だと言える。
 パーシバル博士は現在薬剤ジェルのカプセルに全身を浸けられ、体内の菌糸が死滅するのを確認する迄出られない。本人は現在は元気なので、身動き出来ない状態に置かれたことは実に遺憾である。」

 パーシバルは取り敢えずは元気なのだ。ケンウッドは微かながら救われた気分だった。

「次は遺伝子管理局のローガン・ハイネ・ドーマー局長。」

 コートニーはそこで深く息を吸って吐いた。

「偶然送迎フロアに居合わせて、よろめいたデニングズ氏を支えたところでデニングズ氏の吐血を浴びた接触感染だ。皮膚表面だけでなく、爪の中などにも血液が入り込んでいたので、現在は元気だが、場合によってはパーシバル博士より危険な状況にいる可能性が大きい。治療法はパーシバル博士と同様薬剤ジェルの全身浴だ。」
「死なせるなよ。」

と言ったのはリン長官だった。

「ドーマーをコロニー人の不手際で死なせたとあっては当ドームの名折れだからな。」
「承知しています。」

 コートニーはムッとして言った。
 彼はリンとこの場で言い争うつもりはなかったので、次の患者の情報に移った。
3名の訪問者はそれぞれシャトル内での飛沫感染と思われ、残りの2名の消毒班のドーマー達は接触感染か飛沫感染か判明しなかったが、菌を移されていたことがわかったので、彼等も薬剤ジェル浴を施されている。
 扉の係官や薬品会社の女性は幸い無事だった。
 コートニーの報告が終わると、リン長官は室内を見廻した。

「他に質問は?」

 遺伝子管理局の局長秘書が手を挙げた。長官はドーマーに質問されると思っていなかったらしく、意外そうに眉を上げて頷いた。秘書が立ち上がり、グレゴリー・ペルラ・ドーマーと自己紹介してから、長官に尋ねた。

「10日後に遺伝子管理局の新人3名の入局式を行う予定ですが、延期すべきでしょうか。」
「入局式?」

 リン長官はまだ経験がなかった。ペルラ・ドーマーは説明した。

「新しく入局する若いドーマー達が長官と局長に挨拶するのです。」
「何処で?」
「遺伝子管理局本部の局長室です。」
「そこに私が行くのか?」
「長官は来賓として出席されるのが恒例です。」

 リン長官は少し考えた。彼はまだ一度も遺伝子管理局本部に入ったことがない。着任の挨拶すら行かなかったのだ。中央研究所の自分の執務室に局長を呼びつけたのだから。
 彼は秘書を見た。

「入局式は長官室で行おう。」

 またもや約束事を無視した言葉に執政官達はぎくりとした。地球人を敵に回すつもりなのか?
 リン長官は部下達の危惧をおかまいなしに言葉を続けた。

「ハイネは病人だ。ジェルの風呂から出られない。だから若い連中は私の部屋へ寄越しなさい。そこでハイネは医療区から画像中継で彼等の挨拶を受けるのだ。部屋の主が不在なのにそこで画像相手に入局式をするのは可笑しいだろう? 私の部屋なら、私が部屋の主で若者達の目の前にいるから、様になる。」

 執政官達はペルラ・ドーマーの表情をそっと伺った。地球人を怒らせたらドームの中の業務が完全に止まってしまう。ペルラ・ドーマーはその場の感情に左右される愚かな人間ではなかった。彼は形式にこだわるより、ここは長官に従って、ドームの真のトップが一日でも早く戻ることを願うことにした。

「わかりました。入局式は長官にお任せします。局長業務は私と第2秘書でなんとか補助しますが、局長署名の必要な事案はどう致しましょうか?」

 まさか面倒臭い書類仕事まで貴方がするんじゃないでしょうね、とペルラ・ドーマーの目が言っていた。リン長官は平然と答えた。

「代理局長を置く。ヴァシリー・ノバック君だ。」

ええ?! と室内のあちらこちらから声が上がった。ケンウッドも耳を疑った。ヴァシリー・ノバックはドーマーではない。コロニー人だ。しかもリン長官の個人秘書で公的秘書ではない。
 ペルラ・ドーマーの顔が青ざめた。

「コロニー人に遺伝子管理局の采配をさせるおつもりか?」
「そんなつもりはない。」

 リン長官は部下達の動揺をものともせずに言った。

「ノバックは殆ど地球にはいない。形だけの局長だ。執政官諸君はそれぞれ研究があって多忙だし、複雑な遺伝子管理局の業務を任される時間も知識も技量もないだろう。だから運営は君達ドーマーに任せるが、形式上のトップの仕事は誰かがしなくてはならない。だから、ノバックにさせる。
 なに、心配は要らんよ、ハイネは直に良くなるさ。」



侵略者 3 - 3

 防疫班が来たのは20分後で、それは素早い行動だったのだが、待たされる方にとって20分は気が遠くなるほど長かった。防護服を着用したドーマー達がフロア内にいた各自を風船の様な物体で包み込んで特別検査室へ順番に運んだ。最初が重篤の吐血した男で、次にその血を浴びてしまったローガン・ハイネ・ドーマー、ヘンリー・パーシバル、それから男とパーシバルと同じシャトルに乗り合わせた乗客達、最後に扉の係官とケンウッドだった。
 ケンウッドは直ちに素っ裸にされ、もらったばかりの衣服は全て没収された。全身をくまなくセンサーで走査され、皮膚や血液のサンプルを採られた。最後に全身を消毒薬で洗浄され、僅か3時間に2度も消毒されてすっかりくたびれてしまった頃に、「陰性でした」と通知を受け、解放された。
 足早に中央研究所に向かった。外で採取した元ドーマー達の検体は無事に届けられており、彼は助手達に直ぐに検査に取りかかるよう指示を出した。検体は鮮度が勝負だ。しかし電子顕微鏡やゲノム分析機を前にしないうちに、長官室から呼び出しがかかった。
 嫌な予感がした。パーシバルやハイネ、ドーマー達に陽性反応が出たのだろうか。
 呼ばれたのはサンテシマ・ルイス・リン長官の部屋ではなく、その隣の会議室だった。ケンウッドが扉を開くと、大方の執政官が既に着席しており、長官は保安課長のダニエル・クーリッジに小言を言っていた。

「・・・だから、何故彼があそこに行くのを許したのだ? 彼は当ドームの財産だぞ。送迎フロアに行かせるとは何事だっ!」

 ケンウッドはそっと自席に座った。素早く視線を走らせると、ヘンリー・パーシバルの席は空で、遺伝子管理局長の席には局長秘書のドーマーが座っていた。ケンウッドは気が滅入るのを感じた。臨席の執政官が「災難でしたね」と囁きかけてきた。

「でも貴方がご無事で良かったですよ。パーシバル博士は陽性反応が出て入院されました。」
「ハイネ局長もですか?」
「ええ・・・だから長官が怒っているんです。遺伝子管理局の局長が客を見送るなんて先例がなかったので・・・」

 リン長官の小言が一段落ついたらしく、会議室の奥が静かになった。保安課長が着席するのを待って、リン長官が室内を見廻した。

「諸君、忙しい中を集まってもらって申し訳ない。知っての通り、本日午後4時27分、当アメリカ・ドームの送迎フロアにおいて、γ型カディナ病の罹患者が確認され、当ドームの職員4名と訪問者3名に感染が認められた。」

 室内に溜息がもれた。

「γカディナ病を知らない人の方が多いと思うが、これは現在開拓中の辺境の惑星で発見されたカディナ黴の一種から起因する病気だ。この黴は動物の細胞内に菌糸を侵入させ、細胞核を破壊する。通常は潜伏期間が短く、感染して1週間で発病し、内臓を破壊されて2週間で死亡する恐ろしい病気だが、幸い発病後1週間以内にワクチンで治療出来る。
今回の症例は珍しく、罹患者は菌を体内に取り込んだ直後に惑星を離れ、宇宙空間を旅して来た。キャリーしたまま無重力の世界に一月ばかりいたので、γカディナ黴は休眠していたと思われる。それが地球に到着して重力を感じた途端に黴が発芽し、そこに体内消毒薬を服用したことで菌糸に異変が起きたと考えられる。
 推測ばかりで申し訳ないが、なにしろ発見されて歳月の経っていない病原菌だ。謎が多い。
 幸いなことに、当ドームの職員達の機転でフロアは直ちに封鎖され、菌の拡散は防げた。君達は安心して通常業務に励んで欲しい。
 ただし、この事件は重大であることに変わりない。多くのドーマー達に動揺を与えぬように、出来るだけ情報の拡散は抑えて欲しい。特に若い者達には伏せておくように。
 また、外部には決して漏らしてはならない。当ドームが宇宙からの危険な病原菌で例え一時的にしろ汚染されたと地球人が知ればパニックを呼び起こす恐れもある。」

 執政官の中から「質問」と声が上がったので、長官はそちらを見て、頷くことで発言を許した。
 1人の女性執政官が立ち上がった。

「感染者の氏名、容態と治療法を教えて頂けないでしょうか? これは私達の仲間に起きたことですから。」




2017年6月24日土曜日

侵略者 3 - 2

 防疫班が到着する迄の間、全ての出入り口を塞がれた送迎フロアで、10名の人間が何が起こっているのかわからぬまま時を過ごしていた。
 ケンウッドは一番ドームの入り口に近い場所にいた。その場所から動くことをハイネが許さなかった。ゲートの係官は遅れてフロアに入ってきていた人々をフロアのベンチスーペースに案内してそこで座って待機するよう誘導した。その後で彼は遺伝子管理局長を手伝おうとしたのだが、それもハイネは禁じた。
 ヘンリー・パーシバルだけが彼のそばにいた。

「僕はその人とシャトルの中でずっと隣り合って座っていた。もし感染するなら、僕も君と同じ程度のリスクを負っている。」

 「その人」とは、ハイネの腕の中で血を吐き呻いている男性だった。ケンウッドが知らない人物だった。ハイネはその男性が誰かとは尋ねなかった。誰なのかは後で調べればすぐに判明するはずだ。ドームが身元不明の人間を決して入れたりしない。
 ハイネは患者を右側臥位で顔を横向けにして吐血しないよう静かに抱え直した。

「この人は病気ですか?」

 と彼がパーシバルに尋ねた。パーシバルが小さく頷いた。

「僕の知識の範囲内では、カディナ病と言う、宇宙黴の一種に起因する感染症に思える。」
「カディナ病なら・・・」

 ベンチに座っている女性が口をはさんだ。ケンウッドは彼女の顔は知っていた。薬品をドームに卸している火星コロニーの業者だ。

「・・・空気感染はありません。血液や唾液、汗などの体から出る液体に触れなければ・・・」

 パーシバルは自身の皮膚に付着した血液の飛沫を眺めた。そしてまともに吐血を浴びたハイネを哀しそうに見た。

「申し訳ない、この人の横にずっと居ながら、この人の容態の変化に気が付かなかった。」
「恐らく、ゲートの消毒で与えられた内服消毒薬が体内の黴を刺激したのでしょう。」

と先刻の業者が言った。 彼女はベンチスペースにいる人々を見廻した。

「私達は検査を受ける必要があります。その人と同じ空間に長時間同席していましたから。でも、その人、ドームの学者さん・・・」

 彼女はケンウッドを指した。

「貴方は大丈夫だと思います。でも検査は受けられた方が良いです。」
「わかっています。他に患者に触れた人はいませんでしたか・・・」

 ケンウッドはハッとした。

「消毒班のドーマー達がいたっ!」

 パーシバルがぎくりとして、ハイネを見た。ハイネが溜息をついた。コロニー人が地球を宇宙の病原菌で汚染してしまったのだ。



侵略者 3 - 1

 ケンウッドは元ドーマー達に案内されて2日目の午前中、郊外の森を散策した。本物の森だ。ドームの模造の森とは全く違って、草木が茂り、先の方まで緑が続いている。先が見えなかった。コロニー人はちょっとばかり恐怖を感じてしまった。勿論元ドーマー達も深入りしない。森には復活プロジェクトで蘇った野生動物が放たれ、人類よりも早く正常に戻って繁殖していた。熊や狼に出くわしたら大変だ。
 和やかな昼食会の後、名残惜しそうに見送る元ドーマー達と別れて、ケンウッドは支局の空港から飛行機でドームへ戻った。
 ドームのゲートは予想外に混雑していた。月からの定期便や、出産間近の女性達を運んで来たドーム航空班の飛行機が短時間に次々と着陸したからだ。ケンウッドは職員用のゲートに急いだ。採取した検体を早く冷蔵庫に入れたかった。
 ドームの入り口には「ゲート」と呼ばれる扉がある。全ての人間がここで消毒され、体内の滅菌処理を施されるのだ。大きく分けて、地球の一般人用の大きなゲートと宇宙からの訪問者用の小さなゲートがあり、ケンウッドは今まで小さなゲートしかくぐったことがなかったが、今日は大きなゲートのドーム職員用だ。普段はドーマーしか通らない所を執政官の彼が通ったので、係官が「あれ?」と言う顔をした。ケンウッドは「サンプル採取だよ」と申告した。相手は納得して、彼に薬品風呂への通路を示した。ケンウッドは着ていた物を全部脱いで洗濯に出し、自身は薬品風呂で全身を洗浄し、鼻腔や眼球、耳の穴、喉の奥まで消毒された。酷く面倒臭いが、これが全世界のドームでの約束事であり、ドームを出入りするドーマー達は毎日この約束事をきちんと守っているのだ。執政官が守らずしてどうする?
 消毒だけでくたびれた感を覚えながら、新しい衣服をもらって身につけ、ケンウッドはゲートの内側、ドームに帰還した。扉を抜けるとそこは送迎フロアだ。彼が出たのはドーム職員用の場所で、出産管理区とは分厚い壁で完全に隔てられている。航空班の飛行機は大陸各地の支局巡りをする遺伝子管理局の局員も運ぶのだが、今日の帰還便は誰も乗っていなかったので、ケンウッド1人だけだった。しかし月からの定期便には数名の乗客がいた。彼は彼等より少しだけ早く消毒が終わったので、フロアから出ようとした時に、ドームの内部からやって来た2人の男性とすれ違った。
 1人は珍しく送迎フロアにやって来たローガン・ハイネ・ドーマーで、もう1人はケンウッドの知らない男性だった。きちんとスーツを着て、何やら威厳を漂わせた自信ありげな風貌の男で、政治家かな、とケンウッドは思った。ハイネはケンウッドに気が付いて目礼したが、男を紹介するつもりはないらしく、そのままドームからの出発ゲートの方向へ男を案内した。どうやら外の世界からの客人の様だ。希ではあるが、時々外の警察関係の人間が違法クローン製造者、俗に「メーカー」と呼ばれる連中の捜査協力を求めて遺伝子管理局を訪問することがあるのだ。外からの訪問者の相手は局長や班チーフと呼ばれる幹部の仕事だ。用件が終わって帰る客をハイネは見送りに来たのだろう。珍しいこともあるものだ、とケンウッドは立ち止まって客がゲートの向こうへ消えて行くのを見送った。外へ出る人間は消毒を受けないから、すぐにドームから去ってしまえる。
 客が見えなくなると、ハイネが体の向きを変えてケンウッドが立っている方へ歩き始めた。そこへ消毒を終えた月からの乗客が数名出て来た。先頭は休暇を早めに切り上げたヘンリー・パーシバルだった。彼はケンウッドに気が付いた。

「やあ、ニコ、お出迎えかい?」

 彼は笑いかけて、すぐ近くにいるハイネにも気が付いた。おや? と言う顔をして彼は一瞬戸惑った。珍しい場所に珍しい人物がいたのだから当然だ。その戸惑いで彼は足を止めた。彼のすぐ後ろを歩いていた男性が彼の急停止に驚いたのか、脇へ避けようとした。彼はハイネのすぐ前に飛び出すような恰好になり、そのまま床に崩れる様に倒れかけた。彼の体が床に落ちる直前にハイネが動いて抱き留めた。その直後だった。
 ケンウッドは、ゲボッと言う音を聞いた。詰まったパイプから一気に泥水が噴出するような、そんな音だ。そして、倒れた男の口から真っ赤な液体が噴き出した。

「うわぁ!」

 叫んだのは、ゲート扉の横で控えていた係官だった。扉から出て来た人々が何事かと倒れた男とそれを抱えているハイネを見た。ケンウッドは2人の男が血まみれになっているのを目撃した。何が起きたのか、わからなかった。彼が思わず駆け寄ろうとした時だった。

「来るな!」

 ハイネが怒鳴った。 彼は扉の横で棒立ちになっている係官を振り返って命令した。

「このフロアを封鎖せよ! 誰も外に出してはならんっ!」


2017年6月23日金曜日

侵略者 2 - 4

 宴が終わり、元ドーマー達はそれぞれの家庭へと帰って行った。ケンウッドはドームの庶務班が予約してくれたホテルに入った。一流ホテルと呼ばれる高い所は遠慮したかったが、空気清浄機や清潔な水、食べ物を得られる宿となるとどうしても宿泊料金が跳ね上がる。ドームは執政官が安宿に泊まるのを良しとしないのだ。入り口でベルボーイの他にベルボーイロボット、それに警備員が居るのを見て、警備も重要なのだと気が付いた。
元ドーマー達も注意を与えてくれたではないか。コロニー人であることを周囲に勘付かれるな、と。
 採取した検体が入っている小型冷蔵ケースを自分の手に残し、後の荷物はロボットに運んでもらった。ロボットだとチップは不要だ。
 部屋はシングルだが広くて寛げた。ケンウッドはシャワーを浴びて、下着姿のままベッドに寝転がった。まさか一日芝生の大地を歩き回るとは予想していなかったが、なんとか重力にも耐えられた。それどころか、風や日光や土の匂いがとても気持ちが良かった。
コロニーにも庭園はあるし、畑もあるが、ゴルフ場の様な贅沢な土地利用は出来ない。

 地球は良いなぁ・・・

 ふと彼は、何故膨大な費用をかけても地球人類復活委員会が活動しているのか、理解出来るような気がした。

 コロニー人も自由に訪問出来る世界をこの地球上に取り戻したいのだ。

 だから自然だけでなく人間が安心して住める世界を復活させようとしているのだ。女性が生まれる惑星を生き返らせるのだ。
 1度は愛想を尽かして出て行った母星、しかし、地球はコロニーが敵うはずのない、とてつもなく大きな世界で、惑星自らが生きようとしている。

 どうしても救わなくては・・・

 何故女性が生まれないのか、その謎を解明しなければならない。コロニー人とどこが違うのだろう。地球人の遺伝子はどの時点で狂ってしまったのだろう。
 疲れがケンウッドの体に覆い被さって来た。彼はいつしか眠りに落ちた。そして夢の中で緑の大地をどこまでも歩いて行った。


2017年6月22日木曜日

侵略者 2 - 3

 元ドーマー達が持っている端末にはドーム内の旧知の者達の連絡先が入っているはずだが、彼等が直接それを使うことは滅多にないだろう。ドームの外から内へ掛けられる電話やメールなどの通信手段は必ずドームの情報管理室を経由する。話の内容を傍受されるのだ。多くの場合は無視されるのだが、たまに設定されているキーワードに触れると、情報管理室の係官に聞かれてしまうし、記録される。だから、元ドーマー達はプライベイトな話をしない。当然ながら仲が良かった友人とも疎遠になってしまう。

「ですから、ドーム内のニュースは、遺伝子管理局の連中や庶務班が仕事で外に出て来た時に接触して情報をもらうのです。」

と元ドーマーの1人が説明した。

「フラネリーの息子の噂は僕等も聞いています。元気に成長しているなら、それで充分です。」
「それに、フラネリーには恐い奥方がいるしね。」

元ドーマー達がドッと笑った。フラネリーも苦笑した。ケンウッドは何が可笑しいのかわからない。怪訝な顔をすると、元遺伝子管理局の男が自身の端末を操作して1人の美しい女性の写真を出した。おいおい、とフラネリーが腕を伸ばして彼を止めようとしたが、彼はケンウッドに写真を見せた。

「アーシュラ、フラネリーの奥方ですよ。かなりおっかない。」

 フラネリーは恐妻家か、と思ったが、そう言う意味ではなかった。フラネリー本人が渋々白状した。

「家内は接触テレパスなんです。」
「えっ?!」

 ケンウッドは一瞬耳を疑った。そんな能力を持った女性クローンが地上に放たれたままになっているのか?
 ケンウッドの驚きは元ドーマー達にはっきりと伝わった。執政官でも専門分野以外のことには疎いのだ。それを元ドーマー達は執政官以上に承知していた。

「博士、テレパシー能力は人工的なものじゃありません。昔から地球人が持っている能力の一つです。だから、進化型遺伝子と違って、フリーパスでクローンが創られる。アーシュラ・フラネリーのオリジナルのコロニー人も接触テレパスのはずですよ。」
「では、マザーコンピュータには・・・」
「登録されてはいますが、注意事項程度でしょう。ですから・・・」

 フラネリーは真面目な顔になった。

「家内はドームで行われていることを知ってます。いえ、私が知っていることを全て知っていると言った方がよろしいかと・・・」
「なんだって?!」

 ケンウッドは絶句した。アーシュラと言う女性は、自身がコロニー人のクローンであることも、地球に女性が生まれないことも、取り替え子のことも全て知っていると言うのか? この地球の最高機密をテレパシーで知ってしまったのか?
 フラネリーが彼を慰める様な口調で言った。

「家内は他言していません。事実を知ると同時に、秘密を守ることの重要性も知ったからです。彼女は賢い女です。私と秘密を分かち合うことを受け容れてくれました。ただ・・・」

 彼は溜息をついた。

「彼女はドームに渡された次男を諦めきれないでいます。娘を愛していますが、息子も取り戻したいのです。若い頃は私に息子を返してくれとドームに交渉せよと訴えて止みませんでした。」
「今は落ち着いたのか?」
「ええ、長男と娘がいますからね。彼女は2人の子供の母親でもあります。彼女の偉いところは、残った子供達を疎かにしないことです。」

 ケンウッドは安心しかけて、ふと気が付いた。接触テレパスの遺伝子はどちらの染色体にあるのだ? 彼はフラネリーに危惧していることを尋ねた。

「もしやと思うが、君の息子は接触テレパスか?」

 フラネリーが小さく頷いた。ケンウッドは息を吐いた。因子はX染色体上にある。母親はおそらくホモ、息子はヘテロで能力が発現しているのだ。すると・・・

「ドームに残った方の息子も接触テレパスだな?」
「そのはずです。」

 ケンウッドは、少女の様に優しい顔の美少年を思い出した。コロニー人は確たる目的もなく素手でドーマーには触れない。だから今日まであの少年の秘められた能力に気が付かなかった。多分、周囲のドーマー達は知っているはずだ。知っていて執政官には告げないのだ。

 執政官なら報告しなくてもドーマーのことは知っているだろう。
 地球人のことは地球人に任せておけ。

 恐らく、そんな類の暗黙の了解がドーマー達の中に存在するのだ。
 多分、少年が生まれた頃のドームの担当者は知っていて、取り替え子に選んだのだ。
 フラネリーが微笑んで見せた。

「ですから、家内に知られたくない話を耳にしないよう、私は今日は遅れて来たのですよ、博士。息子が今何をしているなんて、知ったって何も意味がありませんからね。」



2017年6月21日水曜日

侵略者 2 - 2

 ゴルフの後、元ドーマー達はささやかな宴を設けてくれた。ケンウッドは遊びに来たのではなかったので一旦は辞退したのだが、当初の予定では2日かけて6名を訪問するつもりだったのが1日で終わってしまったのだし、それも元ドーマー達の積極的な協力のお陰だったので、彼等の顔を潰すのも良くないと思い直した。
 彼等はゴルフ場から遠くない森の中に建つこじゃれたレストランに場を移した。個室を用意してもらい、元遺伝子管理局の局員だった男がドームから支給されている端末で部屋の安全チェックを行った。盗聴や盗撮が行われていないか調べたのだ。

「神経質だと思われるでしょうが、現役時代はこれが常識だったので。」

と彼は言い訳した。ケンウッドは彼等からコロニー人であることを店のスタッフや他の客に勘付かれないようにと注意を受けた。

「地球人の中には、宇宙にいる人類が同じルーツの兄弟だと思いたくない連中もいるのです。」

と1人が恥ずかしそうに言った。ケンウッドは理解した。コロニー人の中にも地球人を野蛮人だと考える輩が存在するのだ。
 料理は素晴らしかった。コロニーでもドームでも食べたことがない食材が次々と出て来て、どれも美味しかった。ケンウッドは酒が飲めるのだが、ドーマーには遺伝子に悪影響が出ることを考慮してアルコールを極力与えないようにしている。だから元ドーマー達も飲まないだろうと思ったが、案外彼等は飲んだ。それでケンウッドも酔わない量を考えながらグラスを傾けた。

「君達は日頃からこうして集まっているのかね?」
「そうですね・・・フラネリーが市長選に出た頃からかな?」
「そうそう、後援会のふりをして集まってみたんですよ。元ドーマーが政界進出なんて前代未聞でしたから、みんなで彼の話を聞きに行ったんです。それが同窓会になってしまった。」

 フラネリーが苦笑した。

「元から私がドームを出る時の条件に、政界とドームのパイプ役になる努力をせよ、とありましたからね。仲間が政治に要望を出してくればそれを検討するつもりでいました。本当に後援会になってくれたのは嬉しかったですね。それ以上にゴルフをしながらドーム時代の話を語り合えることが幸せですよ。」
「ゴルフは良いですよ、博士。妻にも話せない内緒話が出来ますからね。」

 元ドーマー達は世間では普通の地球人の生活をしている。彼等の殆どは結婚して子供もいる。愛する家族を手に入れたのだが、彼等自身の子供時代の話は家族に対しても制限しなければならない。ドームが内部で地球人の子供を育てているなんて、外の人間は誰も想像すらしていないのだから。
 ケンウッドはふと思った。この元ドーマー達は、実の親に会おうと思わなかったのだろうか。ドームの中にいるドーマー達は実の親の存在を考えようとしない。赤ん坊の時からの教育で、自分達の境遇は理解しても親を懐かしむ感情を持たないように躾けられているのだ。しかし、ドームの外に出て一般と同じ家庭を持って、自身の親兄弟を思わないのだろうか。

「子供達を可愛いと思っているかね?」
「勿論です。」
「では、君達自身の親に会いたいと思ったことは?」

 元ドーマー達は顔を見合わせた。執政官が何をとぼけた質問をするのだろう、と言いたげに。

「親には娘がいますよ。」

と1人が呟いた。

「彼等は僕等の存在を知らないんです。だから、僕等も彼等のことを知らない方がお互いの幸福に繋がるんです。」

 模範的な回答だ。ドームの中で信仰されている宗教みたいな考え方だ。
 ケンウッドはこの件に深入りすまいと決めた。ドーマーが自身の出自にこだわり始めたらドームの秩序が崩壊していく。それに親代わりの養育係から愛情をもらって成長したドーマー達は、しっかりと己の家族を持って暮らしているではないか。
 それでも、一つ心に引っかかるものがあった。ケンウッドはフラネリーを見た。

「君はドームの中にいる息子の近況を知りたくないのか?」

 フラネリーがきょとんとした。

「息子は元気なのでしょう?」
「後数日で遺伝子管理局に入局する。」
「そうですか! ではローガン・ハイネ・ドーマーの下で働くのですね。」

 何故か彼は、息子が元気で就職することよりも、息子の上司が誰なのかが重要に思っている口調だった。
 
 この男は手放した我が子に愛情を感じていないのか?

 フラネリーは遠くを見る目をした。

「彼の下で働くのなら、大丈夫、息子は立派なドーマーとして地球に尽くしますよ。」



2017年6月20日火曜日

侵略者 2 - 1

 ケンウッドは初めてドームの外に出た。遊びではなく、職務だ。
 ドームの外には、「元ドーマー」と呼ばれる人々がいる。ドーマーとして育てられて、成長してから何かしらの理由でドームから出て暮らす許可を与えられた人達だ。彼等はドームの業務を代行する分室や、支局、出張所などの管理を任されたり、警察や病院で遺伝子の知識を活かして働いているのだ。ドームとの縁が完全に切れた訳ではなく、定期的に連絡を取ったり、召還されて業務報告を行ったりするし、科学的な研究機関が何か遺伝子管理法に抵触するような動きをすると通報もする。これらの業務の統括は遺伝子管理局が行っているので、執政官には関係ない。コロニー人は地球の政治や文化、犯罪に干渉してはならないのだ。
 ケンウッドの外出は、「元ドーマー」達から研究用検体を採取することだった。大気汚染や放射能汚染、細菌などから隔離されて育ったドーマー達が、ドームの外で暮らすことで皮膚にどんな影響を受けるのか調べるサンプルを採るのだ。
 協力してくれる「元ドーマー」数名に事前に連絡を入れて承諾を得ていたのだが、実際に最初の男の家に行くと、驚いたことに相手は仲間を5名、呼び集めてくれていた。年齢は幅があって最年少は29歳、最年長者は60歳だった。全員がケンウッドが地球に赴任する以前にドームを去っていたので初対面だった。それでも彼等は赤ん坊時代から受けた躾けを守り、執政官であるケンウッドに敬意を表し、素直に服を脱いで皮膚の状態を見せてくれたし、細胞の採取も自身でやってくれた。彼等は、自分達が人類の未来を繋ぐ為にドームで育てられたことを誇りに思っており、研究に協力出来ることを喜んでいた。
 ケンウッドは内心、これは面白いと感じた。ドームの中にいるドーマー達は、「お勤め」と呼ばれる検体採取を抵抗はしないが嫌がっている気配を隠そうとしない。「お勤め」が普段の業務を遅らせる原因となるからだ。しかし、「元ドーマー」達は数年ぶりに行う「お勤め」を懐かしがっていた。

「君達の健康状態が良好で安心したよ。」

とケンウッドが仕事を終えて道具やサンプルを鞄に片付けると、仲間を呼んでくれた男が微笑んだ。

「体が丈夫なのが『元』の自慢ですからね。」

 最年長者が尋ねた。

「私の肌はもう普通の地球人と変わらないでしょう?」

 確かに、ドーム内のドーマーは60歳になってもまだ10歳は若く見えるだろう。だが、普通の地球人の60歳は、彼よりずっと老けて見えるのだ。それに体力も残っていない。やはりドーマーとして育った者は大異変前の地球人の状態に近いのだろう。

「君は充分若いよ。良いサンプルを提供してくれて有り難う。」

 すると、また代表格の男が声を掛けた。

「博士、もし時間があれば、僕等と一緒にこれからコースを廻りませんか?」
「コース?」
「ゴルフですよ。」

 最年少の男がクラブを振る真似をして見せた。

「コロニーにはコースなんてないでしょう?」

 お膳立ては出来ていた。「元ドーマー」達は、懐かしいドームからやって来た客人の為にプレイを予約していたのだ。

「僕等の為に自身の足でやって来たコロニー人は、貴方だけですよ、博士。」
「僕等は嬉しいんです。貴方には今日初めてお目に掛かったのですけど、なんだかずっと以前から知り合いだったような気がして。」
「養育係に再会した様な気がします。貴方はドームの匂いがするから・・・。」

 突然ケンウッドは気が付いた。この男達にとってドームは懐かしい「実家」なのだ。そして1度卒業してしまうと自分達の意志では帰れない故郷なのだ。
 コロニーには土地を贅沢に使うゴルフ場などと言うものはなかった。せいぜいがパター専門のコースだ。ケンウッドは全行程を歩き通す自信がなかったが、「元ドーマー」達をがっかりさせたくなくて、歩いた。打つ方は、運動神経が良かったので、少し練習をしただけで飛ばすことは出来た。もっともボールは芝目を読んだり風を計算しなければならず、初心者はかなりの数を叩く羽目になった。
 それでもなんとか「元ドーマー」達について行けた。
 そして終了して戻ったクラブハウスに、残りの連絡を入れておいた「元ドーマー」が
来て待っていた。
 
「初めまして、ケンウッド博士。ポール・フラネリー・元ドーマーです。」

 彼の顔を見て、髪を見て、ケンウッドは驚いた。知っている少年によく似ていたからだ。葉緑体毛髪も同じ黒に緑の輝きだ。
 彼の驚きを相手は察した。

「私の息子をご存じなのですね?」
「君の息子?」

 親子2代のドーマーなど聞いたことがなかった。原則としてドーマーは1家族に1人しか採らないことになっていた。それに親は我が子がすり替えられることを知らない。だがフラネリーは自身の息子がドーマーだと知っているのだ。

「ポール・レイン・ドーマーは君の息子なのだね?」
「ええ、2番目の息子です。」

 フラネリーはそれ以上息子の話題には触れなかった。事前に採取して来た検体を入れた容器をケンウッドに差し出した。

「忙しいので、私はゴルフを遠慮させてもらいました。コロニー人がコースを無事に終了したのは、貴方が初めてかも知れませんね。万が一の時は、私がドームに取りなすつもりでした。」
「万が一? 私が途中でぶっ倒れるとも?」
「可能性なきにしもあらずです。」

 一同が笑った。ケンウッドはフラネリーが弁舌が立つことに関心した。

「フラネリー・元ドーマー、現在の仕事は何を?」
 
 フラネリーはニヤッと笑った。

「ドームの後押しで順調に来てましてね。現在は下院議員ですが、次の選挙で上院に行ってみせますよ。」


 
 

2017年6月18日日曜日

侵略者 1 - 4

 ケンウッドは声がした方へ顔を向けた。あまり聞き覚えのない声だが、しかし話し方には特徴があった。よく通る張りのある声で穏やかに、しかし相手の心に響く話し方をする。
 真っ白な頭髪のすらりと背が高いスーツ姿の男が配膳カウンターの前で厨房班に文句を言っていた。司厨長のドーマーが宥めようとしている。

「貴方が来られるのが少し遅かったんです。これから第二弾を焼きますから、お部屋へお届けしますよ。」
「私は職場では飲み食いしない。部下達も同じだ。私はここでチーズケーキを食べたい。」
「でしたら、焼ける迄お待ち頂くしかありません。」

 パーシバルが苦笑した。

「ハイネにも困ったもんだ。チーズ好きなので、チーズに関する食べ物には我が儘になる。」
「ハイネはそんなにチーズが好きなのか。」
「ああ、食べられないと子供みたいになるんだ。」

 ケンウッドは食堂内を見廻した。他のドーマー達は「神様」の我が儘ぶりを見て見ないふりをしていた。ハイネの我が儘は司厨長を困らせているが、他の誰かが迷惑を被った訳ではない。だから、ドーマー達は無視しているのだ。

 しかし、ドーマーのリーダーが幼児還りする姿はあまり曝したくないものだ。

 ケンウッドは咄嗟に立ち上がると声をかけた。

「ハイネ局長、ちょっとよろしいかな?」

 パーシバルがギョッとして彼を見上げた。

「ニコラス、一体何を・・・」

 ハイネ局長がチラリとこちらを見た。そして司厨長に何か囁くと配膳カウンターを離れ、真っ直ぐレジに行った。素早くトレイを決算機械の下に置き、カードで支払いを済ませると、トレイを手に取ってケンウッド達のテーブルにやって来た。
 パーシバルは諦めた表情をした。彼はこのドーマーの長老が苦手なのだ。ローガン・ハイネ・ドーマーは若い頃は遺伝子管理局内部捜査班に所属していた。ドームの警察機構で、執政官の違法研究も取り締まったので、遺伝子工学の知識は執政官と同列で話が出来るほどだ。
 ハイネはテーブルにトレイを置いて椅子に座るとケンウッドを見た。

「ご用件は?」

 彼はケンウッドより親子程も差がある年長者だが、赤ん坊時代からの躾けを守って執政官には敬意を表する。相手がどんなに嫌な人間でも・・・。
 執政官達も着任の際に必ず委員会から忠告を受ける。どんなに年上のドーマーでも執政官が上位にいるのだと言う態度で接すること。それがドーム内の秩序を守る約束だった。
 だから、ケンウッドはたった今大急ぎで頭の中で捻りだした「用件」を告げた。

「チーズの食べ過ぎは体に良くない。」

 パーシバルが不安げにドーマーの様子をそっと伺った。
 ハイネは自身のトレイの上に載っている皿の内容を見た。グリーンサラダに粉チーズを少々振りかけているが、メインのカツレツは刻みトマトのソースでチーズは使われていない。
 ケンウッドはハイネの目が彼の顔に向けられたので、出来るだけ挑戦的にならないよう心がけながら見返した。少し微笑して見せると、相手も微笑した。

「大人げなかったですね。」

と局長が反省の弁を述べた。ケンウッドはパーシバルがホッと肩の力を抜くのを感じながら、自身も内心救われた気分になった。

「献立を早めに知っておくと良いよ。取り置きを頼んでみてはどうだね?」
「あの司厨長は取り置きを拒否するんですよ。」

とハイネが言ったが、怒っている口調ではなかった。むしろ諦めの響きがあった。
ケンウッドはちょっと考えた。

「彼は君に早めに仕事を切り上げて欲しいんじゃないかな。働き過ぎるなと言う意味で。」

 パーシバルがうんうんと頷いた。

「早く食堂に来ればチーズケーキが食べられるんだぞ、ハイネ。」

まるで子供を諭す様な言い方をしてしまったが、ハイネが可笑しそうに笑ったので2人は安堵した。
 この時を境に、ケンウッドはハイネ局長と気安く言葉を交わすようになった。


侵略者 1 - 3

 ケンウッドが里帰りから戻った翌月、ヘンリー・パーシバルが交替するかの様にコロニーへ一時帰還することになった。ケンウッドは昼食時に彼を誘って一般食堂へ出かけた。
 ドーム内には2箇所の食堂がある。一箇所は中央研究所の食堂で、かなり広い。ただし、その5分の4のスペースは、出産管理区に収容されている地球人の女性達のスペースだ。そこには許可なくして執政官もドーマーも入ることが許されない。その代わり、出産管理区と研究所の両スペースを隔てるガラス壁はマジックミラーになっており、女性側からは研究所側の食堂は見えない。緑の森林や青い海など地球の大自然を映し出す巨大スクリーンになっており、家族から離れて出産に望む女性達の気分を和らげていた。反対に研究所側からは壁などないかの様に女性達の食事風景が見える。これは決して女性を鑑賞するためではなく、あくまでも食事の様子を観察して女性達の健康に異常がないかチェックするのが目的だ。精神的、肉体的にストレスを抱えていれば食欲が落ちる。あるいは異常な量を食べたりもする。だから、研究所の食堂を利用出来るのは、執政官と幹部クラスの地位にいるドーマー達だけだった。
 もう一箇所の食堂が一般食堂と呼ばれる場所で、文字通り一般のドーマー達が普段利用する。執政官もやって来る。面積は中央研究所の食堂の研究所側スペースより広い。どちらも24時間開いているが、やはり地球の生活習慣に従って朝、昼、夕の食事時が一番混雑する。
 ケンウッドとパーシバルは食事時間を出来るだけ他の人々より遅めに取っていた。食堂が空く時間だ。厨房班のドーマー達には多少迷惑な客だろうが、後片付けや食器洗浄はロボットや機械が行うので苦情は出ない。それにコロニーの24時間はコロニー毎にズレがあり、執政官達は故郷の時間帯で勤務したがるので、厨房班のドーマー達も大体どの時間帯に何人がやって来るか見当は付く。一般食堂でもその準備だけは怠らなかったが、デザートだけは完売することがあり、その日もケンウッドとパーシバルは甘味にありつけなかった。厨房班は彼等の為にフルーツの盛り合わせを出してくれた。

「値段は本日のデザートと同じでかまわないですよ。」

 司厨長が言った。食堂では執政官もドーマーもちゃんと食べる量だけ代金を支払う。

「いつも済まないね。」

 ケンウッドが声を掛けると、司厨長は微笑んだ。ドーマー達は気さくなこの博士が好きだった。
 テーブルに着くと、パーシバルが半月後には戻って来る予定だと言ったので、ケンウッドは随分早いんじゃないかと言った。

「休暇は2ヶ月だろ?」
「君だって一月余りで戻って来たじゃないか。」
「向こうにはもう誰も身内がいないからだよ。それに私は友人も少ないしね。」
「友人の多い科学者なんているかね?」

 パーシバルがおかしそうに笑った。

「君は確かに真面目だが、嫌われる人間じゃない。君がコロニーに長く居られないのは、君が地球好きだからだろ?」
「まぁ、好きかと訊かれれば否定出来ないが・・・君は何故そんなに早く戻って来るんだ?」
「決まっているじゃないか、遺伝子管理局の入局式があるからだよ。」

 パーシバルは片眼を瞑って見せた。

「ポールが遂にダークスーツを着るんだ。」
「ああ・・・」

 妙に納得出来た。ポール・レイン、ダリル・セイヤーズ、リュック・ニュカネンの3人の若い遺伝子管理局訓練生が訓練所を卒業して正式な局員となる日が近づいているのだ。
ポール・レイン・ドーマーは3人の中でも、否、ドーマー達の中でも群を抜いて美しい少年だ。養育棟にいた時分から既にドーム社会で評判になっていた。訓練所に入ってからは、大人達の中にファンクラブが出来てしまった程だ。「御姫様」と呼ばれる類希な美貌の持ち主だが、実のところ性格はかなり硬派だ。そのアンバランスなところも魅力の一つだった。

「君はポールのスーツ姿を見たいから休暇を早めに切り上げるのかい?」
「当然だろ!」

 ケンウッドには理解し難かった。美少年は入局した後は毎日スーツを着るだろうに。

「新米局員は外廻り勤務を覚える迄、抗原注射が打てる限界の周期で外へ出かけるんだぞ。スーツ姿のポールが毎日見られるとは限らないんだ。」

 パーシバルはポールのファンクラブに入ったのだろうか。ケンウッドには理解出来ない。

「私はどちらかと言えば、セイヤーズが好みだね。あの子は面白いよ。予想外の悪戯を仕掛けてくるし、発想も個性的だ。」
「あれは手に負えない悪戯坊主だ。叱っても馬耳東風だ。」
「ニュカネンも良いぞ。あの子は生真面目だし、人の言うことはちゃんと聞く。」
「あいつは面白味がない。堅物過ぎるよ。セイヤーズとニュカネンを足して2で割ったのが丁度良いんだが・・・」
「それじゃ、クラウスだな。素直で可愛い子だ。」
「クラウスは卒業までまだ1年残っているさ。」

 なんとなく食べながらドーマーの品評をしている感じになってしまい、ケンウッドは僅かながらも己に嫌悪感を抱いた。執政官達は日頃自身のお気に入りのドーマー達をこんな風に会話の種にする。アイドルとして話題にするのか、それともペットの自慢話かと思うほどに。
 その時、配膳コーナーで男の声が聞こえた。

「どうして私が来るといつもチーズケーキが売り切れているのだ?」





2017年6月17日土曜日

侵略者 1 - 2

 ケンウッドは中央研究所に足を踏み入れた。受付のデスクの向こうにいるドーマーが彼に気づいて挨拶してくれた。

「お帰りなさい、ケンウッド博士。休暇はいかがでしたか? 」
「うん、のんびり出来たから、良かったよ。」

とケンウッドは答えた。
 実際のんびりは出来た。コロニーの実家は既に身内は誰もいなくて、空き家同然だったので、彼は今回の休暇の内に引き払って来たのだ。宇宙コロニーはスペースが限られているから、どこの家もアパートなどの集合住宅で、戸建てに住めるのは惑星コロニーの住人だけだ。それでも空気があるドーム都市と言う制限がある。だから、戸建てのケンウッドの実家は手直しの余地があっても良い値で売却出来た。
 もし地球勤務が何らかの理由で終止符を打つことになっても、最早帰る場所はない。どこかのコロニーに居住許可をもらって移住するか、地球永住許可を得るしかないだろう。コロニー人で地球に永住する人間は少ない。大異変の大気汚染がまだ完全に除去されていないからだし、重力の問題もあった。宇宙空間に住むコロニー人には母星の重力が肉体的な負担なのだ。ケンウッドは体力が許す限り地球に住む覚悟だった。
 サンテシマ・ルイス・リン長官に帰還の挨拶をして研究室に入った。リン長官は遺伝子学者としては優秀だ。特に呼吸器系の病気に関する遺伝の研究に優れた成果を上げ、コロニーでは彼の研究を下に治療法が確立して救われた子供達も多い。しかしケンウッドはこの男が嫌いだった。リンは地球人を「原始人」と見なしていると思われる言動が多いのだ。助手のドーマーの意見には殆ど耳を貸さず家来扱い、研究所の外のドーマーは野生生物を見る様な態度で接した。地球人を愛せないのなら、何故地球人を救うプロジェクトに参加しているのだ? 
 研究室で同僚や助手達と仕事の引き継ぎ、留守の間の出来事などの情報など、必要な用事を済ませて、やっと人心地ついた。
 自分の席に着いて留守中の伝言メッセージをチェックしていると、同僚のヘンリー・パーシバルが声を掛けてきた。

「リンに挨拶したか?」
「ああ、真っ先にやっておいたよ。後回しにすると後々五月蠅いからな。」
「度量の狭い男なんだよ。ハイネも手を焼いているようだ。」

 サンテシマ・ルイス・リン長官は着任してまだ1年経っていない。ケンウッドにとっては2人目の上司になる訳だが、先任者と比べて「小さい」としか思えない長官だ。専門分野で功績を挙げたからと言って、良い指導者になれるとは限らない。ドームの長官は優秀な科学者であると同時に、ドーム社会の行政長官でもあるし、外の世界、即ち地球の各政府と対等に付き合う国家元首の様な者でもあるのだ。そしてドーマー達にとっては、ある意味「父親」なのだ。しかし我が子を原始人扱いする親がいるだろうか?
 ハイネと言うのは、ドーマー達が働く遺伝子管理局の局長ローガン・ハイネ・ドーマーのことだ。まだ局長に就任して5年目と言うことだが、既に79歳だ。しかし、誰の目から見ても70代に見えない。30代半ばと言うところか?
 ハイネは進化型1級遺伝子と呼ばれる特殊遺伝子を持って生まれた地球人だ。クローンの母親のオリジナルたるコロニー人女性が、その遺伝子を持っていた訳だが、これは宇宙開拓時代、長い年月宇宙の旅に出ている宇宙飛行士を待つ家族の為に開発された遺伝子だ。宇宙飛行士が歳を取らずに帰還した時、家族が既に老齢になっていたら困るだろう、と言う考えの基に改良された人工的な遺伝子で、細胞の老化速度を極力落としてしまう。
ハイネは10代後半の頃から歳を取るのが遅くなり、勿論実際ゆっくり老化しているのだが、常人と比べると何時までも若いままに見えた。
 遺伝子管理局はドームの中のエリートが集められ、外の世界で遺伝子管理法が守られるよう監視する組織だ。ドーマー達の憧れの職場であり、局員はドーマー達のスターだ。ハイネも実年齢が信じられない美しい容姿を保っており、ドーム内ではドーマーもコロニー人も彼を敬愛し、憧れている。名実共にドーム内の地球人のトップにいるのが局長だ。
 リン長官は研究所での幹部会議にドーマーの代表として遺伝子管理局長を必ず参加させると言う地球人類復活委員会の規則を度々無視して、ハイネ抜きで会議を開くことがあった。当然遺伝子管理局から苦情が出る。

「リンは、ハイネにふられただろう、だから故意に無視しているんだ。」

 パーシバルがリン長官着任間もない頃に起きた出来事を思い出して言った。執政官は長官も含めて地球に着任すると自ら遺伝子管理局に出向いて着任の挨拶をする。これはどの大陸のドームでも同じ決まりだった。地球の主は地球人なのだから、当たり前だと考えられていた。しかし、リンはいきなりこの「お約束」を破った。ハイネを長官室に呼び寄せたのだ。 ローガン・ハイネ・ドーマーはこの頃既に宇宙では有名だった。ドームの中で行われる行事が度々宇宙に動画配信されることがある。これは地球人類復活委員会が寄付金集めの目的でテレビ局に取材させるのだ。当然、カメラは美しい地球人達を撮影して宇宙に流す。若さを保つ遺伝子を持つ真っ白な髪の美しい遺伝子管理局のドーマーは、多くのコロニーで大勢のファンを持っていた。本人が知らないだけで・・・。
 リンは、そのスターを自室へ呼びつけた。呼んでみたかったのだ。長官の権威がいかほどのものか、知りたかったのだ。
 ハイネは素直に出頭した。長官に敬意を表したからではない。全てのドーマーは幼少期から執政官に逆らうなと教え込まれて育ったからだ。相手がどんなに愚かなコロニー人でも、ドーマーは取り敢えず反抗しない。コロニー人は大概10年も地球上にいないからだ。重力に苦痛を感じて宇宙へ逃げて行く。だから、ドーマー達は多少理不尽な扱いを受けても、無理に反抗して罰を受けようとは思わない。
 リンは自室に現れたハイネに取り敢えず着任の挨拶をして、握手しようとした。するとハイネは彼に手袋の着用を要求したのだ。ドームの規則では、研究の際にドーマーに触れる時は手袋着用が義務づけられていた。だが、挨拶の時や自由時間にそんな決まりはない。ハイネは、しかし、リン長官が素手で彼に触れるのを拒否したのだ。宇宙から地球に下りて来た余所者が遺伝子管理局長を呼びつけるとは何事か、と態度で抗議した訳だ。リン長官は気分を害したが、なんとか感情を抑制した。それ以来、2人の間には確執が生まれた。
 ケンウッドは、アメリカ・ドームの2人の実力者が近いうちに衝突するのではないかと不安を覚えた。

2017年6月16日金曜日

侵略者 1 - 1

 ニコラス・ケンウッドは旅装を解き、ビジネススーツに着替えた。少し時代がかって見えるが、地球では最先端のファッションで、彼は体にぴったりと貼り付く航宙用スーツよりずっと好ましく感じていた。
 執政官仲間には、どうせ直ぐに白衣に着替えるのだから、と私服のままで中央研究所に行く者もいるが、彼は職場は神聖だと思っていたので、必ずスーツで出かけた。
 彼のアパートは質素だ。ただ寝るだけの場所だから、キッチンは必要ないと彼は思っているが、それでも水や軽食のストックはある。寛ぐための狭いリビング、独り用なのに何故か2部屋ある寝室、1室は彼が研究用に持ち帰った資料で埋まっていた、書斎と言う名の狭いコンピュータ作業用空間、バスルーム、クローゼット。彼にとって家はドーム全体だ。リビングは図書館のロビー、キッチンは2箇所ある食堂、書斎は広い図書館、バスルームだって、運動施設に行けばサウナやジャグジーがある。彼にとって本当に必要なのはベッドだけだ。
 部屋を出ると通路に掃除ロボットがいた。ドームのあらゆる場所に進入してゴミを集めたり、掃いたり、拭いたりしてくれる。だから、執政官達はいつも清潔な部屋で仕事が出来るのだが、これらの家事ロボットは本来ドーマー達の労働負担を軽減するためのものだ。
 ドーマーは優秀な遺伝子をストックする為に母親の胎内にいる時期に選ばれて、誕生と同時に母親から引き離され、ドーム内で育てられた研究用の地球人のことだ。彼等のほぼ99パーセントは男性で、母親の手元にはドームで製造された女性のクローンの赤ん坊が残される。母親は自分が産んだ子は娘だと信じて家族の下へ帰っていく。ドームで育てられるドーマー達は、研究用の検体を提供しながら、ドームの運営のために労働をして暮らしている。勿論、給料は与えられるのだが、彼等はドームの外の世界を知らないので、まずお金はドーム内で飲食することと、ささやかな私物を購入することにしか使われない。
娯楽も少ないので、ドーマー達は働くことが普通に暮らすことであり、本当によく働く。だからコロニー人達は、自分達が育てた可愛い地球人に重い負担を与えぬよう、ドームの外ではお目にかかれないロボットに家事をさせていた。

 ようするに、ドーマーを奴隷やペット扱いしていないぞ、と言うプレゼンだな。

 ケンウッドは家事ロボットを見るといつも訳もなく蹴飛ばしたくなるのだ。しかし、彼も家事をロボットにしてもらう身なので、そんな暴挙に出る理由はなかった。
 エレベーターで地上に降り、アパートの建物から外に出た途端、危うく右から走ってきた1人の少年とぶつかりそうになった。彼は咄嗟に身を退け、少年も彼と反対方向へ避けた。

「ごめんなさい、ケンウッド先生!」

 遺伝子管理局訓練所の青い繋ぎの制服を着用した若者だった。

「怪我はないですか?」

 ケンウッドはこの少年を知っていた。彼の「皮膚組織と大気汚染」と言う授業に出ていた子だ。

「何をそんなに急いでいるのだね、セイヤーズ?」

 少し赤みがかった淡い色の金髪の少年が頬を紅潮させた。

「オブライアンが初めてお菓子を作ったと聞いたので、試食に行くところなんです。」
「オブライアン?」

 ケンウッドのクラスにはいなかったはずだ。セイヤーズと呼ばれた少年もそれに気が付いた。

「私と同じ『トニー小父さんの部屋』の子で、1つ下なんです。料理好きで厨房班に配属される夢が叶って、今日やっと1人で菓子を焼かせてもらえるって、今朝言ってました。」
「そうか・・・一人前になる第1歩だな。」

 ケンウッドは時計をチラリと見た。15時少し前だ。お茶の時間だが、遺伝子管理局を始めとする多くの事務系の職に就いているドーマー達が、仕事を一区切りつかせて運動に出る時刻でもあった。運動は健康維持に必要不可欠だ。ドーマーにとって健康維持も仕事のうちなのだから。もっとも、この時間は自由時間でもある。運動しても良いし、図書館で勉強しても良いし、残業しても良いのだ。
 セイヤーズはお茶をしたいらしい。ところで、相棒は?

「レインは行かないのかね?」

 レインはセイヤーズと同じ部屋出身だ。「部屋」と言うのは、幼いドーマー達を数人の集団に分けて養育する係の担当グループのことで、コロニー人の養育リーダーを中心に3人から5人の年配のドーマー達が子供達を育てる。「部屋」に所属する子供達は朝から晩まで常に一緒で兄弟同然だ。この「部屋」を彼等は成長して15歳になると卒業する。子供達は養育棟を出て、ドームの大人社会に加わるのだ。そして一番年下の子供が卒業すると、「部屋」は解散する。一つの「部屋」の子供の年齢差は1年から5年、人数は10名前後だ。セイヤーズは弟分が初めて焼く菓子を食べてやりたいのだ。
 セイヤーズの相棒と呼ばれるレインは、「トニー小父さんの部屋」では最年長の少年だ。と言っても、セイヤーズより1日早く生まれただけだが。この2人は赤ん坊の頃から仲良しで、いつも一緒にいた。容姿も性格も全く異なるのだが、馬が合うのだろう。2人と同年齢で同じ訓練所に進学した同じ部屋のニュカネンが可哀想に思えるほどだ。

「レインは先に行っちゃいました。私が教室の片付けに熱中している間に・・・」

 セイヤーズらしい言い訳だ。ケンウッドはクスッと笑った。セイヤーズは何かに気を取られると納得出来るまで没頭する癖がある。逆にレインは体裁さえ整えられればそれで終わりだ。ついでに甘い物が大好きな少年だった。

「そうか、それは足止めして悪かった。さぁ行きなさい。後でオブライアンが何を焼いたのか、教えておくれよ。」
「はい、では失礼します!」

 セイヤーズは人なつっこい笑みを浮かべて、彼に手を振ると駆けて行った。その楽しそうな後ろ姿を見て、ケンウッドは思った。あの少年達は本来なら地球の広い大地を自由に駆け回っていたはずなのに、と。










 

2017年6月13日火曜日

Break 10

登場人物紹介 9


モスコヴィッツ

トーラス野生動物保護団体の理事長。
大手清涼飲料水会社の経営者。
ドームがコロニー人の地球支配の拠点だと言うラムゼイの嘘を信じていた。



ビューフォード

トーラス野生動物保護団体の理事。
地方の高等裁判所の判事。
ドームがコロニー人の地球支配の拠点だと言うラムゼイの嘘を信じ、マザーコンピュータのパスワードを得ようと、遺伝子管理局のパトリック・タン・ドーマー局員を誘拐した。


ミナ・アン・ダウン

セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長。
モスコヴィッツの一味とは、トーラス野生動物保護団体の理事をしている夫を介して繋がっている。
若返りの遺伝子を求めて研究をしており、かなり偏執的。所謂マッドサイエンティスト。
ニコライ・グリソム以下若い暴力的思想を持つ弟子を多く抱えていた。
彼女の若返り研究は、脳を若いクローンの肉体に移植すると言うものだった。


ニコライ・グリソム

若い医学生。
過激派組織FOKのリーダー。
FOK(クローンの友)は当初クローンの人権問題を社会に訴える学生団体だったが、グリソムとシンパが幹部に就任するとテロリスト的暴力組織に変化した。
彼等は資金調達の為に麻薬を製造。人間の脳が作り出すβーエンドルフィンを抽出する為に、クローン収容施設を襲ってクローンの少年達を誘拐した。ダウン教授の脳移植を実験すると見せかけ、実は脳内麻薬を採取するのが目的だった。


ジョン・モア
ガブリエル・モア

FOKに所属する兄弟。


ダン・マコーリー

産科医。
ポーレット・ゴダートの幼馴染み。ポーレットにとっては懐かしい「近所のお兄さん」だったが、マコーリーはFOKのメンバーだった。
ポーレットが身籠もった胎児が、女子を生めるX染色体を持つドーマー、ダリル・セイヤーズの孫になると知り、手に入れようとした。


レイ・ハリス

中西部支局長。
コロニー人の執政官だったが、私生活で失敗し、ドームの外へ左遷された。
外気に恐怖感を持っており、それを知ったラムゼイにつけ込まれ、抗原注射の薬漬けにされ、ドームの情報をラムゼイに売っていた。


スカボロ

セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン警察の殺人課の刑事。
ラムゼイ殺害事件を捜査。


ロイ・ヒギンズ

連邦捜査局の囮捜査官。
容姿がダリルに似ているので、ダリルのふりをしてFOKの捜査をした。
遺伝子管理局の仕事を学習する為にドームの中で暮らすと言う滅多にない経験をした一般人。







2017年6月11日日曜日

Break 9

登場人物紹介 8


アーシュラ・R・L・フラネリー

大統領ハロルド・フラネリーの母。
強力な接触テレパス能力を持ち、夫で元ドーマーのポール・フラネリーからドームの秘密を全て読み取ってしまった為に、彼女の悲劇は始まった。
地球上の全ての女性がコロニー人のクローンであること、娘フランシスもクローンであること、次男がフランシスと取り替えられてドーマーにされたことも全て知っている。
秘密の重要性を理解しつつもドームに次男を返してくれと訴え続けた。(娘のことは実子同様愛している。)
トーラス野生動物保護団体の理事の1人だったので、ダリル・セイヤーズ・ドーマーがコンタクトを求めて来た折に、次男の消息を知る機会だと思い、承諾した。


アメリア・ドッティ

アーシュラの弟の娘で、海運王と呼ばれる富豪アルバート・ドッティの愛妻。
出産のためにドームに収容されている時にプールで溺れかけ、ダリルとポーレット・ゴダートに救助された。それ以来、2人を命の恩人として各方面で援助している。
ポールのことは、アーシュラから「フランシスと双子で訳あって生まれてすぐに他家に養子に出された従兄」と聞かされている。


ハロルド・フラネリー

アメリカ大統領。
大統領の義務としてドームの秘密を就任時に教えられているが、アーシュラの能力を遺伝しているので、彼にとっては既知の情報であった。
国民が女性の誕生が富裕層に限られていることに疑問を抱いていることを察しており、ドームにクローン技術を開示せよと要求している。「女性の量産」を考えているのだが、それは女性を「物」扱いすることにつながると考える地球人類復活委員会は許可しない。
弟のポールとは職務上手を繋いでいるが、個人的には苦手に思っている。
ダリルには本音を話せる様だ。


ポーレット・ゴダート

アフリカ系の美しい女性。
父親は著名な社会人類学者。
ポーレットは最初の結婚相手が白人だったので父親の反対に遭い、親と縁を切った。
しかし夫は彼女が出産でドームに収容中に事故死。生まれた男児は経済的な理由からドームの手で養子に出された。
アメリア・ドッティの事故を発見してダリルと共に救助したことから、アメリアから後に職を紹介される。
職場でバイトをしていたライサンダー・セイヤーズと恋愛して、彼の身の上を全て承知の上で結婚した。
妊娠を機に幼馴染みの産科医ダン・マコーリーに健康維持の相談を始めるが、それは悲劇を呼び込んだ。


フランシス・フラネリー

ハロルドの妹。ポールの取り替え子。
遺伝子的にもポールとハロルドの肉親となるクローン女性。
ポールの存在を早い時期から受け容れて育った。父親の危篤時にポールと初対面を果たす。ポールは一目で彼女が好きになった様子。
夫と2人の子供を航空機事故で失って以来独り身だったが、ライサンダーが妻を失ったために、彼の娘の養育を希望する。



ポール・フラネリー

元ドーマー。
ポール、ハロルド、フランシスの父親。元上院議員。
ドーム維持班庶務課で物資購入の仕事をしていた。外に出る機会が多く、アーシュラと出会い、恋に落ちた。政治に関する野心があり、ドームは彼を政界に送り込むことを考え、またアーシュラの能力を持つ子供をドーマーとして得ることも念頭に置いて、彼を外に出した。
妻の能力とドームの援助を受けて政界進出を果たし、成功する。
次男を取り戻したいアーシュラには、諦めるよう説得するが成功しなかった。
妻がダリルに協力する見返りにポールとの面会を果たした時も、元ドーマーらしく感情に囚われなかったが、危篤の際に次男の面会をドームに求めた。
しかし、ポールは彼に触れて、彼が本当は息子ではなく憧れのローガン・ハイネ・ドーマーに会いたかったのだと悟り、呆れ果てた。











Break 8

登場人物紹介 7

ラムゼイ博士

本名をサタジット・ラムジー言うコロニー人の遺伝子学者。
主にクローニングを研究する為にアメリカ・ドームに派遣されたのが50年前である。
妻を病気で失い男手一つで育てた一人息子が宇宙船事故で亡くなってから人生が狂い始めた。
法律で禁止されている死体からのクローン製造を試み、ばれるとドーム外へ逃亡した。
この時彼の研究室を捜査した遺伝子管理局内部調査班にローガン・ハイネ・ドーマーがいた。
多くの死体から製造されたクローンは没収され廃棄されたが、ラムジーは火星にあった人類博物館に保存されていた冷凍古代人の赤ん坊の細胞を盗んでいたことが後に判明した。
この事件は「死体クローン事件」と呼ばれ、アメリカ・ドーム史の汚辱の一つである。
ラムジーは永らく行方不明になっていたが、中西部で違法クローン製造者、所謂メーカーのラムゼイ博士として悪名を轟かせていた。
パーカーと言う男性が所有する農場に拠点を置き、そこでクローンのジェリー・パーカーとコロニー人の女性シェイを養育しながら、砂漠にクローン製造用の研究施設兼工場を持っていた。
彼のクローンはシェイの卵子殻を用いる為に丈夫で健康な子供となった。顧客は外国の富豪など。
遺伝子管理局のポール・レイン・ドーマーが「ライバルメーカーのベーリングが4倍体の女性を創り出すことに成功した」と情報を流したのをキャッチして、ベーリングの隠れ家を襲い、4倍体の娘JJと母親を誘拐した。2人を取り戻そうと襲撃したベーリング一味を返り討ちにしたが、銃撃戦で砂漠の研究施設は失ってしまう。
実は、ポールはメーカーの共倒れを画策して故意に情報を流したのだった。


リンゼイ博士

サタジット・ラムジーのもう一つの偽名。
アメリカ政財界の有力者達が出資しているボランティア団体「トーラス野生動物保護団体」の会員で、他の会員である富豪達に言葉巧みに取り入って資金提供をさせていた。
理事長のモスコヴィッツや理事のビューフォードには、ドームがコロニー人の地球支配の拠点であると言う考えを吹き込み、老化を恐れる医学者ミナ・アン・ダウン教授には、ドームには永遠の若さを保つドーマーがいると言う嘘を信じ込ませた。その為に後にFOKなどの過激な活動をする若者達を刺激してしまい、社会に混乱を生じさせる。


ジェリー・パーカー

ラムゼイ博士の秘書で遺伝子工学の知識を持つ。
農場の本当の持ち主のパーカー姓を名乗っているのは、ラムゼイが彼の正体を誰にも知られたくなかったからである。
ラムゼイが火星の博物館から盗み出した古代人の赤ん坊の細胞から創られたクローン。
即ち、地球に大異変が起こる前の、地球人の原型とも言うべき遺伝子を持つ貴重な人間である。(ケンウッド長官が、ラムゼイを取り逃がしたと報告したポールに「ドーム内出生未登録者」に関する質問をしているが、これは彼がラムゼイが古代人のクローンを創った可能性を疑っていたからである。)
脱走したダリルがクローン製造を発注した時、彼に淡い恋心を抱くが、これは後に不意打ちでダリルにキスをした時点で終了してしまった。
ラムゼイは彼を出来るだけ人前に出さないように育てたが、かなり世間のことを知っている。但し、都合が悪くなると、「俺は農場から出たことがなかったから」と言い訳する。
少し世間を斜めに見る癖がある。
逮捕後はドームの中央研究所でクローニングの研究者として働くことを刑罰として課せられている。就学経験がなく、学位もないので、博士並の知識と技術を有するにも関わらず、「助手」と呼ばれている。
友人は少ない。保安要員のアキ・サルバトーレ・ドーマーが日頃の話し相手だが、何故かポールとも気が合う。ふとした偶然でローガン・ハイネ・ドーマーとも友達になったが、この事実は当事者以外まだ誰も知らない。
ハイネの助言で執政官メイ・カーティスの気持ちを知り、誠実に応えようと努力している。


シェイ

パーカー農場で働いていたコック。
赤ん坊の時に金銭でラムゼイに買われて育てられたコロニー人の女性。
クローニングに必要な卵子殻を提供する「ジェネシス」と呼ばれる役目を担っていた。
当人にクローン達の母親であると言う自覚は全くない。
料理を作ることだけが生き甲斐で、腕前は名人級。
少し天然なところがあるが、ジェリーとは姉弟の様に育ち、危険な目に遭ってもあまり動じない。
ダリルに保護された後は、ドーム空港の空港ビル食堂で働いている。


レイ・ハリス

中西部支局長。
執政官だったが私生活で失敗して左遷された。支局長と言う地位はドーマーにとては名誉な地位だが、地球が汚染された星だと信じているコロニー人にとっては降格左遷としか思えない。
悶々とした生活を送っているところをラムゼイにつけ込まれ、抗原注射中毒にさせられた。
ポールをラムゼイに売ったことがばれて、逃亡途中に事故死する。


ネルソン

ラムゼイの運転手。
ラムゼイ死亡後はシェイと2人で廃村で暮らしていた。


ジェシー・ガー

ラムゼイのもう一人の運転手。
ビューフォードに買収され、ラムゼイの重力サスペンダーに細工した。
若い男性を集めた男娼宿を経営し、怪しげな大人の玩具をネット販売していた。


ブリトニー嬢

中西部支局長の秘書。
いつも肌の露出度が高い軽薄な服装をしている美女。
男性に愛想をふりまくので、軽薄な女性、と言うイメージで支局巡りのドーマー達に人気がある。
普段は申請書受付の業務をしており、イケメンの申請者の書類には赤丸を付ける習慣を持っていた。しかし実際は職務に真面目に取り組むしっかり者。
独身時代は用心棒に犬を連れていた。
結婚を機に壽退社をしたが、退屈だったのでほどなく職場復帰した。






2017年6月10日土曜日

Break 7

登場人物紹介 6

ニコラス・ケンウッド

アメリカ・ドーム長官。
人間の表皮細胞の老化を研究している遺伝子学者。
真面目で人情に厚い人。
サンテシマ・ルイス・リンが長官職に就いた頃、彼も地球に派遣された。執政官として働いていたが、リンがポール・レイン・ドーマーを愛人にして他のドーマー達にも虐待を為すことを見かね、地球人類復活委員会に通報した。リン更迭5年後に自身が長官に任命される。以後2期に渡って長官職を務め3期目に入った。(1期は5地球年)
大部分の執政官が10年で地球を去るのが常識なので、彼は異例である。
身内の話は一切せず、宇宙に出かける時も仕事で限られることから、故郷のコロニーに既に親族はいないと思われる。
ドーマー達を「うちの子供達」と呼ぶことからも分かるように、ドーム内の地球人達を年齢に関係なく我が子の様に愛している。
ローガン・ハイネ・ドーマーに対しても、ハイネの方が親ほど年上であるにも関わらず自身と同等と見ている。2人は親友で、ハイネは彼にはリンから助けられた恩義もあって逆らわない。
ダリルがドーム帰還後も度々トラブルを起こすことに頭を抱えているが、決して見放さない。
ライサンダー・セイヤーズに対しては、彼がドーマーでないことを念頭に置き、普通の地球人として敬語を使って語りかける。
地球に女性が誕生しなかった理由を発見し、マザーコンピュータの改良をすると言う大偉業を成し遂げたが、当人はとても謙虚である。
文人だが、ダリルが速攻で繰り出す鉄拳を難なく素手で受け止める意外な特技がある。


ラナ・ゴーン

アメリカ・ドーム副長官。
血液の研究をしている遺伝子学者。
2人の成人した娘と孫が数人いるが、外観は地球人で言えば40歳程度に見える。
(年齢不詳だが、ダリルは60歳前後と見ている。)
地球と言う惑星に夢中になっていたので、夫に愛想を尽かされ離婚した。(本人談)
男性社会の地球に長居したので、男性同士の恋愛にも慣れっこになっている。
地球赴任前に視察団の一員としてアメリカ・ドーム南米分室を訪問した際、幼いクロエル・ドーマーと出会い、その可愛らしさの虜になった。養子縁組を希望したが地球人保護法によって却下され、その後は成人したクロエルと再会する迄画像通信でコンタクトを保ってきた。クロエルは彼女を母親として認識し、「おっかさん」と呼ぶ。
可愛い「息子」のリクエストに応えてカエル料理に挑戦するも、苦手なカエルを生きたまま購入して逃がしてしまい、クロエルに捕まえてもらった。料理はクロエルがしてくれた。
「親」と言う共通の立場からダリルと意気投合し、地球人保護法に抵触しないよう用心深く彼と交際中。ダリルは彼女との関係をもっと進めたいが、彼女はいつも寸止めで躱す。


ロアルド・ゴメス

アメリカ・ドーム保安課長。元宇宙軍特殊部隊少佐。
軍隊時代に負傷して療養中に見た地球の映画に魅了され、退役してドームに再就職した。
筋力強化訓練を受けているので、他のコロニー人より地球の重力が苦にならない。
着任してまだ数年しか経っていないが、部下のドーマー達を子供の様に可愛がっている。
マザーコンピュータのセキュリティをダリルが罪の意識もなく破ってしまうことに頭を痛める。
ダリルの速攻的鉄拳を躱せるが、ケンウッド長官の様に受け止めることは出来ない。


アナトリー・ギル

アメリカ・ドーム勤務の遺伝子学者。
ポール・レイン・ドーマーの美貌に心底惹かれており、ファンクラブの幹部を自負しているが、時々身勝手な言動を取ってポールを独占しようとするので、仲間に少々迷惑がられている。ポールは彼のベッドに誘われると着衣のままで寝る。
ポールがダリル逮捕後、ダリルに夢中になっているのに嫉妬して、ダリルにちょっかいを出したところ、鉄拳をくらって鼻骨を折られた。それ以来、ダリルが恐くて近づけない。
お勤め(検体採取)の時にダリルの当番を引き当ててしまい、助っ人に同僚のナカイ博士を呼んだが、ナカイがエスカレートしてダリルに素手で触れてしまった為ダリルの反撃に遭う。事件の調査委員会でギルはナカイに不利な証言をして同僚を更迭に追い込んでしまった。
その後はファンクラブでもあまり発言力がなくなり、大人しくしている。


メイ・カーティス

アメリカ・ドーム勤務の遺伝子学者。
ラナ・ゴーンやJJと共に血液から採取されるゲノムの解読研究をしている。
大人しい性格で目立たないが、JJとは親友になった。JJとポールの仲を取り持つセッティングを何度か行っている。
宇宙での家族の話をしないので、独身と思われる。年齢は40代後半。(地球人が見ると30代前半に見える。)
同じ研究室で助手として働くジェリー・パーカーに好意を持っているが、地球人保護法に阻まれ、彼女の方から告白出来ないでいた。ローガン・ハイネ・ドーマーが彼女の気持ちに気が付き、ジェリーにそれとなく示唆する。






Break 6

登場人物紹介 5

ピーター・ゴールドスミス・ドーマー

保安課所属のドーマー。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーが逮捕後体調を崩した時に監視役を務めた。
出産管理区に出入り出来る仕事を主にしているらしく、人当たりの良い優しい印象を与える男性。


アキ・サルバトーレ・ドーマー

保安課所属のドーマー。
ジェリー・パーカー専属の監視役を仰せつかっている。ジェリーが逮捕時に自殺を試みたので、彼の破壊行為ではなく自虐的行動を抑制するのが任務。友人の少ないジェリーの数少ない話し相手で、ジェリーは彼がいなくなるのを恐れて故意に不審な行動を取ったりする。
先住民族ラコタ族の血統で、精悍で美しい容姿をしている。保安課は滅多にドームの居住区で見かけられないので、ジェリーの初めての自由行動に付き添って一般食堂に現れた時は他のドーマー達から注目を浴びた。


ピート・オブライアン・ドーマー

ドーム維持班厨房班所属。
ダリルとポールを「兄さん」と呼んでいるので、「トニー小父さんの部屋」出身と思われる。
一般食堂の司厨長。ちょっと口うるさいところがある。
ローガン・ハイネ・ドーマーを神の様に信奉しており、彼の為に半熟とろとろチーズスフレを焼いているが、ハイネが食堂に来る前にいつも完売するのでくさっている。
厨房班は栄養士の知識も持っており、腕前もかなりのものだが、外から来たシェイの腕前も素直に認めており、彼女が作る料理を一品毎日分けてもらって出している。
機嫌を損ねると、料理の内容で報復するので、ドーマー達は厨房班には逆らわない。


マイケル・ゴールドスミス・ドーマー

航空班所属の静音ヘリ・パイロット。
航空班は配属されると直ぐに外の世界に馴らされ、空港ビルの尞で暮らす。
ドームには休日のみ帰って来る。
静音ヘリは戦闘能力を持つので、マイケルも戦闘訓練を受けているが、平素は物資や人員の運搬を仕事にしている。
ダリルと共にFOKのリーダー、ニコライ・グリソム捕獲を成し遂げたので準保安員の資格を与えられた。(麻痺光線銃の携行を許可される。)
ライサンダー・セイヤーズと初対面の時に、保安課のピーターとは親戚ではないと自己紹介している。
シェイの料理の大ファンで、ライサンダーの送迎を通して彼とは親友になる。
肝の据わった剛胆さで、あっけらかんとした性格。


キャリー・ワグナー・ドーマー

医療区の精神科医。
数少ない女性ドーマーの1人で、「トニー小父さんの部屋」に幼児期所属していたので、ダリル達とは兄妹みたいな関係。クラウスと純粋に恋愛して婚姻を許可された。
女性ドーマーはコロニー人のクローンなので、オリジナルの名前をもらうが、姓はなく、結婚相手のクラウスの姓を名乗っている。
美人であることは、彼女がパパラッチに盗撮されることからも察せられる。
クラウスとアパートで一緒に朝食を取るが、勤務シフトで夫婦が顔を合わせられる日はそれほど多くない。
JJや女性執政官達とは仲が良い。普段は出産管理区で妊産婦の精神的ケアを担当しているが、ドーマー達の精神的リハビリにも関わることがある。
子供を持つべきか否か悩んでいる。


ミヒャエル・マリノフスキー・ドーマー

西ユーラシア・ドームの遺伝子管理局長。
ダリルの元上司。
宇宙船が事故を起こした場合1週間は食糧がなくても生存出来るように細胞内に栄養を蓄えておく、と言う進化型1級遺伝子を所有している。ドームでは無用の遺伝子なので、彼は無駄に太っている。
ハイネとは違って、マリノフスキーはドームの外にも出かけている。
体格に似ておおらかな性格。
頭髪はハイネ同様真っ白。


2017年6月9日金曜日

Break 5

登場人物紹介 4

ローガン・ハイネ・ドーマー

遺伝子管理局長。
白髪で容姿も美しい中年の男性(40代後半)の姿をしているが実際は100歳を越えている。事実上アメリカ・ドームの住人の中の最高齢者。ドーマー達の神的最長老。
彼より年上の者がいないので、彼の過去を知る者は殆ど居ない。
当人がサタジット・ラムジー博士(ラムゼイ博士)の「死体クローン事件」の捜査をしたと言っているので、ドーム内の警察機構である遺伝子管理局内部捜査班に所属していたと思われる。内部捜査班はドーマー同士の揉め事(男性社会なので喧嘩の仲裁には武術が必要)、出産管理区での女性同士の争いなどの仲裁や、執政官の違法研究の摘発などを行う部署で、忍耐や遺伝子工学の知識が求められる。
遺伝子管理局長に就任したのはダリルとポールが入局する5年ほど前だったが、その後ドーム長官に就任したサンテシマ・ルイス・リンの策略で、病人として医療区の隔離室に3年間幽閉される。その間、ダリル達若者をリンとその側近の横暴から救えなかったことを、現在でも内心悔やんでいる。
その後、当時まだ平の執政官だったニコラス・ケンウッドの告発を受理した地球人類復活委員会によってリンは更迭され、ハイネは解放された。故に、現在でもハイネはケンウッドに恩義を感じており、2人は大の親友である。
進化型1級遺伝子保有者で、生まれてから1度もドームの外に出たことがない。遺伝子管理局の局員としての実務経験がないので、部下には仕事のやり方を命じることはしないで、任務の最終目標を提示するのみである。しかし部下が失敗するとそれを補修する方法を示してやり、再起のチャンスを与える。また執政官に失敗した部下の執り成しをするのも仕事である。
彼の進化型1級遺伝子は、長い宇宙の旅に出る宇宙飛行士を待つ家族の為に開発されたもので、地球人には無用のものである。故に彼の子孫は1人も創られていない。
外見は永遠の若さを保っているかの様に見えるが、実際は少しずつ確実に歳を取っており、当人が一番それを実感している。
ドーム内のことを知り尽くしており、秘密の昼寝場所を持っている。
半熟とろとろチーズスフレが大好物で、手に入らないと幼子の様に我が儘になる。


リュック・ニュカネン・元ドーマー

遺伝子管理局セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所長。
遺伝子管理局北米南部班所属の局員だった元ドーマー。
ダリルとポールと同じ「トニー小父さんの部屋」で育った義兄弟だが、2人とは性格が合わず喧嘩ばかりしていた。気の好いクラウスは可愛がっていたらしい。
規則を厳格に守る堅物だったが、任務遂行中に知り合った一般人女性と恋に落ち、仲間を驚かせた。結婚の意志が固かったので、ドームは彼を外へ出して、出張所の管理をさせることになった。
彼の職務は、セント・アイブス・メディカル・カレッジで行われる遺伝子工学実験などの監視で、時には不意打ちで研究室に立ち入り臨検も行う。違反を見つけるとすぐにドームに通報して、実験中止を命じる権限を持つ。故に研究者達からは恐れられている。
家族は妻と2人の子供。出張所の他の職員は全員一般から採用された人々。
出張所があるビルはドーム所有で、ニュカネンの自宅は別の場所にある。
いつもダリルやポールに小言を言っているが、仲間の健康を気遣うなど、本当は優しい性格。


トーマス・クーパー・元ドーマー

遺伝子管理局ローズタウン支局長。
髭面の、少し気が弱い男。
支局長は外に出た元ドーマー達が就ける最高ランクの地位であるが、幹部経験がない者が任命される。(但し、幹部経験者が外に出された先例は未だない。)
支局は一般人の婚姻許可申請・養子縁組申請・妻帯許可申請・成人登録申請などを受理、遺伝子管理局本部に申請書を送って許可証を発行してもらうところである。
出張所と同じく職員は一般人だが業務内容は異なる。
支局巡りをして申請者と面談したりメーカーの捜査をする本部局員のサポートをするのも仕事である。
また、ドームに出産の為に収容される女性達が乗る飛行機の手配をして、支局の横に必ず建設されている空港の管理も任されている。
つまり、これだけのことをやってのけなければならないので、クーパーは決して無能ではない。しかし、FOKのスパイの潜入を許してしまい、大いに焦ってしまう。
ドームに召還されて不安がっていたが、ハイネ局長の心配りで元気を取り戻した。





Break 4

登場人物紹介 3


ジョン・ケリー・ドーマー

遺伝子管理局北米南部班局員。
パトリック・タン・ドーマーと組んでいたが、ビューフォードの策略に引っかかりタンを誘拐されてしまったことに責任を感じた真面目なドーマー。
彼の心の負担を軽減させる為にポールは彼に単独任務をしばしば命じた。


ジョージ・ルーカス・ドーマー

遺伝子管理局北米南部班第5チーム・リーダー。
200年前に活躍した映画界の巨匠と偶然同じ名前を与えられた。
子供時代のニックネームは「監督」。
長じてからも趣味は静止画や動画の撮影。
パパラッチサイトの画像の解説をするのも好き。


クリスチャン・ドーソン・ドーマー

遺伝子管理局北米北部班チーフ。
ダリルとポールに仕事のノウハウを教えてくれた師匠とも言うべき先輩。
ダリル達より10歳上。
物静かで慎み深い。ドーム内ではあまり目立たないが、仕事はしっかりやるタイプ。


ホアン・ドルスコ・ドーマー

遺伝子管理局南米班チーフ。
南米担当だがドルスコ自身はメキシコ系。
アメリカ・ドームで生まれ育ったので、母国語のスペイン語同様英語もネイティブだが、部下や中米班と話す時はスペイン語を使う。任地ではポルトガル語やインディオの言語も使う。
任地が遠いので1回出張に行くと最低1週間は帰って来ない。従って、常に留守の様な印象を持たれているが、月の半分はドームの中にいる。
食事は1人で取るのが好きだが、クロエル・ドーマーがドーム内に居るといつも一緒に騒いでいる。サッカーファンである。


ネピア・ドーマー

遺伝子管理局局長付第1秘書。
クロエル・ドーマーが父親が不明の為に母親のオリジナルの姓だけ与えられたのと逆に、ネピアは文化的に姓を持たない民族の出身なので、父親の名前しか与えられていない。
遺伝子管理局の慣例に従い、幹部経験のない彼が局長付秘書になって10年以上経つ。
ダリル・セイヤーズ・ドーマーが脱走した当初、捜索隊に加わっていたので、ダリルが帰還してポールの秘書になっても秘書会議で無視している。
常に冷静で局長の職務に口出しはしないが、意見を求められると正論を吐く。
ハイネ局長を崇拝に近い形で尊敬しているので、ケンウッド長官から高齢のハイネにもしものことがあった場合は局長代行を、と言われて不安で泣きそうになった。




Break 3

登場人物紹介 2


クラウス・フォン・ワグナー・ドーマー

ダリルとポールと同じ「トニー小父さんの部屋」で育ったドーマー。2人の1歳年下。
遺伝子管理局北米南部班第1チーム・リーダーでポールの副官。
ダリルがドームに戻る迄はポールの秘書の代わりもしていた。
ヘリコプターの操縦免許を持っている。
穏やかで優しい性格。ダリルとポールのことは「兄さん」と呼んで慕っている。
妻帯者だが子供はいない。将来妻と共にドームを卒業するべきか否か迷っている。
真面目だが、柔軟性は持っている。
ダリルを抱えて走れるほど力が強い。


クロエル・ドーマー

遺伝子管理局中米班チーフ。年齢は30代半ば。
かなり特異な出生の秘密を持つドーマー。 ブラジル生まれ。
インカ系の女性が違法出生児の男性に暴行されて身籠もってしまった子供。母親が堕胎を望んだ為に、ドームの南米分室(ブラジルにある)が母体から生きたまま取り出した胎児を人工子宮で育てた。執政官達のペットの様に扱われていたが、視察に来た地球人類復活委員会に発見され、保護された。この時、視察団にいたラナ・ゴーンが彼の可愛らしさの虜になって養子縁組を希望したが、地球人保護法によってその願いは叶えられなかった。
その後、アメリカ・ドームに引き取られ、ドーマーとして養育される。
少し赤みがかった黒い縮れ毛をドレッドにしている。肌の色は黒に近い褐色。南米人らしく派手な色彩の衣服と賑やかな音楽が好き。彼のファッションセンスは宇宙でも有名で注目を集めているが、当人は知るよしもない。
生まれついてのドーマーではないので、時々ドームの規則を平然と破る。
成人してから再会したラナ・ゴーンとは正式ではないが、養母養子の関係を保ち、甘えている。父親の特定が出来ないので、「未確認遺伝子保有者」として自由な婚姻は禁じられているが、ドームが持ってくる見合い話は全部蹴っている。母方の遺伝子の継承を義務付けられているのを内心不満に思っている。
文章をチラ見だけで読解出来る特殊能力を持っている。
性格はやたらと陽気で、ライサンダーに懐かれているし、部下達からも慕われている。


アレクサンドル・キエフ・ドーマー

西ユーラシア・ドームから転属してきたロシア系のドーマー。
異常に嫉妬深く、偏執的な面があり、ポールの言動を誤解して彼に偏愛してしまう。
そのストーカー的言動はどんどんエスカレートして遂に事件に発展する。
人工衛星のデータ解析に抜群の才能を発揮させる人物だけに、性格の問題さえなければと惜しまれつつ物語から退場。


パトリック・タン・ドーマー

遺伝子管理局北米南部班の局員。
中国系の美形で、その美しさ故に災難に遭う。
趣味のお茶は洋の東西を問わず、専門家並。ポールのお茶の先生である。
ハイネ局長の秘書のお茶の淹れ方に常に不満を覚えている。

2017年6月8日木曜日

Break 2

 登場人物紹介 1

ダリル・セイヤーズ・ドーマー

この物語の主人公。男性。
遺伝子管理局北米南部班チーフ付秘書。 
年齢は40歳から42歳の間。
髪の色は赤みがかった淡いブロンド。目の色は原作でもブログでも言及されていない。
(ポールの目が水色なので、ダリルは緑にしておこうか・・・)
身長は推定175cm。体重不明。見た目は華奢だが、筋力・腕力共にしっかりあるので、筋肉はかなり発達していると思われる。
性格は明朗。周囲から脳天気と言われる。普段はぼーっとしているので、驚かされると速攻で相手を殴りつけてしまう悪癖あり。
進化型1級遺伝子を持っており、機械類は見ただけで仕組みを理解し、使い方がわかる。当人には当たり前のことなので、他人との違いがわからず、コンピュータなどの使用の際は越えてはならない一線を難なくクリアしてしまい、周囲から脅威と見なされる。
手先が器用で、自分で料理、裁縫、住宅の建築もやってしまう。ただし、これらのアナログな作業は、学習しなければわからないので、進化型の遺伝子とは関係ない。
スポーツは万能だが、射撃はド下手。
一つのことに凝り出すと納得出来るまで続けるので、料理などの場合、彼の性格を熟知しているポールとライサンダーは褒めるが、絶対にけなさない。
ポール・レイン・ドーマーのことを心から愛しており、ライサンダーに対しては母親の様に優しい父親である。
農業が好きだが、ミミズや昆虫は苦手。
好きな食べ物は卵料理。


ポール・レイン・ドーマー

ダリルより1日早く生まれたダリルの恋人。
遺伝子管理局北米南部班チーフ。
髪は宇宙飛行士用に開発された遺伝子による葉緑体を持つ緑色に輝く黒髪だが、諸事情によりスキンヘッドにしている。(当人もすっかりこっちが気に入っている。)
目の色は薄い水色。(怒るとさらに白っぽくなる。)
身長は推定180cm。体重は恐らくダリルよりは重い? 脱ぐとギリシア彫刻みたいな綺麗な筋肉美をしている。
類い希なる美貌の持ち主で子供時代は「お姫様」とからかわれたり、コロニー人達に玩具扱いされるが、性格は硬派。滅多に声を出して笑わず、あまり冗談が通じない。しかし、息子のライサンダーやGFのJJにはメロメロになる。
口下手で自分の考えを遠回しに言う癖があったり、普段は無愛想なのに嫌いな相手にも平等に接するので、しばしば誤解されることがある。
また、物事を自分の都合の良い方に解釈をして解説する癖もある。
接触テレパスの能力を持っており、手で触れるだけで相手の思考を読み取ることが出来るが、マナーを守るよう躾けられているので仕事でしか使わない。ただ疲労している時や体調が悪いと制御が利かなくなって他人の思考を自分の意思に関係なく読み取ってしまうことがある。
GFのJJがいるが、誰よりもダリルを深く愛しており、人前でもはばからず「俺の可愛いダリル」と呼ぶ。
プライドが高い男だが、雑菌やウィルスは恐い。
お茶が趣味で東西種類を問わず収集、飲んで楽しんでいる。甘い物も好き。
ダリルの卵好きは、ちょっと敬遠・・・。


ライサンダー・セイヤーズ

天才遺伝子学者ラムゼイ博士によってダリルのX染色体とポールのY染色体、それにシェイの卵子殻から製造されたクローン。
ポールに似た水色の目と葉緑体毛髪の黒髪、ダリルに似た体型を持つ。(あまり大柄ではなさそう)
身体治癒能力が高く怪我の治りが早いが、それ以外は全く普通の地球人と変わらない。
ダリルに似て手先は器用だが、機械の扱い方は普通の人と同じで学習しなければわからないので、進化型1級遺伝子は受け継がなかったと判定されている。
登場した頃は生意気な少年だったが、結婚を機に真面目な社会人になろうと務めている。
ダリルのことは大好きで時に可愛いとさえ思うほど。
ポールに対しては最初は反抗していたが、ドームに保護されてから父親として尊敬し始めている。食べ物の趣味もポールと同じ。ちなみに、ダリルを呼ぶ時は「父さん」、ポールは「お父さん」である。
ニコラス・ケンウッド長官とローガン・ハイネ遺伝子管理局長を尊敬している。


JJ・ベーリング

遺伝子組み換えで誕生した4倍体染色体を持つ少女。JJはジュマ・ジェレマイアの略(原作でラムゼイが呼びかけている。)
容姿の描写はどこにもない。
両親は違法メーカーで、ラムゼイの組織との勢力争いに敗れて死亡した。
1人で砂漠にいるところをダリルに発見され保護された。以後、ダリルに懐いて「ダリル父さん」と呼ぶ。ライサンダーとは兄妹の様な仲で、恋人ではない。
生まれつき声帯がないので音声で話しが出来ない。意思疎通には手話か指文字、筆談、脳波翻訳機などを状況に応じて使い分ける。
ポールとは道具を用いずに心で話しかけることが出来るので、彼に恋することになった。
現在は彼のGFの位置にいるが、ポールが上司の許可がなければそれ以上に進めないので、ベッドでいちゃつく程度までの仲。
親の敵としてラムゼイを憎んでいたが、ラムゼイの部下だったジェリー・パーカーとシェイには友情を感じている。また、コロニー人の遺伝子学者メイ・カーティスとは親友。
明朗で竹を割った様な性格。勇敢で度胸もある。体力もあるので、ライサンダーと格闘技で遊べるほど。
遺伝子の塩基配列を肉眼で見ると言う特殊能力があり、彼女の見ているものを分析したケンウッドが地球に女性が誕生しない原因を遂に発見した。






2017年6月7日水曜日

Break 1

 「ドーマーズ」の原作「4X」はダリルが逮捕後初めて山の家に帰るところで終わっている。
 だから、「ドーマーズ」も一旦ここで一区切り付けようと思う。と言っても、完全に終了する訳ではないので、これからもブログと言う場所の利点を活かしてだらだら書いていくつもりだ。

 「4X」は当初JJを主人公にするつもりだった。しかし、彼女を登場させたものの、話が広がらない。「4X」のJJは殆どスーパーガールで人間離れしてしまい、却って面白味がなかったのだ。むしろ脇役のつもりで一番最初に登場させたダリルの運命の方がずっと面白かったので、結局彼が主人公になった。だもんで、タイトルのJJの染色体を示す「4X」の意味が失われ、ブログでは第1章の副題になった。そして登場する個性的なドーマー達がどれも愉快だったので、ブログのタイトルを「ドーマーズ」にした。
 ブログは原作を写すだけのつもりだったが、転写していると物語の矛盾とかいろいろ手直しが必要な部分が出て来た。直していると、ストーリーがどんどん変わっていく・・・。
 まず、ジェリー・パーカーの登場が早くなった。「4X」ではトラックでの移動辺りから秘書の名前として出てくるのだが、「ドーマーズ」ではJJの捜索で砂漠の廃墟に来たダリルがラムゼイ一味と遭遇する場面で登場する。これによって、彼はこの物語で重要なポストを得てしまい、この後登場回数が増えたのみならず、執政官と恋愛までする。
 次に、クロエル・ドーマーのキャラが「4X」と「ドーマーズ」では全く異なる。別人になってしまった。「4X」では彼はポール・レイン・ドーマーのただの部下で、エジプト系の若者だった。しかもダリルに片恋する。活躍場面は少ないし、真面目で面白くない人物だった。しかし、「ドーマーズ」ではもしかすると主人公よりインパクトが強くなりそうな個性を持たせ、なおかつ南米のインカ辺りの先住民とアフリカ系と思われる違法出生児の間に生まれた「望まれぬ子供」だったと言う設定だ。そして役職はポールと同格である。
 ポールの部下達も名前が付いた者が増えた。「4X」ではクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーとパトリック・タン・ドーマーの2人だけだったと思うが、ケリーやルーカスや他にもいたと思う・・・(既に忘れている作者)
 遺伝子管理局以外のドーマー達も次々と登場して、原作より遙かに活躍している。
実は彼等のことを書くのが楽しくて、そのうちスピンオフでも書こうかと思っているほどだ。(書かないかも知れない。)ちなみに、作者のお気に入りは静音ヘリのパイロット、マイケル・ゴールドスミス・ドーマーである。このキャラは「4X」には登場しなかったのだ。
 ローガン・ハイネ・ドーマーもかなり個性的になった。「4X」ではただの上司であまり台詞もないし登場場面も少なかったのだが、「ドーマーズ」ではポールを凌ぐ人気者と言う設定だ。クールでハンサムな100歳を越えてなお若さを保つおじ様なのだが、半熟とろとろチーズスフレには目がないと言う可愛らしさも併せ持つ。さらに孤独なジェリー・パーカーと壁ベッドの秘密を共有するお友達にもなってしまうのだ。
 コロニー人達も個性豊かになった。アナトリー・ギルのポールに対する偏愛は相変わらずだが、ケンウッド長官もラナ・ゴーン副長官もそれぞれ個を確立させた。名前はまだ与えていないが、医療区長や出産管理区長など、ゴメス少佐に負けず劣らず登場回数を増やしてあげようと思う。
 ドーマー達はこれからも賑やかに活躍してくれるだろう。

2017年6月5日月曜日

家路 14

 翌朝、ダリルは固形燃料のストーブで目玉焼きとベーコン、コーンブレッドを焼いて珈琲を淹れた。昨晩のメニューと大して変わらなかったが、誰も文句は言わなかった。
フランシス・フラネリーは午後にやって来る予定だ。買い取りと同居の話をして、倉庫番の仕事があるライサンダーは彼女と共に夜ポートランドへ帰る。ダリルとゴールドスミス・ドーマーは支局に戻ってホテルで1泊してからドームに戻るつもりだった。
 取り敢えず、昼食と掃除の必需品を調達する為に、ゴールドスミスとライサンダーが町へ買い物に行くことになった。
 ダリルがリストを書き出していると、ゴールドスミス・ドーマーが尋ねた。

「叔母さんはここをもう買い取ったのかい?」
「否、買い取ったのは彼女の従妹だ。ニューポートランドの事件の後で、従妹のドッティ夫人がライサンダーの家と、この家と地所を買ってくれたのだが、後でこの土地が州のものだと判明したので、土地の買い取りは白紙に戻った。ドッティ夫人はライサンダーの叔母・・・面倒だから本名を明かすが、ミズ・フラネリーと言う・・・」
「フラネリー?」

 ゴールドスミス・ドーマーはポール・レイン・ドーマーとハロルド・フラネリー大統領にまつわる噂を知っていた。

「ああ、やっぱりレインはフラネリー家の子供だったんだな!」
「そう言うこと。でもあまり口外しないでくれ。取り替え子の件があるから。」
「わかってるって。ドーマーが誰の子供なんて、僕等には関係ないから。」
「話を戻すと、ミズ・フラネリーは現在パリに住んでいるが近日中に母国に引っ越して来る。それで住む場所を探していたので、ドッティ夫人がこの場所を提案したら、すぐ飛びついたそうだ。ミズ・フラネリーは食糧事情の悪い国に援助する活動に参加していて、このモントレーの土地は農耕の実験に丁度良いと思ったらしい。」
「それで、こんな辺鄙な場所を買ってくれる訳か。」
「ライサンダーの子供の世話もしてくれるそうだし、ライサンダーがこの土地のことを知っているので一緒に畑を耕して生活する計画だ。」
「じゃぁ、後は州政府から土地を安く買い叩くだけだな。」

 ドーマーのゴールドスミスはフランシスが金持ちであることも警護が付くこともあまり気にならない様だ。

 そうさ、ドーマーは世間とはずれているんだ。

 買い物リストを書き終えてパイロットに手渡した時、ライサンダーが家の外で叫んだ。

「父さん、誰か来るよ!」

 ダリルとゴールドスミス・ドーマーは戸口に行った。フランシスが来るのは昼頃だし、警護の都合上、彼女もヘリを利用するはずだ。だが、彼等の目に入ったのは土埃をまき揚げながら山道を登ってくる1台の黒塗りの乗用車だった。

「あれは遺伝子管理局の車じゃないかい?」

 ゴールドスミス・ドーマーが額に手を当てて山道を眺めた。ダリルも目を凝らして見た。確かに支局の車だ。

「この時刻にここへ来るなんて、かなり朝早く支局を出たんだな。」
「誰か来ると連絡があったか?」
「ない。」

 家に近づいて来た黒い車は埃だらけになっていた。眺めている3人の男の前に停車すると、ドアが開いてスーツ姿の男が降り立った。スキンヘッドに黒いサングラスで、いかにも悪そうに見えた。
 ゴールドスミス・ドーマーが笑って声を掛けた。

「ここまで地上を這って来るなんて酔狂だな、チーフ・レイン!」
「俺は中西部支局のヘリには絶対に乗らないんだ。乗るのは本部の人間が操縦桿を握る時だけだ。」

 ポール・レイン・ドーマーは不機嫌そうな声で言い返したが、それは埃のせいだった。
ゴールドスミスがライサンダーに声を掛けた。

「それでは、僕等は買い物に行こうか。」
「うん。」
「さっさと家の中に入りな、レイン。また埃まみれになるぞ。」

 静音ヘリのパイロットの脅しが利いた。ポールは急いでダリルが立っている家の入り口に歩いて来た。ダリルが微笑んで迎えた。

「おはよう、ポール。随分早い到着だな。」
「夕べLAから飛んで来たんだ。2時間しか寝ていない。昼飯まで寝かせてくれ。」

 そう言いつつ、ポールの手はダリルの腕をしっかり掴んでいた。
 ダリルは外を見た。静音ヘリのプロペラが廻転を始めていた。

「まだ私の寝室は掃除をしていないんだ。」
「夕べは何処で寝たんだ?」
「居間の床の上・・・」
「そこで良い。」

 ポールはダリルを室内に押し込み、ドアを閉じた。






2017年6月4日日曜日

家路 13

 野宿も覚悟でダリルとゴールドスミス・ドーマーはテントをヘリに積み込んで来たが、居間を掃除するとなんとか寝袋さえあれば充分眠れそうだ。ライサンダーは自分の寝室を掃除して、キャンプに慣れていないゴールドスミスの為にベッドを使用出来るようにした。
 キッチンも掃除して、固形燃料と裏の水場で洗った鍋を使ってダリルが簡単な夕食を準備した。焼いたベーコンとオムレツ、それに町で仕入れたコーンブレッド、珈琲だ。野菜の代わりに西瓜もあった。ゴールドスミスはすっかりキャンプ気分だ。航空班は成人して直ぐにドーム外で生活を始めるので、ポールの様に雑菌がどうのとか衛生状態にこだわったりしない。素朴な食事を美味い美味いと食べてくれた。

「キャンプファイヤーとかしないの?」
「それは今日は駄目だ。日が沈んだら風が出て来た。火事を出したくないからね。」

 キャンプファイヤーでマシュマロを焼きたかったな、とがっかりしたふりをしつつも、ゴールドスミスは山の向こうに沈む夕日を楽しんだ。

「明日は本格的に掃除するんだろ?」
「うん。でも君にさせるのは悪いな。」

 ドーマーは基本的に家事をしない。掃除はロボットの仕事だ。しかし、パイロットはすっかり「原始的な」体験に酔っていた。やるよ、と嬉しそうに言った。

「ここはライサンダーとチビちゃんが住むんだな? 」
「うん。それと叔母さんも一緒なんだ。」
「叔母さん?」
「レイン親父の取り替え子。世間には双子ってことにしてあるらしいんだ。」

 ゴールドスミス・ドーマーがダリルを振り返ったので、ダリルは素直に認めた。

「レインの実家は取り替え子の事実を知っているんだ。レインの父親も元ドーマーだったんだよ。」
「へぇええええっ! 親子2代のドーマーなんだ?!」
「珍しいだろ? 叔母さんは独り暮らしだったんだけど、赤ん坊の世話をしたいって言ってくれたんだ。」

 ダリルは息子を見た。いつの間にかライサンダーの決心はついた様だ。もう同居を前提に喋っている。

「それじゃ、ライサンダー、君はここに住んで弁護士をやるのかい?」
「まだ資格を取れる状態じゃないからね、勉強しながら畑を耕す。その間に資格を取れたらそれをどう活かすか、じっくり考えるよ。」

 ゴールドスミス・ドーマーはダリルを見た。

「君はどうするんだ? ドームは君の外出を許さないだろ? 赤ん坊がドームから出たらライサンダーとはそれっきりになるんだぜ?」
「そうだね。」

 ダリルは床を眺めながら言った。

「だけど、世の中には離ればなれになってそれっきりと言う親子はいくらでもいるよ。」

 ゴールドスミス・ドーマーはライサンダーに視線を戻した。こちらも床に視線を落として父親を見ないようにしていた。
 静音ヘリのパイロットは室内を見廻した。埃のせいで使用不可能になった古いテレビがあるだけで、IT機器は他に何もなさそうだ。照明は古い発電機が使えないので今夜はダリルが昔使っていたランプで我慢している。

「アナログな家だなぁ」

と彼は呟いた。

「叔母さんはここにネット環境をこしらえるのかな?」
「作るだろうな。叔母さんは仕事しなきゃいけないし、俺も勉強に必要だから。」
「IT部屋って作って、そう言う機械物は全部その部屋だけに限定したらどうだろ?」
「どう言う意味?」
「コンピュータ関連の物は全部場所を限定してしまって、ダリルはその部屋には入れないと言うルールを作るのさ。この家の現状はめっちゃアナログだ。いかに進化型1級遺伝子でも、外界と繋がっていない電化製品をいじって悪戯は出来ないよな?」

 ダリルは顔を上げてゴールドスミス・ドーマーを見た。ゴールドスミスがニヤッと笑った。

「君が18年間発見されなかったのは、外界と繋がるネット環境を持っていなかったからだろ? 居場所を特定されもせず、君の方から外のどのコンピュータにもアクセス出来なかったから、誰も君を見つけられなかった。違うかい?」
「何を言いたいんだ、マイケル?」
「実はさ、僕が今日の任務を仰せつかった時に、ハイネ局長に頼まれたことがあるんだ。モントレーの家のネット環境を調べてこいって。僕が何の目的ですか?って訊いたら、セイヤーズがコンピュータを触れない環境であることを確認したいってさ。」
「私がコンピュータを触れない環境? しかし、端末があるぞ。」
「今、端末を持っているか?」

 ダリルはポケットに手を伸ばし、端末はドームを発つ時にゴールドスミス・ドーマーに預けたことを思い出した。それが外出の条件だったのだ。

「な? 君が外出する場合は必ず誰かが監視と護衛に付く。君はその人間に端末を預ける。緊急の場合を除いて端末の使用は出来ない。アナログな環境にいる進化型1級遺伝子保有者はちっとも危険じゃない。」
「もしかして、マイケル、それって父さんはこれからも外出出来るってこと?」
「断言出来ないけど、きっとそう言う意味だよ。恐らく、ここへ君と孫に会いに来ても良いってことじゃないかな。」

 ライサンダーは父親を見た。ダリルはまだ喜ぶには時期尚早だと思ったので、ゴールドスミス・ドーマーに有り難うとだけ言った。

家路 12

 中西部支局から山の家モントレーまでは静音ヘリで向かった。乾いた灰茶色の地面に次第に植物の緑が加わり、なんとなく農耕が出来るかなと言った感じの平坦な狭い台地が見えてくると、ライサンダーが操縦席のゴールドスミスに「あそこ」と指さして着陸地点を指定した。さもなくば畑の上に着陸されてしまうからだ。
 ドームから中西部支局までは軽ジェット機で来た。遺伝子管理局北米南部班第2チームの支局巡り出張で、いつもと違ったのは、チーフ秘書のダリル・セイヤーズ・ドーマー、航空班静音ヘリ・パイロットのマイケル・ゴールドスミス・ドーマー、それにダリルの息子のライサンダーが同乗していたことだ。ゴールドスミス・ドーマーはFOKのリーダー、ニコライ・グリソムを逮捕した功績で準保安課員の資格を得ていた。その資格による任務として、ダリル・セイヤーズ・ドーマーの監視と護衛を遺伝子管理局から仰せつかったのだ。これは彼にとっては非常に幸運な任務だった。いつもは東海岸でドームと周辺支局や出張所との間を行ったり来たり日帰り飛行ばかりしていたので、初めて遠方で飛べるのだ。
 支局のヘリのパイロット達は一般人だ。遺伝子管理局としては要人であるフランシス・フラネリーや地球的重要人物である進化型1級遺伝子保有者のダリルを一般人に任せたくなかったので、ドーマーの護衛を付けた。局員を使わなかったのは、ただ局員の中にヘリの操縦免許所有者がいなかったからだ。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーはチーフ・レインに付いて西海岸に出かけてしまっていた。ダリルは自分でも操縦出来るのだが、自分で自分の監視と護衛は出来ない。それでゴールドスミスが選ばれた。
 支局のパイロット達はゴールドスミスに機体のチェックをさせ、山の気象について説明をした。ダリルもその説明に加わった。山のことは支局の連中より熟知している。

「ようするに、岩や樹木にローターをぶつけなければ良い訳だ。」

とゴールドスミスは言った。勿論、その他の不測の事態が起こりうることは、彼は百も承知だった。
 ダリルは1年振りの我が家に戻る前に、保安官の事務所を訪ねた。違法クローン製造がばれて遺伝子管理局の追求から逃亡していると言う嘘をついていたので、その収束が必要だった。ポールからは嘘をつき通せと言われていたので、戻って来た理由も嘘をつかねばならない。良心が痛んだが、保安官にはこれらかも山の家を見張ってもらわねばならない。

「ライサンダーが成人登録して市民権を得たので、家に戻れることになったんだ。でも、私は服役しなきゃならない。息子と一緒に遠縁の女性が住むことになったので、彼等を守ってやってくれないか?」
「おやすいご用だ。服役って言ったって、遺伝子管理法違反の服役は1年か2年だろう? また戻って来るよな?」

 ダリルは曖昧に微笑んだだけだった。
 支局に戻ると、驚いたことに支局長秘書のブリトニー嬢がいて、妊娠5ヶ月の体で局員達に珈琲を振る舞っていた。相変わらず軽装と愛嬌のある笑顔で男性達をドキドキさせている。ライサンダーさえもが、彼女と笑顔で言葉を交わしていた。ゴールドスミスなどは鼻の下を伸ばしてデレデレと彼女と握手などして喜んでいた。

「結婚されたので、お仕事は引退されたのかと思いました。」

とダリルは彼女が彼に珈琲を配ってくれた時に囁きかけた。ブリトニー嬢は、(もう既婚なので「嬢」はおかしいのだが、彼女はお腹が大きくなってもその呼称が似合いそうで)、おかしそうに笑った。

「最初のうちは家の中に居たのですけど、すぐ飽きちゃって、私が不機嫌になるのが夫は嫌だったのでしょうね、彼の方から支局長に私を再雇用してくれって頼み込んだのですわ。それで、秘書は別に男の人がいるのですけど、こうして本部の人が来られた時に私がお世話することになったのです。その方が本部の方達のご機嫌が良いからって支局長が言うの。」
「貴女はこの支局のアイドルですからね。」
「貴方も本部の局員だったのですってね。隠密活動でラムゼイを探ってらしたの?」

 なんだかデマが流れていた様だが、ダリルはよくわからなかったので、これも曖昧に笑って誤魔化した。
 なんとかライサンダーがこの土地に復帰する足がかりは出来そうだ。都会生活に慣れてしまったライサンダーが、故郷の町を見て、田舎だなぁと溜息をついていたが・・・。
 ゴールドスミスは西部劇の世界に実際に足を踏み入れて感動していた。ヘリの準備が整うと、少し手慣らしと称して町の上空を2,3周飛んでみた。牛の群れを見た、とか、馬がいた、とか平素の彼らしくないはしゃぎ様なので、流石にダリルも「落ち着け」と注意したほどだ。
 そして支局に到着して半日後に彼等は山の家モントレーに到着した。静音ヘリで半時間の距離だ。
 土埃が収まるのを待ってから、2人のドーマーと1人の若者は地面に降り立った。

「わぁ、荒れ地だ!」

 開口一番、ライサンダーが我が家の感想をそう述べた。
 畑はすっかり雑草だらけの野原に変わっており、石造りの家は外観はそのままだったが、中は砂だらけだった。窓は割れていて、獣が入り込んだ形跡もあった。
 ダリルはゴールドスミスに居間の掃除を済ませるまでヘリの中で待機するよう頼んだが、パイロットは自分も掃除をすると言って入って来た。

「へぇ、こんな家を独りで造ったのかい、セイヤーズ?」
「うん・・・1年かかったけどね。ライサンダーが試験管の中にいる間に突貫工事で造ったんだ。」
「大したもんだよ、あんた。」







2017年6月3日土曜日

家路 11

 午後2時にダリルとポールは局長室へ足を運んだ。出迎えたのは、第1秘書のネピア・ドーマーで、第2秘書は彼の日課で中央研究所へ行って連絡事項や新規情報などの収集に努めている。ネピアはポールに自席のそばの席で待機するよう指図して、ダリルを局長席の対面の席に案内した。
 ハイネ局長はコンピュータの画面を眺めていたが、ダリルが正面に座ると顔を向けた。

「君が住んでいた家を買い取りたい人物との面会を許可して欲しいと言うことだな?」
「そうです。ちょっと問題がありまして、土地は州のものなのです。私が無断で隠れ住んでいたので・・・私が売るのは家だけです。購入希望者は現在州政府と土地の買い取りに関して交渉中です。」
「その人物がライサンダーと娘との同居を望んでいる?」
「はい。隠す必要がないので打ち明けますが、相手はフランシス・フラネリーです。」

 当然ながら、局長はフランシス・フラネリーが何者か知っている。成る程、と呟いただけだった。ドームの外の出来事に関しては、我関せずと言った風情だ。フランシスが土地の買い取り可能な財力を持っていることも、ライサンダーと娘を守る警備態勢を取れることも、敢えて確認しない。

「それで、君がドームから出て彼女と直接会う理由はなんだ?」
「私は彼女をよく知りません。良い人だと思いますが、息子と同居して上手くやっていけるのか、人柄を少しでも知りたいのです。すみません、親の我が儘だと承知しています。私が外に出る正統な理由でないことは、わかっています。」

 局長は視線をコンピュータに戻した。ダリルは心の中で溜息をついた。話を持って行く相手を間違えたかも知れない。ローガン・ハイネ・ドーマーは家族と言うものと全く無縁な生涯を1世紀過ごして来た人だ。家族の情愛を訴えるなら、ケンウッド長官の方が効果的だ。ケンウッドからハイネを説得してもらった方が良かったかも知れない。
 その時、思いがけない人物が発言した。

「局長、ちょっとよろしいでしょうか?」

 ダリルは思わずネピア・ドーマーを振り返った。ポールも横にいる第1秘書を見ている。

「なんだ、ネピア?」
「ライサンダー・セイヤーズは娘が人工子宮から出た時点でドームに来る資格を喪失します。恐らく、父親とは直接会う機会も失うでしょう。だから、ダリル・セイヤーズは息子を安心して託せる相手かどうか、ミズ・フラネリーを見極めたいのだと思いますよ。」

 見事に心の中を見透かされて、ダリルはどきりとした。ネピアとは仲が良いとはお世辞にも言えない。それなのに、本心を知られていた。
 局長がネピアに言った。

「だが、レインはいつでも自由に息子にも取り替え子の妹にも会えるだろう。レインに様子を見させれば済む。」
「それでも、ダリルは自分で子供を育てた親ですから。」
「自分で作った子供でもあるしな・・・」

 皮肉とも取れる言い方をして、局長はダリルを見た。ダリルは赤面した。
 1分ばかりダリルを眺めてから、局長は視線をポールに移した。ポールはやや挑戦的な光を放つ目で上司を見返した。

「レイン、君はドームを出る考えはあるのか?」
「俺がドームを出る?」

 ポールは予想外の質問に驚いた。慌てて首を振った。

「俺は出て行けと言われても出たくありません。雑菌だらけの外の世界に住むのは御免です。」

 そのうろたえぶりに、ダリルと局長は思わず吹き出した。ネピア・ドーマーさえ苦笑している。

「出るつもりがなければ良いのだ。」

と局長が言った。

「セイヤーズはもう逃亡しないだろう。」
「勿論です。」

 今度はダリルとポールが見事にハモった。局長と第1秘書が顔を見合わせ、クスッと笑った。

「空港ビルでの面会は許可しない。」
「えっ・・・」

 局長の言葉にダリルはがっかりした。しかし、次の言葉は信じられなかった。

「山の君の家で会いたまえ。実際の場所で彼女の転居の打ち合わせと言う形で面会するが良い。監視にレインを付ける。」

 思わずダリルは立ち上がり、深々と頭を下げた。下げなければ涙を見られてしまいそうだった。

「有り難うございます!!!」

 ハイネ局長はコンピュータの画面に表示されているケンウッド長官からの最新のメッセージに目を向けた。実は、ダリルと面会する少し前から彼はケンウッドと話をしていたのだ。

ーー面会させるなら山の家が良いよ。あそこはコンピュータのネットワークがないはずだ。セイヤーズの能力の危険性が低くなるし、裁判の関係者もよもやあんな辺鄙な場所まで行くまい。

2017年6月2日金曜日

家路 10

 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は本来なら中央研究所の食堂を使用する身分なのだろう。しかし、彼は遺伝子管理局本部から近い一般食堂を好んで利用していた。ただ部下達や若いドーマー達に気を遣わせたくなかったので、出来るだけ空いている時間帯に食事をとる。だから、彼は大好物の半熟とろとろチーズスフレに滅多にありつけなかった。
今日はダリル・セイヤーズから面会を求められたので早めに食事に出たのだが、タイミングが悪く、半熟とろとろチーズスフレは第1弾が完売してしまい、第2弾はまだオーブンの中だったのだ。
 彼はライサンダー・セイヤーズに導かれる様に窓際のテーブルに近づいた。そして座っているポール・レイン・ドーマーとダリル・セイヤーズ・ドーマーに挨拶した。

「ライサンダーに誘われて来たが、同席してもかまわないかな?」
「どうぞ! 大歓迎です。」

 ダリルの陽気な声に彼は「有り難う」と言って、空いている席に座った。そして2人の皿がほぼ空になっているのを見た。

「君等はもう食事を終えたのだな?」
「ええ、でも甘味程度でしたら、まだ入りますよ。」

 そこへピート・オブライアン・ドーマーが直径20cmはあろうかと思われる半熟とろとろチーズスフレを運んで来た。甘い香りが周囲に漂い、近くのテーブルの人々が振り返った。
 ポールが大気を鼻腔いっぱいに吸い込んだ。

「ああ、幸せの香りだ。」

 するとハイネが言った。

「分けてやるから、誰か取り皿を取って来なさい。」

 一瞬ポールとライサンダーの視線がぶつかり合い、数秒後にライサンダーが配膳台に向かった。
 ダリルが尋ねた。

「局長はお昼をそれだけで済まされるおつもりですか?」
「これだけで足りるはずがなかろう。」

 ライサンダーが急ぎ足で皿を持って戻って来た。局長は半熟とろとろチーズスフレにナイフを入れながら言った。

「先にデザートを食べてからランチを食べる。」

 ポールとダリルは顔を見合わせた。上司の子供っぽい意外な一面を見てしまったのだ。
ハイネ局長は半熟とろとろチーズスフレをまず正確に二等分して、それから半分をさらに正確に三等分した。ホールの6分の1ずつ2人の部下とその息子に分け与え、残りの2分の1を独りで食べてしまうつもりだ。
 ダリルは面会の用件をここで済ませてしまおうかとも思ったが、局長もポールもライサンダーも幸せそうに半熟とろとろチーズスフレを食べているので、後回しにすることに決めた。それに周囲にはポールのファンクラブがいつもの如く取り囲んでいる。
 半熟とろとろチーズスフレは表面がサックリと、中はまるでプディングの様にプルプルとろとろクリーミーな状態だ。これはどうやって作るのだろう、とダリルが食べながら考えていると、ポールが横から囁きかけた。

「また良からぬことを考えているだろう?」
「良からぬこと?」
「このチーズスフレと同じ物を作ろうと思っているだろう?」
「それが良からぬことなのか?」
「この半熟とろとろチーズスフレは、ピート・オブライアンが作るから美味いんだ。他の人間では駄目だ。例え君だろうと、シェイだろうと、これと全く同じ物は作れない。」

 そんなことはない、と反論しようと思ったが、局長の前で大人げない真似はしたくなかったので、ダリルは黙った。ライサンダーがポールの肩を持った。

「技術の問題じゃないってお父さんは言いたい訳だね?」
「そうだ。これにはオブライアンの思い入れが詰まっている。」

 何に対する思い入れか、ポールはそれ以上言及しなかった。わかっていても、それはオブライアンのプライバシーだ。軽々しく他人が喋るものではない、と接触テレパスの彼は自重した。
 大好物をじっくり味わいながら食べているハイネ局長に礼を述べて、彼等は午後の仕事の為に席を発った。
 食器を返却して食堂を出て行きながら、ライサンダーが低い声で尋ねた。

「局長はすごく人気があるのに、どうしてファンクラブがいないのかな?」
「必要ないからだ。」

とポールが答えた。

「みんながファンだからな。」
「お父さんも局長のファンなの?」
「俺か?」

 ポールは苦笑した。

「まぁ、彼のことは尊敬しているし、好きだが・・・しかし実際に仕事を教えてくれた人は別にいるからな。局長は優れた指揮官だが、教官ではない。彼は実戦経験がないまま将軍になった軍人みたいなものだ。だから具体的に仕事のやり方を指示なさることはない。
俺はどちらかと言えば実務経験のある先輩の方に親しみを覚える。」
「局長は若いドーマーにとっては雲の上の人なんだよ。」

とダリルが言った。

「執政官達に直接意見を言ったり批判出来るのは、あの人だけなのだ。だから、彼はドーマー達にとって、神みたいな存在なのさ。」