2017年6月18日日曜日

侵略者 1 - 4

 ケンウッドは声がした方へ顔を向けた。あまり聞き覚えのない声だが、しかし話し方には特徴があった。よく通る張りのある声で穏やかに、しかし相手の心に響く話し方をする。
 真っ白な頭髪のすらりと背が高いスーツ姿の男が配膳カウンターの前で厨房班に文句を言っていた。司厨長のドーマーが宥めようとしている。

「貴方が来られるのが少し遅かったんです。これから第二弾を焼きますから、お部屋へお届けしますよ。」
「私は職場では飲み食いしない。部下達も同じだ。私はここでチーズケーキを食べたい。」
「でしたら、焼ける迄お待ち頂くしかありません。」

 パーシバルが苦笑した。

「ハイネにも困ったもんだ。チーズ好きなので、チーズに関する食べ物には我が儘になる。」
「ハイネはそんなにチーズが好きなのか。」
「ああ、食べられないと子供みたいになるんだ。」

 ケンウッドは食堂内を見廻した。他のドーマー達は「神様」の我が儘ぶりを見て見ないふりをしていた。ハイネの我が儘は司厨長を困らせているが、他の誰かが迷惑を被った訳ではない。だから、ドーマー達は無視しているのだ。

 しかし、ドーマーのリーダーが幼児還りする姿はあまり曝したくないものだ。

 ケンウッドは咄嗟に立ち上がると声をかけた。

「ハイネ局長、ちょっとよろしいかな?」

 パーシバルがギョッとして彼を見上げた。

「ニコラス、一体何を・・・」

 ハイネ局長がチラリとこちらを見た。そして司厨長に何か囁くと配膳カウンターを離れ、真っ直ぐレジに行った。素早くトレイを決算機械の下に置き、カードで支払いを済ませると、トレイを手に取ってケンウッド達のテーブルにやって来た。
 パーシバルは諦めた表情をした。彼はこのドーマーの長老が苦手なのだ。ローガン・ハイネ・ドーマーは若い頃は遺伝子管理局内部捜査班に所属していた。ドームの警察機構で、執政官の違法研究も取り締まったので、遺伝子工学の知識は執政官と同列で話が出来るほどだ。
 ハイネはテーブルにトレイを置いて椅子に座るとケンウッドを見た。

「ご用件は?」

 彼はケンウッドより親子程も差がある年長者だが、赤ん坊時代からの躾けを守って執政官には敬意を表する。相手がどんなに嫌な人間でも・・・。
 執政官達も着任の際に必ず委員会から忠告を受ける。どんなに年上のドーマーでも執政官が上位にいるのだと言う態度で接すること。それがドーム内の秩序を守る約束だった。
 だから、ケンウッドはたった今大急ぎで頭の中で捻りだした「用件」を告げた。

「チーズの食べ過ぎは体に良くない。」

 パーシバルが不安げにドーマーの様子をそっと伺った。
 ハイネは自身のトレイの上に載っている皿の内容を見た。グリーンサラダに粉チーズを少々振りかけているが、メインのカツレツは刻みトマトのソースでチーズは使われていない。
 ケンウッドはハイネの目が彼の顔に向けられたので、出来るだけ挑戦的にならないよう心がけながら見返した。少し微笑して見せると、相手も微笑した。

「大人げなかったですね。」

と局長が反省の弁を述べた。ケンウッドはパーシバルがホッと肩の力を抜くのを感じながら、自身も内心救われた気分になった。

「献立を早めに知っておくと良いよ。取り置きを頼んでみてはどうだね?」
「あの司厨長は取り置きを拒否するんですよ。」

とハイネが言ったが、怒っている口調ではなかった。むしろ諦めの響きがあった。
ケンウッドはちょっと考えた。

「彼は君に早めに仕事を切り上げて欲しいんじゃないかな。働き過ぎるなと言う意味で。」

 パーシバルがうんうんと頷いた。

「早く食堂に来ればチーズケーキが食べられるんだぞ、ハイネ。」

まるで子供を諭す様な言い方をしてしまったが、ハイネが可笑しそうに笑ったので2人は安堵した。
 この時を境に、ケンウッドはハイネ局長と気安く言葉を交わすようになった。